第16話
「君は自分の置かれている状況を理解しているの? アルトマンたちが君の力を周りにバラしたら、君は大勢の人間から狙われることになるの。つまり、大勢の人間から利用される可能性もおのずと高くなるのよ」
セラさん、きれいだった……
確かに、みんなから言われてる通りセラさんスタイルよくなってた。
セラさん、腰が細いから胸の大きさがすごく映える。
……すごかった。
麗華たちの制裁を受けている大和の代わりに幸太郎を次の診察をする場所へと案内することになった巴は、目的地へと向かいながら幸太郎を叱っていたが、幸太郎は先程の楽園の光景を回想しているため説教はまったく耳に入っていなかった。
「それなのに大和の言葉に素直に従って結果、いたずらに巻き込まれた。くだらないいたずらを仕掛ける大和も大和だけど、それに簡単に引っかかる七瀬君も七瀬君。人を疑わないのは君の美点だけど、少しは疑うことを知らないと大勢の人に騙されて利用されることになるわ。特に、今君が置かれている状況だと特にそうなる危険性が高いの」
ティアさんはもう、美しいというか神々しいというか……
女性らしさの中にも鍛えている強い面もあって、かっこよかった。
訓練を受けてる時から思ってたけど、やっぱりあの胸は反則……すごかった。
「もちろん、周囲を警戒するあまり疑心暗鬼になれとは言わないわ。でも、一つの油断が君にも周りにとっても命取りになるの。だから、もう少し自分の置かれている状況を自覚して、緊張感と警戒心を持ちなさい。わかったわね?」
麗華さん……あれはもう、規格外だ。
すごい――それしかもう表現できない。
「七瀬君! 人の話を聞いているの?」
だらしない表情を浮かべて楽園にいる女神たちの姿を回想している幸太郎に気づいた巴は、活を入れるかのように怒声を張り上げると、ようやく幸太郎は現実に戻ってきた。
「……麗華さんの黒い下着、似合っていましたね」
「人の話を聞いていないことはよくわかったわ」
現実に戻るために一拍子遅れた幸太郎の反応で、彼がまったく自分の話を聞いていないことを察した巴は、深々と嘆息するとともに苛立ちと怒りが込み上げてくるが――感情的になりそうな自分を落ち着かせるように、巴は軽く深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「怖がらせるつもりじゃないけど状況は君が思っている以上に切羽詰まってるの。……今回秘密裏に行われている検査について、誰が広めたかは不明だけどアカデミー都市内で変な噂が出回ってる。鳳グループと教皇庁がサウスエリアで何かの検査を行っている、アカデミーにいる実力者たちを集めて何かを行おうとしていて、その中に七瀬君がいる――核心を突く情報はまだ出回っていないけど、秘密裏に行っている今回の件が噂として広まっているの」
不安げな、それ以上に申し訳なさそうな面持ちで巴は幸太郎に現状を教えた。
巴が抱いている不安を感じ取った幸太郎は「大丈夫?」と声をかけると、巴は気丈な笑みを浮かべて「ありがとう、七瀬君」と自分を心配してくれた幸太郎に感謝をした。
突然、巴は立ち止って真剣な瞳で幸太郎をじっと見つめる。見つめられた幸太郎は照れたように若干頬を染める。
「ごめんなさい、七瀬君。噂の出所は不明だけど、今朝、時間が押していると焦った私が君を迎えに行ったことが原因で変な噂が広まる原因を作ったと思ってる……本当にごめんなさい」
言い訳をすることなく素直に自分の非を認めて深々と頭を下げようとする巴だが――「別に気にしてないです」と特に気にしていない様子で幸太郎はそう言い放ち、そんな巴の肩にそっと手を当てて、彼女が頭を下げるのを止めた。
「でも……君を守ると決めてから、この失態。許されないわ」
「じゃあ、僕が許すので謝らないでください」
特に何も考えている様子はなく何気なく言った幸太郎の一言に、相変わらず自分の状況を理解していない幸太郎を呆れたように、それ以上に――そんな彼の言葉に甘えてしまいそうになる自分に対して心底呆れたように深々と嘆息した。
「情けないわね……年下である君の言葉に甘えてしまいそうになるなんて」
「そうなんですか?」
「ご、ごめんなさい」
「謝らないでドンと頼ってください」
無意識に放ってしまった言葉に巴は気恥ずかしそうにするが、幸太郎はまったく気にしていない様子で、むしろ頼られている気がして少し嬉しそうにしていた。
得意気に頼りないほど華奢な胸を張って自分を頼れと言ってくれる幸太郎に、巴は不思議と頼りがいを感じるとともに、改めて自分が情けなく思えて乾いた笑みを浮かべてしまう。
「……おかしな話ね。ついさっきまで君に謝罪をしていたのに、今はこうして君に励まされ、私は罪悪感を忘れてそれに縋ろうとするなんて」
「御柴さん、少しは人に甘えてもいいんですよ」
「個人的にはそれなりに甘えているつもりなんだけど……違うのかしら」
「そう思います」
「君がそう言うなら、間違いないのかもしれないわね」
常に素直に、空気を読まずに口に出す幸太郎を知っているからこそ、彼の言葉は嘘偽りのないものであると感じた巴は、苦笑を浮かべながら彼の言葉を素直に認めることにした。
「でも、いい年した私が今更誰かに甘えるのは何だか気恥ずかしいわね」
「僕は別に構いませんよ」
「ありがとう。それじゃあ、その時になったら甘えさせてもらうわね」
「じゃあ今、ドンと頼ってください」
「い、今じゃなくてもいいわよ」
「じゃあ、いつ甘えますか?」
「と、取り敢えず、今じゃないことだけは確かよ」
「準備は万端ですから」
「うぅ……七瀬君は意地悪ね。それに、人に甘えるなんてあまり経験ないから、慣れないわ」
「それなら、身近な人に、例えば克也さんに甘えて慣れるのはどうですか? お父さんですし」
無邪気な様子で放った幸太郎の一言に巴は露骨に嫌な顔をする。
思ったことを特に何も考えず口にする幸太郎に不快感を示したわけではなく、彼の言葉の中に巴が嫌う相手――父の名前が出たからだ。そんな巴に構うことなく、幸太郎は話を続ける。
「御柴さんって、どうしてお父さんを嫌ってるんですか?」
真っ直ぐと邪気のない瞳を向けて思ったことを質問する幸太郎に巴は答えに窮してしまい、自身を見つめる幸太郎から逃げるように咄嗟に視線をそらしてしまう。
だが――自身をじっと見つめる幸太郎からは逃れられないと感じた巴は、諦めたように大きくため息を漏らし、ゆっくりと口を開く。
「昔から、仕事仕事で家族よりも仕事を優先してたから。もちろん、仕方がないことはわかってるけど……今更、家族を顧みなかったあの男に甘えるのだけは絶対に嫌」
「本当はお父さんのこと、大好きなんですね」
「べ、別にそういうわけじゃないわ!」
「そうなんですか?」
「も、もちろんそうよ。あんな男のことなんて別に好きじゃないわ!」
「……御柴さん、かわいい」
「か、からかうのはやめて! は、早く次の診察へ向かうわよ」
幸太郎のペースにまんまと乗せられたと感じ取った巴は早急に話を中断して、止まっていた歩みを再開させて足早に目的地へと向かう。
早歩きで自身の先へ向かう巴の後について歩きながら、幸太郎は「そういえば――」と何かを思い立ったように不意に口を開いた。
「御柴さんはセラさんたちと診察受けないんですか?」
「ええ。私は後日鳳グループで行われる診断で受けるつもりよ」
「……そうなんですか」
……残念。
「今、七瀬君『残念』って思わなかった?」
「ど、どうしてわかったんですか?」
「顔に書いてあったわ」
自分の思ったことをそっくりそのまま言い当てられた巴に、動揺する幸太郎。
嘘をつくことなく認めた幸太郎の姿を見て、巴は大きく嘆息するとともに、どこか面白そうな微笑を浮かべた。
「まったく! まだ反省していないようね!」
先程のことがあったというのにまったく反省していない幸太郎に、再び巴は説教をはじめる。
目的地に到着するまで、巴の説教は終わらなかった。
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