第13話
研究施設が立ち並ぶサウスエリアとイーストエリアの境界付近に、制輝軍のアリスとクロノは黙々と歩いて巡回していた。
午前中ずっとサウスエリアと、多くの訓練施設やイベントなどで使用される大型ドームが多くあるウェストエリアを歩き回っても、何一つ騒動は起きなかった。
何も起きないのでアリスは心の中で退屈していたが、それでいいとも思っていた。
つい最近まで、アカデミー都市内の空気は常に張り詰めていて雰囲気が悪かった。
徹底的な実力主義を掲げる制輝軍が治安維持部隊になったことで、アカデミー都市内では実力主義の思想が広まり、弱い輝石使いは排斥されてしまっていた。
それに加えて煌石・無窮の勾玉の欠片である輝石使いの力を増減させる力を持つアンプリファイアが出回ってしまった。
その結果、アカデミーの生徒同士の小さな小競り合いが絶えなくなり、アカデミーの生徒たちは放課後の帰り道や夜道もまともに歩けず、アカデミー都市の雰囲気が悪くなってしまったの観光客も減ってしまっていた。
だが、無窮の勾玉の力がアカデミー都市中に広まり、輝石使いの力が大幅に制限されてしまった事件の際、今まで実力主義を掲げていた多くの輝石使いは、見下していた弱い輝石使いたちに反撃されて痛い目にあってしまった。
そのおかげで、弱者の気持ちが理解できた制輝軍や、今まで自分の力に酔っていた輝石使いたちは深く反省し、悪かったアカデミーの雰囲気は少しずつだが良くなった。
アカデミーの生徒たちは放課後や夜も安心して出歩けるようになり、観光客も増え、制輝軍と生徒たちの関係も良好になった。
道行く人が安心してアカデミー都市内を歩く様子を見て、改めてアカデミーに平穏が戻ってアリスは良かったと感じていたが――人形のようなアリスの可憐な顔立ちは仏頂面だった。
その原因は後で合流するからと言って、いつまで経っても合流してこない人物が原因だった。
「美咲は一体何をしてるの?」
「十中八九、サボりだろうな」
いつまで経っても合流してこない美咲を腹立たしく思っているアリスと、美咲が制輝軍の仕事をサボるのは日常茶飯事なので何も期待していない様子のクロノ。
「いつものことだ。オレたちはオレたちの任務を果たすぞ」
姉のノエルと似て淡白で突き放すクロノの冷たい言葉に、もっと文句を言いたい気分だったがアリスも彼と同様に美咲のことは諦めることにして、自分の仕事に集中することにした。
「そういえば、今学内電子掲示板で気になる噂が出回っているわよ」
「そんな当てにならない情報など気にするな」
「荒唐無稽な内容だったら最初から話題に出さないわよ。あなたにも関係があるかもしれないと思って言ってみたの」
ネットが情報源なので信用していなかったクロノだが、自分に関係があるかもしれないとアリスに言われて、「聞かせてくれ」とクロノは無表情ながらもほんの僅かな興味を示した。
「次期教皇最有力候補であるプリメイラ・ルーベリアがアカデミー都市にいるらしいわ。イースト、ノース、サウスエリア、それと電車内での目撃情報が多いわね」
プリメイラ・ルーベリアの目撃情報にクロノの表情が曇る。そんなクロノにアリ
スは探るような鋭い目を向ける。
「確か、プリメイラ・ルーベリアとあなたは接点があったわね。教皇庁旧本部で起きた次期教皇最有力候補のスキャンダルに、リクトとあなたが立ち向かって彼女を救ったんでしょ? その件で彼女から信用を得たと聞いたけど……あなた何か知ってる?」
「何も」
「……ノエルは何か知ってる?」
「知らないだろう」
プリメイラの件について自分とノエルは何も知らないと事務的に答えるクロノだが――アリスの目には消えない疑念と不信が宿っていた。
「どうかしらね。あなたたち姉弟は秘密主義だから、私たちの知らない何かを知っているんじゃないの?」
秘密主義なクロノとノエルに対して多少の嫌味を込めたアリスの一言に、クロノは彼女から目をそらして何も答えず、「それよりも――」と話題をすり替えた。
「プリムがアカデミー都市にいるという情報だが、ありえるかもしれない」
「あなたがそんな冗談を言うなんて珍しいわね」
ネットの情報は当てにならないと言ったのにもかかわらず、普段と変わらぬ無表情で突拍子のないことを口に出したクロノに、思わず微笑んでしまうアリス。
冗談だとアリスは思っているが、プリムの積極性や行動力を知っているクロノは冗談を言っているつもりはいっさいなかった。
「どんな理由があるにせよ、次期教皇最有力候補の立場の彼女が、教皇庁や制輝軍に何も言わないでアカデミー都市に無断で来ることは――」
「おお、クロノではないか! 久しぶりだな」
プリムがアカデミーに来ているという噂はありえないと判断するアリスだが――そんなアリスの言葉を遮るように明るく尊大な声が響き渡る。
その声を聞いてクロノの無表情は一瞬驚きに染まり、すぐに呆れたように小さいながらも深々としたため息を漏らす。
突然割って入ってきた声の主を確認すると――今度はアリスの表情が驚愕に染まる。
アリスの目の前にいるのが安物の帽子を被って申し訳程度の変装をしたプリメイラ・ルーベリアだからだ。
「ほう、お前は確か制輝軍のアリス・オズワルドだったな。お前の活躍や、お前の父上のことはよく知っているぞ。今後ともよろしく頼むぞ」
「よろしく頼むって……どうしてあなたがここにいるのよ!」
「細かいことは気にするな!」
細かいことを気にするなと言うプリムだったが、そんなことでは納得できないアリスは説明を求めるように、プリムの傍にいるリクト、幸太郎、サラサに視線を向けた。
「な、なし崩し的にプリムさんにアカデミー都市を案内することになってしまって……」
アリスの視線を受けて、困惑しきった表情でそう説明するリクト。リクトも自分と同じで、状況を把握できていないとアリスは判断した。
「僕はプリムちゃんの案内係」
プリムの案内係を任命されたことに誇らしげに華奢な胸を張る幸太郎――アリスは無視した。
「わ、私は、成り行きで途中から……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるサラサの言葉を聞いて、彼女がプリムに無理矢理引き連れられたか、誰かの指示でプリムの傍にいるのだろうとアリスは判断した。
三人の説明を聞いても、教皇庁にとって重要で、庇護されるべき存在である次期教皇最有力候補が護衛もつけずに勝手に行動していることに、アリスはまだ納得していなかった。
「プリム、どうしてお前がここにいる」
「久しぶりだというのに、相変わらずお前は無愛想だな、クロノ! まあいい、今日は嬉しい出来事続きで私は機嫌が良いからな!」
久しぶりの再会だというのに、まったく嬉しそうではない無表情のクロノだが、機嫌が良いプリムは特に気にならなかった。
自分との再会に無邪気に喜んでいるプリムに、クロノは冷め切った鋭い眼光を飛ばした。それはアリスも同様だった。
「それで、お前は何のためにここに来た」
「あなたが来るということは制輝軍には伝わっていない……それに、おそらく教皇庁にも伝わっていないと思う――勝手な真似をしてただで済むと思っているの?」
厳しいクロノとアリスの追及に、上手い言い訳が見当たらずに追い詰められるプリムだが「そ、そういえば!」と周囲に響くほどの声を張り上げて、強引に二人からの追及を逃れようとする。
「そろそろ腹が減ったぞ! 腹が減っては戦ができぬだ! 私は何か食べるものを所望する! 案内しろ、リクト、コータロー、サラサ!」
逃げるようにしてリクトたちを引き連れてクロノとアリスの前から立ち去るプリム。
「見送りたい気分だけど、制輝軍として見逃すことはできないわね。彼女を追いましょう」
「……了解した。一応、ノエルに連絡しておこう」
離れ行くプリムたちの背中を眺めながら、不承不承といった様子でアリスはため息交じりにそう判断すると、クロノも心底不承不承といった様子で頷いた。
「こんな時にいないなんて……美咲は何やってるのよ」
厄介なことに巻き込まれそうなのに、こんな時に限っていない美咲のことをアリスは心底恨みがましく思っていた。
クロノがノエルに連絡して返ってきた答えは、様子を見ながらプリムを護衛しろとのことだった。二人はノエルの指示に従って、プリムの後を追ってすぐに合流した。
そして、自分の傍にいるなら携帯を差し出せとプリムに言われたので、二人は不承不承ながら携帯を差し出した。
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