第13話

 ノエルとクロノ、大丈夫かな……

 あの男――二人に余計な真似をしたら絶対に許さない。

 まず、お母さんに言いつける。


 身体測定と健康診断を終えたアリスは、診断中更衣室として使われている病院の空き部屋で着ていた体操服の上着を脱ぎながら、ノエルとクロノのことを思っていた。


 二人がいる研究所には、二人だけではなくセラたちも一緒にいるため、不安は少なかったが、それでも二人の検査を行うあの男――父であるヴィクターが何か二人に余計なことをしないのか不安だった。


 二人を思って憂鬱でありながらも、どこか不機嫌そうな表情のアリスは全身から刺々しい不機嫌なオーラを身に纏っており、周囲にいる同級生や後輩たちは彼女と目を合わせないようにさっさと着替えを済ませて部屋から出て行ってアリスから離れた。


 そんなアリスに恐れることなく、一人の少女が「……アリスさん」と消え入りそうな澄んだ声で話しかけてきた。


 体操着の上を脱ぎ捨て、後ろから辛うじて聞こえた声にアリスは振り返ると――そこには、アリスと同じく中等部でありながらも風紀委員として第一線で活躍している赤茶色の髪をセミロングにした褐色肌の少女、サラサ・デュールがいた。


「サラサ……あなたも終わったの?」


「は、はい……なので、その……一緒にサウスエリアに行きません、か?」


 おずおずとした様子でサラサはアリスを誘う。鈴の音のような声とは対照的に鋭い目つきで全身から威圧感を放っているサラサの外見だが、彼女の性格はとても大人しくて優しく、それでいてシャイだった。


「私もそのつもり。早く着替えよう」


 自分の誘いに二つ返事でアリスは了承すると、サラサは嬉しそうでありながらも、強面のせいで若干怖い笑みを浮かべて、さっそく体操服を脱ぎはじめた。


 体操服の上を脱いだサラサは、アリスのように脱ぎ捨てるわけでもなく、きれいに畳んでいた――そんなサラサの様子をアリスは不機嫌そうに、それでいて、羨ましそうに眺めていた。


 ……サラサ、私よりも一つ年下のハズなのに……

 この差はどうして生まれるの?


 自分よりも年下であるにもかかわらず、アリスはサラサと自分との間に明確な、それも、天と地との差が生まれていることを感じ取っていた。


 羨望と不機嫌を宿したアリスの視線の先には体操着を脱ぎ捨てたサラサがいた。


 過去に大病を患っていたとは思えないほど全体的に引き締まって艶やかな健康的な体型で、小ぶりだが形の良い張りのある臀部から伸びる長く滑らかな脚が大人の色香を感じさせるサラサだが――アリスの目は彼女のスポーツブラに包まれた双丘に集中していた。


 まだ小ぶりなサイズだが、明らかに、確実にサラサは全体的に確実に発達していた。


 成長期真っ只中のサラサなら、ほんの二、三年――もしくは一年でセラたちのような規格外の世界に踏み込めると思える成長性をアリスは確かに感じていた。


 それと比べて――アリスはサラサから自分の色気のないスポーツ下着に包んだ身体に視線を向けた。


 サラサと同じく成長期真っ只中であるにもかかわらず、自分の身長体重体躯ともにまったく変わっていなく、トップからアンダーにかけてなだらかなラインが走っている幼児体型だった。


 夢も希望も起伏もまったくない寂しい平原と表現するに相応しい自分と、豊穣の地であるサラサを比較して、アリスの心はむなしさで包まれた。


「あの……検査の結果はどうだったんでしょうか」


「私はあんたと違って何も変わってない」


「え、えっと……幸太郎さんたちのことを聞いているんですけど……」


「私は絶対にノエルみたいになってやる……みんなを見返してやる……」


 幸太郎の検査について尋ねたアリスだったが、勘違いしているアリスは嫉妬の炎を燃やすとともに、儚い希望を抱いた。


 そんなアリスに呆れるとともに、禍々しいほどの嫉妬心に気圧されるサラサ。


 ギリギリと歯ぎしりしているアリスにサラサは何も言葉をかけられなかったので、数秒間沈黙が続いていたが――現実に戻ってきたアリスは「オホン!」と、恥ずかしそうに頬を染めて慌ててわざとらしく咳払いをした。


「七瀬の検査は一通り終わった。でも、何も特異な点は見られなかったみたい」


「そう、ですか……ノエルさんとクロノさんの検査の方はどうなっているんでしょうか」


「……午前中は七瀬の検査に集中していたみたいだから、二人の精密な検査はこれから本格的にはじまるみたい」


 サラサの質問に淡々と答えながら、これからはじまるノエルとクロノの本格的な検査に憂鬱な表情を浮かべるアリス。


 そんなアリスの心を見透かしたように、サラサは母性的な優しい笑みを浮かべて「大丈夫ですよ」と、アリスの抱いている不安を優しく包み込むような声で一言声をかけた。


「アリスさんのお父さんを信じましょう」


「……それができない」


「でも、ヴィクターさんなら信用できる――……と思います」


「それ、フォローする気あるの?」


 父を信じろと言うサラサの言葉だが、それなりに信用をしていても完全に父のことを信用することができないアリス。


 不仲な親子関係を修復するためにサラサはフォローしようとするが、上手くできなかった。


「大体、あの男のせいで予定が狂ってる。それに、この前の事件から日を追うごとに益々人間らしくなった最近のノエルとクロノ――特にノエルは変に素直なところがあるから、あの男の調子の乗った指示に従いそうなのが不安」


 子供のように無邪気に、素直に物事を吸収する最近のノエルとクロノの純真無垢さを利用して、無茶な支持をしようとするヴィクターを想像し、アリスの不安は大きくなる。


 抱いている不安感で暗い表情を浮かべるアリスを見て、サラサは思わず吹き出してしまう。


 人の気も知らないで笑うサラサを失礼だと言わんばかりにアリスは睨むと、サラサは「す、すみません」と笑いをこらえながら謝った。


「なんだかアリスさん……ノエルさんとクロノさんのお姉さんみたいですね」


「そう、かしら? ……こっちとしては、馬鹿正直になってるノエルとクロノが放っておけないだけなんだけど」


 素直な感想を述べるサラサに、アリスはクールな態度を取りながらも悪い気がしなかった。


「でも、アルトマン博士は祝福の日で賢者の石の力を得てからアリスさんとクロノさんを生み出したのですから、間違ってはいないと思いますよ」


「そういえば、そうだったわね……」


「小さいけど頼りがいのあるお姉さんって感じで、アリスさん、カッコいいです」


「……ってどういうこと? 喧嘩売ってる?」


「あ、べ、別にそういうわけでは……」


「別に私も羨ましいとは思ってない。そんなこと思うわけない。でも、人の目の前でそんな大きなものぶら下げているのは目障り。この、この!」


「んっ……アリスさん、掴まないでください。つ、強くしないでください」


「どうせ私には掴むほどないわよ」


「お、落ち着いて、ください、アリスさん」


「いつか絶対に見返す……絶対に」


 今のアリスにとって触れてはならない地雷に触れてしまったサラサ。


 ため込んでいた嫉妬が爆発したアリスはむんずとサラサの絶賛発展中の胸を掴む。


 小さなアリスの手のひらでは納まりがつかないほどの大きさと、マシュマロ以上の柔らかさに、アリスは嫉妬の炎に狂いはじめる。


 そんなアリスをサラサは制止させるが、アリスは止まらない。


 これから数分間、ノエルとクロノを、そして我を忘れて、アリスは嫉妬の対象をずっと掴んでいた。


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