第9話
鳳グループ最上階にある、記者会見やパーティーなどで使用される大広間で、克也は急遽明日に開かれることになったパーティーの準備の指揮をしていた。
鳳グループの社員と教皇庁の人間が協力して、明日の準備がはじまって一時間経つ頃には、多くのテーブルと椅子が並べられ、すぐにでもパーティーが開けるような準備が整っていた。
「一通りの準備は終わった。後は細かいところのチェックだけだ。それはこっちでやろう」
ボディガードの立場としてパーティー会場内の警備のアドバイスをもらうために会場の準備を手伝ってもらっているドレイクの報告に、「ご苦労だったな」と克也は労いの言葉をかけた。
「元教皇庁のボディガードとして、警備について何か意見はあるか?」
「当日は制輝軍や輝士たちやボディガードで警備が固められてるから安全だと言いたいが――相手が相手だ。何かしらの手段を用いて、警備の隙をついて騒ぎを起こすだろう。それも、かなり強引で直接的方法でだ。正直、相手がどう出るのか何のヒントがない以上、未然に防ぐのはかなり厳しい。だから、今は騒ぎが起きた場合の対応策を優先的に考えている」
「未然に騒ぎを防いでもらいたいのが本音だが、何も情報がないし、短い時間でそうは言ってられねぇか。引き続き、対応策について考えてくれ。特に、出席者たちの安全を最優先に考えてくれ」
「了解。それよりも、急遽開くことになったが、集めるマスコミと出席者の方は大丈夫なのか?」
「一部以外の出席者のほとんどが鳳グループと教皇庁の関係者と支援者で固めたから、騒動後に生じるリスクは少なくした。でも、問題はマスコミの方だな。急遽記者会見とパーティーを開くことになって、奴らきな臭さを感じてるようだ。明日からのニュースはあることないこと言われて、その対応に追われることになるだろうな――まったく、めんどくせぇ。久しぶりに固まった休みができてたってのに」
「同情する」
「そう言ってもらえるのはお前だけだよ。大悟の奴は相変わらず無理難題を吹っかけてくるし、教皇エレナも大悟に負けず劣らず無茶なことを言ってくるし、アリシアの奴も一々うるせーし面倒な騒ぎを起こすし、麗華たち風紀委員も忙しい時に余計な面倒を起こすし、萌乃とヴィクターも七瀬の力を調べるためにいろんな資料をよこせって言ってくるし、教皇庁と協力関係になったのはいいがこっちの苦労も倍になっちまった」
「少しは誰かに任せたらどうなんだ?」
「あの濃いメンツの相手を、若くなった鳳グループの幹部連中に任せられると思うか? これからって時なのにあんな連中に付き添ってたら、絶対に胃に穴が開くぞ。そんなかわいそうなことできるわけねぇーだろうが。だから若い連中には今の状況に慣れるまで俺が手綱を握ってなくちゃダメなんだよ」
「同感だ」
「なあ、ドレイク。この一件が終わったら飲みに行こうぜ。もちろん俺の奢りで。聞いてもらいたい話が山ほどあるんだよ。巴のこととかさ。アイツ、最近生娘が思い描く妄想に拍車がかかってんだ。前までは直立不動でそびえ立つ鳳グループ本社と教皇庁本部の建物を見て顔を赤らめるだけだったのが、最近は街路樹の幹を見たり、食べていた赤身の刺身を見たり、自分の武輝の槍を見たりして顔を赤くしてんだ。あれはかなり重傷だ」
ただでさえ忙しいというのに余計な仕事が増えることを想像して深々とため息を漏らして、鳳グループトップの右腕とは考えられないほどの素を露にして文句を垂れる克也に、ドレイクは文句ひとつ言わずに愚痴を聞いていた。
「指示するばかりで、会場の準備を手伝わなかったのに文句を言わないで――ごめんなさい、ドレイクさん。この人の愚痴に付き合わせてしまって」
「色々と世話になっているんだ。これくらいは別に構わない」
準備の手伝いもしないで不平不満を漏らす父に近づいて、会場の準備を手伝っていた娘である巴は文句を言って、父の愚痴を黙って聞いていたドレイクに謝った。痛いところをついてくる娘の言葉に、克也は苦い顔を浮かべて「あー、うるせぇ」と呟いて心底億劫そうに嘆息した。
「七瀬から何かヒントを得られたのか? アルバートと北崎のやり取りを眺めてたっていうアイツの記憶が今回の騒動を未然に防ぐカギになるんだからな」
じっとりと娘に睨まれながらも、克也は輝械人形と化した幸太郎の面倒係の責任者に任命されている娘に幸太郎の状況について尋ねた。
「特に何も。強いて言うならば、誰かの写真を見ていたってことくらい。もしかしたパーティー出席者たちに紛れて彼らの協力者が現れるかもしれない。後で、薫さんの作った似顔絵が配るから確認して」
「今のところの唯一の手掛かりが、似顔絵だけか……先行き不安だな」
「贅沢言わないで。七瀬君だって突然監禁されて混乱していたんだから」
「わかってるよ。でも、何度も言ってるが、今回は七瀬がカギだ。明日の騒動を未然に防ぐためにも、どうしてもアイツから何か手掛かりをもらいたいってのに……クソ」
パーティー開始時刻は刻一刻と迫っているというのに進展しない状況に苛立ちを抑えきれない克也に、巴は不安げな表情を浮かべる。
「……やっぱり、相手は確実にパーティーを襲撃する予定なの?」
「間違いねぇ。各界から大勢有力者たちが集まるし、今後のアカデミーの展開を聞くためにマスコミも大勢集まるんだ。アイツらが開発した輝械人形と兵輝を宣伝する絶好の機会だ。アイツらの目的が上手いこと成功すれば、世界は間違いなくひっくり返る。なんせ、輝石を使えねぇ人間が輝石を扱えるようになる兵輝や、混ざり合わないとされていた機械と輝石の力が融合された輝械人形が大々的に世界に宣伝されるんだからな。世界は一気に混沌と化すぞ」
「それに、北崎は人の弱みを握って相手を動かすのが得意だ。こちらは幸太郎を引き渡すようにと要求したが、それを無視するだろう。パーティー前に北崎たちを捕まえて幸太郎の居場所を聞き出すのが理想的だが、そうでなければ幸太郎を救出する絶好の機会は北崎たちが動き出す明日、北崎を捕らえて聞き出すか、動き出した北崎たちの隙をついて救出するのが一番だ。明日、幸太郎を救出できなければ、救出する機会は失われるぞ」
父が言う北崎の目的の果てにある混乱に満ちた未来を想像して不安に駆られる巴だが、それ以上にドレイクが間違いなく北崎たちは幸太郎を引き渡すつもりはないという言葉を聞いて、抱いていた不安が容易に消し飛ぶほどの怒りに満ち溢れた。
「……それで、これから私はどうすればいい?」
「これから教皇エレナが旧本部からこっちに戻ってくる。お前は輝士たちと一緒に教皇の護衛を頼みたい。同時に、七瀬と一緒にいるメンツから、アイツから何か手掛かりを聞き出すようにしてくれ」
「ところで……幸太郎の様子はどうなんだ?」
父の指示に使命感に満ち溢れた表情で力強く頷くが、何気なくドレイクが放った質問に引き締まっていた巴の表情が僅かに紅潮して、「あ、え、えっと……」と言葉が出なくなる。
巴の頭の中で幸太郎に着替えを見られた時の光景が鮮明によみがえってしまっていた。
唐突に乙女の恥じらいの表情を浮かべた巴にドレイクは首を傾げ、克也は娘と幸太郎の身に何かあったと邪推して不機嫌な表情を浮かべる。
二人の視線に気づいた巴はわざとらしく咳払いをして、すぐに幸太郎の状況を説明する。
「あ、相変わらずの調子で元気ですよ。さすがに私たちとの戦闘で身体がボロボロになってしまったので、その補強をするために今、研究所で刈谷君とアリスさんが改造しています」
「……おい、大丈夫なんだろうな。アイツは今回の件でカギだ。壊さないだろうな」
「……多分」
改造という言葉を聞いて、不安を隠し切れない克也に同意をするドレイク。
そんな二人と同じ心境でありながらも、一応アリスたちのことを巴は信じていた。
曖昧な娘の返答に不安を拭えない克也だが、それよりも気になることがあった――
「それで、お前、七瀬と何かあったのか?」
「別に、何もない」
「ドレイクが七瀬のことを聞いた時、生娘らしく恥じらっていたぞ」
「は、はぁ? 気持ちが悪いし、セクハラはやめて!」
「親父として心配してやってるんだろうが。なあ、ドレイク。俺の気持ちわかるよな」
「関係のないドレイクさんを巻き込まないで! ごめんなさい、ドレイクさん。気にしないでください、こんなバカな人の質問なんて」
父のセクハラ発言に顔を真っ赤にする巴だが、克也は特に気にすることなく、自分と同じく一人娘を持つドレイクに意見を求める。痴話喧嘩のような親子の口論に付き合っていられないドレイクは、巴の言う通り相手にしないようにするが――
「もしかしたら、サラサにも関係があることなのかもしれないんだぞ」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
克也の言葉で簡単に手の平を返すドレイク。
娘を思いすぎるあまり鬱陶しいほど熱くなる父親たちを見て、巴は深々とため息を漏らした。
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