第8話
「随分と煽ったようだが、大丈夫なのかな?」
「ああいう何でもできるような人たちをからかうのって、すごく楽しいんだよね。だから、ついつい興が乗っちゃったけど、さすがにやりすぎちゃったかな?」
「気持ちはわかるが、自重してくれ。一つの油断が我々には命取りになるのだ」
「ホントにアルバート君は慎重だね。研究をしてる時みたいに、少しは自分を解放して大胆になってもいいのに」
「君のように余裕な態度を崩さないのもどうかと思うのだがな……まあ、足元を掬われないように気をつけるのだな」
北崎たちが使用している隠れ家――アカデミーとの交渉が終わり、パイプ椅子の背もたれに深々と寄りかかり、空港での騒動を起こす前にコンビニで買い置きしていた弁当の一つ、唐揚げ弁当を呑気に食べている北崎はアルバートに小言を言われるが、特に気にしている様子はなく、腹を満たしていた。
「それで、どう見る」
「どう見るって?」
「鳳大悟と教皇エレナのことだ。あの二人、明らかに何かを隠している」
アルバートの一言に、自分の要求に素直に従った時の大悟とエレナの様子を思い出した北崎は「やっぱりそうだよねぇ」とため息を漏らしながら、唐揚げを口に運んだ。
「取引を持ち掛けた時、随分と余裕だなって感じたんだけど、僕と同じことを思っているのなら間違いなく相手は何か切り札を持っているってことになるね」
「何かミスをしたのか?」
「そんなことはないと思うんだけどなぁ。それよりも、君はどうなの?」
「常日頃から余裕な態度を崩さないせいで隙の多い君とは違う」
「あ、ひどいなぁ……もしかして、アルバート君、機嫌が悪い? あー、もしかして貴重な新型輝械人形を無駄に壊しちゃったこと怒ってる? ごめんごめん」
さっきからアルバートの一言一言に棘があることに気づいて、アルバートの機嫌が悪いことを察した北崎は反省の欠片なく軽い調子で謝るが、アルバートは仏頂面を浮かべたままだった。
「明日で一気に世界は変革を迎えるというのに、君は貴重な戦力を破壊したのだ」
「反省してるけど、仕方がないよ。幸太郎君の持つ力があまりにも素晴らしかったから、彼の持つ力をどうしても見たかったんだ。君だってそうだろう?」
「気持ちはわかる。しかし、先程も言ったが一つの油断が大きな命取りになるのだ」
「わかってるって。でも、大丈夫だって。もしもの時は輝械人形の代わりに兵輝が活躍するからさ――だから、明日のことは心配しないでも大丈夫だって」
自信満々といった様子で胸を張って、北崎は今回の騒動で失った新型輝械人形のフォローを、自身が開発した兵輝が務めると軽い調子で言い放つ。
自身を見る北崎の優し気に細められた目がどこか挑発的に感じられながらも、「期待しないでおこう」と、アルバートは気にすることなく北崎のフォローを頼ることにする。
「それにしても、本当にアルバート君は心配性だなぁ。こっちに幸太郎君という素晴らしい力を持つ人質がいる限り相手は下手に手出しできないんだから、少しは落ち着こうよ。そうだ、彼の容態はどうかな? 輝械人形を操ってから眠ったままだけど」
輝械人形を操ってから意識がないままの幸太郎に近づき、少し冷たい幸太郎の頬を慈しむように撫でながら容態について、さっきまで彼の診察をしていたアルバートに尋ねた。
「力を使い果たして意識不明――だが、何か妙だ」
「それって、もしかして……命の危険があるってことなのかな? 勘弁だよ? 処理が面倒だし、貴重な力を持つ人間を失いたくないし、それよりも彼の身に何かあれば、アカデミー――というか、彼の味方が怒り狂ってしまうからね。そうなってしまったら終わりだよ」
幸太郎の命に何かあれば、彼の身の回りにいる強大な力を持つ輝石使いたちが怒り狂うことを想像してゾッとしながらも、北崎はどこか楽しそうな表情を浮かべていた。
そんな北崎の様子を若干引き気味に一瞥した後、旺盛な好奇心と狂気を宿した目で幸太郎に視線を向けるアルバート。
「まるで冬眠をしているように体温が低く、内臓の機能も生命の維持ができる最低限にしか機能していない。しかし、脳は活発に動いてはいるようだ。賢者の石の持つ防衛システムのようなものが、輝械人形を操る際に発生した負荷から所有者を守るために起動して、一時的に彼の身体を仮死状態にさせて守っている――そう推測できるが、我が師の意見を聞かなければまだ詳しくはわからない。しかし、唯一言えることは、命には別条ないということだ」
小難しいアルバートの話の内容を半分以上理解できなかった北崎だが、今の幸太郎の状態が賢者の石の力を上手く引き出せる絶好の機会であることだけはよくわかり、舌なめずりする。
「賢者の石の力で守られているってことは、中々表に出てこない力が身体を守るために表に出ているんだから、今なら力を引き出し放題ってところかな?」
「やめておけ。教皇エレナの力でさえも輝械人形を安定して制御できていたのに、彼は簡単に旧型の輝械人形も、そして、煌石を扱える人間を必要としない新型輝械人形も彼の力に当てられて暴走したのだ。安易に彼の力を使うのは危険すぎる」
「それでも、間違いなく彼の力は僕の兵輝と、君の輝械人形にとって素晴らしい力をもたらしてくれる。なのに、彼の力を有効利用しないなんてもったいないじゃないか」
「制御できない力など身を滅ぼすだけだ。危険すぎる」
「賢者の石こそが未来の希望――君が望む未来の力になるのに危険な力とは随分な言い草だね」
北崎の甘い言葉にアルバートは一瞬揺らいでしまうが、それを堪える。
「とにかく、今は明日のことだけを考えるべきだ。制御できない力を使って暴走させたら、すべてが水の泡になる。君のことだ、どうせ相手が要求に応じても彼を渡すつもりはないのだろう? だったらすべてが終わった――いや、変わった時に、ゆっくり彼の力を調べたらいい」
「まあ、確かにそうだけど……随分と、賢者の石に対して警戒心を抱いているみたいだね。君の先生も同じ力を持ってるのに。君ってそこまで用心深かったっけ? もっと研究心に富んでいたと思ったんだけどなぁ」
力の一端を垣間見た賢者の石に対して必要以上に警戒心を抱くアルバートを、北崎はバカにしているようでありながらも怪訝そうに見つめて、せせら笑った。
身長になり過ぎて臆病風に吹かれているようにも映る自分を嘲る北崎の言葉が、アルバートの胸に深々と突き刺さる。
揺らぐ自身の心を抑えるアルバートを見て、北崎は意味深に微笑むと――
「まあ、いいけどさ。さてと……それじゃあ、僕は明日の準備でもしようかな」
そう言って、明日の準備をするために部屋から出て行った。
部屋の中に残されたアルバートは、眠る幸太郎に向けて視線を向けた。
想定以上の力を持っていた幸太郎を見るアルバートの目は、確かな不安と恐怖心――それ以上に、迷いが宿っていた。
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