第3話

 麗華との決闘の後、セラは寮に戻る前に近くのスーパーで夕飯の買い物をした。


 買い物を終えて寮に戻ったセラは、制服を着替えることなく自室でしばらく一段落すると、決闘でついた汚れと流れた汗を流すためにシャワーを浴びた。


 シャワーを浴び終え、セラは部屋着に着替えると、まだ日暮れ前で少し早いが、夕飯の支度をする。ティアが来ると言っていたので、彼女のために好物の肉を使った料理であるビーフシチューを作りはじめた。


 ティアの態度に違和感と不安を覚えたセラは、料理をして気を紛らわせていた。


 てきぱきと仕度をして、後はシチューを煮込むだけで一段落したので、休憩しようとしていると、扉をノックする音が響いた。


 深呼吸をして、気を落ち着かせてからセラは扉を開くと、扉の前にティアが立っていた。


「来てくれたのね、ティア。さあ、入って」


「ああ、邪魔するぞ」


 セラは笑顔でティアを出迎えて、ティアを部屋の中に入らせる。


 まだ住みはじめたばかりなので、必要最低限なもの以外何もないセラの部屋を見回しているティアは、煮込んでいるビーフシチューに目が向いた。


「……料理をしていたのか?」


「ティアが来るって言うから、久しぶりに一緒に食べようかと思って」


「そうか……それは美味しそうだな。わざわざ気を遣ってくれて礼を言う」


「出来上がるのにもう少し時間がかかるから、居間で座って待ってて」


 セラに言われた通り、ティアは居間に向かい、椅子に座った。


 セラはシチューを煮込んでいる火加減を中火から弱火に変えて、ティアのいる居間へと向かい、テーブルを挟んで彼女と向かい合うようにして椅子に座った。


 向かい合うように座っているティアは、久しぶりに会った友人との一対一の会話だというのに、喜ぶことなくただ不愛想な顔で、冷たい雰囲気を放っている。


 久しぶりに話せることになったので、セラは嬉しさで胸が弾けそうになるが、それと同じくらい、緊張感と、ティアの態度に違和感を覚えていたので不安だった。


 しばらく向かい合ったまま沈黙が続くが、ゆっくりとセラは口を開いた。


「改めて、久しぶりに会えて嬉しいよ、ティア」


「ああ、そうだな」


 小さな笑みを浮かべたティアを見て、昔の面影を垣間見えたセラは嬉しく思うとともに、ホッとした。


「昨日、新入生が適性検査で苦もなく輝石を武輝に変化させ、身体能力の検査で高い成績を出した新入生がいると聞いていたが、まさかお前だったとはな」


「四年前からずっと強くなるために修行をしていたから当然だよ」


 ティアの褒め言葉に、セラは照れたように、それでいて嬉しそうに笑っていた。


「……四年前、あれからすぐにティアがアカデミーに入学したって聞いていたんだけど、まさかティアが輝動隊に入隊していたとは知らなかった」


「……アカデミーの外からも、輝動隊の噂は入ってくるのか?」


「実力が高いって聞いてた。でも、統率されたチンピラ集団とも言われていたかな?」


「喜んでいいのか悪いのか、よくわからない評価だ」


「ま、まあ、統率されているから、一応は喜んでいいと思うけど」


 アカデミーの外からの輝動隊の評価に、ティアは小さく嘆息する。彼女の反応を見て、あながち間違っていないんだろうとセラは感じた。


 セラはティアと話しているうちに、自身がさっきまで抱いていた不安と緊張が徐々に解けてきたような気がした。


 ティアの表情も、硬いものから徐々に柔らかくなってきているようにセラには見えた気がした。


「ねえ、ティア。私も輝動隊に入ってもいい? ティアの役に立ちたいんだ」


「お前の実力ならば簡単に輝動隊に入隊できるだろう。実際、昨日の検査後、輝動隊はお前の噂でもちきりだったからな」


「そんなに噂されていたの? ……なんだか恥ずかしいな」


「今日の決闘騒ぎの様子を聞く限り、腕を随分と上げたようだな」


 腕を上げたとをティアに言われて、セラは照れたように微笑んだ。


「あのお嬢様はああ見えて、お前が来るまではあの歳ではトップクラスの実力者だ」


「技名を叫んで隙を生むのが玉に瑕だけど、確かに彼女は相当強かった」


「確かに、技名を叫ばなければ相当なものだ……勿体ない」


 技名を叫ぶこと以外、動きの速さ、攻撃の鋭さ、攻撃に対する反応、そして何よりも大胆さが彼女の強さであり、かなりの実力を持っていると、セラは戦ってみてそう感じた。


 しかし、決定的に不足していたのは、不測の事態に対する反応だった。


 実戦経験が豊富ならば不測の事態にも対応する能力も高くなるので、もし、自分よりも実戦経験が豊富なら、自分はきっと負けていただろうと、セラはそう思っている。


「鳳さんの実力は相当なものだけど、彼女は輝動隊じゃないの?」


「あのお嬢様は治安維持部隊の存在自体を否定的に考えているから、入隊はしないだろう」


「確かに、鳳さんは我が強そうだから、誰かに従うってことはなさそうだね」


「そういう問題じゃあないんだが……まあ、それも理由の一つではあるだろう」


 ティアは麗華のことを思い出しているのか、小さく嘆息していた。彼女の反応に、セラは二人の間に何か因縁がありそうな気がした。


 しかし、そんなことよりも今は、ティアとの距離を縮めるチャンスだと思ったセラは、少しでも彼女と近づくことが先決だった。


「話を戻すけど……輝動隊にはどうすれば入れるの?」


「実力を重視する輝動隊ならお前は簡単に入れるが――それはできない」


 その言葉と同時に、徐々に軟化しつつあったティアの表情が、一気に硬く、冷たいものへと変化した。


 しかし、久しぶりに親友と話せて、気分が高揚していたセラにはそれに気づけなかった。


「やっぱり、ちゃんとした審査が必要なの? もしかして、筆記テストとかも?」


「……先程、私が輝動隊の隊長に、お前の入隊を拒否するように頼んだからだ」


「え? ……それって――」

「私はお前に、アカデミーから去ってもらいたい」


 久しぶりに親友と出会って浮かれていたせいで、セラは一瞬、ティアの言っている意味がわからなかった。


 だが、すぐにセラは我に返って意味を理解したが、動揺して上手く言葉が出なかった。

 激しく動揺しているセラを見ても、ティアはただ冷たい瞳を向けていた。


「……どうして? どうして、そんなことを……」


「わざわざ職務の合間を縫ってお前に会いに来た理由は、今の言葉を伝えたかったからだ。輝動隊の仕事も忙しいので、これで帰らせてもらう」


「待って! ちゃんとした理由を聞いていないのに、納得できるわけがない!」


 言いたいことだけを言っただけで理由も言わず、椅子から立ち上がってさっさと帰ろうとするティアを、セラは声を張り上げて引き止めた。


「元々、昔の思い出に浸ってゆっくり話しをしに来たわけではない。私はただアカデミーから去るよう、お前に言いに来ただけだ」


「どうして? ようやく再会できたのに。そんなことを突然言われて納得できない!」


「お前がアカデミーに来た理由は、大方予想はできる」


「なら、どうして? どうして、私がアカデミーを去らなければならないんだ」


 悲痛な叫びにも似たセラの声から発せられた質問だが、ティアは何も答えることなく背中を向けたまま振り返ることはしない。


「お前が納得していまいが関係ない……お前はアカデミーから立ち去るべきだ」


「待って! 待ってよ、ティア! まだ話は終わっていない!」


 最後まで言いたいことを言っただけで、ティアはセラの声に耳を傾けることなく部屋を後にした。


 ティアが去り、セラは一人呆然としたまま立ち尽くしていた。


 詳しい理由を話すことなく、ただ突き放すようにアカデミーから立ち去れと冷たく言い放ったティアに、セラの心は折れそうになるが、拳をきつく握って必死にそれを堪えた。


 ここで諦めてしまったら、四年間の努力が無駄になり、自分の行動が無意味になってしまうからだ。


 ……こんなことで挫けている場合じゃないんだ。

 アカデミーに入学するまで四年間、私は強くなるために修行を続けた。

 だからこそ、簡単に諦めることなんてできるわけがない。


「……私は絶対に諦めない」


 自分に言い聞かせるようにして、セラはそう呟いた。




――――――――――――




 アカデミーの敷地内の中でもホテルや、大型スーパー、遊園地など、一般人の観光用や生徒たちの憩いの場があるアミューズメント施設が広がるイーストエリア。


 そんなイーストエリアの中にあるファミリーレストランの中で、一際目立つ二人がいた。


 一人は、眼鏡をかけ、皺一つない卸したてのきれいなスーツを着た、利発そうな顔立ちをしたビジネスマン風の優男。


 もう一人は、黒いスーツを着た、スキンヘッドの身長2メートル近い長身で強面の大男。


 テーブルを挟んで向かい合うようにして座っている、関係性がまったく見えない二人の存在は、客が多くなる時間帯の夜の騒がしいファミレス内でかなり浮いていた。


「えーっと……君がドレイク君、なのかな?」


 眼鏡をかけた優男が名前を確認すると、ドレイクと呼ばれた大男は無言で頷いた。


「なるほど、メールのやり取りからして寡黙だと思っていたけど、まさか当たっていたなんて――ああ、気を悪くしないでくれ。別に寡黙が嫌だと言っているわけじゃないよ。むしろ、余計なことを聞かないでくれないのが助かるかな? あ、喉乾いてない? コーヒーでも注文する?」


北崎雄一きたざき ゆういち……俺はお前と世間話をするために会いに来たわけではない」


「ああ、これは失敬失敬」


 ドレイクの冷たい一言に、眼鏡をかけた優男――北崎雄一は苦笑を浮かべて謝る。


「随分仕事熱心みたいだね。感心感心。これは安心して仕事が一緒にできそうだ」


「……気が早いが、報酬の方はしっかり払うのだろうな」


「もちろんさ。もしかして、まだ疑っているのかい? 前金はちゃんと払っただろう?」


 北崎に前金の話をされ、ドレイクはまだ疑念を持っていたが、一応信用することにした。


 だが、この男は完全に信用することはできない……。


 ドレイクは北崎のことを完全には信用してはいなかった。


 北崎はそんなドレイクの心の中を見透かしたように、嫌らしい笑みを浮かべた。


「まあ、君が疑うのは当然だ。なんせ、これからバカをしようという人間だからね。だが、仕事をする以上、ある程度の信頼関係は構築しないとダメだよ?」


「努力はするつもりだ」


「そうだね、何事も努力は必要さ。それじゃあ、まずは第一歩として、握手をしないかい? ……ダメ?」


 北崎はドレイクに握手を求めたが、ドレイクが鋭い眼光を飛ばしてきたので、苦笑を浮かべ、残念そうに握手を求める手を下げた。


「それじゃあ、簡単な自己紹介はしないかい? お互いをよく知るチャンスだと思うんだ」


「必要ない……それに、お前は俺のことをよく知っているだろう」


「まあ、そうだけどね……それじゃあ、仕事の話をしようか?」


「頼むからそうしてくれ」


 徹底的にコミュニケーションを断るドレイクに、わざとらしくため息を漏らす北崎。


「計画はこの間メールで送った通りで、今のところ変更はないかな?」


「……実行するにあたって、こちらには何人仲間がいる」


「計画の実行に余計な人員は必要ないから。僕と、案内係兼ボディガードの君だけさ」


 自分たち以外に仲間がいないことを知り、ドレイクは唖然とする。


「……目的を遂行する上で、障害がありすぎる。この人数では不可能だ」


「もちろん十分に理解しているよ。けど、多人数で計画を実行に移しても、成功率は変わらないし、僕は手荒なのは嫌いなんだ。スマートに仕事をこなすのが、僕のモットーでね」


 ……計画の性質上、スマートに解決するのは不可能だ。

 だが、内容はどうであれ、大金が絡んでいる―――どんな不条理な状況でも絶対にやらなければならない。


 そう心の中で言い聞かせ、ドレイクは冷静を保つ。


「でも、君が思う通り、今の状況で僕の計画を実行に移して成功する確率は0%だ」


「……成功する当てはあるのか?」


「さあ、それはわからないよ。簡単な計画でも運が悪ければ失敗もする。僕ができるのは、少しでも成功率を上げるために策を練り上げること――ああ……実行に移すのが楽しみだ」


 限りなくゼロに近い成功率であるにもかかわらず、計画の立案者である北崎は、恍惚とした様子で今から計画を実行に移すことを楽しみにしていた。


 成功率が低いのにもかかわらず、嬉々とした表情で楽しみだと言い放つ北崎から、ドレイクは自滅願望のようなものを感じた。


「まあ、今は慌てずに機を探ろう。どんな計画にも必ず『好機』が訪れるんだから」


「運が良ければの話だがな」


 ドレイクは北崎の言葉に不安しか覚えなかった。

 しかし、今は北崎という不気味な男に従うことしかドレイクにはできなかった。


 北崎が持ってきた仕事の報酬は前金で五千万、そして、成功すればさらに五千万――ドレイクの目的のために必要な金額で、仕事を降りるわけことはできなかった。


「それじゃあ、ドレイク君――これからしばらくよろしく頼むね」


「了解した。他に何か話すことは?」


「今日は顔合わせだけだから、特にないかな」


「そうか、それなら帰らせてもらう」


「時間も時間だし、親睦を深めるという意味で、これから一緒に食事でもどうかな?」


 北崎の提案を無視して、ドレイクはファミレスから出た。


 得体の知れない不気味な雰囲気を持つ優男――。

 一目で北崎雄一という男が信用できないと判断したドレイクは、長時間同じ空間にいたくなかった。


 北崎のような人間と一緒に仕事をしなければならないことに、ドレイクは後悔しそうになるが、それを堪えた。


 後悔は絶対にしない――この仕事を引き受ける時に、ドレイクはそう心の中で誓ったからだ。


 この仕事……何としてでも成功させなければ……。


 ドレイクは生まれそうになった後悔を心の奥にしまい、今は仕事のことだけを考えることにした。

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