第4話
『明日、朝の八時に1年B組の教室へ来てください 鳳麗華』
昨日、投函口に挟まっていた手紙にはそう書かれていた。
手紙に書かれていた通り、早めに教室へ向かうために、朝食を急いで食べて寮を出た幸太郎は、大きな欠伸をしながら登校していた。
幸太郎は歩きながら手紙を読んだ。
昨日から何度も読んでいるが、読めば読むほどよくわからなかった。
昨日のセラとの決闘を見る限り、麗華はエリート中のエリートであり、前代未聞の落ちこぼれである自分を呼び出すことが、幸太郎には理解できなかった。
もしかしたら……と、思春期特有の甘い妄想に浸ってみたが、むなしくなるだけだったのでやめた。
よくわからないが、取り敢えず会いたがってるんだから会ってみよう。
そう思い、幸太郎は再び大きな欠伸をして、遅刻しないよう早歩きで向かった。
五分前に到着したかった幸太郎だったが、遅刻しないよう急いで朝食を食べたせいで、中途半端にお腹が空いたので、途中コンビニに寄ってオニギリと飲み物を買った。
そのせいで、待ち合わせ時間ギリギリになって到着してしまう。
「遅いですわ! 待ち合わせ時間を五秒オーバーしていますわ!」
オニギリを咥えながら幸太郎は教室の扉を開くと、麗華の怒声が出迎えた。
授業開始まで後一時間あるので、教室には教卓の前でふんぞり返って怒っている麗華と、彼女の近くに座っているセラしかいなかった。
セラがいることに気づいた幸太郎は驚いたが、その前に怒り心頭な様子の麗華に謝ることにした。
「ごめんなさい。途中、お腹空いてコンビニで買い物しちゃって」
「言い訳はいいですわ! さっさとセラさんの隣に座りなさい!」
これ以上麗華を不機嫌にさせないよう、言われた通りさっさと幸太郎はセラの隣に座る。
「おはようございます」
「あ……お、おはようございます」
隣に座ると、セラがフレンドリーに挨拶をしてくれたので、幸太郎は慌ててオニギリを食べるのを中断させて挨拶を返した。
自分と二人の美人しかいない教室に、幸太郎は思わず胸が高鳴り、緊張してしまう。
「さて、取り敢えず人は揃いましたわね」
「私たち以外に鳳さんが呼んだ人はいないのでしょうか」
「ええ。私が呼んだのは、セラさんと、そこにいる落ちこぼれですわ。同じクラスなので、自己紹介する必要はありませんわね」
明らかに幸太郎を見下している麗華だが、幸太郎はそれを気にするよりも、自分とセラだけしか呼び出していないという特別感で悦に浸っていた。
「人が来る前に本題に入りましょう……お二人には、これから私が設立する新たな治安維持部隊・『風紀委員』に入ってほしいのですわ」
麗華の言葉にテンションが上がってくる幸太郎。
対照的に、面倒事に巻き込まれると思っているのか、セラは嫌な顔をしていた。
「詳しい話は昼休みにしますが、入るか否かの返事は今聞きたいのですわ」
「なんだかすごそうだから僕は入りたい」
「単純に物事を考えていそうなあなたは確実に入るだろうと思っていましたわ」
詳しい説明を聞かず、風紀委員に入ることを幸太郎は快諾した。どうして自分を誘ったのかという疑問があったが、好奇心の方が強かったので、すぐに気にも留めなくなった。
即、入ることを決めた幸太郎だが、麗華は彼の解答などどうでもよかった。何よりも彼女が待ち望んでいたのは、セラの返答だったからだ。
「申し訳ありませんが、私はそういうことに興味はありません」
「どうしてもですか?」
再度確認してきた麗華に、セラはすぐに「はい」と素っ気なく答えた。
入る気がまったくなさそうなセラに、麗華は落ち込んで――はいなかった。
残念そうに深々と大袈裟にため息を漏らしているが、明らかにわざとらしかった。
「そうですか……残念ですわ。せっかく、輝動隊と接点ができますのに」
麗華の言葉に反応を示すセラ。思い通りの反応に麗華は嬉しそうに微笑んだ。
「ティアさんとはお知り合いのようですが……上手くいっていないようですわね」
「……あなたには関係ありません」
知ったような口を利く麗華を、不愉快そうにセラは睨みつけ、睨まれた麗華は不敵な笑みを浮かべて気にしていない様子だった。二人の間に険悪なムードが漂う。
「噂によると輝動隊はあなたの入隊を認めていないようではありませんか」
「随分と、耳が早いようですね」
「私は『鳳』ですので、権力は有効活用させてもらいますわ」
「それなら、私が入らなくても権力を使えば風紀委員を設立できるのでは?」
「それでは、私の目的は完璧に遂行できないのですわ……さあ、どうしますの?」
「あなたの目的はわかりませんが、あなたの思い通りになることは気に入りません」
「往生際が悪いですわね。大人しく私に――」
「質問させてもらってもいい?」
麗華の掌の上で踊らされているような気がして、気に入らないセラ。そんな彼女の様子を見て、不敵な笑みを浮かべている麗華。
不穏な空気漂っている二人の間――だが、緊張感のない幸太郎が唐突に間に入ってきて二人の間の空気をぶち壊した。突然割って入ってきたので、麗華とセラは脱力した。
「せっかくの私のシリアスモードを簡単ぶち壊すとはこの無礼者!」
「鳳さんにシリアスモードってあるの?」
「ぬぅあんですってぇ! 落ちこぼれのくせに、この私にそんな生意気な口を利くとは、一体あなたは何様のつもりですの!」
誰もが思っていそうなことを正直に言う幸太郎を、鬼のような形相で睨む麗華。
そんな中、セラは静かに麗華の計画に乗るかどうかを考えていた。
「いけませんわ! この私がこんな落ちこぼれに惑わされてはなりませんわ! ……それで? 質問とはなんですの?」
「風紀委員を設立して、鳳さんはどうするの?」
「オーッホッホッホッホッホッ! 凡人の割りには良い質問ですわ」
幸太郎の質問に、気を良くしたのか、朝っぱらからうるさい高笑いをする麗華。
この笑い声を録音して、目覚ましにしたら、寝坊する心配はなくなりそうだ。
眠気が覚めるほどの笑い声を聞いて、幸太郎は呑気にそう思った。
「私の目的は風紀委員という新たな治安維持部隊を設立して功績を残し、アカデミーのトップに君臨すること! すべての学生、教師たちは私に跪くのですわ!」
「なるほどなー。でも、他にも治安維持部隊があるのにそんな組織作ってもいいの?」
「フフン! そこですわ、セラさん!」
ビシッと効果音が響くかのような勢いで、麗華はセラを指差す。
「風紀委員を設立する以上、治安維持部隊との接点が多くなり、自ずとティアさんとも接する機会が増えますわ……どうでしょう? ここは、私に協力してみませんか?」
麗華の言葉にセラはしばし考え込み、やがて諦めたように深々とため息を漏らした。
「わかりました……気に入らないこともありますが、今は納得することにします。協力しましょう」
「オーッホッホッホッホッホッホッ! あなたならそう言うと思いましたわ!」
セラの返答を聞いて、思い通りになった麗華は満足そうに高笑いをする。
何もかも麗華の思い通りだったが、セラはそうさせないつもりだった。
そのため、セラは一つだけ条件を加えることにした。
「ですが――私が無意味だと思ったら、すぐに協力はやめます」
「結構ですわ。あなたも私と同じように、私を利用すればいいだけですわ」
「ええ……そうさせてもらいます」
釘を刺すセラの言葉に、麗華は動ずることなくそれを快く承諾した。
話が一段落すると、タイミングよく数人のクラスメイトたちが教室に入ってきた。
「さて、詳しい話は先程説明した通り、昼休みにしますわ。それでは、また」
麗華はそう言い残し、優雅な動きで自分の席に戻った。
話を終えて、セラは疲れたように小さくため息をつく。
そんな彼女に、幸太郎はふいに手を差し伸べた。
いきなり手を差し伸べられて、不思議そうにセラは幸太郎を見つめる。
「何だかおかしなことに巻き込まれたけど、これからよろしくね」
「あ、はい……これからよろしくお願いします」
握手を求められていることに気づいたセラは、すぐに幸太郎と握手する。
「セラさんの掌って柔らかいね。昨日の決闘がすごかったから、もっとゴツゴツしてると思ってた」
「え? あ、あの……あ、ありがとうございます」
突拍子のない幸太郎の何気ない一言に、セラは羞恥で頬を紅潮させて、すぐに手を離した。
「そ、それでは、失礼します。また昼休みに」
そそくさと離れるセラを、幸太郎は不思議そうに見つめ、自分の席に戻った。
――――――――――
アカデミー高等部の校舎の敷地内にある、四階建ての大きな食堂。
アカデミーの豊かな国際性に合わせて、各国の食文化に合わせた豊富なメニューが取り揃えられており、安い値段で味も量も一級品のために生徒からの人気が非常に高い。
食料は十分に確保されていて、売り切れる心配はないが、シェフの気紛れでたまに出す限定メニューを巡り、多くの生徒が血で血を洗う争いに発展しているらしい。
そんな食堂の外にある、気持ちの良いくらいの日差しが当たるテラスの席で、幸太郎、麗華、セラの三人は昼食を食べていた。
三人の昼食のメニューは、幸太郎はとろとろの卵とサクサクのトンカツが組み合わさったカツ丼、セラはサンドウィッチ、麗華は牛頬肉の赤ワイン煮込みを優雅に食べていた。
今日の昼食は、風紀委員に入った二人に感謝の意味を込めて、麗華の奢りだった。
カツ丼を食べながら、午前中の授業で疲れた幸太郎は大きく欠伸をしていた。
食事中大きく口を開いた幸太郎を不愉快そうに麗華は睨む。
「ちょっと、お食事中に大きく口を開かないでいただけますか! 不快ですわ!」
「ごめんなさい。午前中の授業で疲れちゃって」
「まったく! これだからあなたのような何の取り柄のない、落ちこぼれの凡人は……」
小馬鹿にするような言い方の麗華に、幸太郎は少しムッとする。
「だったら鳳さんって、今日の授業わかったの? 僕は全然だったけど」
「当然ですわ! 私はすべてにおいて頂点に立つ存在です! あれくらいは簡単ですわ」
「鳳さんって意外にすごいんだ」
「気に障る言い方ですが、当然ですわ! オーッホッホッホッホッホッ!」
胸を張って自慢するように高笑いをする麗華に、幸太郎はムッとした気持ちも忘れ、素直に尊敬の気持ちを抱いた。
「笑い方がバカみたいだったから、本当に意外」
「ぬぁんですってぇ! あなた今この高貴なる私に何を言ったのですか!」
「お、落ち着いてください鳳さん! 怒るよりも先に、話すことがあるでしょう。ほら、あなたもちゃんと彼女に謝ってください」
「? ……ごめんなさい」
怒り狂って幸太郎に掴みかかろうとする麗華を、セラは後ろから羽交い絞めにして制止させた。
悪気がないストレートな感想だったが、セラに促されて幸太郎はわけもわからず謝る。
セラの一言と、幸太郎が謝ったのを確認して、麗華は幾分落ち着きを取り戻した。
「私としたことが、またしても落ちこぼれの戯言に付き合ってしまうなど……さて、話をはじめますわ」
コホンとわざとらしく咳払いをする麗華。
「それでは、風紀委員の設立のための話をしましょう。風紀委員の設立のために必要なことは、実績、人員、教員の支援ですわ」
「少ないようですが、大変ですね……本当に設立できるのでしょうか」
「セラさんの言い分はもっとも――ですが、二つの解決策はすでに考えておりますわ!」
「おおー、すごい鳳さん」
大層自慢げに胸を張って言い切る麗華に、幸太郎はパチパチと小さく拍手をする。
「人員の確保なんてものは実績に伴っていつでもできることですわ。もう一つの教員の支援、これについては私たちの担任・ヴィクター・オズワルドが適任でしょう」
「確かにあの先生は優秀そうですが……大丈夫でしょうか? その……色々と……」
昨日のインパクトのある自己紹介を思い出しているのか、セラは不安そうな顔をする。
「あの方はああ見えて、ガードロボットを設計者、アカデミー都市のセキュリティプログラムの基礎を作り上げた方々の一人。その高い技術力で考案された装備は輝動隊に使われているほど信用性が高く、アカデミーからの信用も高いのですわ」
「あのロボットを……それなら安心だ!」
「ず、随分張り切っているようですわね……ですが、良い心構えですわ!」
麗華の説明を聞いて、幸太郎は入学前に、アカデミー入学案内のパンフレットで見たガードロボットを思い出した。
半球型の頭、隠し腕が搭載されている円柱状の寸胴ボディ、普段は清掃ロボットとして各エリアを回っているが、有事の際には戦闘モードになるガードロボット……。
幸太郎の中に眠っている漢心が刺激され、やる気が漲ってくる。
一人、興奮している幸太郎を置いて、セラは疑問を口にする。
「輝動隊に協力している人に、協力させてもらえることなんてできるのでしょうか」
「アカデミーの教員たちは良くも悪くも頭の固い方々ばかり。しかし、そんな中でヴィクターさんは数少ない柔軟な思考持つ教員で新しいもの好きですから、興味は持つでしょう」
麗華の説明に、セラは納得したように頷いた。
「問題は実績の方ですが……これは、人通りの激しいエリアをくまなく歩き回って、違反者たちを見つけるしか方法はないですわ。逆らう者は武輝による処罰を!」
「あの……昨日、帰って読んだ学生手帳には、『特別な許可なく不用意に武輝を扱うのは禁止』と書いてあるのですが……いいのでしょうか」
セラの物言いに、麗華はニヤリと口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべる。
そんな麗華の笑みに、セラは嫌な予感とともにうすら寒いものを感じた。
「あくまで私たちは自衛目的のために武輝を扱いますので、相手がもしも喧嘩を売ってきたら、相手に目立つ怪我をさせない程度なら大丈夫ですわ」
「なるほど、つまり顔はやめてボディにすればいいんだ」
「落ちこぼれのくせして中々良いことを言いますわね、褒めてあげますわ!」
麗華と幸太郎の二人だけで盛り上がっている中、一人不安げな面持ちのセラ。
「ほ、本当に大丈夫ですか? 逆に私たちが取り締まれませんか?」
「心配しないでも、私たちは善意で違反者を注意するわけですから、過程がどうであれ、結果として逆に私たちは感謝されるべきなのですわ」
「そ、そうでしょうか……本当に大丈夫なのかなぁ……」
「私たちの行動はあくまで善意、他人を貶めるようなことはしませんわ! オーッホッホッホッホッホッ!」
釈然としない気持ちのセラだが、自分の目的のために悩んでいる暇はないので、不安を抱きつつ無理矢理納得させることにした。
「善は急げということで、放課後になったらヴィクターさんに直談判をしますわ――ということで話は以上ですわ」
話が一段落して、再び昼食を食べることに集中する一同。
無理矢理納得してもいまだに釈然としていないセラだが、彼女以上に釈然としてない人間がこの中にいた。
「それにしてもあなた方……せっかくの私の奢りだというのに、何ですの? その素朴な昼食は! 私のように高級なものを普通は食べるでしょう! 普通は!」
突然昼食に難癖をつけてきた麗華を、怪訝な顔で見るセラと幸太郎の二人。
「人のお金で食べているのですから、遠慮するのは当然です」
「僕は別に遠慮してないけど……カツ丼、美味しいよ。さすがはアカデミー」
「落ちこぼれで凡人のあなたには相応しい料理ですが、セラさん、実力のあるあなたにはもっと相応しいものを食べる権利がありますわ!」
「私は別にこれで十分ですので、そんなに高いものは……」
身の丈に合ったものを食べるべきだと言っているのだと、ようやく気づいた二人。
意味を理解したセラは、麗華の言動に呆れていた。
そんな中、幸太郎はジッと麗華の顔を見つめていた。
ジッと見つめられて、明らかに麗華は不愉快そうだった。
「凡人のくせに高貴なる私を見つめるとは、不愉快で食事が喉を通りませんわ! あっちを向きなさい! シッシッ!」
明らかに見下している麗華の発言に、幸太郎は感情を露わにすることなかった。
ただ、麗華の発言を聞いて思ったことを口にするだけだった。
「鳳さんって友達いないよね」
悪気もなく、ただストレートに思ったことを幸太郎は淡々と言い放った。
一瞬の沈黙の後――麗華は怒りで顔を真っ赤になった。
「も、もう我慢なりませんわ! その生意気な口を今すぐに塞ぎますわ!」
「お、鳳さん! 落ち着いてください! ……プフゥ」
激怒している麗華を、後ろから羽交い絞めにして制止させているセラ。しかし、そんなセラも羽交い絞めにしながら、幸太郎の思わぬ一言に吹き出していた。
そんな中、幸太郎は呑気にカツ丼を美味しそうに食べていた。
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