第10話

 イーストエリアには大きく分けて三つのショッピングモールがある。


 一つはアカデミーに通う学生向けの店が立ち並ぶショッピングモール、もう一つは娯楽施設が立ち並び、土産屋や飲食店が多くあるアカデミーに訪れる観光客向けのショッピングモール、そして、もう一つは学生には容易に足を運べない、主に企業の接待や会食、高級志向な観光客のための高級店が立ち並ぶショッピングモールだった。


 アカデミーに通う生徒も容易に近づけない、値段の桁が違う高級店が立ち並ぶショッピングモールを、アカデミーの高等部に通う学生の身分である、鳳グループトップの御令嬢の鳳麗華が堂々と歩いていた。


 麗華の傍には荷物持ちとして、心底億劫そうに紙袋を片手に持って、片手で携帯を器用に操作しながら歩いている幼馴染の大和、そして、両手に大きめの紙袋を持った麗華の僅かしかいない友人の一人である、赤茶色のセミロングヘアーの周囲を威嚇しているような強面の褐色肌の少女、サラサ・デュールがいた。


 二人とも麗華が購入した大量のチョコの材料を持たされており、サラサは平然としていたが、大和は今日何度目かもわからない疲労感と呆れが込められたため息を深々と漏らしていた。


 やる気がなさそうな幼馴染を、麗華は冷たく睨みつける。


「だらしがないですわね、大和。少しはサラサを見習うべきですわ。というか、年下のサラサにばかり荷物を持たせて、自分だけは楽にしているなんて情けないと思いませんの? それと、歩きながら携帯を扱うのは校則で禁止されていますわよ! 元輝動隊隊長として恥ずかしいと思いませんの?」


「そりゃすみませんね。どこか誰かさんのチョコ作りに徹夜でつき合わされたせいで、寝不足気味なんだよね。それに、一つも荷物を持っていない君に言われたくないよ」


 キンキンした甲高い声の麗華の説教を聞いて、心底ウンザリした様子の大和は携帯をポケットにしまって、眠そうに口を大きく開いて眠そうに欠伸をした。


 嫌味を込めた大和の一言に、麗華は悔しそうでいて恥ずかしそうな表情を浮かべた。そんな幼馴染を、じっとりとした目で一瞥した大和はたまっていた鬱憤を晴らすことにする。


「大体今まで料理をしてこなかった人間がレシピを見ないでいきなりチョコなんて作れるわけがないんだよね。というかさ、チョコを溶かす時は直火じゃなくて湯銭で溶かすってことくらい料理が不得意な僕でも知ってるよ。それなのに、どこかの誰かさんは意固地にも人の忠告を聞かずに、どんどん作ってどんどん失敗するから、付き合わされた身としてはたまったもんじゃないんだよね」


「うぅ……しゃ、シャラップ! や、安物の材料を使ったから失敗したのですわ!」


 ネチネチと責めるような大和のじっとりとした目と、嫌味に耐え切れなくなった『どこかの誰かさん』――麗華はヒステリックな声を上げた。


「そ、それに、あなただって失敗しましたから、私のことは言えませんわ!」


「僕の失敗は成功への第一歩さ。一度は失敗したけどすぐに僕は成功したんだからね」


「ふ、フン! 確かに成功しましたわね! 味以外」


「それについては何も言えないかな?」


 必死な麗華の反撃の嫌味に、大和は苦笑を浮かべて何も反論できなかった。


 昨夜、セラたちとの夕食を断って、麗華は大和とともに手作りチョコを作っていた。


 チョコを贈る相手は麗華の父親であり、大和にとっても父親のような存在である鳳大悟だった。毎年店で買ったチョコを大悟に贈っていた二人だったが、今年は手作りチョコに挑戦しようと行動した結果は惨憺たるものだった。


「昨夜の失敗を踏まえて今回は高級素材を買いましたわ! それに、これから腕の良いパティシエに絶品チョコのレシピをもらいますわ! だから、今回は絶対に失敗しませんわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 そう言って気分よく笑う麗華を、大和は冷めた目で見つめていた。


「高級品を使ったって失敗するし、美味しく作れる保証もないし、腕の良いパティシエからレシピを教えてもらったとしても、そのパティシエ通りに作れるわけがないんだよね」


「しゃ、シャラップ!」


 もっともな大和の言葉にぐうの音が出ない麗華は「グヌヌ……」と悔しそうな表情を浮かべていた。そんな幼馴染の様子に大和は満足そうな笑みを浮かべて、幼馴染から文句一つも言わずに荷物を抱えているサラサに視線を移した。


「サラサちゃんは偉いね、麗華の言うことをちゃーんと聞いて。でも、たまには文句の一つも言ってやらないと、麗華は増長するだけだよ」


「平気、です。ついでと言って、私には手を出せない値段のチョコの材料を私に買ってくれたので、とても感謝しています」


「餌付けされて良いように利用されているだけなのに、サラサちゃんは健気だねぇ」


「ひ、人聞きの悪いことを言わないでいただけます? 正当な報酬を与えているだけですわ!」


 強面だが純粋な笑みを浮かべるサラサの健気さに胸を打たれた大和は、彼女の頭を優しく撫でる。自分の一言に苛立ちの声を上げる幼馴染を無視して、大和は話を続ける。


「そういえば、サラサちゃんは誰に手作りチョコを贈るの? サラサちゃんはかわいい――というか、カッコイイ子にはセラさんみたいに大勢のファンがいて人気なんじゃないかな?」


 いたずらっぽく微笑んだ大和のからかうような言葉を、サラサは「そ、そんなことはありま、せん」と恥ずかしそうに頬を紅潮させて否定する。


「え、えっと……毎年贈ってるお父さんと、いつもお世話になってる旦那様と、克也かつやおじさんと、かおるおじさ――じゃなくてお姉さん、いつも一緒に訓練に付き合ってくれる優輝さんに贈ろうと思って、ます」


 恥ずかしそうに大和の質問にサラサは答えたが、「あ、それと幸太郎さんにも」と思い出したかのように幸太郎の名前も付け加えた。


 サラサがチョコを贈る相手をからかうような笑みを浮かべて興味深そうに何度も頷いて聞いていた大和だったが、聞き終えた麗華は「フン!」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「お父様たちならまだしも、物の価値を理解できない幸太郎に贈るなんて、せっかくのサラサの手作りチョコが台無しですわ。もう少しよく考えることをオススメしますわ」


「あれ? 麗華は幸太郎君にチョコを贈らないの? 僕は幸太郎君にチョコを贈るつもりだったんだけどなぁ――まあ、麗華の手作りチョコをもらっても、迷惑になるだけだよね」


「ぬぁんですってぇ! やる気のない態度からはじまり、いつも以上に人を小馬鹿にした態度――もう我慢なりませんわ!」


 自分の余計な一言に、積もりに積もった激情を一気に解放して詰め寄ってくる麗華を見て、大和は心底楽しそうだった。


「そんなことよりも、これからになるかもしれないよ――ああ、ほら、やっぱり来た。こっちに向かってるっていう噂は本当だったんだね」


 麗華の背後を見て、意味深な笑みを浮かべて思わせぶりな態度を取る大和だが、激昂している麗華は「気をそらそうとしても無駄ですわ!」と大和の言葉を軽くスルーした。


「あなたにはオシオキが必要ですわね! いつものオシオキとは比べ物にならないくらいの激しいオシオキをお見舞いしてやりますわ!」


「それは楽しみだけど――ほら、猫被らなくてもいいの? 次期教皇最有力候補の方々がすぐ傍にいるんだけど?」


 大和の言葉に頭に昇っていた血が一気に冷めた麗華は、振り返って大和の視線の先に視線を移すと――そこには、激昂していた麗華を怯えた様子で見つめているリクトがいた。リクトの他には幸太郎、そして、安物の帽子を被った見知らぬ少女がいた。


「こ、これはこれは、リクト様! おはようございます。お見苦しいところをお見せしてして申し訳ございません」


 一気に猫被りモードになった麗華は華麗なステップを踏んでリクトに近づいて、丁寧に頭を下げた。鬼のような形相から、鳳グループトップの娘である『お嬢様』の表情になった麗華を、リクトはちょっと引いた様子で「お、おはようございます麗華さん」と挨拶を返した。


「こんなところで出会うとは奇遇ですわね。そこにいる風紀委員の小間使いを連れて、買い物でもしているんですの?」


 リクトの傍で猫を被っている麗華を見て笑いを堪えている幸太郎を冷たい目で一瞥して、すぐに麗華はフレンドリーな笑みをリクトに向けた。


「ああ、えっと、実は――」


「なあ、リクト。この発情した雌猫のような女は、まさか鳳麗華なのか?」


「プリムちゃん。猫が被ってるから気持ち悪く見えるだけで、いつもは普通だよ。たまに大声で高笑いするけど」


 自分たちがここにいる理由を話そうとするリクトを、帽子を被った少女の容赦のない一言が遮った。そんな少女の一言に、フォローになっていないフォローを入れる幸太郎。


 初対面なのに失礼な少女の言動と、幸太郎の余計な一言に、麗華は猫を被ることを忘れて激怒しそうになるが――幸太郎が少女のことをプリムと呼んで、一気に麗華はクールダウンする。


 目の前にいる安物の帽子を被った小生意気な態度の少女が、鳳グループから不用意に手を出すなと恐れられている枢機卿アリシア・ルーベリアの娘である、プリメイラ・ルーベリアであることに気づいた麗華は、値踏みするかのような目をプリムに向けた。


「自己紹介は不要だとは思いますが――はじめまして、プリメイラ・ルーベリア様。私、鳳麗華と申します」


 丁寧でありながらも仰々しく頭を下げて挨拶する麗華を、プリムは面白くなさそうに睨む。


「お前のことはよく知っておるぞ。鳳グループトップの鳳大悟の娘・鳳麗華」


「次期教皇最有力候補であるプリム様に知っていただけるとは、光栄ですわ」


「フン! 心にもないことを」


「滅相もございません。次期教皇最有力候補であるあなたの話はたくさん聞いているので、尊敬していますわ。……もちろん、あなたのお母様の話もよく聞いていますわ」


「……言いたいことがあればハッキリと言ったらどうだ?」


「申し訳ございません。私の立場では思っていたことがあっても何も言えませんので」


「フン! 弱虫め! 骨のある女だと思っていたが、期待外れだったな」


 教皇庁にとって邪魔な存在でしかない鳳グループのトップの娘である麗華に対してあからさまな敵意と嫌悪感をぶつけるプリムと、猫を被りながらも静かな威圧感を放つ麗華。


 お互い睨み合って火花を散らしている両者を、リクトとサラサは緊張した面持ちで眺め、大和は新しいオモチャを見つけた子供のように嬉々とした笑みを浮かべ、幸太郎は一人納得した様子で何度も頷いていた。


「同族嫌悪?」


「あ、それ僕が言おうとしたのに幸太郎君に先に言われちゃった」


 二人とも傲岸不遜で誰に対しても尊大な態度を取る、似た者同士だと思った幸太郎はそのまま思ったことを口に出した。自分が言おうとしたことを先に言われたので大和は悔しそうだったが、それ以上にこれから起きることを想像して楽しそうな笑みを浮かべていた。リクトとサラサは二人に気づかれないように、幸太郎の言葉に同意するように小さく頷いていた。


「失礼な! こんな小生意気な小娘と一緒にしないでいただけます?」


「コータロー! こんな偉そうな弱虫と一緒にするでない!」


 何気なく放たれた幸太郎の言葉を麗華とプリムは同時に否定した。


 タイミングが揃ってしまったことに忌々しげに舌打ちをしたプリムは、麗華から大和に視線を向けた。麗華に続いて自分にも嫌味を言ってくれることを想像した大和は待っていましたと言わんばかりに、期待と加虐心に満ちた笑みを浮かべていた。


「お前が伊波大和――いや、天宮加耶たかみや かやだな。お前のことは母様からよく聞いているぞ」


「はじめまして、プリムちゃん。できれば、僕のことは『加耶』じゃなくて、『大和』って呼んでほしいな。今まで男として生きてきたから、今更女の子として振る舞うのも何だか気恥ずかしくてさ。それに、今まで男として見てきた人をからかうのがすごく楽しくて、最近の趣味なんだよね。みんな僕のことを女だって知った時、驚くと同時に嬉しそうな複雑な顔をするんだ。多分、僕が性別を偽っていたときに相手がで僕を一瞬だけ見たことがあるからなんだろうね。いや、別に不快じゃないんだけどそれがすごい面白いんだよね」


 機関銃のような速さで繰り出される大和の話に、プリムは圧倒されて、半分聞いていないかったが、「そ、そうか……」と取り敢えず頷いた。


 そして、「オホン」とわざとらしく咳払いをして、会話の主導権を握ろうとするプリム。そんな健気なプリムの様子を見て、大和は愉快そうに口角を吊り上げた。


「お前も私たちと同じく煌石を扱える資格を持っているそうだな」


「まあね。でも、僕は『無窮の勾玉』専門だから、多分ティアストーンは扱えないかな? 煌石にはそれぞれ『クセ』のようなものがあって、コントロールするためにはある程度煌石の持つ『クセ』を理解しなくちゃダメなんだ。だから、多分ティアストーンの欠片を光らせることができても、まともにティアストーンは扱えないと思う。まあ、ティアストーンの現物を見たことないし、扱ったことがないからハッキリとは言えないんだけどさ」


「そ、そうなのか? そんなこと今まで知らなかったぞ」


 はじめて聞く煌石の『クセ』の話に、プリムは会話の主導権を握ることを忘れて、興味津々といった様子で聞き入っていた。リクトも興味深そうに聞いていた。


「実は、天宮家には煌石の『クセ』を理解する方法が記された秘伝書が存在していたんだ。まあ、『おばあちゃんの知恵袋』的な書物だから信憑性に欠けるんだけどね。その秘伝書によると、煌石の『クセ』は言い換えると男と女のようなものらしいよ。男女のことを深く理解していれば、自ずと煌石のことを理解できるということで、煌石の資格を持つ人間は男女二人一組になって、服を脱いで、お互いの身体を理解しあったようなんだ」


 謎が多い煌石について詳しく記された秘伝書についての大和の話に、次期教皇候補であり煌石を扱えるプリムやリクトだけではなく、麗華たちも聞き入ってしまっていた。


「男は男にはないもの、女には女にないものを理解するため、お互いに触れ合った。そして、徐々に身体は熱を帯び、男は女の身体に探るようでありながらも、弄ぶように指を這わせた。女は思わず切ない声を上げてしまうが、仕返しと言わんばかりに女は男の唯一無二の弱点を責める。積極的な女の責めに被虐心をくすぐられる男。男の癖を見抜いた女は、そのまま責めを強くして、一気に男を忘我の彼方へと向かわせる。男は辛抱できずに野太い声を張り上げ――」


「す、ストップ! ストップですわ! あなた、公衆の面前で、それも、年下の前で何を言っていますの! 卑猥ですわよ!」


 顔を真っ赤にさせた麗華は、秘伝書の話から猥談になった大和の話を慌てて止めると、「さすがにバレた?」と大和はいたずらっぽく笑っていた。


「今までの話はぜーんぶ嘘♪ でも、煌石に『クセ』があるのは本当だから」


「ムッ~……気分が悪くなった! 先へ向かうぞ、コータロー、リクト」


 すべて嘘であると言い放った大和に、自分がからかわれたことを悟ったプリムは、猥談を聞いてしまったのに加えて、屈辱で顔を真っ赤にさせて、不機嫌そうに麗華たちの前から立ち去る。そんな彼女の後を追う、猥談を聞いて恥ずかしそうに顔を赤らめているリクトと、もっと猥談を聞きたい様子の幸太郎。


 小生意気なプリムをからかった大和に、称賛を送りたいほど清々しい気分の麗華だったが、それを堪えて大和の猥談を聞いて顔を赤らめているサラサに視線を向けた。


「プリメイラ・ルーベリアが突然アカデミー都市に現れるとは、何か嫌な予感がしますわ……サラサ、私たちのことは構いませんので幸太郎たちの後を追いなさい」


 鳳グループトップの父から、プリムがアカデミーに訪れるという話は聞いていないことはもちろん、そんな噂もいっさいなかったので、何か嫌な予感がした麗華はサラサに幸太郎たちの後を追うように命じた。


 麗華の気持ちを察したサラサは、何も言わずに深々と頷いて幸太郎の後を追った。


「そういえば、あなたはプリムさんがアカデミーに来ていることを知っているようでしたが? 何かお父様から聞いていましたの?」


「君との買い物があまりに退屈で、暇潰しに携帯でアカデミーの学内電子掲示板を見ていたら、プリムちゃんがアカデミーにいるという噂があったんだよね。まあ、実際彼女を見るまでは信じてなかったんだけど」


「だから、思わせぶりな態度取っていましたのね。そういうことは早く言いなさい」


「頭に血が上っている君が聞く耳を持っていれば、僕だってちゃーんと話したよ」


 痛いところを的確につく大和に苛立ちを覚えながらも、麗華はそれを抑えて話を続ける。


「……大和、あなたはどう考えます?」


「まだ何とも言えないけど――君と同じで嫌な予感がするし、何か裏があると思うよ。あまりに突然過ぎるからね」


 大和も麗華と同じでプリムが突然アカデミー都市に現れたことに、何か裏があると察すると同時に、嫌な予感も感じていた。


「取り敢えず、大悟さんに連絡しようか」


 さっそく、大和は鳳グループトップである鳳大悟に連絡した。


 麗華は離れる幸太郎の背中を眺めながら、また彼が面倒事に巻き込まれるかもしれないことに、深々と嘆息していた。


 数分後、サラサはプリムと合流した。


 サラサの存在感の薄さに最初は気づかなかったプリムだが、従順で丁寧なサラサの態度が気に入ったプリムは、彼女と行動することを許可した。


 そして、外部との連絡を遮断するため、キッチリとサラサの携帯を奪った。




―――――――――――




「コータロー、喉が渇いたぞ! 何か持ってくるのだ」


 アカデミーに通う学生たちが暮らしている寮が多くあるノースエリアにある小さな公園のベンチにふんぞり返って座って休憩しているプリムは年上である幸太郎に命令をする。


 年下であるプリムに偉そうに命令されても、何も文句を言うことなく幸太郎は「ちょっと待ってね」と自動販売機へと急いで向かおうとすると――


「これ、どうぞ」


「おお! 気が利くな、サラサ。礼を言うぞ」


 プリムが休憩すると言ったタイミングで気を利かせて自動販売機で飲み物を買っておいたサラサが、冷えたアイスティーを渡した。


 大層機嫌を良くするプリムに褒められ、強面の顔をさらに険しくさせて照れるサラサ。


「それにしても、年下であるサラサよりも使い物にならないとは、情けないぞコータロー」


「ぐうの音が出ない」


「プリムさん、幸太郎さんに案内をしてもらっているのにそんな言い方はあんまりだよ」


 幸太郎を庇うリクトに機嫌を悪くするプリム。一方の幸太郎は年下であるプリムに好き勝手に言われても事実なので特に気にしていなかった。


「フン! 私は事実を言っているまでだ! コータロー、お前は少しサラサを見習うんだな」


「精進します」


 意地悪な小姑のような厳しいプリムの言葉を、幸太郎は能天気に受け止めていた。


 素直な幸太郎の態度に幾分気を良くするプリムは、喉の渇きを潤しながら視界に映る光景を興味津々と言った様子で眺めていた。


 プリムの目に映るのは、アカデミーの中心地であるセントラルエリアからだいぶ離れた場所だというのに高い建物が立ち並び、休日だというのに人の往来が激しく、アカデミー都市内の清掃をするために動き回っている円柱型の寸胴ボディのガードロボットが視界に映っていた。


「周囲の人間や母様から聞いていたが、アカデミー都市はこんなにも発展しているとは思わなかったな」


 目に映る光景を眺めながら、感慨深げにプリムはそう呟いた。


「プリムちゃんがいた教皇庁旧本部がある場所ってどんなところなの?」


「教皇庁がアカデミーに本部を置く前――教皇庁がレイディアントラストと名乗っていた頃にずっと本部を置いていた歴史深い場所だ。落ち着いた空気が漂う、古都という感じだな。最近では近代的な建物も増えて、それに伴って観光客も増えてきたが、あそこの雰囲気は今でも落ち着いている」


「へぇー、行ってみたいなぁ」


 遠く離れた場所を思い浮かべながら、プリムは純粋な疑問を口にした無知な幸太郎に説明する。プリムの説明を聞いて、幸太郎は教皇庁旧本部にある国に行ってみたいと心から思った。


 ボーっとしながら旺盛な好奇心を宿した幸太郎を見て、プリムは得意気に胸を張る。


「それならばいつでも来ればいい。私がお前を案内してやろうではないか」


「それは楽しみ」


「母様に頼めば、すぐにでもお前を連れ出してやろう」


「プリムちゃんのお母さんってすごい人なの?」


 幸太郎の純粋な疑問に当然だと言わんばかりにプリムは力強く頷いた。


「私の母様――アリシア・ルーベリアは現教皇のエレナ様と教皇の座を争ったことがあるのだ! そして、今は枢機卿として辣腕を振って、教皇の右腕のような存在なのだ!」


「プリムちゃん、お母さんのこと尊敬してるんだね」


 自慢げに母のことを語るプリムが、母であるアリシアのことを尊敬しているのだと感じる幸太郎は優しげに微笑んでいたが――リクトとサラサの表情は若干曇っていた。


「リクト君、プリムちゃんのお母さんのこと知ってる?」


「もちろん、アリシアさんのことはよく知ってますよ。教皇庁はもちろん、鳳グループでもアリシアさんを知らない人がいないくらい有名ですし、有能な方です。それに、子供の頃に何度か遊んでもらったこともあります」


「アリシアさんに会ってみたい」


「あ、会わせたいのは山々だが、今は色々と立て込んでいて無理なのだ! さ、さあ、早く次の場所へ案内しろ、コータロー」


 リクトの説明を聞いて自慢の母に会いたいという幸太郎だったが、プリムは慌てた様子でアイスティーを飲み干して、次の場所へ案内するようにと命令した。


 アリシアに会ってみたいと思っていた幸太郎だったが、プリムに命令されて、その命令に従うことに頭を切り替えた。


 話題を上手くすり替えたプリムの様子を、リクトとサラサは不安そうに見つめていた。

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