第17話
鳳グループ本社内にある、特別な賓客をもてなすための広く、豪勢な一室。
その部屋にある大きな窓の前に立つのは、目を引くほどの妖艶で美しく、気の強そうな顔立ちのロングヘアーの、胸元をだらしなく開けたスーツを着た美女――かつては教皇庁幹部である枢機卿を務め、時期教皇再有力候補であるプリムの母であるアリシア・ルーベリアだった。
腕を組んで窓際に立つアリシアは、サウスエリアの方角をどこか憂鬱そうに、それでいて不機嫌そうに眺めていた。
「検査の状況はどうなっているのかしら?」
「七瀬幸太郎については依然不明のままです。白葉姉弟については改めて人間と変わらぬ存在であることがわかりました」
「つまり、新たに得た情報は何もないってことね」
……結局、状況は何も変わらないまま。
無駄に騒がしくしただけだったわね――フン! 良い気味だわ。
あのアルトマンの好き勝手にされると考えると、素直に喜べないけど。
アリシアの質問に淡々と答えるのは、部屋の隅にいる爬虫類を思わせる細面の、長めの前髪から垣間見える鋭い目つきの長身痩躯のスーツを着た男――ジェリコ・サーペンスだった。
無駄のないジェリコからの返答を聞いて、アリシアは面白くなさそうに小さく鼻を鳴らす。
「秘密裏に行われていたはずなのに、変な噂が出回っているのはどういうことかしら? まさか、せっかく鳳グループと教皇庁が組んだというのに大きなミスをしたんじゃないんでしょうね」
嫌味っぽく口角を吊り上げたアリシアは、出入り口の扉の前に立つスキンヘッドの強面の大男――ドレイク・デュールに性悪な視線を向けるが、ドレイクは無視する。
「現在、調査中のようです」
黙るドレイクに代わってジェリコは答えると、アリシアは嫌味な視線をドレイクにぶつけたまま話を続ける。。
「仮にアルトマンの仕業だとしたら、アイツら痕跡も残さないわよ。それよりも、御柴克也の娘が人目を引く行動をしたのが原因じゃないの?」
「今は責任の所在を明らかにするよりも、検査を終わらせる方が先決のようです」
「呑気なものね。相手は得体のしれない相手だっていうのに」
「……文句を言うなら、お前も少しは協力したらどうだ?」
好き勝手に言うジェリコとアリシアに、今まで黙っていたドレイクは我慢できなくなったのか、無表情ながらもウンザリした様子で割って入ると、アリシアはわざとらしく大袈裟にため息を漏らして見せる。
「協力したいのは山々だけど、扉の前に忠犬がいるからそれが中々できないのよ」
あからさまな皮肉を言って、扉の前に立つドレイクを迷惑そうに一瞥する。
大悟とエレナに命じられて、ドレイクはアリシアやジェリコが勝手な真似をしないように監視していた。
教皇庁枢機卿を辞めさせられた後に大悟とエレナの奸計で、現在アリシアは鳳グループ幹部となっており、それなりに活躍しているのだが――かつて、プリムを利用して教皇庁を乗っ取ろうと考え、アルトマンたちと協力して教皇エレナを誘拐したという大きな前科がある彼女は周囲に信用されておらず、念のために近くに監視役を置いていた。
アリシアだけではなくジェリコも同じ立場だった。
アリシアと共謀して教皇誘拐事件を引き起こしたジェリコは最近まで特区に収容されていたが、有能だからという理由でアリシアは周囲にわがままを言ってジェリコを特区から出しており、そんな彼も監視対象だった。
「私は監視しているだけであって行動は制限していない。もちろん、アカデミーに害をなす行動は実力行使で止めるが、それ以外は何も制限しない。だから、お前がサウスエリアに向かいたいというのなら連れて行こう」
「ふーん。それなら監視役なんて無駄な人員を割かなくてもいいのに」
「行くのか行かないのか、決めるならさっさと決めろ」
「……遠慮するわ。面倒だもの」
「幸太郎がいるからの間違いだろう?」
「……何か言ったかしら?」
――あのバカ娘……
余計なことを言ったわね。
アリシアの娘であるプリムから、娘であるサラサを経由して幸太郎とアリシアの一件を聞いていたドレイクは、今まで好き勝手に言われた仕返しと言わんばかりに幸太郎の名前を出す。
効果は覿面で、幸太郎の名前を出した途端あからさまに機嫌が悪くなったアリシアを見て、ドレイクは無表情だったが今まで嫌味をぶつけられてたまっていた鬱憤が晴れていた。
幸太郎との一件を知っているのは目の前で見ていたのは娘だけだというのを知っているアリシアは、余計な話を広めた娘を心の底から憎たらしく思った。
「あの生意気なガキのためにこんな大掛かりなことをするなんて、どうかしてるわ……」
「しかし、今、アカデミーはあの少年を中心に流れているのは事実です」
「腹立たしいことにね……」
物事の流れの力を読めると自称するジェリコの客観的な言葉に、アリシアは忌々し気に舌打ちをして不承不承ながらも認めた。
「あの力を目の当たりにした身としては、あのガキの力は本物よ。どんな力を持っているのかはわからないけど、エレナに匹敵する――もしくは、それ以上の力を持ってるわ。……あーあ、これを先に知ったらエレナを狙うんじゃなくて、あのガキを狙った方がよかったわね。アルトマンなら、あの力を存分に発揮できたんじゃないかしら?」
いたずらっぽく妖艶に笑うアリシアの言葉に、「同感です」とジェリコは頷く。
冗談には聞こえないアリシアの言葉と、それに同意するジェリコをドレイクは一度鋭い目で睨むと、ジェリコは口を閉ざし、アリシアはクスリと妖艶に笑う。
ドレイクから発せられる殺気にも似た警戒心に、部屋全体の空気が重苦しくなるが――アリシアは「まあ――」と構わず話を続ける。
「アンタを含めてあのガキの周りには面倒な人間が揃ってるから、思い通りにはならないわね」
「命拾いしたな、とでも言っておこうか」
「負け犬の末に忠犬に成り下がったアンタに言われたくはないわよ」
「さっきも言ったが、お前たちの監視役を務めていることを忘れるな。お前たちの言動一つ一つを私は報告する任務がある」
「アンタ、北崎に雇われたことがあるんでしょ? また雇われる可能性だってあるんじゃないの? なんせ、アンタは誰にでも尻尾を振る犬だからね」
性悪な笑みを浮かべて過去を蒸し返すアリシアに、ドレイクは忌々しく思いながらも事実なので何も言い返せない。そんな彼の様子に、アリシアは勝利の優越感に満ちた笑みを浮かべた。
室内の空気はさらに重苦しくなり、張り詰めた緊張感に包まれる。
イジメるのはこれくらいにしておいてあげようかしら?
ドレイク・デュール――バカ真面目ね。でも、利用しがいはありそうだわ。
まあ、そこを北崎に狙われたんだろうけど。
息が詰まるほどの緊張感に室内が包まれている中、涼しげな表情を浮かべているアリシアは「ねえ、ジェリコ」と、無表情のジェリコに話しかけた。
「流れを読むあなたは、今のアカデミーのことをどう読んでいるのかしら?」
「正直な話、良い流れになっていると思います。相変わらず保守的な教皇エレナの考えには賛同しかねますが、長年裏で手を結んでいた鳳大悟との協力関係を表沙汰にしたことによって、強い仲間を得た教皇エレナは少し積極的になっていると思われます」
ジェリコの正直な感想に、「ありがとう、ジェリコ」とアリシアは満足そうに微笑む。
「ジェリコ……相変わらず、お前はアリシアに心酔しているのか」
「ええ。私は相変わらず彼女がアカデミーをまとめるのに相応しい人物だと思っています。あなたとは色々とありましたし、どんなに謝罪しても許されないことをしましたが、これだけは譲れません」
「……勝手にしろ」
「すみません、ドレイクさん」
「お前がそう覚悟しているのなら、謝るな」
「……わかりました」
一度痛い目にあって特区に収容されたというのに、何も変わっていないかつての友人に、ドレイクはもう何も言わなかった。
自分に呆れているようでもあり、発破をかけてくれているようでもあるかつての友人に、ジェリコはもう何も言うことなく、ただ自分の信じるべき道に進むことに集中した。
そんな二人のやり取りを興味なさそうに見つめながらも、相変わらず自分に従順でいてくれるジェリコの態度に、アリシアは嬉しそうに微笑む。
「物事の流れを読めるジェリコがそう言っているんだから、アンタたちと敵対するのは当分先ね。まあ、流れがこちらに向いたらすぐにでも、行動は起こさせてもらうけどね」
「……その時が来ないよう、願っていよう」
「お互いに、ね」
妖艶で意味深な笑みを浮かべるアリシアにドレイクは鋭い視線を送る。
宣戦布告にも聞こえるアリシアの言葉だが――アカデミーを思う気持ちは自分たち以上であると察したドレイクはこれ以上何も言わなかった。
認めるのは腹立たしいけど……
エレナ、アンタが今のところ歩んでいる道は上手く行っているみたいね――ムカつくわ。
認めるのは癪だけど。
ホント、ムカつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます