第10話

 アカデミー都市内に点在するヴィクターが勝手に作った秘密研究所内――幸太郎は輝械人形の身体になってから唯一ダメージを受けていない首だけの状態になって吊るされていた。


 市中引き回しの上、晒し首にされたような幸太郎の様子を心配そうに眺めるサラサと、そんな彼女の隣にいるノエルは、目の前で幸太郎の改造について熱く語り合っている刈谷とアリスをジッと見つめていた。


 巴と刈谷との戦闘でズタボロにされた身体を補強するために刈谷は自分の仕事をほっぽって、ウキウキした様子で現れ、幸太郎の身体を改造する気満々だった。


 一方、普段からドライと思えるほど冷静沈着なアリスも無表情ながらも珍しく浮き立っている様子であり、刈谷とともに熱く幸太郎の改造についての意見を出し合っていた。


 そして、そんな二人の議論に首だけの幸太郎も混ざっていた。


「やっぱり、機動性重視だろ。搭載されてるブースターの量を増やすんだ。そんでもって、空を飛べるようにしようぜ」


「いい考えだけど、七瀬の運動能力と学習能力を考えれば宝の持ち腐れ。本人の精神が輝械人形に宿っていても、七瀬自体の戦闘能力が低いし、輝械人形の能力もまともに扱えないだろうから、活かしきれない」


「ぐうの音も出ない」


「やっぱり、幸太郎に合った装備を考えるべきか……なあ、幸太郎。何かいい考えはあるか?」


「ヨーヨーとか、ボウガンとか、鎖のついたハンマーとか、あ、やっぱりドリルでしょう、ドリル」


 幸太郎の案を聞いて渋い顔になる刈谷だが、対照的にアリスの瞳は輝く。


「ドリルねぇ。お前、良いとは思うけど、もうちょっとスマートな案はないの?」


「でも、いいと思う。七瀬にも扱えそう。何よりロマンと魂を感じる」


「確かに簡単に扱えるけどさぁ。もうちょっとクールなものはないの?」


「……補強だというのに、スマートとクールとロマンと魂は必要なのでしょうか」


 アリスと刈谷の議論を聞いていたノエルは純粋な疑問を抱くが、隣にいるサラサは答えることができず、「さ、さあ……」とただただ首を傾げていた。


「やっぱり、ビームライフルと、ビームサーベル――これが鉄板だろ」


「カッコいいです」


「そうだろそうだろ? やっぱり、ビームはカッコいいんだって! 煌く閃光に長距離射撃♪」


 ビームの話で無邪気に盛り上がる刈谷と幸太郎を見て、アリスはやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。


「今の技術では再現するのは難しい。エネルギー供給装置を取り付けなければまともに撃てないし、輝械人形の大きさを想定して装置を作っても、水鉄砲くらいの威力しか撃てないし、サーベルだってただの棒切れ。それなら、実弾兵器の方がまだマシ。まあ、夢はあるけどね」


「それなら、頭部にバルカンでも装備させるか?」


「いい考えだけど、輝石使いには銃弾なんて効かないし、輝械人形の頑丈な装甲を貫くのは並みの口径では無理だし、威力の高い弾丸を調達するのも時間がかかる。それに、七瀬が頓珍漢な行動で暴発させたら大変なことになる。そう考えると、遠距離武器は輝械人形の基本武装であるショックガンから変えない方がいいかもしれない」


「……何だか面白味がねぇな」


 実弾もビームも否定され、結局電流を纏った衝撃波を放ち、並みの輝石使いなら一撃で昏倒できる威力を持つ、輝械人形の基本武装であるショックガンが遠距離武器に選ばれたことに、刈谷は面白くなさそうにする。


 そんな刈谷の気持ちを「気持ちは理解できる」と、常にドライなアリスにしては珍しく十分に理解しており、新たな案を出すことにする。


「だったらロケットパンチを装備させるべき。ロケットパンチならショックガンの技術を応用して、ショックガンから放たれる衝撃波とともに拳を発射できれば、輝石使い相手でも通用できるはず……完璧なロケットパンチを設計してみせる」


「必殺の一撃のロケットパンチ……カッコいい……」


 使命感に満ち溢れた表情でロケットパンチを設計させることを誓うアリス。


 自分の腕からロケットパンチが発射される光景を想像し、期待に満ちた声を出す幸太郎。


 一方の刈谷は、「いいかもしれねぇな」とアリスの案を認めつつも、微妙な顔を浮かべていた。


「確かにロマンもあって、簡単に再現できるけど考えてみろよ。一発発射して外したら終わりだろ。手元に戻ってくる前にやられるぞ」


 刈谷の指摘にアリスのクールフェイスが一瞬崩れたが、「そ、それなら――」とすぐに代替案を出す。


「別のロケットパンチを考えればいい。バリエーションは豊富」


「それならいいんだけどよぉ……何だかなぁ……何つーか、逃げに走ってるというか、ありきたりというか、捻りがないというか……。バリエーションがあっても結局はロケットパンチだから面白味がないというか、味気ないんだよなぁ」


「は?」


 刈谷の一言に反応するアリスから、不穏な空気が漂いはじめる。


「いや、バカにしてるわけじゃねぇよ。ただ、どうもスマートさが感じられないんだよ。ビームライフルとかはスマートでカッコいいじゃん? だから比較すると余計に感じられるんだよ」


「……私からしてみれば、ビームライフルやビームサーベルの方がどうかと思う。確かに夢もスマートさも感じられるけど、ちょっと自分は他の武装よりもワンランク上にいるって感じがして、見下されている感があるから性格が悪そう」


「は?」


 今度はアリスの言葉に反応した刈谷から、不穏な空気が流れはじめる。


 和気藹々として熱い議論から、一気に不穏な空気が流れはじめる二人をノエルは不思議そうに、サラサはオロオロした様子で眺める。


「勘違いしないで。別にバカにしてるわけじゃないから。ただ、ビームって単語だけでスマートさを感じている、少し勘違いしている単純明快な人たちが多いって思ってるだけだから」


「明らかにバカにしてんだろうが」


「だから勘違いしないで。ただ、思ってることを言ってるだけだから」


「わかりやすい挑発どーも。これだからロケットパンチバカはガキっぽいんだよな。子供騙しってことを理解してねーんだからよ」


「一人で勘違いして怒ってるなんてバカみたい。これだからビーム至上主義者は他人の話聞かないし、自意識過剰でナルシシストばかり」


「あーあ、ロケットパンチ派は外面ばかりを気にする乳臭いガキばかりだからな。拗ねるのも相手に噛みつくのも早いから嫌になるぜ」


「……喧嘩売ってんの?」


「喧嘩売ってんだよ、バカ」


 お互いの熱い思想がぶつかり合い、一気に一触即発状態になった刈谷とアリス。


「サラサさん、どうして二人は喧嘩をしそうになっているのでしょうか」


「さ、さあ……い、いきなりなのでわからない、です」


「ノエルさん、二人は譲れないものがあるからぶつかり合うんだよ」


「ロケットパンチと、ビームライフのせいで?」


「ある意味この二つは似て非なるもの――故にぶつかり合うんだ」


「よくわかりませんが、大事なことだということはよくわかりました。しかし、私はどちら側についたらいいのでしょうか。私情を挟めばアリスさんを応援したいのですが……」


「それなら、ノエルさんはロケットパンチとビームライフル、どっちがいい?」


「どうでもいいです」


 今にも掴みかかりそうなアリスと刈谷の様子を見て、ノエルはサラサにそう尋ねるが、ロケットパンチやビームライフルなどに興味のないサラサにとってまったく理解できなかったし、理解するつもりもなかった。そんなサラサに代わってアリスと刈谷の状況を説明する幸太郎に、ノエルはなんとなくだが二人の情熱を理解し、心底どうでもいいと思った。


 くだらないことで喧嘩をはじめようとするアリスと刈谷を見かねて、サラサは不承不承といった様子で二人の間に入った。


「ふ、二人とも、喧嘩はやめて、ください」


「私は別に喧嘩をするつもりはない。先に喧嘩を売ってきた刈谷が悪い」


「お前が最初に煽ってきたんだろうが!」


 仲裁に入るサラサだが、アリスと刈谷は熱くなり過ぎているため無意味に終わり、逆に二人は更にヒートアップする。自分ではどうにもならないと判断し、縋るような目をノエルと幸太郎へと向けると、彼女の想いを受け取ったノエルは「それでは――」と提案をはじめる。


「改造されるのは七瀬さんなので、七瀬さんの気持ちを聞いてみるのはどうでしょう」


「そ、それはそれで、面倒なことに……」


 何気ないノエルの提案が更なる波乱を呼びそうなことを察知して嫌な予感がするサラサ。


「上等だ! 幸太郎、どう思う? やっぱり大人の漢はビームライフルにビームサーベルだよな! カッコいいもんな! そうだよな!」


「ロケットパンチに決まってる……そうよね、七瀬?」


「おいアリス! 幼女の特権である上目遣いを使うとは卑怯だぞ!」


「恫喝している野蛮なアンタに言われたくない」


 ギャーギャーと子供のような喧嘩になってくる中――刈谷の恫喝にも、アリスのかわいらしい上目遣いにも惑わされることなく、自分の正直な意見を述べる。


「僕、ロケットパンチがいいです」


「ふざけんな! まさか、お前! アリス必殺のロリロリキュート上目遣いに負けたんじゃねぇだろうな! 情けねぇぞ!」


「確かにアリスちゃんの上目遣いはかわいかったですけど、違います。ビームも好きですけど、個人的にロケットパンチの方が魂に響きます」


 説明は下手だが確固たる信念を感じられる幸太郎のロケットパンチに対する愛に、敗北を認めた刈谷は膝をついて項垂れ、アリスは自慢げに薄い胸を張りながら「偉い、よしよし」とテストの点数が良かった子供を褒めるように幸太郎の頭を撫でた。


 これにて熱い議論は終了かと思われたが――


「ノエルさんはどうでもいいって言ってたけど、サラサちゃんはどう思う?」


 更なる波乱を巻き起こす幸太郎の質問に、項垂れていた刈谷に生気が戻って期待に満ちた瞳を、アリスはぎらついた目をサラサに視線を向けた――


 二人の熱い視線を受けてサラサは気圧されてしまう。


 下手なことを言えば再び口論が起きてしまうことは容易に想像ができて、こんな状況にした幸太郎を軽く恨むとともに、当たり障りのない意見を考え、それを恐る恐る口に出す――


「が、合体するのは、ど、どうです、か?」


「……なるほど、それは盲点だった」


「合体すれば武装は多数になるしな。ビームも剣もロケットパンチも何でもござれだ」


 機械関係に関して持ちうる限りの知識を口にし出した結果、アリスと刈谷は納得し、余計な争いを生み出さなかったことにサラサは心底安堵した。


 そして――いよいよ、幸太郎の改造がはじまる。


 結局、合体機構は技術的な面で見送られ、回収した輝械人形のパーツで補い、物干し竿として使われていたヴィクターが開発した振動を用いて切断する超振動ブレードを選び、ショックガン、そして、アリスが嬉々として開発したのロケットパンチが装着された。

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