第7話

 数時間前に緊急で開かれたばかりだというのに、今日だけで二度目の緊急会議が前と同じ鳳グループ本社の会議室で開かれた。


 大勢の鳳グループ幹部、教皇庁の上層部である枢機卿たちが集まっており、鳳グループトップである大悟と、映像通信だがエレナもいた。

『今回の件について話したいことがあるから、一時間後にみんな集まってください❤』――輝械人形が暴走した事件が収束すると同時に送信先不明のふざけた文章のメールを送って、重役たち全員集めるようにと指示してきた北崎だった。


 今度の会議室内の空気は大悟と映像越しのエレナから放たれる静かな怒りだけではなく、アカデミーに混乱を陥れた北崎への怒りに満ちていた。


 指定された時間を十分程過ぎた頃――張り詰めた緊張感が漂う空気の会議室内に、「ああ、遅れてごめんなさい」と妙に緊張感のないフランクな声が響いて、会議室に設置されたスクリーンに薄暗いどこかの場所にいる北崎雄一の姿が映し出された。


 フレンドリーな笑みを浮かべたスーツを着て、眼鏡をかけた、一見すると好青年に見える北崎雄一は、静かな怒りを宿している大悟たちに向けて「どーも」と軽い調子で挨拶する。


「いやぁ、ごめんなさい。色々と準備をして、最終チェックもしてたら遅くなっちゃって――ほら、アルバート君も謝らなくちゃ――え、ついでに謝ってくれ? 勘弁してよ。みんな怖い顔をしてるんだから、誠意を見せて少しは雰囲気を柔らかくしないと――……わかったよ……――アルバート君も謝っているようです」


 映像に映っていないアルバートと映像外で気の抜けたやり取りをしている北崎だが、会議室内の空気は冷え切っており、誰もが射貫くような目で北崎を睨むように見つめていた。


 抑えることなく自分に向けられている敵意に、北崎はやれやれと言わんばかりに仰々しくため息を漏らすが、口元は嫌らしい笑みを浮かべて自分に置かれた状況を心底楽しんでいた。


「まずは、輝械人形の暴走についてだけど――ごめんね💗」


 さっそく本題に入ると同時に、北崎はチャーミングな笑みを浮かべて頭を下げた。


「こちらとしても想定外だったんだ。今まで誰が使っても平気だったから、輝械人形の制御装置が暴走するとは思いもしなかったんだ。いやぁ、彼の力は想定以上だ。素晴らしい、実に素晴らしかったよ! まあ、彼の力の一端を君たちも見れたから君たちにとってもよかったんじゃないかな。でも、おかげでアカデミー都市内に隠していた輝械人形が暴走したし、貴重な新型輝械人形も壊されちゃったから、こちらにとってはマイナスかな? ――あ、いや、別にこっちが悪くないって言っているわけじゃないんだ。予定にないことをしてしまって、君たちを混乱させてしまったこちらに責任があるからね」


「……七瀬さんは無事ですか?」


 幸太郎の持つ力の一端を垣間見て北崎は興奮を隠し切れない様子だが、会議室内の空気は増々冷え込んでしまっていた。


 喋るだけでも人を苛立たせる北崎の言葉を、エレナは淡々としながらも有無を言わさぬ静かな怒りを込められた声で幸太郎の安否を尋ねて遮った。


 エレナの質問に「ああ、彼なら大丈夫だよ――」と北崎は軽く答え、自分を映し出しているカメラを手に取り、傍にいる幸太郎を映し出した。


 傷だらけで着ている服の所々に血がついている幸太郎は、顔の上半分を様々なコード類に繋がれた鉄製のメットを被らされ、車椅子に座っていた。意識がないのか、普段のような呑気な言葉を発することなく、何気なく北崎が肩に触れてもまったく反応はなかった。


 重大な怪我をしているわけではなさそうだが、それでも傷だらけの幸太郎の姿を見たエレナは映像越しでありながらも全身から怒気が静かに溢れ出ていた。


 普段は感情を表に出さないエレナから激情を感じて、北崎は気分良さそうに、それでいて、煽るような笑みを浮かべた。


「安心してよ、力を引き出したせいで彼は眠っているだけだよ。いつ目が覚めるのかはわからないけど、命には別条はないから。大丈夫、彼は貴重な存在だから、丁重に扱うから安心して」


「彼を利用して我々を利用するつもりだな」


「さすがは鳳大悟――いや、ここにいるみんなもそう思っているのかな? 話が早いし、こっちが何をしようとしているのかもお見通しのようだ」


「戯言はいい。目的を話せ」


 まるで貴重な陶磁器に触れるかのように優しく幸太郎の両肩を掴んで、撫でる北崎に、激情を宿した抑揚のない低い声で大悟は単刀直入に目的を尋ねた。


 幸太郎を取引材料として大いに利用するつもりであることを見抜いている大悟――いや、この場にいる全員に向けて、北崎は嬉しそうに微笑み、煽るようにそんな彼らを褒めた。


 自身への怒りが最高潮に達したと感じた時、北崎は本題に入る。


「君たち鳳グループと教皇庁は、近い内に強固な協力関係をアカデミー内外にアピールするために、記者会見すると同時に大勢の人を集めてパーティーを開くって情報を聞いたんだけど――それを明日にでも開いてほしいんだ。盛大に、華やかに、豪華にお願いするよ?」


「ふざけるな! 教皇庁旧本部で発生した事件から日が立っていないのに加え、貴様が引き起こした今回の騒動で周囲が混乱しているというのに開けるわけがない!」

「短時間で今後のアカデミー――いや、世界や輝石使いの子供たちの行く末が決まる重要なパーティーを開けるわけがない! 準備にどれだけ時間がかかると思っている!」

「それに、無理に開いたパーティーで、貴様らが何か騒ぎを起こそうと考えているに違いない!」


 未来を決める重要なパーティーの開催を急かす北崎の無茶な要求に、今まで彼への怒りを抑えてきた鳳グループ幹部や、枢機卿たちから怒りの声が上がる。


 自分の一言で一気にヒートアップする会場内を見て、満足そうでありながらも煽るように微笑んでいる北崎は「まあまあ落ち着いてよ」と諫めて、話を続ける。


「無理を言っているのはこっちも承知だよ。でも、何事も早急に行動した方がいいよね? にとって――さあ、どうするのかな? 大悟さんとエレナさんは」


 最終決定権のある大悟とエレナに視線を向ける北崎。


 どんなに無茶な要求をしても、賢者の石=七瀬幸太郎が自分の手の中にいる限り、相手が自分に従わざる負えないことを十分に理解している北崎の表情は余裕と優越感に満ちていた。


 北崎の掌で踊らされていることを十分に承知しながらも、現状で対策ができない大悟とエレナは余計な問答をすることなく、力強く、それ以上に心底不承不承といった様子で深々と頷いて北崎の指示に従うことを了承した。


「さすがは鳳大悟と、エレナ・フォルトゥス! 賢明かつ迅速な判断、感謝しますよ!」


 強大な組織のトップが素直に自分に従ってくれたことに、快楽にも似た優越感が全身に走る。


「その代わり、七瀬幸太郎をこちらに引き渡してもらう」


「……考えておきますよ――それでは、また」


 従う代わりに幸太郎の身柄を引き渡せと大悟は要求するが、明らかに大悟の要求を呑むつもりのない笑みを残して、北崎は映像通信を切ろうとするが、「ああ、そうだ――」と、何かを思い出したように話を続ける北崎。


「ずっとあなたたちに感謝をしたかったんですよ。あなたたちのおかげで僕の兵輝が完成しも同然なんだから――ありがとうございました」


 ねっとりとしたいやらしい笑みを浮かべて、挑発的に感謝の言葉を述べる北崎。


「草壁さんがアカデミー都市にバラまいてくれたアンプリファイアのおかげで、兵輝に使用しているアンプリファイアに関するデータも集めたし、兵輝の試作機を使ってくれたセイウスさんのおかげで完成に近づけたんだからね――ホント、あなたたちには感謝してますよ」


 草壁雅臣くさかべ まさおみ――かつてはアカデミーの教頭を務めて、大悟の右腕だった人物だが、大悟に対する私怨のためにアカデミー都市にアンプリファイアを広め、鳳グループを陥れようとした張本人だった。


 セイウス・オルレリアル――かつては教皇庁で枢機卿を務めていたが、私益を求めるあまり、アルトマンたちと手を組んで自滅した男だった。


 その二人を裏で操り、自分の目的を果たせた北崎は改めて映像越しにいるアカデミー上層部に向けて、憎たらしいほどの明るい笑みを浮かべて感謝の言葉を述べ、「それじゃあ、またね☆」と通話を切り、彼を映し出していた映像が途絶えた。


 北崎との連絡が途切れて、しばらくの間会議室は静寂に包まれるが――一人の若い鳳グループ幹部の青年が、「罠です!」と声を張り上げた。


「これは明らかに罠です! 相手の要求に従うのは危険です!」


 鳳グループの幹部が大悟とエレナに警告するが、言われなくとも二人は十分に理解していた。


「理解しているが、七瀬幸太郎という交渉材料があちら側にいる限り、我々はあの男に従うことしかできない。しかし、我々もあの男と切り札を持っている」


 大悟のその言葉に、鳳グループ幹部や枢機卿たちは北崎が接触する直前に輝械人形に七瀬幸太郎の精神が今回暴走した輝械人形の一体に宿ったという報告を思い出すが、あまりにも非現実的な報告だったので信じられないし、切り札と呼ぶには些か不安があった。


 そんな彼らの不安と不信を感じたからこそ、エレナと大悟は七瀬幸太郎という存在が今回の一件の重要な鍵になること間違いないと確信した。


「七瀬さんの現状を聞いたら、きっとあなたたちと同じ反応を示すでしょうし、想定もしていないでしょう。七瀬さんの証言からヒントを見つけ出し、我々の手の中にも七瀬さんがいると言うことを北崎たちが知らないことを利用すれば、我々を掌で動かしていると思い込んでいる彼らを出し抜けるはずです」


 今の幸太郎について何も知らない北崎たちならば、裏をかける可能性は大いにありえる言った教皇エレナの言葉に、いまだに不安と不信は拭えなかったが、一縷の希望が見えてくる。


「要求通り明日にパーティーを開けば、確実に北崎たちは何かしらの行動を起こすだろう。しかし、相手が派手に動く分、つけ入る隙も大きくなる。それを考えれば、罠だとしても、明日のパーティーを開く価値はある――何か他に意見はあるか?」


 北崎の要求を通りに動きながらも、相手の裏をかく大悟の考えに、アカデミー上層部たちの話し合いがはじまる。


「我々の協力関係を世間にアピールする明日のパーティーは今後のアカデミーの未来を決めるかもしれない、重要なパーティーです。それなのに、北崎たちが騒ぎを起こせば、最悪我々の信頼が失墜してしまいます」

「現在、ヴィクターが回収した輝械人形からアルバートたちの居場所を探ろうとしている。居場所がわかるまで、その判断は待つべきでは?」

「しかし、北崎たちは明日にパーティーを開くようにと要求してきたのだ。明日の準備のことを考えれば悠長に報告を待っている時間はない」

「それに、何も情報や打つ手がない状況で他の手立てを考える時間もない……癪だが、北崎たちの要求を呑むしかないのか……」

「明らかな罠だが、確かに相手は派手に動く可能性は多いありえる――社長の言う通り逆にチャンスと思うべきなのかもしれないな……そう考えれば、希望はあるのかもしれん」


 不安が残るが、打つ手が何もない以上、大悟の言う通り相手の隙をつくために北崎たちの要求を呑むべきだとアカデミー上層部の面々は思いはじめていた。


 しばらく会議室内が騒がしくなり、鳳グループと教皇庁は話し合う。


 お互いの組織が本気で話し合っている会議室内の状況を見て、切羽詰まった状況だというのに大悟とエレナは無表情ながらも安堵しきった様子で眺めていた。


 長年反目しあっていた組織が協力してアカデミーのために意見を出し合って、難題を解決しようとする――これこそが、大悟とエレナが見たかった光景であり、未来のために必要なものだったからだ。


 数十分後――ようやく意見がまとまったアカデミー上層部は、北崎たちの要求を呑むことにした。もちろん、反撃の刃を研いでおくことを忘れずに。


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