第2話

 あんな安い挑発に乗るなんて……こんなことをしている暇はないのに。

 こんな大きな騒ぎになってまで決闘を申し込むなんて、彼女は一体何が目的なんだろう。


 グラウンドで麗華と対峙しているセラは、安い挑発に乗ってしまったことを心の中で深く後悔をして、麗華の目的を探っていた。


 グラウンドには、麗華とセラの決闘を一目見ようと1年B組のクラスメイトたちはもちろん、噂を聞きつけた他のクラスの生徒たちも集まっていた。


 グラウンドに到着してから、一言も喋らないセラを見て、麗華は勝ち誇ったように高笑いをする。


「オーッホッホッホッホッ! まさか、この人数に怖気づいたのではありませんか?」


 麗華の挑発に一瞬ムッとした表情になるが、すぐにセラは平静を取り戻す。


 これ以上安い挑発に乗って、相手のペースには乗らないと決めていた。


「違います。安い挑発に乗ってこんなことに首を突っ込んでしまった自分に後悔をしているだけです」


「もうこの状況では逃げられませんわよ! さあ、準備はよろしくて? ルールは単純に、降参するか、気絶するか、武輝を捨てるかのどちらかですわ」


 簡単にルール説明をすると、麗華は輝石が埋め込まれたブローチをブレザーのポケットの中から出し、握り締める。


 麗華は目を閉じ、意識を輝石に集中させると輝石が強く光り、一瞬目を瞑るほどの眩い光を放ち、光が治まるとブローチがなくなっていた。


 代わりに、麗華の手には輝石の力によって生まれた『武輝』である、ナックルガードのついた細身の剣・レイピアを握っていた。


「さあ、私は武輝を出しました。セラさん、次はあなたの番ですわ! 覚悟を決めて本気でかかってきなさい! ここまで来て、逃げるという真似は許しませんわよ!」


「本当に私と戦うつもりなんですね……わかりました」


 剣の切先をセラに向ける麗華を見て、セラは諦めたように小さく息を漏らす。


 目的はわからないけど、鳳さんはおそらく本気だ。

 確かに、ここまで来て逃げるという真似はできない。

 それに、こんなことに巻き込まれて余計な時間を費やす暇なんてない! 


 セラは覚悟を決め、ブレザーの胸ポケットからチェーンに繋がれた輝石を取り出し、強く握りしめる。


 決闘することを決意したセラの強い覚悟に呼応するかのように、輝石が強く発光し、すぐに光が治まると、セラの輝石は片手で扱えるサイズの剣に変化した。


「苦もなく武輝に変化させるとは……やはり、ただの新入生ではないようですわね! ここまでは私の想像通り――さあ、私にあなたの本気を見せてください」


 戸惑っていた雰囲気から一変させて、セラは闘志を溢れさせた。そんな彼女の様子に満足そうな笑みを浮かべて、麗華はレイピアの切先をセラに向けながら走る。


「まずは小手調べですわ! 必殺――『エレガント・ストライク』!」


 一気に間合いを詰めた麗華のスピードと、ダサい技名にギャラリーたちは沸いた。


 間合いに入った瞬間、力強く踏み込むと同時に放たれる、風を切る音が周囲に響き渡るほどの速く、鋭い突き。


 速くて大胆だ――けど、技の名前を叫ぶなんて隙がありすぎる。


 自身に切先が迫った瞬間、セラは苦もなく片手で持った剣で受け止めた。


 凄まじい勢いで放たれた一撃を受け止めた瞬間、甲高い金属音が響き渡る。


 想像以上に重かった麗華の一撃を受け止めると、攻撃の衝撃が全身に伝わり、セラは顔をしかめた。


 セラに攻撃を受け止められた瞬間、すぐに麗華は身体を捻って回転切りをして追撃する。


 回避をしようとしたが、想像以上の攻撃の衝撃に対応が遅れ、麗華の追撃が直撃する。


 攻撃の衝撃で後方に倒れるセラだが、すぐに立ち上がって見せた。


 息もつかせぬ麗華の連撃と、レイピアで斬りつけられても平然とした様子のセラに、ギャラリーはどよめく。


「手加減しているとはいえ、私の必殺の一撃を難なく受け止め、そして攻撃を受けても平然としている様子を見る限り……やはり、あなたは期待通りの逸材。さすがですわ!」


「ありがとうございます。鳳さんこそ、かなりの実力を持っているようですね」


 特に効いている様子はないセラを見て、麗華は満足そうな笑みを浮かべる。


 輝石の力で身体が守られているから、そんなにダメージはないけど――強い……。

 

 セラは麗華の実力が高いことを認め、大きく深呼吸をする。

 

 ……今度は油断しない。


 深呼吸を終えたセラの雰囲気がガラリと変わり、麗華は息を呑みながらも、その表情は期待に満ち溢れ、とても嬉しそうだった。


「どうやら本気になってきたみたいですわね……いいですわ! もっと私にあなたの本気を見せなさい!」


 歓喜に満ちた声を上げ、期待に満ち溢れた表情で麗華はセラに武輝の切先を突きつけながら突進してくる。


 間合いに入ると同時に、力強く一歩を踏み込んでから放つ麗華の鋭い突き――だが、突然麗華の視界からセラが消えた。


 セラが突然消えて一瞬戸惑った麗華だったが、すぐに彼女がどこにいるのか察知した。


 セラは消えたのではなく、麗華が突き込んできた瞬間にしゃがんで回避していた。


 咄嗟にバックステップをしてセラから離れようとする麗華――だが、遅かった。

 麗華が避けるよりも速く、セラはそのままの体制で身体を回転させて彼女の足を蹴り払う。


 両足を払われてバランスを崩し、麗華は転びそうになる。


「グヌヌヌ……この私が公衆の面前で無様に転ぶ醜態など、絶対に見せられませんわ!」


 しかし、公衆の面前で転ぶのは麗華のプライドが許さないのか、必死に踏ん張ってどうにかして無様に転ぶのは防いだ。


 体勢を立て直し、悔しそうに唇を噛み、セラの位置を確認しようとする麗華。

 そんな彼女の背後にセラは忍び寄って、剣を振り下ろす。


 背後に気配を感じた麗華は咄嗟に横に飛んで回避して、間合いを開けようとするがセラは逃がさず、間髪入れずに追撃を仕掛ける。


 慌てながらも麗華は追撃を回避したが、セラは無慈悲に攻撃を続ける。


 背後からの思いがけない攻撃と、息もつかせぬ素早い連続攻撃に、麗華は半分パニックになりながらも、何とか対応して、攻撃の合間をかいくぐって反撃をする。


 麗華の反撃にセラは身体を後方に翻して回避するとともに、麗華との間合いを取った。


 二人の激しい攻防に、ギャラリーたちは感嘆の声を上げていた。


 剣を構えながら、セラは麗華をジッと見据えて隙を伺っていながらも、相手の攻撃にいつでも備えられるように隙を見せない。

 

 一人、強敵と対峙して闘志を漲らせるセラだが、対照的に麗華は肩を震わせて怒っていた。


「ちょっとセラさん! いきなり転ばそうとした挙句、背後から襲うなんて卑怯ですわ!」


「え? あの……卑怯だと言われましてもその……」

 

 麗華が激怒している理由を理解できないセラは、戸惑いの表情を浮かべていた。


「あなた、恥ずかしくないのですか? あんな真似をして勝利をして!」


「鳳さんが本気を見せろと言ったので、こちらも本気で戦っているのですが……」


「あれが本気? 相手を転ばすまでは、千歩譲ってまあ許しましょう。ですが、背後から襲うのが本気とあなたは仰っているのですか? 神経を疑いますわ!」


「鳳さんも本気と言っていたので、こちらも礼儀として実戦に近い感じで本気で戦っていますが――もしかして、鳳さんは実践経験があまりないのですか? それなら、それで鳳さんのルールに従いますが……どうしましょう」


「グヌヌヌヌ……! た、確かに正論ですわ!」


 悪気と挑発する気もないセラの一言だが、怒りが込み上げてくる麗華。


 しかし、騒げばその分言い訳がましく聞こえるので麗華は平静を装う。


「わ、わかりましたわ! 確かにあなたの言い分はもっとも。卑怯な真似でも実戦では勝利のための手段! いいでしょう、あなたのやり方に合わせますわ! その代わり、私ももう容赦はしませんわ!」


「そうですか……それならば、こちらもそれに応じて本気で戦います」


 セラはそう宣言すると、剣を逆手に持つ。


 そして、武輝に変化した輝石から力を絞り出し、搾り出した輝石の力を武輝に纏わせるイメージを頭の中で浮かべる。


 すると、剣の刀身が淡い光を放ちはじめ、すぐに強く光りで輝きはじめる。


 光り輝くセラの武輝に、ギャラリーたちは驚きの声を上げる。


 麗華は驚きながらも興味深そうにその光景を見て、満足そうに微笑んでいた。


「まさか輝石の力を武輝に纏わせることができるとは期待以上ですわ」


「これくらい、練習すれば誰でもできるようになります」


「輝石は武輝に変化させるだけで大半の力を使っていますわ。その力を武輝に変化した輝石から絞り出して武輝に纏わせるなど、まだ輝石の力に慣れていない新入生では考えられませんわ。こちらも行きますわよ!」


 嬉しそうな麗華は、セラと同じく武輝であるレイピアの刀身を輝かせた。


 麗華とセラは同時に武輝に横薙ぎに振るうと、武輝から衝撃波を放った。

 二つの衝撃波がぶつかり合うと、グラウンドの周囲の大気が震えた。


 ぶつかり合った衝撃波は相殺されると同時に、二人は一気に間合いを詰める。

 甲高い金属音とともに、今度は二人の武輝がぶつかり合う。


 息もつかせぬ二人の剣戟に、ギャラリーたちは驚くことも忘れて見入っていた。


 実力伯仲――ギャラリーたちの目にはそう見えていたが、実際は違った。


 圧倒的なセラの力に、麗華は完全に押されていたからだ。


 一撃一撃が鋭く、そして的確に隙をつこうとするセラの攻撃を麗華は何とか凌いでいた。


 ほんの僅かな隙をついて麗華は思いきり一歩を踏み込んで渾身の突きを放つ。


 受けきれないと判断したセラは身を後方に翻し、麗華から距離を取って回避した。


 セラが離れた瞬間、麗華は武輝を輝かせ、その武輝で宙に円を描く。描いた円に沿って白い光を放つ火の玉のような発光体が現れ、それをセラに向けて連続して発射する。


 軌跡を残しながら迫りくる光弾を避けることなく、セラは麗華に向かって一直線に走る。


 一直線に走りながら、自分に向かう光弾を武輝である剣で斬り落としながら走っている。


 最後の光弾を斬り落とすと同時に、武輝である剣を輝かせてセラは高く跳び上がった。五階建ての校舎の、二階分の高さまで。


 跳躍したセラは武輝に纏っている輝石の力を拡散する光弾として、麗華に向けて一気に発射した。拡散する光弾は雨のように降り注ぐ。


 降り注いでくる光弾を一つ一つ麗華は回避する。


 麗華が避けた光弾はすべてグラウンドの地面にぶつかり、周囲に砂埃が舞い、ギャラリーたちの視界を奪った。


「――しまった、これでは視界が! ――ッ!」


 気づいた時にはもう遅く、砂埃が周囲に舞う中突然現れたセラは、麗華に向けて思い切り体当たりをする。


 突然現れたセラに対応できず、麗華はまともに体当たりを受けてしまい、体勢を崩してしまい尻餅をついて倒れた。


 尻餅をついて倒れた麗華の鼻先に、セラは剣を向ける――勝敗は明らかだった。


 砂埃が晴れると同時に勝敗がついていた二人の決闘に、ギャラリーたちはすぐに歓声を上げて拍手をした。


「悔しいですが……降参ということにしますわ」


 降参の意を示す麗華に、小さく深呼吸をして息を整えたセラは武輝を輝石に戻した。


「どこか怪我をしていませんか?」


「いらぬ心配ですわ。ですが、心配していただいてありがとうございますわ」


 手を差し伸べるセラだったが、麗華は自力で立ち上がった。


 彼女の表情は敗北して悔しさを滲ませているものではなく、晴々としたものだった。


 麗華は武輝を輝石に戻すと、機嫌が良さそうに高笑いをする。


「オーッホッホッホッホッホッ! あなたは私の想像をはるかに超えましたわ!」


「……何が目的なのかはわかりませんが、満足したのならこれで失礼します」


 この決闘……私の力を測っていたような気がしたけど、今はそんなことはどうでもいい。


 麗華の目的が見えなかったが、決闘を終えたセラはさっさとこの場から立ち去りたかったので、その場を立ち去ろうとすると、「お、お待ちなさい!」と、麗華は慌てて呼び止めた。


「まだ話は終わっては――」

「おいおいおいおい、お前ら随分と楽しそうなことやってたみたいじゃないの」


 麗華の言葉を遮るようにして、どこからかともなく軽薄そうな声が響いた。


 その声を聴いた大半のギャラリーは蜘蛛の子を散らすようにして逃げた。


 その声に、麗華は露骨に嫌そうな顔をして、声のする方向へと顔を向けた。


 声の主は、細身の外見で、極彩色な柄のシャツとテカテカに輝く合成皮革のレザーパンツをはいた、金に染めた長髪をオールバックにしている見るからに軽そうな男だった。


 この男の人、鳳さんとまではいかないが、かなりの使い手だ……。


 軽薄そうに見えるが、油断も隙もない人物の登場に警戒するセラ。


「おいおい、『』……進学早々騒ぎの中心にいるとは、また何かをやらかすつもりか?」


刈谷祥かりや しょう……フン! 『輝動隊きどうたい』のくせして、随分と早いご到着ですわね!」


「ハハッ! そいつは耳が痛いな」


「まあ、いつもよりは幾分早いので大目に見てあげましょう」


「そいつはどうも。まあ、新生活がスタートするシーズンで調子の乗る奴が出てくるだろうから、これからの時期は輝動隊も頑張らなくちゃならない時期なんだよ」


「輝動隊の役割はアカデミー全体の治安維持――そのために努力するのは当然ですわ」


「そりゃそうだな。まったく、お嬢は相変わらず容赦しねぇなぁ」


 皮肉がたっぷり込めた麗華の言葉に、刈谷祥と呼ばれた男は苦笑を浮かべる。


 輝動隊――アカデミー都市の治安を守る、高い実力を持つ輝石使いが集まる集団……噂通りなら面倒なことになりそうだ。


 輝動隊の登場に、セラはさらに面倒に巻き込まれそうだと思って嘆息した。


「まったく、輝石使いの決闘及び私闘はご法度だってお嬢も知ってるだろうに。ただでさえ忙しい時期に駆り出される俺たちの身にもなってくれって」


 ため息交じりの刈谷の一言に、決闘が禁止だと知らなかったセラは思わず素っ頓狂な声を上げ、すぐに恨みがましく麗華を睨むが、彼女はどこ吹く風の様子だった。


「言っておきますが、これは決闘ではなくトレーニングですわ。ねえ、セラさん?」


「……そうですね。そういうことにしておきましょう。今度はいつでも学則を確認できるように学生手帳を常時持参することにします」


 これ以上面倒に巻き込まれるのはごめんなので、不承不承ながらも話を合わせるセラだが、明らかにムッとしていた。


 明らかに話を合わせている二人だが、刈谷はこれ以上追及することはしなかった。


「ま、こっちとしても面倒はごめんだから、そういうことにしておくか。よし! じゃあお兄さん、かわいい後輩たちのために見逃してあげちゃう!」


 緊張感の欠片もない刈谷の言葉に、麗華はただ当然だと言うように鼻を鳴らし、セラは刈谷の適当で軽い対応に肩透かしを食らっていた。


「さてと、それじゃあ俺は夜の合コンのために、これから男を磨くとするか! じゃあな!」


 話が終わったので、刈谷はセラと麗華の二人の前から立ち去ろうとする――

「刈谷……お前は巡回をサボってこんなところで何をしている」


 立ち去ろうとする刈谷の背後から聞こえてきた、感情の起伏がほとんどない氷のように冷たい声に、刈谷の動きが驚きと恐怖で止まった。


 ――! この声、まさか……!


 しかし、刈谷よりも先に声に反応したのはセラだった。


 長年一緒に過ごして、そして、ずっと会いたかった親友の声だったからだ。


 すぐにセラは声がした方へ顔を向けると、そこには軍服のような黒いジャケットを着た一人の女性が立っていた。その女性の登場に刈谷は顔を恐怖で青白くさせる。


 刈谷が怖れを抱いている人物は――銀髪のセミロングヘアー、氷を思わせるような冷たい切れ長の双眸を持つ長身の美女で、声の通り他人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出していた。


「これは珍しいですわね……輝動隊№2のティアリナ・フリューゲルの登場とは」


「あ、あねさん……これはえっと、その……」


 銀髪の女性――ティアリナ・フリューゲルを見て、セラは涙が出そうになった。


 やっぱり、間違いない……ティアだ……やっと……やっと会えたんだ!


 ティアは麗華と刈谷に目もくれず、真っ直ぐセラに向かった。


「久しぶりだな、セラ」


「うん。四年ぶりだね、ティア……」


 たくさん話したいことがあったが、セラはこれ以上上手く言葉が出なかった。


「昨日の噂を聞いて、もしやと思ったが、アカデミーに来ているとはな」


「……やっと会えた、ティア……私、ずっと――」

「積もる話もあるだろうが、悪いが今は職務中だ。後にしてくれ」


 ティアは真っ直ぐと見つめてくるセラの目から逃れるように顔を背け、話を終わらせた。


 突き放すようなティアの言葉に、セラは何か違和感を覚えた。


「その代わり、後でお前の部屋に向かう。そこでゆっくり話そう」


「わ、わかった……話したいことがたくさんあるから絶対に後で来て。あ、私がどこの寮で暮らしているのかわかる?」


「無用だ。それくらい自分で調べる――刈谷……逃げたらどうなるかわかっているな?」

 ティアが会話に集中している隙に逃げ出そうとする刈谷を睨むと、彼は蛇に睨まれた蛙のように動かなくなる。


「話は以上だ……セラ、久しぶりに会えて嬉しかったぞ」


「……私もあなたに会えてよかった、ティア」


 会えて嬉しいと言ったセラの言葉に、反応することも振り返ることもなく、往生際悪く逃げようとする刈谷の襟を掴み、引きずりながらこの場を去った。


 なんだか妙だ――何か……何か昔のティアとは違うような気がする。


 親友との再会に喜ぶ気持ちとともに、素っ気ない態度の親友にセラは違和感を覚えた。


「ほう、まさか彼女とお知り合いとは――これは中々面白くなってきましたわね」


 不安そうにティアの後姿をジッと見つめているセラを見て、麗華は興味深げに呟いた。


「セラさん、今日は貴重なお時間をいただいて感謝しますわ」


「……あ、はい……満足していただけたならば、幸いです」


 ティアのことしか頭になかったセラは一拍子遅れて麗華の言葉に反応した。


「ええ、十分に満足しましたわ! いい勝負でした、今日はありがとうございます」


「こちらこそ、鳳さんのような実力者と決闘できて誇りに思います」


 互いの健闘を称え合うように麗華はセラに握手を求め、セラはそれに応じる。


「セラさん――明日、よろしければ朝の八時に教室に来てくれますか?」


「構いませんが……今日みたいなことはできれば勘弁してください」


「そ、それはもちろんお約束しますわ! 今日は本当に申し訳ございませんでしたわ!」


「ええ、別に構いません。私は別に気にしていませんから」


 禁止されていることを知らずに決闘させられたのを根に持っているのか、気にしていないと言いながらも、セラから何かうすら寒いものを麗華は感じ、ゾッとしていた。


「そ、それではごきげんよう! 明日、楽しみにしていますわ!」


 麗華はそのまま逃げるようにして、別れを告げて早足で去った。


 逃げるように立ち去る麗華の後姿を見て、セラは疲れたように深々とため息を漏らす。


 悪い人じゃないとは思うけど……まあ、いいか……それよりも――

「ティア……一体どうしたの?」


 四年ぶりに再会したティアの態度を思い出し、セラは不安そうに彼女の名前を呟いた。


 ティアのことを考える度に不安な気持ちが押し寄せてきたが、後で部屋に来ると言っていたので、今は深く考えることはせず、セラはグラウンドを後にした。




――――――――――――――




 昼食代わりのコロッケを頬張りながら一人、幸太郎は下校していた。


 家に帰っているのではなく、幸太郎は寮に帰っている。


 アカデミーは全寮制であり、入学するとアカデミーは生徒一人一人に無償で寮を提供する。寮の広さは暮らしている寮毎に異なるが、どれも一人で暮らすには十分なほどの広さである。


 昨日から暮らしている幸太郎の寮は校舎のあるセントラルエリアから、歩いて一時間近くの場所にある、生徒や教員が暮らす住宅街が広がるノースエリアに寮がある。


 アカデミーの敷地内にある地下鉄を乗ればすぐに到着するが、地理を把握するため、幸太郎は歩きながら自分の寮へと向かっていた。


 歩いている途中に見つけた商店街の中にあった惣菜屋で買ったコロッケを食べながら、麗華とセラの決闘を最初から最後まで見ていた幸太郎は思い返していた。


 ついこの間まで何の力もない一般人だった幸太郎は、目前で繰り広げられた漫画のように激しい輝石使い同士の決闘にとても興奮して、今も興奮冷めやらぬ状態である。


 二人ともすごかった。輝石を使いこなすと、あんなことができるんだ。

 ……それに、最後に来たあの銀髪の女の人はすごいきれいだった。

 携帯で、アカデミーの校内ネット掲示板にアクセスしたら、さっそく噂が広がっていた。


 回想を終えると同時にコロッケを食べ終えると、新たなコロッケを袋から取り出して頬張り、幸太郎はふいにポケットの中から手のひらサイズの輝石を取り出した。


 輝石使いは輝石をアクセサリー等に埋め込んだり、チェーンなどをつけたりして肌身離さず輝石を持っておくのが基本だが、幸太郎はそんなことはしないまま持っていた。


 手の中にある輝石は、切れかけの豆電球程度の微弱で不安定な光を放っている。


 幸太郎は僅かにしか発光しない輝石を見て、昨日のことを思い出した。


 昨日、入学式の時に学園長が新入生一人ずつに輝石を手渡し、その後に行われた輝石の適性検査――

 毎年学校で身体測定と同時に行われている、輝石に触れて、輝石が発光するか否かで資格者であると簡単に確認するだけの適性検査ではなかった。

 入学式後に行われた検査は、本当に輝石を扱える資格者であるかどうかを確認する適性検査+『武輝』の形状を確認+体力測定だった。


 武輝とは、輝石の力によって生み出される武器・ウェポンである。

 資格者によって大きさや形状はそれぞれ異なり、近代的な銃や、中世的な剣等が武輝の輝石使いがいる。


 武輝の性能に優劣がなければ、輝石にも優劣は存在しないとされており、すべては資格者が、どの程度輝石を使いこなしているかで実力が決まる。


 資格者が輝石の力を使いこなすことによって、単純な身体能力の向上や、武輝の性能も上がるとされており、輝石の力を身体に纏わせることによって薄い膜のようなバリアに身体が包まれ、一般人なら大怪我を負うであろう攻撃もそのバリアで防げ、ダメージを最小限に抑えることができる。


 それだけではなく、輝石は大半の力を武輝に変化させるために使われるが、慣れた資格者は武輝に変化した輝石の力を絞り出して、武輝に纏わせて一時的に武輝を強化できる。


 自分も輝石を使いこなそうと意気込んでいた幸太郎だったが――


 幸太郎は輝石の力によって生み出される『武輝』を出せなかった。


 昨日の検査の時、剣、槍、棒、銃など大小様々な形状の武輝に変化している生徒がいたが、そんな中で幸太郎は一人だけ武輝を出せることができなかった。


 その結果、幸太郎は入学式に遅刻をして低かった評判をさらに落としてしまう。


 途中入場した前代未聞の生徒+武輝を出せないほど今までで一番輝石の適性がない落ちこぼれの烙印を押されてしまう。


 自分の貼られたレッテルには別に気にしていない幸太郎だが、今日の決闘を観戦した時、自分もああなりたいという憧れと、今の自分の置かれた状況に焦燥感を覚えた――が……

 焦燥感の方はコロッケを食べて空腹を満たしていたらすぐに消えた。


 自分には自分のペースがあるんだから、焦らないようにしよう。


 今ではそう思い、呑気に欠伸していた。


 コロッケを食べながら幸太郎は寮であるマンションに到着して、一階にある自室へ向かうと、自室の玄関の投函口に手紙が挟まっていた。


 何だろうと思い、手紙を取ると、幸太郎は差出人の名前を見て驚いた。


 ――なぜなら、差出人の名前はのものだったからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る