第5話

 放課後、麗華、セラ、幸太郎の三人は高等部の校舎の地下にあるヴィクターの研究室に向かっていた。


 授業が終わってすぐにヴィクターと話をする予定だったが、授業が終了するとすぐにヴィクターは教室から出て、どこかへと去ってしまった。


 職員室でヴィクターの行方を他の教員に尋ねると、ヴィクターは放課後になると、高等部の校舎の地下に無理矢理作らせた地下研究室にいるという話だった。


 さっそく地下に向かうと、ひんやりと冷たい空気と雰囲気が漂っている薄暗い地下一階は、若干の薄気味悪さがあった。


 なんだか幽霊が出そうだ――そう思いながら、幸太郎はヴィクターの研究室へ向かう。


 教材に使う様々な資料や教材等がある資料室が立ち並ぶ廊下の奥に、『高等部専用特別研究室』と、場違いなほどポップな文字で書かれたプレートがぶら下っている扉があった。


 扉を見つけ、麗華はノックして扉を開けると――

「ハーッハッハッハッハッハッ! ようこそ我が神聖なる研究室へ、親愛なるモルモット諸君!」


 研究室に入った瞬間に、クラッカーを使って三人を出迎えてくれるヴィクター。


 あまりのインパクトに、気圧され、何も言わずにそっと扉を閉めようとする麗華だが、ヴィクターは無理矢理三人を研究室の中に招き入れた。


 研究室の中はかなり広く、数台のパソコンや計測器、中身がないガードロボットの円柱型の寸胴ボディパーツが置かれた台や、様々な機械やコードが散乱した部屋だった。


「ハーッハッハッハッハッハッ! 若者が何を遠慮しているのだ。さあ、はじめようではないか諸君 この私、ヴィクター・オズワルドの奇妙奇天烈奇想天外で崇高な研究を!」


「お、お待ちくださいヴィクターさん! 今日は話したいことがあってきましたの」


「ちょうどいいモルモットが来たと思って期待してみれば、まったく……手短にしたまえ。私は新型ガードロボットと、新型武装の研究で忙しいのだ」


 研究に協力しに来たわけではないことを知ると、急にヴィクターは興味をなくして背中を向けるが――すぐにくるりと反転して麗華たちに好奇心でキラついた瞳を向けた。


「――が、興味はあるな……『鳳』のお嬢様、を受けていたセラ・ヴァイスハルト、そして、入学式に遅刻した武輝も出せない落ちこぼれ君という変わったメンバーなのは……さあ、話を聞こうじゃないか」


 取り敢えず、話を聞いてくれる意志を見せてくれたヴィクターに、気圧されていた麗華は咳払いをして、話をはじめる。


「単刀直入に言いますわ。私はこの方々と新たな治安維持部隊である、『風紀委員』を設立します。そのために協力してほしいのですわ」


「ほう……新たな治安維持部隊の設立とは中々興味深い。しかし、それがどんなに困難であることか、頭の良い君なら理解できると思うが……本気かね?」


「そんなこと、百も承知であなたにお願いしているのですわ」


 麗華の強固な覚悟を宿す瞳を見て、本気であることを悟ったヴィクターは、仰々しくため息をついて、ニンマリと口を歪ませて楽しそうに笑っていた。


「まったく……決闘騒ぎの次は、新たな治安維持部隊の設立とは……トラブルメーカーな『鳳』のお嬢様を少し舐めていたようだ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ。それで、答えは?」


「その前に――新入生諸君はどうせ、突然巻き込まれて詳しい説明はされていないだろうから、私が色々と教えよう。このお嬢様が何をしようとしているのかを」


 ヴィクターはホワイトボードの前まで歩くと、大きな二つの円を描いた。


「アカデミー設立には二つの大きな組織が関与しており、その二つの組織が運営しているのだ――その一つとして、『鳳グループ』がある。名前の通り、そこのお嬢様の家で、学園長の鳳大悟おおとり だいごは彼女の父親だ」


「鳳さんってそんなすごい人だったんだ。セラさんは知ってた?」


 意外な事実を聞いて、今年アカデミーに入学してきた新入生の幸太郎は驚いていたが、同じ状況であるセラは別に驚いている様子はなかった。


「ええ……入学式の時に挨拶をしましたし、有名なアカデミーの学園長なので名前くらいは知っています。鳳さんが娘であるということも名前でわかっていました」


「まったく! 私のこの気品と高貴に満ち溢れたオーラがわからないとは、やはり落ちこぼれですわね……というかその前に、アカデミーの学園長の名前くらい知っておきなさい」


 アカデミーの学園長の名前を知らない幸太郎に、麗華とセラの二人は呆れていた。


 パンフレットで学園長の名前を確認したと思うけど、ガードロボットの記事に集中していたし、入学式も遅刻してそれどころじゃなかったからなぁ……


 改めて、幸太郎は学園長の御令嬢である鳳麗華を見つめる。


 気品と高貴に満ち溢れたオーラがあると自称している通り、確かによく見れば整った顔立ちからそんなオーラが放たれているのを、幸太郎はようやく感じ取ることができた。


「フン、今更私の持つオーラに気づくとは。今更過去の言動を謝罪しても遅いですわ!」


「『鳳グループ』の名前は有名だからさすがに知ってたけど、その名を騙った胡散臭いお金持ちにしか見えなかったから、ちょっと意外だった」


「こ、この……私の権力を使えば、あなたほどの凡人くらい、痕跡を残さず消せますわよ? というか、確実に消しますわ! 今すぐにでも!」


「だ、ダメです鳳さん! 武輝は出さないでください!」


 怒りのままに武輝を出そうとする麗華を必死で制止するセラ。幸太郎は別に悪気もなく、ただ正直に自分の感想を述べただけなので、怒っている麗華を不思議そうに見つめていた。


 そんな三人の様子を、ヴィクターは呆然と見つめていたが、しばらくして堰を切ったように大爆笑をしはじめた。


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! なるほど、これは中々面白いトリオだ!」


「何が面白いのですか! グヌヌヌヌ……この私がこんなにもバカにされるなんて……」


「バカにしているわけではない! ハーッハッハッハッハッハッ!」


 悔しそうにしている麗華を見て、ヴィクターは涙が出るほどさらに笑う。


「さてさて、話がそれてしまったね。さて、ええと、どこまで説明したっけか? ――ああ、そうだ二大勢力についてだったね……あー、笑い過ぎてお腹痛い」


 笑い過ぎて出た涙を拭き、痙攣している腹を抑えながらヴィクターは説明を再開する。


「鳳グループの他に、『教皇庁きょうこうちょう』という組織がある。お互いアカデミーを設立するために、街一つ買い取って、都市を形成するために出資金を出し合った、まあ、共同経営者みたいな感じだ」


 説明しながら、ホワイトボードに描いた二つの円の中に、それぞれ鳳グループ、そして教皇庁と書いた。


 教皇庁って確か……アカデミーができるまで輝石使いたちを保護していた団体だっけか。


 ニュースで聞いたことのある教皇庁の名前を聞いて幸太郎は断片的に思い出した。


「ちょうどセントラルエリア中央に、鳳グループの本社と教皇庁の本部が建っているんだが……色々と大人の事情が重なって、二つの組織がそれぞれ治安維持部隊を設立させたのだよ」


「それが――『輝動隊』と『輝士団きしだん』ですわ」


 忌々しげに麗華は二つの名前を吐き捨てるようにして言った。


「そう、鳳グループ側の『輝動隊』、教皇庁側の『輝士団』……この二つは同じ治安維持部隊で、同じくアカデミー都市の治安を守るという意味で作られた組織。つまり君たちは――」


「背後に大きな組織がある部隊と肩を並べなければならない、というわけですわ。ですので……中途半端な気持ちでは、大変な目に遭いますわ」


「じゃあ、一度円陣組んで気合を入れる?」


「遠慮しますわ! まったく……あなたが一番不安要素だと言うのに……」


 一人、事態の大きさを理解していない様子で張り切っている幸太郎に、麗華は呆れた。


 話が一段落したのか、ヴィクターはホワイトボードに書いた円を消した。


「さて、話はこれで終了だ。さて、諸君らに協力するか否かだが……」


「そうですわ。私たちはそれを聞きに来ましたの。さあ、どうしますの?」


「中々興味深いトリオだから、私も協力したいが――条件が二つある」


 意地の悪そうな笑みを浮かべているヴィクターに条件を提示されて、麗華は露骨に面倒で嫌な顔をする。


「まず一つ――実績だ。君も理解しているように、強大な二つの治安維持部隊と肩を並べるためには相応の実績が必要だ。実力は申し分ないとは思うがね」


「その点に関しては、対応策は取っていますわ」


「そうだと思っているが……悠長に諸君が大きな実績を上げるのを待っているほど私は暇ではないのだ。明日から十日以内に目覚ましい実績を上げたまえ」


 十日以内という厳しい条件をヴィクターは平然と言ってのける。


 無理難題に、すぐに麗華は反論するかと思いきや、自信満々という様子で笑みを浮かべており、余裕を崩すことはなかった。


「もう一つは私事で悪いのだが……ちょっと待っていてくれたまえ」


 狂気を滲ませた笑みを浮かべるヴィクター。嫌な予感がする麗華とセラ。

 

 ヴィクターはバイオハザードマークが貼ってある奥の扉に小躍りしながら入って、しばらくすると、薄汚い白い布が被せられた大きな荷台を持って出てきた。


「さて……条件の二つ目は簡単なことだ。私の研究に付き合うこと――さあ、私の研究成果を括目せよ!」


 ヴィクターは荷台に被せていた布を、無駄に派手な動作で外した。

 布の下には、大きな筒の下に銃のグリップのようなものがついている物体だった。


 嫌な予感が的中するセラと麗華をよそに、一人幸太郎は好奇心旺盛な様子だ。


「これは現在開発中のガードロボットの標準装備である最新型のショックガンを人間にも扱えるサイズで作ったものだ。まだ未完成品で、まだまだ小型化の余地はあるがね」


「そ、それを使って私たちに何をしろと言うのです?」


「小型化に必要なデータを得たいので、君たちのうちの誰かにこれを撃ってもらうのだ」


 恐る恐る麗華は聞いてみると、ヴィクターは爽やかな笑みを浮かべて説明した。


「何も案ずることはない。ショックガン――正式名称・非殺傷系衝撃発射装置は、衝撃波を軽い電流とともに発射するから、発射した本人はもちろん、受けた相手にもまったく影響のない装備だ。もちろん、間違いなく多分きっとね」


「あ、あの……先生、これの実験を行ったことは?」


「最近開発したばかりだからもちろん、ない!」


 恐る恐るセラは聞くと、ヴィクターは守りたくなるような笑みを浮かべてそう答えた。


 ヴィクターの答えを聞いて、セラと麗華の二人はますます実験に協力する気が失せた。


「さあ、私の実験に協力してくれる生徒は誰かな?」


「誰もやらないなら僕がやってみてもいい?」


 自ら進んで人体実験に参加するのを躊躇っている麗華とセラ。


 お互いに目的のためなら手段を選ばないほどの覚悟を持っていたが、ヴィクターの怪しげな人体実験に関わることにどうしても尻込みしてしまっていた。


 しかし、幸太郎は好奇心旺盛な様子で自ら進んで人体実験に参加することを表明した。


 自分に都合の良い――ではなく、自身の研究に自ら進んで協力を申し出た幸太郎に、ヴィクターは感涙を流しそうになる。


「素晴らしい生徒だ……君は落ちこぼれ君から、モルモット君に進化した。君はこれから私の助手として存分に役立ってもらおう! 私のことは博士と呼んでくれたまえ」


「ちょ、ちょっとあなた! 何も考えなしに、こんな危ない実験に……!」


「そうですよ! 五体満足ではいられないかもしれないんですよ?」


 考えなしに自ら進んでヴィクターの危うい実験に参加する幸太郎を、セラと麗華は止めるが、当の幸太郎は制止も聞かずに呑気にヴィクターの作ったショックガンを手にした。


 ショックガンを手にして実験に協力する気満々な幸太郎に、止めようとしていたセラと麗華の二人は、本能的に危険を感じて数歩退いた。


 幸太郎が持っているショックガンに、慣れた手つきでヴィクターはパソコンに繋がれた様々な色のコードを接続して、幸太郎にヘルメットを被せた。


「さて、最後に安全ヘルメットを被せて――よし、準備完了だ! モルモット君、銃口は壁に向けるんだ。しっかりとグリップを握っているんだぞ」


「はい、博士……後は引き金を引くだけですか?」


「安全性を考慮して、トリガーはこちらで管理する」


「ちょ、ちょっと、お待ちなさい! こんなところでぶっ放したら――」


「問題ない。この実験室の壁は核シェルターと同じ強固なものを使っているから遠慮なくぶっ放すのだ。それじゃあ、発射三秒前――3、――2、――1、――発射!」


 麗華の制止を軽くスルーして、何の遠慮もなくヴィクターがスイッチをカチッと押した。

 

 凄まじい風圧が幸太郎たちを襲い、遅れて実験室内に爆音に似た破裂音が響いた。


 ショックガンの銃口から放たれた衝撃波は実験室の壁を砕いた。


 反動で幸太郎は後ろの壁に向かって吹き飛ばされるが、壁に激突する寸前にセラが受け止めてくれた――幸太郎の背中に柔らかい感触が広がる。


 しばらくの沈黙の後、堰を切ったようにヴィクターは大笑いした。


「ハーッハッハッハッハッハッ! ちょっと強すぎたな。電源のバッテリーが一瞬でお釈迦だ。さすがにこれが人間に当たったら確実に死ぬ。即死だよ、間違いなく即死」

 

 ヴィクターはいたずらっぽくペロッと舌を出し、テヘッとかわいらしく笑った。


 幸太郎たちはしばらく唖然としていたが、すぐに麗華は我に返って怒りを露わにする。


「ふっざけんなですわ! 何ですのこれ、何なんですのこれ、死ぬかと思いましたわ!」


「実験に失敗はつきもの、一つ成功には万の失敗を経て成り立っているものなのだ」


「あなたの実験に万の失敗があったら、確実に命を落としますわ!」


「ハーッハッハッハッハッハッハ! 今回は命を落とさなかったんだ、運が良かったよ!」


「笑い事ではありませんわ! このマッドサイエンティスト!」


「最高の褒め言葉として受け取ろう!」


 実験が失敗したのにもかかわらず、ヴィクターは爽やかな笑みを浮かべて特に気にしている様子はなかった。麗華の文句など、どこ吹く風の様子だ。


 一方のセラたちはしばらく呆然としていたが、ようやく我に返った。


「どこか怪我をしていませんか?」


「大丈夫……かな? 受け止めてくれてありがとう、セラさん」


「いえ、気にしないでください」


 身体に異常がないことを確認した幸太郎は、深々とセラに頭を下げて礼を言った。


 あー、びっくりした……

 幸太郎は呑気にそう思い、気を静めるために小さく深呼吸した。


 一方の麗華は怒りを撒き散らし、ようやく落ち着きを取り戻したようで話を進めた。


「さて、これで条件の一つはクリアしましたわね……もう実験はしませんわよね?」


「ああ、君たちの――ほとんどはモルモット君のおかげだが、この実験のおかげで色々と大きな一歩を踏み出すことができそうだ。やったね、みんな!」


「きれいにまとめあげようとしているようですが……まあ、いいですわ、もう……」


 さっさとこの場から離れたい麗華は、ツッコむのも面倒になってきていた。


「一つの条件は達成――しかし、もう一方の条件は諸君の活躍次第……明日から十日、頑張りたまえ。私は直接手を出すつもりはないが、応援はしているよ。さて、これから今計測したデータを基に、研究をさらに突き進めるから、諸君は邪魔だ。出て行ってくれたまえ」


「言われなくてもそうしますわ……行きますわよ、みなさん」


 話が一段落してさっそく自分の研究に取り掛かるヴィクター。

 すっかり麗華たちに対する興味は薄れて、自分の研究に没頭していた。

 

 麗華に促されて、幸太郎たちは研究所を出ようとする――

「ああ、そうだ……モルモット君、怪我はないようだが、不安ならば一応病院で診てもらうことだ。ここのエリアにある大病院はかなりの設備と技術が整っているぞ。簡単なら怪我ならすぐに治療ができるぞ」


「セラさんのおかげで痛みはないから、多分大丈夫です」


「そうか……ご協力感謝するよ、モルモット君」


 幸太郎の言葉に、狂気が消えた穏やかそうな笑顔を向けるヴィクター。


 そんな彼の顔を見て、意外に常識は知っている人なのかもしれないと、幸太郎は思った。

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