第15話

「わざわざ私たちを診断してもらって感謝するぞ、麗華」


「気にしないでください、ティアお姉様。色々と忙しい身でありながらも、あの落ちこぼれのために警備に参加していただけでいるのですから、鳳グループとしてこれくらいは当然ですわ」


「それにしても、ティアお姉様……相変わらずおきれいな身体をしていますわ。その美しさはどのように保っているのが、ぜひとも教えていただきたいのですわ!」


「あまり意識したこととはないのだが……強いて言うなら訓練をして、プロテインを摂取しているだけだ」


 幸太郎やノエルたちの検査が一通り終了してほんの少しだけ時間が空いたので、セラとティアは鳳グループの厚意で、彼らのついでに健康診断と身体測定を受けることになり、空き部屋で用意された病衣に着替えていた。


 動きやすさを重視した軍服に似たフォーマルで堅苦しい服装に身を包んでいるティアは、わざわざ自分たちのため身体測定と健康診断の場を設けてくれた鳳グループの一員である麗華に感謝しながら上着を脱ぐ。


 ぴっちりとした上着を脱ぐと、ティアの上半身が露になる。


 堅苦しい服の下に隠されたティアの肌は滑らかで美しく、スポーツブラに包まれた双丘は今にもはち切れんばかりに窮屈そうに突き出ていた。


 自他ともに厳しく、自分を鍛えるために訓練ばかりしているティアの服の下に隠された身体は無駄な筋肉でごつごつしていなく、滑らかな曲線を描く腰は引き締まっていて大人の女性の色香を放っていた。しかし、細い線の中にはしなやかさと同時に強靭さも兼ね備えられていた。


 神話に出てくる戦乙女、いや、戦女神を彷彿させるティアの肢体を麗華は食い入るよう見つめ、今にも涎が出そうなくらい口元はだらしなく緩み切っていた。


「セラ、どうしてそんな隅っこで着替えていますの? 同性同士ここは思い切って一緒に着替えるのが、裸の付き合いだというのに!」


「え、あ、う、うん……わかってるけど……」


「それなら、早く脱ぐのですわ。時間がないというのに、何をのんびりしていますの? さあ、さあ、さあ、早く! ハリー、ハリー、ハリー! うへぇへへへ」


 ――鼻息荒いよ、麗華。

 目も爛々と光ってるし、笑い方も怖いよ、麗華。


 不審者のような雰囲気を身に纏っている麗華から身を隠すように、一人彼女から離れて着替えようとしているセラだが――肉食獣からは逃れられない。


 飢えた野獣を彷彿させる光を宿した麗華は、両手をワキワキと何かを揉みしだくかのように忙しなく動かしながらゆっくりとセラに近づいた。


 そして、セラやティアでさえも対応できない獲物に食いつく肉食獣のような動きで、麗華はセラの背後に回り、抱きしめるように彼女の身体を包み、着ている制服を慣れた手つきで後ろから脱がしはじめる。


「ほーら、セラ……着替えの手伝いをしてあげますわ! ふへっ! ふへへへへへ!」


「わっ! ちょ、ちょっと、麗華! 一人でできるから! 強引に脱がすと服が伸びるよ」


「いつも、セラは裸の付き合いになると照れるのですから、少し強引にした方がいいのですわ! さあ、さあ、さあ、さあ!」


「てぃ、ティア、どうにかしてよ……」


「仲が良いな。いいことだ」


 強引に服を脱がせる麗華から逃げようとするセラだが、後ろから抱きしめられるように拘束されているため、強引に引き離すことができないのでティアに助けを求めるが、仲睦まじく見える二人の姿を微笑ましく見つめているだけで何もしなかった。


 セラがティアに助けを求めている間にも、麗華は制服の上着を脱がし、ブラウスのボタンを外し、あっという間にセラの上半身を裸にする。


 規格外のティアには劣るが、それに負けないくらいのスポーツブラに包まれた大きな突き出た山を持ち、無駄な贅肉も筋肉もついていない引き締まったウェストは滑らかな曲線を描き、瑞々しい張りのある艶やかな臀部から伸びる細く、しなやかな長い脚――異性はもちろん同性でも羨望の眼差しを一身に受けるほどの均整の取れたスタイルのセラ。


 ファンからはセラの凛々しさに『王子』と表現されることが多く、『カッコいい』と言われることも多々あり、女性らしいと言われることはあまりなかったが――服を剥いだセラの姿は女性らしさが溢れ出していた。


 見惚れるほど美しいセラの肢体を後ろからまじまじと眺めていた麗華は唐突に「オホッ!」と素っ頓狂で喜びに満ちた声を上げて、彼女の誰もが羨み、誰もが欲する美しい身体つきを絶賛した。


 そんな麗華から自分を抱きしめる力が一瞬緩んだ隙を見逃さず、セラは彼女から離れた。


「裸の付き合いも重要だと思うけど、少しは落ち着いてよ」


「見られても別に困るものではないでしょう。むしろ、堂々と見せつけるべきですわ! ――この私のように!」


 ムッとした表情を浮かべて強引すぎる麗華を恨みがましく睨むセラだが、麗華は反省の欠片を見せずに堂々とした自身の服を上から下まで脱ぎ捨て、腕を組んで仁王立ちする。


 自慢しているだけあって、ちょっと大人びた黒い下着をつけている麗華のスタイルは見事だ。


 高貴なオーラを身に纏う美しい白い肌、ティアと同等あるいはそれ以上の規格外の大きさだが形が崩れていないバスト、いっさいの無駄な贅肉のないしなやかで美しくくびれたウェスト、少々大きめだが滑らかで整った形の柔らかそうなヒップ――情欲を駆り立てられるほど官能的であると表現する以上に芸術的と表現するに相応しい肉体美に、セラも思わず見惚れてしまう。


 そんなセラを見て麗華は機嫌良さそうに「フフン!」と鼻を鳴らす。


「それにしても……セラ、やはりあなた去年と比べてスタイルがよくなったのではありませんか? 胸の膨らみが大きくなったと見えますわ」


「う、うん。少し窮屈になったからそう思う」


「これからの成長に期待ですわねぇ。ウフフフフ!」


「そ、そういう麗華こそ、色々と大きくなったよね」


「……色々とはどういう意味ですの、色々とは! それはあなたも同じですわ」


「わ、わーっ! ちょ、ちょっと、や、やめてよ麗華! スカート引っ張らないで! し、下着も引っ張ってるから!」


「ムフフッ! もう観念なさい、セラ! よいではないか、よいではないか!」


 悪意はなく何気なく放たれたセラの発言にカチンときた麗華は、セラの履いているスカートに手を伸ばして、無理矢理引っ張って脱がそうとする。


 もちろんセラは抵抗するが、肉食獣に追い込まれた憐れな餌の抵抗は無意味に終わる。


 血走った目で鼻息を荒くして自分を裸に剥こうとする麗華に恐怖を覚えるセラ。


 そんなセラから確かな恐怖心を感じ取った麗華はサディスティックな笑みを浮かべて、さらに彼女を追い詰めようとするが――


「仲は良いのは結構だが、いい加減遊んでいないで着替えろ」


 ……た、助かった……


 騒いでいて一向に着替える気配を見せない二人に、ティアは呆れたように注意をする。


 憧れの人物に注意をされ、麗華はすぐにセラから離れ、肉食獣の牙から逃れたセラは大きく安堵の息を漏らす。


 着替えを再開しようとする麗華だが、「それにしても――」と少々不満気な表情で下着姿のティアとセラを交互に見て、何かを考えている様子で顎に手を当てて小首を傾げ、しばらくすると大きく嘆息する。


「もったいないですわ……」


 深い嘆息交じりに放たれた麗華の言葉に、「どうしたの?」とセラは反応する。


「せっかくの美しいスタイルを持っているというのに、身を包むのは色気のない無地の下着! 確かに動きやすさを重視するならば、その選択は間違っていませんわ! ですが、もったいない! その一言に尽きますわ!」


 機能性を重視するあまり、色気を排除した下着をつけているセラとティアに、麗華は暑苦しいほどの熱気を含んだ強い言葉を放つ。


 麗華の熱量に気圧されながらも、言っている意味がわからないセラとティアはただただ困惑するだけだった。


「だから、今度お二人の下着を私が見繕ってさしあげますわ!」


「遠慮する」


「ティアと同じで私も遠慮します」


 丁重に、即答で断る二人だが、麗華は「遠慮なんて必要ありませんわ!」と退かない。


「お二人には分相応のものを着る権利があるのですわ! ですので、近いうちにお母様に頼んで最新鋭の下着を取り揃えますわ! お二人に合うようなデザイン、そして、お二人が好む機能性に富んだものをふんだんに取り揃えておきますので期待していてください!」


「そういえば、麗華のお母様って有名なデザイナーの方だったね。何度かテレビと雑誌で見たことがあるよ。すごくきれいな方だよね」


 話題をすり替えるために、話に出てきた麗華の母親についての話題を出すセラ。


 テレビや雑誌で見たことのある麗華の母親についてセラは素直な感想を述べると、麗華は「オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」と高笑いを上げて自分のことのように喜ぶ。


「そう言ってもらえると嬉しいですわ!」


「今までアカデミー都市で見かけたことがないけど……ティアは会ったことある?」


「輝動隊の頃、一度だけ。短い時間だったがな」


「ティアでも一度だけなんだ……やっぱりお母様は仕事で忙しいの?」


「それもありますが。お父様はお母様をアカデミー内部のゴタゴタに巻き込まないために海外で匿ってますの。ですので、年に数えるくらいしかアカデミー都市には返らないのですわ」


「そうなんだ……お母様も大変だね」


「お母様はお母様で満喫しているようなので、問題はありませんわ。匿われている間、暇だったお母様はファッションデザイナーや、一人で会社を立ち上げたり、執筆業に勤しんだり、映画の監督業をしたりと好き勝手にしているマルチな方面で活躍していますわ。ティアお姉様と同じく、私の尊敬している人の一人ですわ!」


「麗華って……多分、大悟さんじゃなくてお母様似なんだろうね」


「確かにハーフであるお母様の髪の色を受け継いでいますが、どちらかといえば私の思慮深く、クールで策略家の性格はお父様に似ていると思いますわ!」


 それはギャグで言っているつもりなのかとツッコみたかったセラだが、この状況で何をされるかわからないので、それをグッとこらえて聞き流した。


「鋭い洞察力、どんな不測の事態に陥っても冷静に切り抜けることのできる臨機応変な冷静な判断能力、私情に流されずに冷徹な判断を下す決断力、生まれながらにして持つ気品とカリスマ性――お母様の美しさは受け継ぎましたが、性格はお父様にそっくりですわ」


「……ティア、時間がないし早く着替えようか」


「そうだな」


 勘違いをしている麗華を放って、淡々とセラとティアは着替えを再開させる。


 下着姿の二人は、そのまま下着を脱ぎ去り、生まれたままの姿になって病衣を着ようとするが――ブラジャーに手をかけた瞬間、突然更衣室の扉が開いた。


 そして、開いた扉から現れるのは幸太郎だった。


 瞬間――室内の空気が制止する。


 制止した空気の中で最初に我に返ったのは幸太郎だった。


 幸太郎は室内にいる着替え中のセラたちの姿を見開いた目でじっくりと見つめ、脳内に彼女たちの姿を焼き付けた。


「突然どうした」


「あの、プレゼントを……」


「何を言っている」


「楽園が広がっていました」


「……大丈夫か?」


 幸太郎の次に数瞬遅れて我に返ったのはティアだったが、特に何も動じていない彼女は下着姿であるにもかかわらず幸太郎に近づいて話しかけた。


 熱に浮かされたようなボーっとした表情で意味不明な言葉を並べる幸太郎を、ティアは不審そうに見つめていた。


 ティアと幸太郎の短いやり取りの間で、セラと麗華は顔を真っ赤に染めて声なき声を上げ、咄嗟に自分たちの身体を腕で隠し、羞恥と怒りに満ちた目で幸太郎を睨む。


「な、何してるんですか、幸太郎君! 早く出て行ってください」


「堂々と男子禁制の場所に入るとはいい度胸していますわ! とりあえず、出て行きなさい!」


 悲鳴のような声を上げて幸太郎を非難するセラと、普段泥委の強気な態度でありながらもさすがに恥ずかしそうにしている麗華。


「これぞまさしくラッキースケベな展開。どうだい、幸太郎君。これが僕のプレゼント♥」


 激しく狼狽する二人をあざ笑うかのように、クスクスと心底愉快そうに笑う声とともに幸太郎の隣に大和が現れる。


 大和から与えられたプレゼントに幸太郎はサムズアップをして「最高」と答え、幸太郎をこの場所に導いた黒幕が大和であることを理解したセラと麗華は、怒りを込めた目で大和を睨む。


「大和! あなたの差し金でしたのね! 仕事をサボって何をしていますの!」


「大和君……冗談にしては少しやりすぎなんじゃないのかな?」


「ごめんごめん。みんな幸太郎君やアルトマンのことで固くなってたみたいだから、少しリラックスさせようかと思ってたんだ」


 自分たちの輝石を手に取って武輝に変化させようとするほど激しい怒りをぶつけるセラと麗華だが、下着姿であまり説得力のない二人を大和は楽しそうに見つめていた。


 大和の説明を聞いた一人落ち着いているティアは、やれやれと言わんばかりに小さく嘆息する。そんなティアの様子を見て、大和は残念そうにしていた。


「何を企んでいるかと思えばバカバカしい」


「ティアさんは二人と違って落ち着いているのは残念だったなぁ」


「動揺する必要はない」


「ティアさんは幸太郎君に生まれたままの姿を見せられても平気なの?」


「……別に、見られても減るものではない」


 自分の質問に僅かに間を置いて答えたティアの反応を見て、大和は満足そうに笑い、それをネタに話を深く掘り下げようとするが――「ふっざけんなですわ!」と麗華が怒声を張り上げてそれを阻む。


「いいじゃないか、麗華。君の自慢のスタイルなら見せられても何も問題はないだろう」


「確かに――って、そうではありませんわ! それなりの状況と心構えというものがあるのですわ!」


「それなら、麗華はどんなタイミングでなら自慢のスタイルを幸太郎君に惜しげもなく見せることができるのかなぁ?」


「そ、それは――というか、そんなことよりも! 次の検査の案内をするはずなのに、ただでさえ時間が押しているというのにあなたは何をしているんですの!」


「だから、ちょっとしたリラックスをと」


「シャラップ! こんなことでリラックスなんてするはずがないでしょう!」


 反省の欠片もしていない大和に怒声を張り続ける麗華。研究所内に響き渡る麗華の怒声に異変を察知した、研究所周辺を見回っていた巴が「一体どうしたの!」と慌てて現れる。


 何も知らずに現れた巴は、下着姿のセラと麗華とティア、そんな三人の前にいるボーっとした表情を浮かべている幸太郎と、ニヤニヤといたずらっぽく笑っている大和の様子に一瞬理解が追い付かなかったが――そんな自分の隙をついて音もなくそそくさと逃げようとする大和を見てすべてを察した。


 今度は巴の怒声が響き渡る番だった。

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