第12話

 セントラルエリアにある高級ホテルのスイートルーム――ティアに呼び出されただけで何も知らされていない銀城美咲と、御柴巴は訪れた。


 二人とも用事があって忙しかったが、同級生で友人のティアのために、詳しい説明もないのに彼女の呼び出しに応じた。


 室内には呼び出した張本人であるティアと、精悍な顔立ちでがっしりとした体型の長身の青年がいた。ティアと一緒にいる青年を美咲は興味津々な様子で見つめ、さっそく食いついた。


「もしかして、私たちを呼び出したのってティアちゃんに春が来たことの報告? そこにいる男の人とこの部屋で一夜を過ごしたの? どーりで、甘い汗と野性味溢れる獣臭がすると思った♪ 何だか部屋のにおいを嗅いでいたら、ジュンジュンしてきちゃった❤」


「錯覚だ。この男はただの幼馴染だ」


「謙遜しなくていいのに、ティアちゃん! こんなことならお赤飯買っておけばよかった☆」


「……勝手にしろ」


 一人盛り上がって、興奮した面持ちで発した美咲の言葉に、呆れ果ててもう何も反応しないティアと、恥ずかしそうにする青年と巴。


 美咲のせいで気まずい沈黙が室内に一瞬流れたが、巴はわざとらしく「コホン」と小さく咳払いをして沈黙を打ち破り、探るような視線を青年に向けて話を進める。


「……確か、聖輝士のグラン・レイブルズさんでしたね。ティアの友人とは知りませんでした」


「よろしく頼む。それと、御柴巴さん。前に君のお父上――御柴克也みしば かつやさんにはとても世話になった。今回の件が終わったら、よろしく伝えておいてくれ」


 巴に深々と頭を下げるグラン。鳳グループトップの秘書を務めている父の名前が出て、巴は驚いてしまったが、すぐに平静を取り戻して「え、ええ」と頷いた。


「グラン・レイブルズ君――聞いたことがあるなぁ。すごい強い聖輝士なんだよね。そんな人がティアちゃんと付き合っているなんて、思いもしなかったな。でも、お似合いかな?」


「い、いや、ティアとは幼馴染というだけあって、決してそういうわけでは……」


「そこにいるバカモノは相手にするだけ無駄だ、グラン」


 茶化すような笑みを浮かべて軽薄な態度を取っている美咲に、グランは戸惑い、ティアは呆れ果てていたが――ここで、美咲は態度を一変させて軽薄ながらも、じっくり観察するような隙のない目でグランを見つめた。


「教皇庁旧本部にいる聖輝士がどうしてアカデミーに来たのかな? ……もしかして、ティアちゃんが呼び出した理由に関係してるのかな?」


「……最初から真面目にやれ」


「もう、失礼だなぁ、ティアちゃん。アタシは最初から真面目だよん♪」


 おどけながらも核心を突いてくる美咲に、さっそくティアは二人を呼び出した理由を話す。


 次期教皇プリメイラ・ルーベリアが秘密裏にアカデミーに来ていること。


 グランはプリムの護衛として数人の輝士を引き連れて、彼女とアカデミーに来たこと。


 アカデミーの地理に詳しいので、ティアを護衛のメンバーとして引き入れたこと。


 そして、今自分たちがいる部屋に泊まったプリムが、少ない護衛の目をかいくぐってホテルから抜け出して、一人で勝手な行動をしていること。


「お前たちを呼び出したのは、プリムの捜索に協力してもらいたいからだ……頼む」


 すべてを説明し終えて、ティアは呼び出した美咲と巴に協力を求める。


 ティアに頼られた美咲は嬉しそうな笑みを浮かべ、巴は呆れたようでいて、納得したように深々とため息を一度漏らした。


「次期教皇最有力候補のプリムちゃんがアカデミー都市をウロウロしてるって噂が学内電子掲示板に流れてたけど、ホントだったんだねー♪」


「その噂について、制輝軍は何か対応をしているのか?」


「ウサギちゃんも知ってると思うけど、今のところは何も対策はしてないかな☆ ネットの噂なんて当てにならないから、一々それを信じて行動するほど制輝軍は暇じゃないんだよね。あ、でも、今のアカデミー都市は平和だから暇かな♪」


 制輝軍が今のところプリムのことを知らないことに、グランは安堵していた。


 ティアは美咲から巴に視線を移すと、巴は小さく頷いて自分の知っていることを話す。


「あなたから連絡が来る前に知ったことなんだけど、鳳グループでも噂になってる。プリムさんと一緒にいるのはリクト君と七瀬君らしいわ」


「……幸太郎が?」


 プリムと一緒に幸太郎が一緒にいるということを聞いて、ティアは無表情だが強い反応を示す。そして、強い意志を宿した彼女の瞳に若干の不安が宿った。


 すぐにティアは携帯で幸太郎に連絡するが――幸太郎は電話に出ない。幸太郎の次はリクトにも連絡するが、リクトも電話には出なかった。電話に出ない二人に、ティアは苛立ったように小さく舌打ちをする。


「……幸太郎は暇さえあればアカデミー都市中を隅々まで歩いて飲食店を探して、アカデミー都市の地理知り尽くしているのに加え、アイツの行動は読み辛い。探すのに手間取りそうだな」


 自分以上にアカデミー都市を知り尽くし、行動が読めない幸太郎がプリムと一緒にいることに、容易に幸太郎たちを見つけることができないと思ってティアは小さくため息を漏らした。


 ティアが幸太郎のことを考えている最中、巴はグランに厳しい目を向ける。


「私たちがプリムさんの捜索をするのは理解できたけど――教皇庁や制輝軍に頼らなくてもいいの? 次期教皇最有力候補に何かあれば、グランさんに責任が問われることになるのに」


「責任については私がすべてを負う覚悟だ。だから、君たちは好きなようにしてもらって構わない。だが、プリム様がアカデミーにいるという事実は、プリム様から口止めされているので隠したいんだ。できれば、教皇庁や制輝軍には秘密にしておきたい」


「あなたの覚悟は理解できましたが、その説明だけでは私は納得できません。プリムさんの傍には私の友人がいるんです。プリムさんに何かあれば、友人が巻き込まれてしまうことになる。私は制輝軍や教皇庁に報告しないというのはどうかと思います」


 プリムがアカデミー都市にいるということを隠したいがために、教皇庁や制輝軍に協力を求めないということに、もしもプリムと一緒にいる幸太郎やリクトに何かあったらと考えている巴は納得できない。


「一応制輝軍のアタシが呼ばれたのは万が一の場合が起きた場合、すぐに制輝軍に連絡できるようにするためって感じかな? まあ、アタシは面白ければ別にどっちでもいいんだけどさ。というか、ネットで噂されている時点で周囲に黙っておくことはできないんじゃないかな?」


 ハッキリとした意思を告げる巴とは違い、美咲は面白ければ何でもいいという軽薄な考えを持っていたが、所々痛いところついてくるのでグランの表情は暗くなる。


 だが、グランは一歩も退かない――すべてはプリムのために、プリムの命令のために。


「……これはプリム様の覚悟なんだ」


 巴を納得させるため、不承不承といった様子でグランは話をはじめる。


「教皇庁に何も言わずにプリム様がアカデミー都市に訪れたのはちゃんとした理由がある。教皇庁に何も言わずに勝手に行動すれば、次期教皇最有力候補という肩書きに傷がついてしまうことは重々承知した上で、プリム様はアカデミー都市に訪れた。教皇庁旧本部から出発する前に、俺にだけアカデミー都市を訪れる理由を教えてくれた。これだけは聞いてくれ」


 懇願するような目を自分に向けるグランの話に大人しく耳を傾ける巴。


 美咲は特に何も考えていなかったが、グランが下手なことを言えば、巴は自分たちに協力を求めてくれたティアには悪いが協力を打ち切って教皇庁や制輝軍にプリムのことを告げるつもりでいた。


「――どうしようもないほどわがままで、生意気なじゃじゃ馬娘だが、母を想う気持ちは本物だ」


 そう言って、グランは自分とプリムしか知らない話をする。


 母であるアリシア・ルーベリアへの想い、そして、アカデミー都市に訪れた理由を。


 それを聞いて巴と美咲は感動――するわけでもなく、巴は口を真一文字に閉めて険しい表情を浮かべ、美咲は暇そうに大きな欠伸をした。


 グランの話が終わるまで、ずっと険しい表情を浮かべて黙って聞いていた巴だが、話が終わると深々と嘆息した。


「確かに、前回の事件でアリシアさんは色々とあったので、プリムさんの気持ちはわかりますが――ですが、それだけを理由に周囲に黙っておくことはできません」


 容赦のない巴の言葉に、グランは大きく肩を落とすが――巴の話はまだ続いていた。


「夕暮れまでにプリムさんが見つからなければ、問答無用で教皇庁や制輝軍に報告します」


「……感謝する」


 納得していないながらも、しばらくは黙ってくれる巴にグランは深々と頭を下げて感謝した。


「巴ちゃんは優しいなぁ♪ そういうところ、大好き❤ ギューッてしちゃう!」


「うぅ……や、やめてください、美咲。あぅ……い、息、吹きかけないで、こそばゆい」


 予備動作なく、素早く巴のくびれたウエストに手を回してギュッと抱きしめて、敏感な首筋に息を吹きかけてくる美咲に巴は悩ましい声を上げて、身をよじって抵抗した。しかし、美咲は巴からしばらく離れなかった。


 刺激的な光景に生真面目で純情なグランは顔を真っ赤にさせて、身体ごとソッポを向いた。


 ティアは小さく呆れたようにため息を漏らして、白く伸びる細腕からは信じられないほどの剛力で嫌がる巴から美咲を引きはがした。


 美咲にペースを乱された巴は、一度強く「オホン!」と咳払いをした。


「じ、時間がありません! さっそくプリムさんを探します」


「よーし、それじゃあアタシもティアちゃんとグランちゃんのために本気出すぞー!」


 足早に巴と美咲はプリムを捜索するために部屋を出て行った。


 部屋に残ったグランは、自分と一緒に部屋に残ったティアに視線を向けた。


「彼女たちのおかげで、何とかなりそうだ……俺たちも行こう、ティア」


 グランの言葉に一拍子遅れてティアは「……ああ」と反応する。


 幸太郎がプリムと一緒にいるということを聞いて、僅かだがティアの中に迷いが生じていた。


 その迷いが不安となって、ティアに襲いかかっていた。


 不安が襲いかかると同時に、本当に教皇庁や、制輝軍に――大勢の人間に協力を求めなくてもいいのかという疑問が浮かんでしまう。


 だが、グランのために疑問を口に出すのを押さえた。


 そして、すぐに幸太郎を見つけ出せばいいだけだと、自分に言い聞かせて芽生えた不安を無理矢理抑え込んだ。


 大丈夫、大丈夫だ……


 ティアは自分の心にそう言い聞かせて、グランとともにプリムを探すために部屋を出た。


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