第18話

「――ということなんですけど」


「あー、なるほどね。そんなことがあったのか」


 ガードロボットに囲まれ、刈谷に武輝であるナイフを向けられながらも、幸太郎は身の潔白を主張した。


 ナイフを向けられて、当初は動揺していた幸太郎だったが、話を聞いてくれと頼んだらすんなり聞いてくれたので、落ち着いて話すことができた。


 取り敢えず、説明は一段落したけど……鳳さんがこの騒ぎの首謀者にされているなんて、何だか大変なことになってるみたいだ。


 説明をしている最中に、刈谷から教えてもらった情報を頭の中で整理した幸太郎は、自分が今とんでもないことに巻き込まれていることを理解していた。


 説明を終えると、ナイフを向けているが、刈谷は悩んでいる様子だった。


「風紀委員が爆発事件に関与してるって証拠があるのに、お嬢が誘拐される――なんだかよくわからねぇ展開になってきたな……面白くなってきやがった」


「そんなに僕の説明面白かったんですか?」


「ああ、最高に痺れる内容だったぜ! そんなに面白いことになってるなんてな!」


 興奮した面持ちで、大層愉快そうな笑みを刈谷は浮かべている。


 刈谷のその笑みを見て、ヴィクターも同じような笑みを浮かべていたことを思い出した。


「お嬢が嵌められたことくらい、俺にだって何となくわかる。あのお嬢様がこんなバカ騒ぎをすることはねぇと思うからな。お前の話が本当なら、そいつは一大事だ」


「それなら刈谷さん、鳳さんを助けるために協力してもらえませんか?」


「面白そうだから、その話を信じたい気持ちもあるが――」


 ダメ元で幸太郎は頼むと、刈谷はニヤリと笑ってナイフを幸太郎の首筋に押し当てた。


 やっぱりダメだったのかなと、幸太郎は呑気にそう思って肩を落とす。


「――お前の話が嘘の場合もある」


「本当なんですけど」


 そう言って、真っ直ぐ自分を見つめてくる幸太郎を、刈谷は頭の先から爪先まで睨む。


 値踏みするかのように睨んでいる刈谷だったが、しばらくすると、首に押し当てていたナイフを離し、堰を切ったように、楽しそうにバカ笑いをしはじめた。


 突然笑いはじめた刈谷を不思議そうに幸太郎は見つめる。


「まあ、ティアの姐さんに面と向かって空気の読まない一言を言ったお前に、そんな嘘がつけるほど器用じゃねぇか」


 先日、ティアが幸太郎にセラへの言伝を頼んだ時、幸太郎はストレートに思ったことを言ったことを刈谷は思い出していた。


 褒められているのか貶されているのかわからない幸太郎は、戸惑いながらも取り敢えずお礼を言うことにする。


「ありがとうございます?」


「褒めてねぇよ! まったく、あの後姐さんを宥めるのを大変だったんだからな」


「後でティアさんに謝った方がいいのかな」


「姐さんはそんなに気にしてねぇよ。むしろ――まあ、今はそんな話はどうでもいいか」


 楽しそうな笑みを幸太郎に向ける刈谷。


「いいぜ、協力してやるよ――お前に協力した方が面白そうだ」


「協力してくれるんですか? ありがとうございます」


「面白そうだからな――その前に……」


 突然、刈谷は囲んでいたガードロボットを警棒で攻撃した。


 大きな金属音と、グシャリと何かが潰され破壊される音が響いた。


 警棒で攻撃されたガードロボットの頭部はグシャグシャに潰れてしまっていた。


 丈夫さが売りのガードロボットだと知っていた幸太郎は、いとも簡単にガードロボットを破壊した刈谷の行動と腕力に驚いていた。


「突然どうしたんですか? どうしてこんなことを」


「このガラクタは俺たちの邪魔になるからだ――よっと!」


 説明しながらも刈谷はガードロボットを次々と破壊する。


 危害を加えてきた刈谷を攻撃しようとするガードロボットだが、その前に破壊される。


 警棒で叩き壊し、武輝のナイフで切り刻み、あっという間に囲んでいたガードロボットは鉄屑になってしまっていた。


 片付け終えると、刈谷は幸太郎の乗っていた自転車に跨った。


「ガードロボットには壊されると仲間を呼ぶ機能がある。もたもたしてたらキリがねぇ。急いでここから離れるから、さっさと後ろに乗れ」


「こんなに壊したら……博士に怒られそうだな」


「んなこと気にしないでもいいんだよ。非常事態なんだからな。しっかり掴まってろよ」


 言われるがまま、幸太郎は自転車の後ろに乗って、刈谷の腰をしっかり掴んだ瞬間――

 二人乗りしているのにもかかわらず、一人で普通の自転車と同じくらい――いや、それ以上の速度で出発した。思わず幸太郎は手を離しそうになったが、それを何とか堪える。


 幸太郎が落ちそうになって必死に自身を掴んでいることを悟り、刈谷はケラケラ笑う。


「輝石使いの身体能力を舐めんじゃねぇぞ!」


「お、御見それしました」


「さてと……居場所はどこだぁ? おい少年、お嬢を攫ったのはどんな車だった?」


「黒いセダンでした……というか、片手でよく運転できますね」


 自転車で二人乗りをしているのにもかかわらず、安定したバランスを維持しながら携帯を片手で操作しながら運転をしている刈谷に驚く幸太郎。


 驚く幸太郎に刈谷は当然だと言うように笑い、慣れた手つきで携帯を操作する。


 携帯で麗華の居場所を探っている刈谷に、幸太郎は浮かんだ疑問を質問する。


「携帯を使ってどうやって鳳さんの居場所を探すんですか?」


「治安維持部隊には特殊な機能が追加された携帯が支給されるんだ。その携帯は各エリアに配置されている監視カメラの映像を見ることができる。それで、お前の居場所もわかったんだよ」


「あー、だから刈谷さんが都合よく現れたんだ」


 刈谷の説明を聞いて、幸太郎はようやく納得した。


 麗華を探している最中に刈谷と出会うなんて、都合が良すぎると思っていたからだ。


「確か、お嬢は公園で誘拐されたって言ってたっけ……あった、犯人の奴の顔は上手く隠してるから見えねぇが、かなりの大男だな。このままこの車の足取りを――」

「刈谷さん! 後ろからたくさんのガードロボットが追いかけてきてます!」


 カメラの映像で麗華を連れ去った車の足取りを追っていた刈谷だったが、慌てた様子の幸太郎の注意を聞いて後ろを振り返ると、大量のガードロボットがホバー移動しながらこちらに向かっていた。


「新型ガードロボット製作中って聞いてたが――十分に今のままでも高性能だっての!」


「な、何か撃ってきそうな感じなんですけど……」


 ホバー移動しながら、筒状の形をしたアームパーツを幸太郎たちに向けてきた。


 清掃ロボットとして活動している時は、あのアームはゴミを吸い出す掃除機として活躍しているが、追われている身の幸太郎にはそんな環境に優しいものには見えなかった。


「やべぇ! ショックガンだ――あぶねぇ!」


 ガードロボットのアームパーツから破裂音がすると同時に、刈谷は自転車をドリフトさせる。


 すると、元いた場所のアスファルトの破砕音が響くと同時に、砕け散った。


「まったく、あのマッドサイエンティストめ! 人に直撃したらやばいっての! ――少年、俺のズボンのポケットにあるボールを出して、あのポンコツに向かって投げろ!」


「はい……えっと――これかな?」


「ちょっ、おま! バカ野郎、どこ触ってんだ! そのボールじゃねぇよ!」


「ごめんなさい――あ、あった、この赤いボールを投げればいいんですね」


 幸太郎は刈谷のズボンの中に入っていた、赤い小さなスーパーボール大の大きさのボールを取り出した。


「そうだ、それを思いきりあのポンコツに当てろ!」


 刈谷に言われるがまま、幸太郎は思いきりガードロボットに投げた――が、ボールはあらぬ方へと向かってしまい、近くの街路樹にぶつかった。


「ば、バカ野郎! どこ狙ってんだ! せっかくの秘密兵器――」


 作戦が失敗して、刈谷は怒声を張り上げるが、それをかき消すかのようにボールが激しい爆発音とともに、小規模な爆発した。


 木のすぐ下に爆発したため、木が根元からへし折れ、折れた木がタイミングよく幸太郎たちを追っていたガードロボットたちの頭上に落下して、ガードロボットを破壊する。


 沈黙の後、刈谷は幸太郎にサムズアップをして、幸太郎は自慢げに胸を張った。


「刈谷さん、爆弾を持ってるんですね」


「あれはちょっと火薬の量を増やしたかんしゃく玉だよ。作戦成功だな」


「ちょっとどころじゃないと思うんだけど……あれ、人に使ったら死にますよ?」


「平気平気。ここには輝石使いしかいないんだ。輝石使いは丈夫だからあれくらいじゃ死なねぇ。一度使って姐さんに怒られたけど、秘密兵器として持っててよかったぜ」


 ケタケタと楽しそうに笑っている刈谷につられて、幸太郎も笑った。


「――おっと、居場所が見つかりそうだぞ……よし、ここだな……」


 携帯で麗華の居場所を探っていた刈谷に進展があった。


 幸太郎は刈谷の携帯を覗き見ようとしたが、自転車から落ちそうになったのでやめた。


「どこに鳳さんがいるんですか?」


「サウスエリアにある研究所だな。……なるほど、随分といいところに隠れてやがる」


「サウスエリアって研究区域ですけど、そんな場所に隠れる場所なんてあるんですか?」


 サウスエリアには、セキュリティが高い施設がたくさんあるので、隠れる場所がなく、風紀委員が巡回する必要がないと、麗華が説明していたことを幸太郎は思い出す。


「あそこは基本的に人通りが少ねぇし、それぞれの建物毎に厳重なセキュリティがされていて、立ち入り禁止区域も多い。だが、セキュリティを突破できる高度な能力を持っていれば、普段は使われない研究所に侵入できる……厄介な奴が犯人だな」


 忌々しげに舌打ちをして犯人は頭が良いと評価する刈谷に、幸太郎も同感だった。


 誰がどういう理由で麗華を連れ去ったのかを理解できない幸太郎に、ようやく不安な気持ちが生まれた。


「鳳さん、大丈夫かな……」


 不安を口にする幸太郎に、刈谷は「心配すんな」と優しく声をかけた。


「あの無茶苦茶なお嬢だぜ? 心配するだけ損だよ。というか、あのお嬢を連れ去った犯人もどうしてあんな騒がしいお嬢を連れ去るかねぇ」


「……鳳さんよりも、犯人の方が心配になってきた」


 鳳さん、犯人を痛めつけてないかな……命までは奪わないと思うけど、半殺しなら十分にありえる。


 刈谷の言葉を聞き、容易に犯人をボコボコにする図を思い描けた幸太郎。そして、麗華のことを心配するよりも、幸太郎は連れ去った犯人の心配をしてしまう。そんな素直な感想を言った幸太郎に、刈谷は同意を示すように豪快に笑った。


「そんじゃあ、犯人のために囚われのお姫様をお迎えに行きましょうかね」


 そう言って、刈谷は自転車をこぐスピードをさらに上げた。




――――――――――――――――――




「どうやら、セラ・ヴァイスハルトは輝動隊に拘束されたようだね」


 麗華とドレイクの二人きり部屋の中に、嬉々とした表情を浮かべて北崎が入ってきた。


 セラが輝動隊に捕まったという情報を聞いて、俯いていた麗華はゆっくりと顔を上げた。


 薬のせいでまだ全身に虚脱感が残っているようで、喋れない様子だったが心は折れておらず、敵意に満ちた目で麗華は北崎を睨む。


 出所のわからない情報など信じていない様子の麗華を見透かしたように、北崎は気分良さそうに笑っていた。


「アカデミーの学内ネットにアクセスしたら、セラさんが拘束されたことが掲示板でかなり騒がれていたようだよ? ほら、これを見てごらん」


 北崎は学内ネットの掲示板のページを開いたままの携帯の画面を麗華に見せる。


『セラ様が輝動隊に拘束された!』、『どうしてセラ様が?』、『どうやらこの爆発騒ぎに風紀委員が関わっているらしい』と、掲示板に書き込まれていた。


 それを見て、悔しそうな表情を浮かべる麗華に、さらに北崎は気分良くなる。


 しかし、気分良さそうな北崎とは対照的に、ドレイクは何か引っかかるものがあった。


「……もう一人のメンバーは?」


 ドレイクの言葉に、麗華も幸太郎が拘束されたという情報がないことに気づく。


 その指摘に、痛いところを突かれたようで北崎は苦笑を浮かべる。


「それについてだけど……どうやら、ややこしい事態になっているようなんだ」


「計画に支障は?」


「最終段階の計画が少し早まるだけで、計画自体の遂行に問題はないよ」


 今まで運良く計画が円滑に進んでいたが、ここにきてついに計画に支障が出てしまう。


 この事態にドレイクは内心焦っていたが冷静を装い、北崎は余裕そうな態度を崩さない。


「でも、ただ一つ問題が――」


 北崎のその一言に、ドレイクは不安を抱く。


「拘束されていない風紀委員の落ちこぼれ君は、厄介な相手を引き連れているんだ」


「相手のことを詳しく教えろ」


「刈谷祥――輝動隊だけど、自分のルールを持つ一匹狼を好む気質で、無茶苦茶なやり方で多くの事件を解決した実力者。無茶苦茶な解決方法で同じ輝動隊の隊員や生徒たちに『狂犬』と恐れられている人物だよ。落ちこぼれ君と一緒に来ているみたいだけど、他に輝動隊の隊員はいないよ。まあ、セラさんが来たら確実に計画は失敗だったから、運が良かったね」


 他人事のように言っている北崎だったが、ドレイクは安心できなかった。


 刈谷祥――ドレイクはその名前を知っていたからだ。


 輝動隊の中でも実力はトップクラス、凶悪な相手には手段を選ばぬ戦い方で、相手を完膚なきまで徹底的に痛めつけ、敵はもちろんあまりの凶悪性に味方にも恐れられている人物……厄介な相手だ。


 強敵と対峙するかもしれないドレイクは心の中で嘆息する。


「監視カメラの映像を見ることができる輝動隊の彼は、すぐに居場所を察知してここに来るだろうね。ドレイク君、悪いんだけど君は――」


「時間を稼ぐ――了解した」


「話が早くて助かるよ。待ち合わせ場所は、前もって説明した通りで」


 ドレイクは頷き、北崎は部屋を出ようとすると、麗華は一人クスクスと笑い、そして、堰を切ったように「オーッホッホッホッホッ!」と、力を込めて大きな声で高笑いした。


 まだ本調子ではないのに、思いきり力を込めて笑ったせいで、麗華は息切れを起こしているが、気にせずに心底愉快そうに笑い続けていた。


 うるさいぐらいの高笑いを聞いて、ドレイクは一瞬ポカンとする。


 こんな笑い方をするのか、このお嬢様は……人は見かけによらん。


 第一印象とはまるで違う麗華に、ドレイクは心の中でため息を漏らした。


「ど、どうやら、計画に支障が出たようですわね……」


「そうなんだよね。いやぁ、意外だったよ。広告塔以外何の役にも立たないと思っていた人が、意外な行動に出るなんて思いもしなかった。油断したよ」


 ニッコリとした笑顔のまま、息切れしている麗華にゆっくりと北崎は近づく。


 椅子に拘束されている麗華を冷たい目で北崎は見下ろし、麗華は不敵な笑みを浮かべて北崎を睨んだ。


「でもね……なんだ。少しそれが早まっただけでね」


「負け惜しみにしか聞こえませんが……一つ忠告しておきますわ」


「参考までに、是非とも聞きたいね」


 真っ直ぐと北崎を見つめ、麗華は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「確かに彼は落ちこぼれの凡人、ですが、自分の計画の邪魔をした彼をあまり舐めない方がよろしいですわよ?」


「ありがとう、肝に銘じておくよ」


 麗華の忠告に、丁寧にお礼を述べて頭を下げる北崎だが、明らかに幸太郎を完全に舐め切っている様子だった。


「それじゃあ、お姫様。大人しく留守番をしているんだよ? 


 これ見よがしに、北崎は麗華の輝石がついたブローチを部屋に置かれている机に置いた。


 不可解な北崎の行動を麗華は怪訝そうに見つめていた。


 北崎とドレイクは、麗華を残して薄暗い部屋を出た。


「さてと……ドレイク君、君には悪いんだけど、僕は計画の最終段階に移行するために時間が惜しい。時間稼ぎをよろしく頼むよ。こちらの準備が終わったら連絡するよ」


「了解した」


「それと、私事で悪いんだけど――」


 害のないような優しげな笑みを浮かべ、物腰も柔らかい北崎だが、その表情からは激しい怒りと殺意をドレイクは感じ取り、北崎の冷酷な本性が垣間見えた。


「計画の邪魔をした落ちこぼれ君にはきついお仕置きを頼みたいんだ」


「時間が余ったら考えてやる」


「是非ともよろしくお願いするよ」


 ドレイクの返答に満足そうに北崎は微笑むが、ドレイクにはそんな気はまったくない。


 むしろ、いけ好かない北崎の鼻っ柱を折ってくれて清々した。


 武輝を出す能力がないのに、北崎の計画を邪魔した七瀬幸太郎という男に、ドレイクは敵ながら天晴だと思った。


 しかし、その感情をすぐに消し、気持ちを切り替える。


 これから戦闘をするかもしれないので、余計な感情は必要なかった。


 ドレイクはポケットから、淡い光を放つを取り出した。

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