第18話
「そろそろ新型ガードロボットを設計しようと思っているのだよ」
「また作るんですか?」
「科学や技術の発展は早いのだよ。新しいものでも一日経過してしまえば、古いものへとあっという間に変化してしまうのだよ」
「なるほどなー。次はどんなガードロボットを作るんですか?」
「それについて、モルモット君たちに意見を貰いたいのだよ」
「ロケットパンチは必須です」
「ロマン溢れる武装だが今回は戦闘型ではなく、人を癒すようなロボットを作ろうと思うのだ」
「ロボットと友達になれるってことですか?」
「つまりはそういうことだ。そこから発展して人型を作りたいが、今の技術では作るのに時間がかかる。まずは手っ取り早く何かペット型の――例えば、猫型なんてどうだろう」
「それ、親しみがあっていいと思います。ノエルさんはどう思う?」
「マズいと思います……何となく」
用途不明のガラクタで散らかっている室内で和気藹々と会話をしているヴィクターと幸太郎と、新たな発明品についての話で盛り上がっている二人を諫める病衣を着たノエル。
一通りの検査が終わった幸太郎とノエルは最後にヴィクターの研究室で、今回の検査を萌乃とともに主導していたヴィクターの検査を受けることになった。
本来はクロノも来るはずだったが、彼は国に提出するイミテーションについての検査結果をまとめている萌乃の手伝いをしているので別室にいた。
「ノエルさんは何かアイデアある?」
「私、ですか?」
突然幸太郎に話を振られ、無表情だが戸惑うノエル。
「そうだな。せっかく君という第三者がいるのだから、ぜひとも意見を聞きたい」
「……合体機構はどうでしょう」
「なるほど! 悪くはない発想だ! どうやら君の発想はモルモットくんと近いらしいな!」
「満足していただいたのなら結構です。それでは、検査へと移りましょう」
少し考えた後に口に出したノエルの提案に、ヴィクターは褒め称え、幸太郎は「それ、いい」と同意を示し、そんな二人の反応にノエルは無表情ながらも若干照れているようだった。
だが、すぐに普段通りの感情が希薄なクールな空気を身に纏ったノエルは本題に入るようにと促し、ヴィクターは「ああ、そうだったそうだった」と呑気にも本題を思い出す。
「さてと――一通りの検査が終わったわけだが……正直わからないことだらけだよ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! さっぱりだよ!」
一日の検査を終えての感想を述べ、諦めたような高笑いを上げるヴィクター。
「イミテーションである君たち姉弟について調べたのだが、身体の作りもほとんど人間と変わらない。輝石が核になって生まれたとは考えられない存在だ。身体の作りだけではなく、君たちに芽生えた感情から考えると、もはや、『人間』と呼んでもおかしくはないだろうね」
「……そうですか」
勝手に、顔が緩む。
胸の中も温かくなる――これは確か……『嬉しい』?
イミテーションである自分たちを『人間』と呼んでくれたヴィクターに、ノエルは胸の中が温かくなるとともに勝手に自分の頬が緩んでしまいそうになったことに気づき、自分の中で芽生えた感情が『嬉しい』であることに気づいた。
「君たちイミテーションを作り出した我が師・アルトマンは改めて天才だ。もちろん、生命を操る力を持っているらしい賢者の石のおかげかもしれないが、イミテーションを作り出せる理論を作り出したのは、我が師! 改めて我が師は天才だよ」
――わからない。
あの人はもう私たちの敵なのに。
……嬉しい気持ちがある。
どうしてだろう。
今は敵である父を褒めるヴィクターに、ノエルは無表情の顔を僅かに俯かせて、胸に抱いた感情のせいで複雑そうな表情を浮かべていた。
そんなノエルから、今度は幸太郎に視線を移すヴィクター。
「そして、モルモット君! 君についてはまったくわからない! お手上げだよ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
そう言って再び自棄気味な高笑いを上げるヴィクター。
「君の身体や過去を詳しく調べても何も出てこないし、教皇エレナと伊波大和君の力を借りて君が力を発揮した状況を再現しても何も出てこない――全然わからないよ! 一応尋ねるけど、今回の検査中モルモット君は何か身体に異変が起きたかな?」
「全然です」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! やはり、まったくもってわからない!」
幸太郎の答えを聞いて、改めてヴィクターは何もわからないと豪語し、自棄気味でありながらも心底楽しそうに豪快に笑う。
ひとしきり笑い終えたヴィクターは、笑いすぎて上がった息を整えた後、口角をニンマリと吊り上げて狂気染みた笑みを浮かべて幸太郎を見つめた。
「モルモット君の力についてわからない大きな原因の一つとして、賢者の石についてわからないことが多すぎるのがあるのだよ。賢者の石について詳しく知っているのは、輝石や煌石について生涯研究を行い、実際に賢者の石を生成した我が師・アルトマンくらいしかいないだろう。だから、我が師がいなければ今のところは何もわからないということだ」
「結局、賢者の石って一体何なんでしょう」
何気なく口にした幸太郎の疑問を、「いい質問だぞ、モルモット君!」と褒めるヴィクター。褒められ、幸太郎は呑気に照れていた。
「モルモット君は賢者の石について、何を知っているのかな?」
「輝石や煌石についての本に載っていたことだと――富と名声を手に入れたり、世界を支配できたり、詳しいことはわからないけどとにかくすごい力を宿しているってことです」
「そう、その通り、賢者の石の力について詳しいことは誰も知らないということなのだ! ――つい最近まではね」
そう言って、生命を操るとされている賢者の石の力によって生まれた生命体・イミテーションであるノエルに意味深な視線を一度向けた後、ヴィクターは話を続ける。
「我が師曰く、賢者の石には生命を操る力があるそうだ。凶刃に倒れた我が師の命を救い、イミテーションと呼ばれる人間と変わらない存在を生み出したその力は、まさしく伝説の煌石と呼ばれるのには相応しい力だろう――だが、ここで疑問が浮かんでしまうのだよ」
……疑問?
賢者の石によって生み出された存在が目の前にいるのに?
ヴィクターが賢者の石に抱いている疑問に、熱心に彼の話に耳を傾けている幸太郎だけではなく、無表情ながらもノエルも興味を抱いている様子で彼の次の言葉を待った。
「他者の命を救い、自身の命までも救うことのできる力ならば、過去に生き証人がいたのではないかと思っているのだ。しかしながら、賢者の石の力は文献によって異なる。生命を操る力を持っているのなら、生き証人がいてもっと具体的な情報が遺されていると思うのだが、どの文献も賢者の石について具体的な情報はなかった。賢者の石が生命を操ると記されている文献にも、具体的な情報は何もなかったよ。様々な文献を読み漁った結果、私はますます賢者の石の存在について疑問を抱いてしまったよ」
「……つまり、ヴィクター先生は賢者の石は実在しないと考えているのですか?」
「その通りだよ、白葉ノエル君。これは私個人の根拠の欠片もない推論だが――賢者の石とは、旧教皇庁・レイディアントラストが信者をより敬虔なものにするため、あるいは新たな信者たちを集めるために作られた、輝石や煌石を神格化させる寓話なのではないかな? 賢者の石について記されている文献は旧教皇庁が作ったフィクションか、文献が遺されていた土地に実際に存在していた賢者の石とは違う煌石だったのではないかと思っているのだ」
「私やクロノを生み出したのは、賢者の石の力ではないということですか?」
「我が師の持つ賢者の石は祝福の日で作られた人造の煌石だと考えると、賢者の石ではない何か別の力とも考えられる。それはそうと、君なら何か賢者の石について知っているのではないかな?」
……言われてみれば。
私は賢者の石について詳しいことは何も知らない?
それなら、彼の言う通り賢者の石は実在しない?
唐突なヴィクターの質問に答えられないノエル。
賢者の石によって生み出されたのにもかかわらず、ノエルは賢者の石について詳しいことは何も知らなかった。
自分の質問に答えられないノエルを見て、自分の根拠のない仮説に少しだけ自信を持った様子で笑みを浮かべるヴィクター。
そんなヴィクターに、ノエルは「それなら――」と質問を返す。
「私を修復した七瀬さんの力について、どうお考えですか?」
アルトマンと違って賢者の石を持っていないのにもかかわらず、賢者の石の力に似た力を持つ幸太郎について尋ねるノエルに、ヴィクターはしばし沈黙した後、「残念だが、それについては見当もつかないよ!」と降参と言わんばかりに苦笑を浮かべて、わからないと素直に認めた。
「まあ、今述べた推論は根拠の欠片もない暴論に近いものだ。それに、元々賢者の石の存在に懐疑的だった私が述べても、説得力はないだろう」
……本当にそうなのだろうか。
今の推論、なぜかしっくり来ているような気がする。
自虐気味な笑みを浮かべて熱く述べた自身の推論に低評価を下すヴィクターだが、賢者の石によって生み出された存在にもかかわらずノエルには不思議と説得力があるように聞こえた。
「まあ、すべては賢者の石を持つとされている我が師がのみが知るというわけだよ」
「それなら、アルトマンさんから話を聞きましょうよ」
「なるほど、モルモット君の意見はもっともだ! だが、そう簡単にはいかないだろうな」
至極当然な幸太郎の答えに、ヴィクターは豪快に笑いながらも、どこか昔を懐かしむような遠い目をしていた。
「アルトマン・リートレイド――彼は私が知る限り、もっとも優秀で偉大な人物だ。輝石といういまだ全貌を解明できていない物質からイミテーションという人間と変わらない生命体を作り出したことで、私は改めて彼が天才であることを思い知ったよ」
アカデミー都市のセキュリティを構築し、アカデミー内外の警備や清掃用で採用されているガードロボットを発明し、輝石の力をバリアのように纏って耐久力が向上している輝石使いでも十分にダメージを与えることができる非殺傷系衝撃発射装置――ショックガンを発明し、自他ともに認める天才であるヴィクターが認めるほどの天才である、自分の師を天才だと語る時の彼の表情は憧れと尊敬に満ちており、子供のようだった。
「誰よりも賢いだけではなく、かつては教皇庁に認められた輝石使い――
「博士、アルトマンさんのこと好きなんですね」
自身の師を嬉々として語るヴィクターを見て幸太郎は思ったことを口にすると、嬉々とした表情でヴィクターは「もちろんだとも」と力強く頷いた。
「研究者として、我が師ほど尊敬できる人物はいない。探究心の絶えない、自分が納得するまで諦めないで研究を続ける人物だ。自身の研究に楽しんで取り組む姿は子供のようだった。同時に厳しさも併せ持ち、納得できないことがあれば寝食する間も惜しんで何度も実験や観察を繰り返していた。そんな師を私はもちろん、あのアルバートでさえも尊敬していた」
……確かに。
子供のような無邪気な表情で憧れの人物を語るヴィクターに、長い間アルトマン――父と一緒にいて、彼の姿を見てきたノエルは心の中で同意を示した。
同時に、ノエルの心の中で何か理解できない淀みのようなものが胸の疼きとなって発生した。
理解できない胸の疼きに、ノエルは自然と表情を曇らせてしまった。
「脅すわけではないが、今君を狙っているかもしれない相手は今まで以上にないほどの強敵だ。それに、こちらは何も情報を得ていない状況は正直言って危機的状況だ」
「どうしましょう」
「情報を得るのが先決だ。だからこそ、こうして一日を費やしてモルモット君たちの検査を行ったが――結果は言わずもがな! ハーッハッハッハッハッハッハッ! 何も打つ手がない!」
他人事のように対策を尋ねる幸太郎に、笑いながら打つ手がないと無責任な様子でヴィクターは言い放ち、ひとしきり笑い終えた後に真剣な光を宿した目で幸太郎を見つめた。
「ただ、一つ言えるとするならば――今回の敵である我が師・アルトマン、我が友・アルバート、そしていまだに目的がはっきり見えてこない北崎雄一。底が見えないその三人と対峙するには生半可な覚悟では返り討ちにされるということだ」
「ドンと任せてください」
「ならば結構。だが――君はどうかな?」
ヴィクターに覚悟を問われ、相変わらず自分の置かれている状況を理解していない様子で、華奢な胸を張って気合が入っている様子の幸太郎。
傍目から見れば頼りなさそうに見えるが、幸太郎から誰よりも強い覚悟をヴィクターは感じていたので何も文句を言わなかったが――ノエルは別だった。
挑発的で意地の悪いヴィクターの視線から、ノエルは逃げるように咄嗟に視線を外した。
先程からの胸の疼きがさらに増し、それを抑えるようにノエルは自身の胸に手を当てた。
……なぜだろう。
何も問題はないのに。
父――アルトマンと敵対しても何も問題はないはずなのに。
……どうして、こんなにも胸が――
「大丈夫?」
「……問題ありません」
不意に幸太郎に声をかけられ、胸の疼きに気を取られていたノエルは数瞬遅れて、疼きを堪えながら平静を装うが――幸太郎の視線はノエルから離れない。
自分の心の底を見透かすような幸太郎の瞳からノエルは逃げようとするが、不思議とそれができない。
――どうしてだろう。
自分を見つめる幸太郎を見ていたら、胸の疼きを忘れるほど胸が温かくなり、彼に縋りたいという気持ちが生まれてしまう自分をノエルは理解できず、ただ困惑していた。
「本当?」
「何も問題ありません」
「そうなの?」
「ええ」
「ホントにホント?」
「……本当に、しつこいですね」
しつこく聞いてくる幸太郎にノエルは呆れたように、それでいて諦めたように小さくため息を漏らす。
どうして、いつも彼はしつこいんだろう。
どうして、そんな彼に私は――
「問題、あるのかもしれません」
無意識に本心を口にしてしまったノエル。
そんな自分に戸惑いながらも、もうノエルは止まらなかった。
「アルトマンと対峙することを考えると、胸が疼きます」
「どうして?」
「原因は不明です」
「博士は何かわかる?」
「おそらくだが――彼女は迷っているのではないかな?」
――そうだろうか?
ノエルが抱えている胸の疼きの理由を幸太郎は呑気な様子で尋ねると、ヴィクターは父性的な微笑を浮かべてそう答えた。
しかし、父であるアルトマンと戦うことを決意しているので、ノエルにはあまりヴィクターの言葉はピンと来ていなかった。そんな彼女を見て、ヴィクターは優しく微笑む。
「どんな人間でも相手は君を作った張本人。いわば、君の父親のような存在だ。そんな相手と戦うことになるのだ、迷いが生じてもおかしくはないだろう?」
「そうなのでしょうか?」
「そうだとも。どんな相手でも相手が身内や友人ならば、心のどこかに迷いが抱く――先日、弟と対峙することになって君は同じ気持ちを抱いたのではないかな?」
……そうか。
私は迷っていたんだ。
それなら私は――……どうしたらいいんだろう。
ヴィクターの言葉を聞いて、ようやくノエルは胸の疼きの正体がわかったような気がした。
胸の疼き――それが迷いであることを何となく理解した時、ノエルは言いようのない不安に襲われるとともに、自分がどうするべきかわからなくなってしまう。
暗い表情を浮かべたまま、何をすべきかわからないノエルは押し黙ってしまう。
暗礁に乗り上げているノエルの気持ちなど梅雨も知らない様子で、「ノエルさん」と呑気な声で幸太郎は彼女に話しかけた。
人の気持ちなど梅雨も知らない、聞くだけで苛立つような明るい幸太郎の声だが――不安で押しつぶされそうになるノエルには妙なほど明瞭に届いた。
無表情ながらも弱々しい、今にも崩れそうな顔で、ノエルは縋るように幸太郎を見つめた。
「ノエルさん、お父さん大好きなんだね」
父と戦うことを躊躇うノエルの姿を見て、幸太郎は思ったことを述べる。
突拍子のない一言にノエルは困惑して反応できなかったが、彼の言葉通りだった。
ノエルは確かに頭脳明晰で常に冷静に物事を判断する父を尊敬していた。
役立たずと言って切り捨てられ、敵対しても、ノエルはまだ父を尊敬していた。
困惑していた頭に冷静が戻るノエルだが、幸太郎の言葉には無言を貫いた。
口に出せば、迷いがさらに強くなると思ったからだ。
だが、これ以上の言葉は幸太郎には必要なかった。
「だから、僕もノエルさんと一緒にアルトマンさんを止める。そう決めた」
幸太郎はノエルに、何よりも自分に誓うようにそう告げる。
幸太郎の誓いを聞いたノエルは、胸の中に沈殿していた不安と迷いの塊が一気に取り除かれたような感覚を覚えると同時に、胸の中に熱っぽいものが広がった。
……どうしてだろう。
どうして、七瀬さんに――
輝石の力を使えない落ちこぼれである無力な彼に頼りたくなってしまうのだろう。
「……ありがとうございます、七瀬さん」
胸の中に広がる熱に突き動かされるままに、ノエルは幸太郎に感謝の言葉を述べて、無力な彼に頼ってしまった。
心の底からの素直な感謝の言葉がノエルの口から出ると、二人のやり取りをずっと黙ってみていたヴィクターは「ブラボー!」と盛大な拍手を送った。
「しかし、羨ましい限りだよ! これだけ父親を思ってくれる娘がいるとは!」
「アリスちゃん、博士を嫌っていますからね」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 相変わらずモルモット君は容赦ない! だが、最近はまともになったのだぞ! 相変わらずお風呂には一緒に入ってくれないがな!」
容赦のない幸太郎の一言に、ヴィクターの高笑いがむなしく響き渡った。
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