第11話

「愛しのセラさんへ――さすがに直球過ぎますかね」


「そうだね。取り敢えず、ストレートな表現は避けようか。鬱陶しいと思われるから」


「常にあなたを思う貴原康より――こんなのはどうでしょう。一途さが伝わると思うのですが」


「一途過ぎて、逆に引かれるんじゃないかな。ある程度の距離を保った方がいいと思うよ」


「それはかなり難題ですね……優輝さんはどうやって伝えますか?」


「お、俺かい? そうだな……いつもお世話になっているセラへ、いつもありがとうセラ、感謝の思いを込めて――そんな感じじゃないかな」


「それなら『親愛』は伝えられますが、『愛情』は伝わりません! 僕がセラさんに伝えたいのは愛情なのです! 愛というものはモノではなく、言葉でしか伝わりません! 愛を口に出してこそ、人は人とつながり合えるのです!」


 イーストエリアと、アノースエリアの境界付近にある雑貨店が立ち並ぶエリアに、暑苦しく愛を語る少年の声が轟いた。


 嫌味なほど整った顔立ちをしているが、内から滲み出る性格が悪そうな雰囲気を隠しきれていない長身の少年・貴原康たかはら こうの愛についての持論に、杖を突いて歩いている優輝は億劫そうに受け答えをしていた。


 ある事件に巻き込まれてから、まともに歩けずに車椅子生活を送っていた優輝だったが、ようやく輝石の力を利用して一時的に立ち上がったり、沙菜やセラたちなどに手を貸してもらったりしないで、自分の力で立ち上がって杖を突きながらもちゃんと歩けるようになった。


 自分の力で立ち上がれるようになってから、優輝は本格的に輝石使いとしての訓練を開始した。まだ本調子ではないが、着実に元の力を取り戻しており、自分の力を磨くついでに貴原は優輝の訓練に付き合っていた。


 貴原には色々と世話になっているので、恋愛には疎いながらも優輝はバレンタインカードを買って、それをセラに贈ろうとしている貴原の買い物と、セラの好みについてのアドバイスをしていた。


「やっぱり、カードよりも、何かプレゼント――例えば、チョコのようなものを贈るべきなんじゃないかな。カードだけというのは少々あっさりし過ぎていないかい?」


「チョコという遠回しな表現で相手に想いを伝えるよりも、ストレートに相手に自分の想いをぶつけることができるカードを贈るべきであると僕は思います」


 その空気を読まないストレートな想いのせいで、セラに鬱陶しいと思われていることに気づいていない貴原を、憐憫の目で優輝は見ていた。


「それに、セラさんなら大勢の有象無象にチョコをもらえることは必至。ということは、その他大勢のチョコの山に埋もれてしまう可能性がある! だからこそ、ここでカードを贈ることによって強い印象を残すと同時に、この僕という存在をセラさんに刻みつけるのです!」


 下手のことをすれば、物理的に刻まれるのは貴原だと優輝はツッコミを入れようとするが、せっかく盛り上がっている彼のために何も言わないことにした。


「しかし、確かにカードだけというのは味気ない。なので、優輝さんの意見も取り入れることにして、カードと何かセラさんの好物を贈ることにしましょう。そこで優輝さん、セラさんの好物は何かご存知ですか?」


「昔からセラは基本的に好き嫌いなく食べていたからなぁ……強いて言うならば――」


「セラさんって、甘いお菓子全般好きだよ。それと、ココアとかよく飲んでるよ」


 優輝の言いたいことを、締まりのない声が代わりに言った。


 その声を聞いて、迫るバレンタインデーの日を楽しみにしてテンションが上がって嬉々としていた貴原の表情があからさまに悪くなる。


 優輝と貴原は声のする方へと視線を向けると、「どーも」とニコッと笑って軽い挨拶をした、締まりのないボーっとした顔の七瀬幸太郎と、彼の傍に寄り添うように立つサラサがいた。


 フレンドリーな笑みを浮かべて幸太郎とサラサに「やあ」と優輝は挨拶をするが、幸太郎のクラスメイトである貴原は忌々しそうに大きく舌打ちをした。


 落ちこぼれの幸太郎がセラの好物を知っていることに、嫉妬に満ちた怨嗟の声を上げようとする貴原だが――彼の傍らにいる二人の人物を見て、驚くと同時に、口から出そうになった怨嗟の言葉を必死に呑み込んだ。そして、気取ったような爽やかでフレッシュな笑みを浮かべて、丁寧に深々と頭を下げた。


「ごきげんよう、リクト様。相変わらずあなたはお美しい……」


 丁寧な貴原の挨拶に、他人を見下している彼の性格を知っているリクトは、「ど、どうもありがとうございます、貴原さん」と愛想笑いを浮かべて挨拶をした。


 挨拶を返してくれたリクトから、貴原は安物の帽子を被った少女に視線を移す。安物の帽子を被って申し訳程度の変装をしているが、貴原には少女が誰なのかすぐに理解できた。


「はじめまして、プリメイラ様。私の名前は貴原康と申します。以後、お見知り置きを。それにしても、実際に会ってみると想像以上に可憐ですね」


「うむっ、苦しゅうないぞ、コー」


 礼儀正しい態度と、自分を可憐だと言ってくれた貴原に、気分を良くするプリム。麗華以上に猫を被っている貴原を見て、幸太郎は思わず噴き出してしまっていた。


 自分のこと以外を考えていない様子で、二人の次期教皇最有力候補に良い姿を見せようとする貴原とは対照的に、優輝は突然アカデミーに現れたプリムを見て驚くと同時に不審に思い、眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべていた。


「おぉ、お前は元輝士団きしだん団長の久住優輝ではないか! すごいな、本物だ! 会えて光栄だぞ!」


「はじめまして、プリムちゃん。俺も次期教皇最有力候補の君に会えて光栄だよ」


 丁寧に挨拶してくれた貴原から、すぐにプリムは優輝に興味の対象を移した。


 邪気のない好奇心旺盛のキラキラとしたプリムの瞳を向けられ、優輝は険しかった表情を少しだけ柔らかくして挨拶を返した。


「過去に幾度となく教皇庁の危機を救った伝説の聖輝士であり、お前の父である久住宗仁くすみ そうじんの話はよく聞いているぞ! そして、かつて輝士団を率いていたお前はアカデミー最高戦力と称された人物! お前たち親子は我ら教皇庁にとって誇りだ! 母様もお前たち親子のことは一目置いているようだ!」


 興奮しきった様子で父や自分を褒め称えるプリムに、気圧されながらも優輝は「ど、どうも」と照れたようでいて、戸惑ったように笑っているが――内心優輝は複雑に思っていた。


 輝士団団長であり、アカデミー最高戦力と称された人物は自分にそっくりな人物なだけで自分ではないからだ。


 それ以上に――父の名前を出されて、胸の中に存在する罪悪感を刺激された優輝は複雑な表情を浮かべていた。


「事件に巻き込まれて不自由な思いをしていたと聞いていたが、その分だと順調に回復に向かっているようだな。経過はどうなのだ?」


「人の手を借りないで歩けるようになったし、後は体力と輝石使いとしての勘を取り戻すだけかな? 輝石の力は使えるんだけど、まだ長時間輝石を武輝に変化させることができないし、激しい戦闘も無理なんだ」


「一時は輝石使いとして復帰するのが絶望的だと言われていたが、そこまで回復できたとは、大したものだ! やはり、お前は素晴らしい輝石使いのようだな!」


「……ありがとう、プリムちゃん」


「その調子で、もっと精進するがよい!」


 自虐気味な笑みを浮かべて優輝は自分の身体のことをプリムに説明した。


 プリムが自分に期待しているので、今の自分の状況を知って落胆させてしまうのかもしれないと優輝は思っていたが、プリムは落胆することなく安堵したような笑みを浮かべていた。


 そんなプリムの態度に、優輝は嬉しそうに笑った。


「ところで、お前たちは一体何の用でここに来ているのだ?」


「プリメイラ様――私、貴原康、人生において大事な問題に挑戦しようと思っているのです」


「ほほう、その意気や良しだ! 何事も挑戦することは素晴らしいことだ!」


 セラにバレンタインカードを贈るだけなのに、大袈裟な物言いをする貴原に、プリムは感心していた。


「この私に何かできることがあれば、何でも相談するといいぞ!」


「それでは、プリメイラ様――……私は迫るバレンタインデーの日に一人の女性に想いを告げようと思っているのですが、ストレートに言うべきか、チョコを贈って間接的に告げるべきか迷っているのです」


「フム……恋というものは厄介なものだな、コー。私もよくわかるぞ」


 恋の相談を受けて、プリムはチラチラとリクトに熱っぽい視線を送りながら貴原の悩みに何度も頷いて理解を示した。


「恋というのは燃え滾る炎のようなものだ! その炎を鎮めることは何者にもできない! 燃え上がる炎のままに動くのだ!」


 熱いプリムのアドバイスに、「はい!」と貴原は元気よく返事をした。


「もう少しお前たちと話したい気分なのだが、私はもっとアカデミー都市を見て回りたいのでな、これで失礼する。行くぞ、リクト、コータロー!」


 幸太郎とリクトを引き連れ、突然登場したプリムは、あっという間に優輝たちの前から去った。


 離れるプリムの後姿を不安そうに眺める優輝とは対照的に、貴原はプリムのアドバイスを受けて一人やる気に満ち溢れていた。


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