第6話

「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 興味深い、実に興味深い! まさか、機械に自分の精神を定着させるとは、ありえない! 実に興味深い!」


 黒縁眼鏡をかけた白髪交じりのボサボサ頭の白衣を着た男、ヴィクター・オズワルドは今の七瀬幸太郎の状態――輝械人形の身体に自身の精神を定着させている状態に、好奇心に満ちた情熱的な瞳を向け、狂気に満ちた笑い声を上げながら何度も『興味深い』と叫んでいた。


 ここに来てからずっと笑っているヴィクターの様子を、校医の立場として幸太郎の状態を見に来て、事件の経緯を彼に説明している萌乃薫はじっとりとした目で見つめていた。


「もー、ヴィクターちゃん、気持ちはわかるけどいい加減落ち着いてよ。話が進まないわ」


「いやー、すまないすまない萌乃君。しかし、私の常識を遥かに超えた事態が目の前に起きてしまっているのだ、中々興奮が抑えきれないのだよ! ハーッハッハッハッハッハッハッ!」


「まったく、ヴィクターちゃんったら……それじゃあ、幸太郎ちゃん。話を続けるわよ」


「ドンと来てください」


 興奮を抑えきれずにハァハァと発情期の犬のような浅い呼吸を繰り返すヴィクターを無視して、萌乃と幸太郎は話を続ける。


 萌乃は数時間前に墜落事件が起きてから今までの経緯と、事件に巻き込まれたセラたちの容態を説明すると、幸太郎は徐々に飛行機内で起きた出来事の記憶が断片的だが蘇ってくる。


 眠っている時に、目覚まし代わりの爆発音が鳴り響いて機体に大きな穴が開く。


 機体の制御が失ったところに輝械人形が現れて、大乱戦に。


 セラたちに守ってもらっていたが、大きく揺れる機内では上手く戦えず、幸太郎は輝械人形に捕まると、パイロットの服を着た北崎が現れ、幸太郎とともに機体に空いた穴から躊躇いなくダイビングして、意識が飛ぶ。


 再び意識が戻ると、どこかわからない場所に連れ込まれ、何だかよくわからないヘルメットを被らされて再び意識を失う。


 意識を失いながらも、俯瞰で北崎たちのやり取りを見ており、何やら誰かの写真を見ながら話し合っていたことを思い出し、それらを説明した。


「墜落事件についてはよくわかったし、説得力もあるんだけど……その後は――うーん……俗に言う幽体離脱って現象なのかしら? その点についてヴィクターちゃんはどう思う?」


 断片的でありながらも事件が起きた機内の状況を聞いて萌乃は納得していたが、気を失いながらも俯瞰で北崎たちのやり取りを眺め、気づいたら輝械人形になっていたという、その後の突拍子のない内容の説明は校医として多少の医療に携わる身としては半信半疑だった。


 萌乃はヴィクターに意見を求めるが、彼も萌乃と同じく難しい表情を浮かべていた。


「科学者という立場でオカルトに傾倒するのは少々どうかと思うのだが――フム……おかしくはないのかもしれないな。思い出したまえ。以前の事件で死神ファントムがティアストーンに自身の意識を潜ませ、ティアストーンを使用した教皇エレナの精神に長い間潜り込みながら侵し、最終的には意識を乗っ取ったという現実離れした事例があっただろう。輝械人形に自身の精神を定着させた今のモルモット君はそれと似たようなことが起きているのだ。おそらく、急激にモルモット君の中に眠る賢者の石の力を引き出したことによるショックで肉体と精神が離れてしまったか、それか、賢者の石の力が所有者を守るために一時的に精神を肉体から離したか――いずれにせよ、モルモット君の中にある賢者の石の力が原因で引き起こされた事態に間違いない」


 かつてのアカデミー都市で『死神』と呼ばれるほどの実力で恐れられ、ノエルやクロノと同じくイミテーションであった、ファントムの意識がつい最近までエレナの意識に潜んでいた事例を挙げて、幸太郎の身に起きている現象についてわかりやすく説明をするヴィクターだが、萌乃はかわいらしく小首を傾げて納得できなかった。


「確かに説得力のある説明だけど……うーん、やっぱり非現実的過ぎて信じられないわ」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! 私もさっぱりわからんよ! だからこそ、興味深いのだ! だが、モルモット君のおかげで敵が誰なのかが漠然として、幽体離脱した中で得られた証拠で先手も取れるかもしれないのだ! まさに不幸中の幸いだ!」


「本人からしてみれば不幸の出来事には違いはないけど、確かにこちらにしても幸いね。それに、どこかに監禁されていた時の身体の具合を聞くと、多少の怪我は負っても重大な怪我はしていないようだし……取り敢えずは安心できるわね。取り敢えずは」


 幸太郎の身体が見つからない状況でまだ油断はできないが、それでも輝械人形に定着している精神は元気そうなので、萌乃は安堵の息を深々と漏らして、今日一日ずっと張り詰めていた緊張感を解いた。


「それで、幸太郎ちゃん。今の状態でどこか身体に違和感はあるかしら?」


「さっきまで両手両足が千切れかけてましたけど、ようやく少し動けるようなりました」


 巴たちとの戦闘で千切れかけていた両手両足をヴィクターとアリスの応急処置で少しだけ動かせるようなり、指をぴくぴくと小刻みに動かして見せた。


「巴ちゃんと祥ちゃんにボコボコにされたけど、痛みはあった? または、痛むようになった?」


「痛みはないんですけど――あ、さっき汚物を見るような目で僕を見ていたアリスちゃんたちを思い出すと、胸が痛くなります」


「うん、問題ないようだけどそんなかわいそうな幸太郎ちゃんのために、先生が――ギュってしてあげる❤ どう? 私の手の感触伝わる?」


「薫先生の手、ぷにぷにして温かくて気持ちいいです」


「あら、嬉しいわぁ☆ それじゃあ今度からはいつだってギュッギュしてあげるね❤ ――あ、そうだ。お腹とか空いてない? もう夜だしお腹空いているんじゃないかなぁ」


「もうそんな時間ですか? 機内食、いっぱい食べたから全然お腹空いてないです」


「元気なのはいいけど、食べ過ぎちゃだめよ? 幸太郎ちゃんの美味しそうなくらいの華奢な身体が崩れちゃったら、私結構ショックなんだから」


「大丈夫です、僕、昔から太らない体質ですから」


「ホント、羨ましいわぁ……――どうやらいつも通りの幸太郎ちゃんのようね」


「よかったです」


「うん……今の幸太郎ちゃんは、何も問題なさそうね」


「薫先生は大丈夫ですか? 何だか疲れている感じがしますけど」


「あら……フフ、先生なら大丈夫。最近ちょっと夜までヴィクターちゃんと一緒にいるせいで、少し寝不足なの」


「なんだかエッチです」


「誤解しないで。お仕事をしているだけだから♥ ありがとうね、心配してくれて。あ、疲れた時は幸太郎ちゃんの胸を貸してもらおうかしら?」


「ドンと来てください」


 普段通りの会話を繰り広げながらも、萌乃は幸太郎の状態を観察していた。


 仕組みはわからないが、輝械人形に定着した精神が今の身体に慣れてきているのか、声が戻ってきただけではなく、僅かながらに触覚が戻りつつあることを幸太郎の話を聞いてなんとなくだが察していた。


 今のところ、萌乃は幸太郎の精神には何も問題はないと思っている――というより、前例のない非現実的なことが起きているので判断しづらく、問題ないと思いたかった。


 だが、何よりも心配なのは幸太郎の肉体の方だった。


 精神が離れている間、肉体は植物人間のようになっているに違いなく、精神が肉体に戻らなければ肉体の方が消耗しきり、精神が戻る頃には肉体が衰えきって最悪な事態になってしまう恐れがあるからだ。最悪な事態を想像して不安になりながらも、それを幸太郎に悟られないようにする萌乃。しかし、逆に幸太郎に気を遣わせてしまう。


 自分のことよりも相手を気遣う幸太郎の優しさと相変わらずの呑気さに萌乃は思わず脱力して微笑んでしまい、これ以上彼に気を遣わせないために気を引き締めた。


 一通りの問診を終えて、萌乃と幸太郎のやり取りを鼻息荒くして眺めていたヴィクターは待っていたと言わんばかりに「さて、次は私の番だ!」と妙なポーズを決めて、幸太郎に急接近する。


 幸太郎の目――頭部にある高感度のセンサーが取り付けられた二つの目の部分に、ヴィクターは新しい玩具を与えられた子供のようにキラキラして、狂喜と官能的なまでの情熱に満ちた光を宿した自身の目を合わせた。


「今回の騒動のおかげで、私は旧型と新型の輝械人形についての差異について、よくわかったよ。形状は私が開発した戦闘用の人型ガードロボットの形状に酷似しているが、中身は全く違う。ボディも私が設計したガードロボットよりも遥かに頑丈だし、武装も輝石使いに十分に対応できる電撃と衝撃波を放てる威力のショックガンも搭載されている。そして何より、アンプリファイアで輝石を反応させて武輝を生み出す新型輝械人形はおそらく、兵輝へいきの基礎技術を流用して作られているのだろう」


 嬉々とした口調で、ヴィクターは語りはじめる。


 ヴィクターの口から出た『兵輝』とは、今回の事件に大いに関係している北崎雄一がアルバートとアルトマンの協力を得て作り出した『兵器』であり、その力は輝石を扱えない者でも、輝石を扱えるようになり、輝石使いでも使えば急激なパワーアップができる革新的な発明品だった。もちろん、アフターリスクもあるが、改良を重ねてアフターリスクは少なくなっていた。


 今後の世界にとって、誰にでも大きな力を与える兵輝は新たな争いを生む危険なものだった。


「かつて、アカデミー都市にアンプリファイアが広まった際に北崎雄一は人に害を与

えないアンプリファイアの力の量を知って、兵輝を作り出したのだろう。そして、その技術を応用してアルバートは煌石を扱える人間を必要としない新型輝械人形を設計した――まさに、天才! 私以上の天才だ! 参ったよ、降参だ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


「相手が天才なのはわかったから、他に何かわかったことはないの?」


 北崎とアルバートの発明品の素晴らしさを嬉々と説明して、二人の天才に敗北宣言をするヴィクターの話を、幸太郎は興味津々といった様子で聞いていたが、対照的に萌乃はじっとりとした目で睨んで話を本筋に戻した。


「アルバートは天才であることには間違いないが――道は違えても同じ師を持つ我らの考えは同じ。研究成果を完全なものにするために、データ収集と観察は怠るなという師の教えをいまだに守っているようだ……アルバートはそこでずっと、リアルタイムで眺めているのだよ。新鮮なデータを集めるために、いつもね」


「もしかして、その目からずっとアルバートはこちら側の様子を窺っていたの?」


 そう言って、ヴィクターはじっと見つめていた幸太郎の目――頭部にある鋭い双眸のようなセンサーを指差した。


 その瞬間、萌乃は即座に二つ目のセンサーを抉り取ろうと身構えるが、「まあ待ちたまえ」と楽しそうに笑っているヴィクターが制止させた。


「安心したまえ。機能停止すると同時に録画機能は停止しているのだ。さすがはアルバート、用心深いことだ」


「で、でも、現に幸太郎ちゃんは動いているわよ」


「モルモット君が宿っている輝械人形は既に機能停止して録画機能も停止している。原理は不明だが、今輝械人形が動いているのは、モルモット君の精神力のようなものが動かし続けているようなものだろう――あぁ、実に興味深い!」


 輝械人形自体の昨日は停止しているはずなのに、それでも幸太郎の精神で動いているという状態にヴィクターの好奇心は再び爆発しそうになるが、それをグッと堪えて話を続ける。


「アルバートへ録画したデータをリアルタイムで送信する機能を上手く利用すれば、アルバートの居場所を辿れるかもしれない。未来の希望と信じて疑わない輝械人形の更なる強化のために新鮮な情報が欲しいアルバートならば、必ずデータを受信する装置を肌身離さず持っているだろう」


「それじゃあ、上手く行けば一気に事態は好転するってことね」


「そうだといいのだが……まあ、祈っていてくれたまえ」


 現状を一気に解決する手立てが見つかり、嬉々とした表情を浮かべる萌乃だが、ヴィクターは複雑な表情を浮かべてどこか納得していない様子だった。


 漠然としないものを抱えながらも、ヴィクターは「それにしても――」と、呆れたようにため息を漏らして幸太郎に視線を向けた。


「アルバートと北崎君たちはきっと、更なる力を得るために君を利用するつもりだろう……そして、特に危険なのは北崎君だ。なんせ、以前北崎君を特区に収容したのは君だ。彼が君に対して良からぬ感情を抱いているのは当然だろう。気をつけたまえ」


 幸太郎と因縁のある北崎への警告をするヴィクターだが、呑気にも幸太郎は「懐かしいです」と北崎を捕まえた時の事件を思い出していた。


「あの時から麗華さんやセラさんやティアさんや刈谷さんとはじめて会って、博士とも出会いましたね……何だか、すべてのはじまりって気がします」


「確かに、北崎君からすべてがはじまったのかもしれないな……」


 呑気な幸太郎に呆れつつも、今に続く縁が生まれた切欠を作ったすべてのはじまりの事件を思い出して、ヴィクターはどこか遠い目をしていた。

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