第14話

「この前麗華、大悟さんのためにお弁当を作ったんだ」


「悲惨そう」


「その通り。でも、見た目は普通だったんだよ、見た目だけはね」


「でも、危なそう」


「まさしくその通り。にもかかわらず、バレンタインデーで痛い目にあったのにムッツリ顔をしているけど実は娘には甘い大悟さんはそれに手を出してしまったんだ」


「また倒れたの?」


「倒れたんじゃなくて今度はお腹に来たんだ。半日はトイレから出れなかっただって」


「バレンタインデーの時みたいにニュースにならなくてよかったね」


「せっかく教皇庁と協力するって時に腹痛で一日中トイレから出れないなんてニュースが出たら、出鼻を思い切り挫かれるから克也さんがその情報を表に出さないようにしたんだ」


「何だかカレー、食べたくなってきた」


「この話でかい?」


 エレナと大和が幸太郎にティアストーンとアンプリファイアの力を送り込んだ実験を行った後、長時間強い力を身体に受けていたためしばらくの間の休憩をした幸太郎は休憩を終え、次の検査をする部屋へと大和の案内で雑談をしながら向かっていた。


「そういえば、しばらく休憩している間に何か身体に異常はあったかい?」


「特に何もないよ。少し寝たから体調もバッチリ」


「それはよかったよ。それよりも、朝から続く検査でもう幸太郎君はウンザリしてるんじゃないの? 麗華やセラさんたちも妙に気合入ってるから落ち着かないでしょ」


「別に気にしてないよ」


「ホント幸太郎君は優しいなぁ。でも、これから先その優しさが仇になるかもしれないから、少し気をつけた方がいいよ?」


「そう言われると何だか照れる」


「褒めてないんだけどねぇ」


 意地悪な笑みを浮かべての大和の忠告に、褒められていると勘違いしている幸太郎。そんな幸太郎の呑気な態度に、大和は深々と嘆息した。


「それにしても、麗華や大悟さんたちも少し敏感になりすぎてないかなぁ。今回の件、秘密裏にしているつもりだったけど、巴さんが幸太郎君を迎えに行ったり、麗華たちが身体測定を抜け出したりしたせいで学内電子掲示板ではもう変な噂が流れてるし」


「そうなんだ」


「そうなんだよ。僕が女だってバレていない時に、秘密裏に僕の身体測定とかをやってた時は誰にも気づかれたことはなかったのに、もうちょっと慎重に行うべきだったんじゃないかな」


「でも、みんな心配してくれてるから嬉しい」


「ホント、優しいなぁ幸太郎君は」


「傍にいてくれる大和君にも感謝してるよ。だから、ありがとう大和君」


「……え? あ、うん。どういたしまして」


 突拍子もなく自分に感謝の言葉を述べる幸太郎に、不意を食らって戸惑い、答えに窮してしまった大和は一瞬遅れて反応した。


 そして、大和は予測ができない幸太郎の発言に降参と言わんばかりに一度深々とため息を漏らすと、スッキリとした笑みを浮かべた。


「感謝をするのは僕だって同じだよ。君には色々と恩があるからね」


「そうなの?」


「忘れないでよ。無窮の勾玉の暴走を僕と一緒に止めただろう? 今更言うと説得力に欠けるけど、僕はあの時から君が強い力を持っていることに薄々気づいてたよ。確証はなかったけどね」


「あの時は無我夢中だったし、それに、大和君がいたから」


「そうだとしても、あの時のことがあったから僕はもちろん、巴さんやあの麗華も君のことを守ろうとしているんだ。セラさんたちほどの力はないけど、僕なりのやり方で君を守るよ」


 軽薄な笑みを浮かべて幸太郎を守ると約束する大和だが、言葉の一つ一つに覚悟が込められていた。しかし、そんな彼女の覚悟など知る由もなさそうな幸太郎は、呑気な様子で「頼りにしてる」と頷いた。


 ……幸太郎君は相変わらずだなぁ。

 それにしても――

 真面目に誰かを『守る』なんて口に出すの、らしくないな。


 相変わらずの幸太郎に大和は脱力するとともに、らしくない自分に対して自嘲を一度浮かべた後、すぐに普段通りの軽薄な態度と笑みを浮かべる。


「まあ、麗華よりは頼りになると思ってもいいよ。つい最近――といっても、半年前は負けちゃったけど、それ以外は連戦連勝だったからね」


「確かに麗華さん、大和君には敵わなさそう」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。まあ、よくよく考えてみたらわかるよね。一々麗華は必殺技の名前を叫ぶし、『隙あり』って叫んで相手に襲いかかるし、行動の一つ一つに無駄が多いんだよね。まあ、あれは自己顕示欲に塗れた性格の影響だろうね。ああ、麗華の名誉のために一応のフォローするけど、その悪い癖さえ直せば麗華は僕よりも強いよ。まあ、プライドの高い麗華のことだから自分のポリシーを変える気なんてさらさらないんだろうけどね」


「大和君、麗華さんのこと大好きなんだね」


 麗華のことをバカにしているようでありながらも、どこか自慢げに、誇らしげに幼馴染を語る大和を見て、幸太郎は思ったことを口に出した。


 そんな幸太郎の一言に、頭が一瞬真っ白になり言葉を詰まらせてしまった大和は咄嗟に彼の言葉を否定しようとするが――動揺中の頭で考えた言葉で否定しようとも、彼から逃れられないと悟った大和は潔く抵抗を諦め、「……うん、そうだね」と素直に認めた。


「プライドが無駄に高い麗華ってつい意地悪したくなっちゃうんだ。意地悪した時の反応が一々面白いから癖になっちゃうんだよね。あの胡散臭いお嬢様オーラも面白いし、打算的だけど抜けているところもあるし、なんだかんだ言ってお人好しだし、それに、ここぞという時に頼りにもなる……そういう麗華が昔から好きだったな」


「僕もそういう麗華さん、大好き」


「おおっと、今の発言は中々大胆だね」


「そうかな?」


 ――どうやら、まだライクって感じなのかな?

 ……羨ましいなぁ。


 特に何も考えている様子もなく自分の言葉に素直に同意する幸太郎を、大和は軽薄で茶化すような笑みをニヤニヤ浮かべながらも内心驚きつつ、ピエロな自分と違って素直に自分の感情を口にする幸太郎に、そして、幸太郎に好意を向けられる麗華を羨ましいと思ってしまった。


「今の話、麗華には内緒だからね」


「聞いたら調子に乗るから?」


「それもあるけど……何だか恥ずかしいからね」


「大和君、かわいい」


「……ホント、幸太郎君には敵わないなぁ」


 僅かに頬を赤らめて気恥ずかしそうに今の話を言わないでくれと言う大和を見て、思ったことを口にする幸太郎に、再び大和は不意を突かれてしまう。


 照れ笑いを浮かべながら、改めて大和は幸太郎には敵わないとつくづく思った。


 麗華についての話が終わると、ちょうど目的地が近づいてきた――同時に、大和はクスリといたずらっぽく、それ以上に邪悪に笑う。


「さてと――そろそろ目的地に到着するけど、その前に君にプレゼントがあるんだ」


 ……ちょっとした仕返し。


 さっきから想定外の言動で戸惑わせてくる幸太郎に対してのちょっとした復讐をするつもりの大和。


 明らかに腹に一物も二物も抱えている大和の笑みを気にすることなく、プレゼントという単語に期待に満ち溢れている幸太郎。そんな彼の様子に、大和は口角をさらに吊り上げる。


「あそこの扉にそのプレゼントがあるよ。じっくり堪能してね♥」


 怪しい笑みを浮かべて数メートル先にある扉を指差す大和に、幸太郎は素直に従って小走りで扉に近づき、何の疑いもなく扉を勢いよく開く――


 扉を開いた先には――


 楽園が広がっていた。


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