第6話

「明日からの十日間――気合入れていきますわよ!」


 拳を天に向かって突き上げ、麗華の気合の入った声が茜色の空に響き渡る。


 ヴィクターの研究所を出て、学校を出てから五回目の気合だった。研究所を出てからの麗華の気合の入り方は尋常ではなく、周囲の学生たちの視線を集めていた。


 幸太郎はそんな彼女を見ていたら、不思議と気合が入ってきた。


「すごい気合入ってるね、鳳さん」


「オーッホッホッホッホッホッ! 思い通りに事態が進んでいるので当然ですわ! というか、あなたの気合が足りないのですわ。落ちこぼれなりの気合を見せなさい!」

 

 かなり機嫌が良い麗華だったが、対照的にセラは不安げな面持ちだった。


「しかし、短い期間で、私たちは大きな実績を上げることは可能なのでしょうか」


「確かに不安要素の一つですが、私たちのできることはアカデミー都市に跳梁跋扈する校則違反者や素行不良者たちをバッタバッタと薙ぎ倒すことですわ!」


 大袈裟なアクションを交えながら説明する麗華と、横で小さく拍手する幸太郎。


 具体的な案もなく、ただ気合だけが十分な様子の麗華を見て幸先が不安なセラだったが、そんな彼女を見透かしたように麗華は不敵な笑みを浮かべていた。


「フフン……ご安心してください、私はちゃんと策は練っていますわ」


「具体的にどんな策を練っているのでしょうか?」


「明日は休日ですが、休日返上で頑張りますわよ! 明日の朝九時、あなたたちはイーストエリアの駅前に集合してください。そこでお話ししますわ」


 ちゃんと策があるようで少しホッとするセラ。しかし、肝心な策の具体的な内容を麗華は詳しく話してくれなかったので、セラはまだ不安を残していた。


「休日は美味しいものが食べれる店を探そうかと思っていたんだけど」


「シャーラップ! 仮にも風紀委員の一員、不参加は許しませんわ! ……それに、不本意ですが男性としてのあなたの意見もお聞きしたいですし」


「それなら行かないとダメだよね。それに、鳳さんと付き合った方が楽しそう」


「フン! 当然ですわ! 平凡なあなたの人生に私が彩を与えているのですから」

 

 偉そうに胸を張っている麗華だが、その顔は少し嬉しそうだった。


「そういえば、風紀委員として何かルールはないの?」


「言われてみれば、考えていませんでしたわ……フム……――思いつきましたわ!」


 幸太郎の質問に、ハッとした麗華はしばし考え、すぐに閃いたように手を叩いた。そして、おもむろに麗華は鞄の中から携帯電話と、学生手帳を取り出した。


「連絡手段は常に持っておくのは重要ですわ。それと、私たちの活動に文句を言う方々を校則を用いて論破できるように、常に校則を確認できるようにするため、学生手帳を持つことにしますわ」


「それじゃあ、まずはお互いに連絡先を交換しようよ」


「そうですね、連絡手段を持っていた方が何かと便利ですし」


 麗華に続いて、セラと幸太郎も携帯を取り出し、さっそく三人は連絡先を交換する。


 二人の連絡先を交換して、幸太郎はようやくこれで麗華の設立しようとしている風紀委員の一員になれたような気がしてきた。


「さて、これでようやく役割分担が明確にできますわね。私とセラさんは人通りの激しいイーストエリアとセントラルエリアを中心に巡回、あなたは残って情報収集ですわ」


「他のエリアには回らないのですか?」


「研究区域のサウスエリアは基本的には人通りが少なく、セキュリティが厳重で、隠れて悪さをする場所もないので必要ないでしょう。輝石使いが訓練を行う訓練所等が立ち並ぶウェストエリアや、住宅街が立ち並ぶノースエリアも人通りは多いですが、私たちが巡回するエリアと比べれば少ないですわ。なので、他のエリアは回らなくてもいいでしょう」


「確かに人数と効率を考えれば、イーストエリアとセントラルエリアを中心に巡回した方がいいですね。わかりました」


 麗華の案に納得するセラだったが、幸太郎は自分の役割に納得できていない様子だった。


「……三人で素行不良者たちをバッタバッタと薙ぎ倒すんじゃないの?」


「武輝を出すことができない戦闘能力皆無の落ちこぼれのあなたなんて何の役にも立ちませんわ。役立たずにできることはただ一つ、情報収集するだけの留守係ですわ!」


「ぐうの音も出ない」


「オーッホッホッホッホッホッ! 不満そうですが、事実は事実ですわ!」


 厄介払いと言わんばかりに留守係に任命されて、幸太郎は不満そうだ。


 しかし、麗華の言っていることは正しいので反論することができない。


「一人だけ安全な場所にいて、納得できないあなたの気持ちもわかりますが、鳳さんの言っていることは正しいです。言い方が悪いですが、正直に言います。足手まといです」


「二人がそこまで言うから、仕方がないか」


 セラにまで諭され、幸太郎も納得することしかできなかった。


 セラを味方につけた麗華は、今まで幸太郎がズバズバ言い放った憎たらしいほど正直な発言の鬱憤を晴らすように機嫌よく高笑いをした。


「オーッホッホッホッホッホッホ! ということで、あなたはもう帰りなさい。これから私は、あなたのように役立たずではないセラさんにお話ししたいことがあるので」


「そうなんだ。それじゃあまた明日」


「……あら、意外に素直に言うことを聞きますわね。良い心がけですわ」


 さっきまで納得していなかった様子だったのにもかかわらず、素直に言うことを聞く幸太郎を不審そうに見る麗華だったが、やがて勝ち誇ったように得意げな笑みを浮かべた。


 素直に幸太郎が言うことを聞いたのには理由がある。


 セラと麗華の言葉に、一人で色々と考えたい気分になったからだった。


 輝石を扱う素質があっても、戦う力のない自分に何ができるんだろう。


 取り敢えず、今はそのことを幸太郎は一人になってゆっくり考えたかった。


 幸太郎は二人と別れ、近くにあったパン屋で焼きそばパンを買い、食べながら真面目に自分のことを考えていた。

 

 ……あ、この焼きそばパン美味しいな。


 十分もしないで真面目に考えるのを中断して、幸太郎は焼きそばパンの味に舌鼓を打っていた。




―――――――――――――




 幸太郎と別れたセラと麗華の二人は、麗華が行きつけの喫茶店で紅茶を飲んでいた。


 アンティークのテーブルや椅子を使っているシックな雰囲気の店内に、最初は委縮していたセラだったが、店内に流れるクラシック音楽と、紅茶の香りで徐々に落ち着いてきた。


「……さて、そろそろ話をはじめましょうか」


 しばらく一言も喋らないまま紅茶の味を堪能していた二人だったが、優雅な手つきで麗華は紅茶のカップをソーサーの上に静かに置いて、話をはじめた。


「二人だけで話したいということですが、どんな話をするつもりなんですか?」


「感想をお聞きしたいのですわ。どうですか? 私の作ろうとしている風紀委員は」


「まだ活動もしていませんから何とも言えませんが、今のところ鳳さんの思い通りに進んでいるようですね」


「フフン、多少の不測の事態はありましたが、確かに今のところは運良く順調ですわ」


 皮肉のつもりのセラの言葉に、得意気に胸を張った麗華は満足そうな顔をして頷いた。


 今日一日麗華と行動をして、セラは鳳麗華という人物が計算高いということを理解した。


 大胆な言動と高笑いでそう感じられないが、風紀委員という組織を設立するため、様々な策を思いついてはすぐに実行に移して成功させる彼女は計算高いと思った。


「一つ質問があります……鳳さんの計画はどこからはじまっていたのですか?」


「風紀委員設立の計画自体は昔から考えていましたが、あなたが実力のある輝石使いだと噂を聞き、実際に力のある輝石使いだと知った時に本格的に計画の始動を決意しましたわ」


「私の力を測るために決闘を申し込んだんですね……もし、先生が面倒臭がらずに細部まで学則の話をしていたら一体どうするつもりだったんですか?」


「その時は、また別の方法であなたの力を計測して、勧誘しますわ。そうですね――あなたとティアさんが知り合いだということを私の権力で調べ、それをネタに……とか」


「権力にはあまり頼らないのでは……」


「風紀委員の設立に権力を使わないのであって、情報収集をするのに権力を行使するのは関係ありませんわ! オーッホッホホッホッホッホッ!」


 ジト目で睨むセラなど気にすることもなく、胸を張って高笑いをする麗華。

 目的のためなら手段を選ばない麗華に、セラは呆れるとともに、迷いがなさそうな彼女に対して憧れを抱いた。


「しかし、わかりません……私の他にも実力がある人がいると思いますが」


「判断素材は実力だけではありませんわ。有名人だったというのも大きいですわ」


 なるほど、広告塔に私は使われたんだ。だとしたら……


 得意気に語っている麗華の言葉に、すぐにセラは七瀬幸太郎のことが頭に浮かんだ。


 そんなセラの思ったことを見透かしたように、麗華は肯定するように微笑んだ。


「入学式に遅刻した挙句、アカデミー創立以来の落ちこぼれである彼。彼もある意味で有名人だったので、そのネームバリューを利用させてもらいましたわ。あなたと彼がいれば、自然と他の生徒たちに注目が集まるのは必至――というわけですわ」


「……彼にはそのことを黙っているつもりですか?」


「どうせ短い付き合いになるので必要ありませんわ。利用するだけ利用したら、彼には風紀委員を辞めてもらいますわ」


 七瀬幸太郎のことをセラは思い浮かべる――


 思ったことをすぐに口にする、ボーっとした少年というのが、セラの印象で、悪い人間ではないと思っていた。そんな幸太郎を簡単に切り捨てるつもりの麗華に、セラの良心が痛むが、すぐにその痛みを消した。


 彼の実力なら仕方がない、それに、今はそんなことを気にしている暇なんてない。

 自分にそう言い聞かせ、セラは無理矢理罪悪感を消した。


「ですが――私も鬼ではありません。彼は利用する間は留守係にしますわ」


 輝石を扱う能力に乏しい幸太郎は戦闘の邪魔であり、場合によっては怪我をするかもしれない。だから、留守係にしたのだろうと、セラは解釈した。


「何だかんだ言って、優しいんですね」


「フフン、高貴なる私なりの気遣いですわ! オーッホッホッホッホッホッ!」


 凡人のことを気遣っているという自分に酔いながら、麗華は高らかに笑っている。


 素直ではないながらも、誇り高い気質を持っている麗華にセラは彼女の印象が少し変わった。


 計算高く、目的のためなら手段を選ばない冷酷な性格だと思っていたけど、実はいい人かもしれない……信用するのはまだ少し怖いが、信用に足る人物かもしれない。


「それよりも、セラさん……私はあなたに言っておきたいことがあるのですわ」


「……なんでしょうか」


 紅茶を優雅に一口飲んで、麗華は真剣な面持ちでセラを見つめた。


「二つある治安維持部隊にとって、私たち風紀委員は邪魔になりうる存在。二つの組織から明らかな嫌がらせを受けることがあるでしょう」


「わかっています。私も覚悟はできています」


 ただでさえ輝動隊と輝士団は同じ目的を持っているために反目し合っているのに、新たに設立されようとしている治安維持部隊・風紀委員の存在は明らかに邪魔になる。


 出る杭は打たれる――何らかの妨害を受けるのは必至だろう。


 しかし、セラは自身の目的のためならば、親友が所属している組織の一員と衝突しても構わないという強い覚悟を抱いていた。


 私の邪魔をするなら、誰であろうと許さない――


 自身にそう言い聞かせて、より自分の覚悟を強いものにするセラ。

 

 一人張り切っているセラの様子に、麗華は呆れたように小さくため息を漏らした。


「かなりの覚悟をしているようですが、風紀委員のことも忘れないでください」


「目的のために手段を選んでいる余裕は私にはありませんので、わかっています」


「中途半端にならないようにお願いしますわ」


「……私は中途半端になりません」


「そう願いたいですわ……」

 

 並々ならない覚悟をしているセラに、麗華は不安を覚えて一言忠告した。


 しかし、麗華の忠告などセラは気にも留めていない。


 ティアとちゃんと話す――セラはそのことしか今は頭になかった。

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