第19話

 空が茜色に染まりきった頃――リクトの部屋には、レストランでの騒動の後処理を終えたクロノとプリム、そして、会議を終えて呑気にカップラーメンを啜っている幸太郎がいた。


 リクト、クロノ、プリム、幸太郎は空港での騒動、レストランでの騒動、明日幸太郎が次期教皇歩になることについての話し合いをするために集まっていた。


「まったく、コータロー! お前は少し状況を考えたらどうだ! せっかくエレナ様が逃げ道を用意したというのに、お前はそれを台無しにしたのだぞ!」


 エレナが用意した逃げ道を無視して、何も考えずに明日に次期教皇候補になることを承諾した幸太郎にプリムは怒るが、幸太郎はラーメンをズルズル啜りながら「ごめんなさい」と謝った。


「反省しているのか、お前は! というか、何を食べているのだ!」


「新商品の味噌ヌードル。お昼ご飯もお肉がなくてお腹が空いちゃって……非常食に持ってきておいてよかった」


「そんなもの食べている暇はないだろうが! もう少し状況を真面目に考えろというのだ!」


「でも、美味しいよ。やっぱり、涙滴の湖で汲んできた水を使って作ったのは大正解」


「この罰当たり者め! 神聖なる湖の水を使って何を考えているのだ!」


「プリムちゃんも食べる? 新鮮なる湖の水と甘辛い味噌の相性がバッチリで、口当たりが滑らかで上品な美味しさに変化してるよ」


「ほ、本当か? ――って、いらぬわ!」


 能天気な幸太郎に苛立ちを募らせるプリムに、「まあまあ」とリクトが割って入る。


「色々あって幸太郎さんも疲れてお腹が空いているんですから、大目に見ましょうよ」


「そうだな。腹が減っては戦ができないと言うからな」


「リクト、クロノ! お前たちは幸太郎を甘やかしすぎるのだ!」


「そんなに慌てて食べると火傷してしまいます。ちゃんとフーフーしないと」


「……美味そうだな」


 幸太郎に対して甘々なリクトと、何だかんだ言いながらも甘いクロノを注意するプリムだが、二人には意味がなく、プリムは苛立ちだけではなく嫉妬心までも募らせていた。


「そうだ。全部が終わったら僕が幸太郎さんにお肉の料理を振舞いますよ」


「リクト君の手料理、美味しいから楽しみ。プリムちゃんも一緒に食べようよ」


「そんなことを考えている暇はないのだが……ま、まあ、期待しておくぞ」


 リクトの手料理を食べられると思い、少しだけプリムの機嫌が回復すると――「リクト」とクロノがリクトに話しかけて脱線していた話が本題に戻った。


「さっきオレとプリムに話したオマエと大道の推理……本気なのか?」


 無表情ながらも僅かに不安そうな顔のクロノはリクトにそう尋ねた。


 ここに集まる前――簡単にリクトからある推理を聞いたクロノだが、それをどうしても信じられず、再確認をどうしてもしたかった。


「まだ漠然としていないけど、点と線が繋がりかけてるんだ……あまり考えたくはないけどね」


「だが、リクトよ……昨日と今日の警備状況をよく知り、警備の人間を容易に動かすことができる立場で、昨日の一件に大勢の輝士たちが関わり、全員取調べに応じず、どこか一体感があることを考えれば、お前たちの推理はきっと間違っていないだろう」


 クロノと同様信じたくはないが、リクトたちの推理を支持するプリム。


「……なら、はどうなる」


「まだわからないよ――いや、ただそう考えるのが怖いだけでそう言いたいだけかもしれないかな?」


 暗い表情を浮かべたクロノの質問に、リクトは辛い現実から目を背けている自分に対しての力のない自嘲を浮かべながらそう答え、暗くて辛気臭い雰囲気を漂わせるクロノとリクトに、「何を怖気づいておるのだ!」とプリムは力強い喝を入れる。


「いつものように私たちはただ己の判断を信じ、それに基づいて行動するだけだ! 考えたくもない最悪な事態になっても私はそれに立ち向かうぞ! 絶対に屈したりはしないぞ!」


 リクトたちに、そして、自分に言い聞かせて鼓舞するように宣言するプリムだが――彼女の表情もリクトたち同様に不安を宿していた。そんなリクトたちの様子を、何も知らずにただラーメンを食べている幸太郎はじっと見つめ、スープを飲み干したところで――


「大丈夫?」


 特に何も考えていない様子で幸太郎はいつも違うリクトたちを見て、そう尋ねた。


 状況を何も知らないで呑気な様子で自分たちを気遣う幸太郎に、リクトたちは呆れて脱力するが――それでも、普段と変わらぬ彼の様子を見て、どこか救われた気がしていた。


「とにかく、今のところリクトの推理には何も確証はないのだ! まだ、最悪の事態を想像するには時期尚早だ! 証拠を固めてから相手を追い詰めるぞ!」


「しかし、相手が相手だ。何かの証拠を残すとは考えにくいが、現行犯なら別だ。何かを仕掛けるとするなら、確実に七瀬と教皇が二人だけになる明日だろう――明日、すべてに決着をつける」


「しかし、それではコータローが危険になる可能性が高いぞ」


「僕なら大丈夫」


 まだ状況を掴めていないが、取り敢えずクロノたちの指示に従う気でいる幸太郎に、プリムは頼もしさを感じつつも呆れてしまい、厳しい目で幸太郎を睨んだ。


「エレナ様の気遣いを無下にしたことを忘れたのか! 大体お前は私たちが何について話しているのかよく知らないだろうし、ちゃんと話も聞いていないだろう! お前は自ら危険に突撃しようとしているのだぞ! それでいいのか、お前は!」


「しかし、何も知らないというのは都合がいい。何も知らずに行動すれば相手の裏をかける」


「本気で言っているのか、クロノ! お前はコータローの護衛だろうが!」


「確かに、プリムの言う通りこれは危険な行為だ。この行為を選んだ場合、オレはオマエを守れる保証はできないし、これはあくまで方法の一つで考えれば方法などいくらでもある。だから悪いことは言わない、やめておけ――いや、やめてくれ」


 相変わらずの無表情だが、危険に向かおうとする幸太郎を必死で止めるクロノ。


「でも、僕プリムちゃんとクロノ君を信じてるから」


 何も考えずに淡々と放たれたが、その言葉の中にはプリムたちへの全幅の信頼があった。


 自分たちに向けられる信頼感にプリムとクロノは何も言えなくなってしまう、そんな中リクトは聖母のように優しい笑みを浮かべて幸太郎を見つめた。


「こんな時に幸太郎さんに何を言っても無駄であることは僕はもちろん、プリムさんもクロノ君もよく知っています。だから、僕は幸太郎さんを止めません」


 自分の決めたことには頑固すぎるほど譲れないことをよく知っているリクトは幸太郎を止めることはしなかったが――「でも――」と有無を言わさぬ空気を纏ったリクトは話を続ける。


「その代わり幸太郎さんにはこっちの指示にも従ってもらいます、絶対に。そして、代替案を見つけたらそれに従ってもらいます――わかりましたね?」


 普段の母のように優しく、甘やかしてくれる雰囲気を一変させて、厳しい口調と有無を言わさぬ態度のリクトに圧倒された幸太郎は素直に「う、うん」と頷くことしかできなかった。


 素直に頷いてくれた幸太郎を見て、すぐにいつものような慈愛に満ちた母のような雰囲気に戻すリクト。そんな二人のやり取りを見て、プリムとクロノは彼が教皇エレナの息子であり、次期教皇最有力候補であることを再認識させられた。


「それじゃあ幸太郎さんは何も心配しないで、明日の儀式に集中してください」


「リクト君、僕生姜焼きかポークソテーが食べたい」


「わかりました。腕によりをかけて作ります……僕も、絶対に幸太郎さんを守りますから」


 明日のことに不安を覚えるわけでもなく、ただその後の食事を楽しみにする幸太郎を微笑ましく思いながらも――そんな幸太郎を絶対に守るとリクトは誓った。




―――――――――




 今回と前回の騒動――やはり、警備の状況を知る教皇庁内部の人間が怪しい。

 それも、大勢の統率の取れた輝士たちを操れるかなりの力を持った人間だ。

 そんな人間は僅かだ……まさか、な……

 いや、そんなはずはない……そんなバカな真似をするはずはない。


 レストランでの騒動の事後処理を終えたティアは不安げな面持ちで旧本部内にある自分にあてがわれた部屋にあるソファに座っており、一人で今回と前回の騒動について考えていた。


 考えれば考えるほど浮かび上がる嫌な予感にティアの表情は僅かに暗くなる。


 今回と前回の騒動で事件の裏側にいる人物を大体絞り込めることができたからだ。


 その人物はティアと繋がりがかなり深い人物であり、疑いたくはなかったが――考えれば考えるほど疑うに足る条件が揃ってしまっていた。


 一度冷静になって考えるべき、だな……


 そう思ったティアはソファから立ち上がり、一度気分転換をするために部屋から出ようとすると――冷静を装いながらも動揺が込められた調子で扉をノックする音が響き、返事を待たずに優輝とグランが部屋に入ってくる。


 部屋に入ってきた二人の表情は暗く、そして僅かな動揺も見え隠れしていた。


 そんな二人の表情を見て、ティアの中でしまい込んでいた嫌な予感が湧き出てくる。


「……何かわかったようだな」


 一日中昨日の騒動について調べ回っていた二人の様子を見て、何かを掴んだことを察したティアは胸の中に駆け巡る嫌な予感を振り切って開口一番に尋ねた。


「ティア、言いにくいことだが――」


「前置きはいい。結果だけを教えてくれ」


 気遣ってくれるグランには感謝をしているが、今のティアは結果だけを聞きたかった。


「お前の考えている通りだ、ティア」


「……やはり、が関わっているのか」


「共慈さんとリクト君が得た情報と、こっちが得た情報を照らし合わせて間違いなく関わっているんじゃないかってグランさんと判断した」


 そんなティアの様子を見た優輝は、彼女も自分たちと同じ答えに辿り着いたことを察して、包み隠さずにはっきりとそう告げた。


 優輝の答えを聞いて、嫌な予感が的中したティアはクールフェイスを崩さなかったが落胆のため息を小さく漏らした。


「証拠はあるのか?」


「あったら今頃問い詰めてる。それに、相手も証拠を残すような不用心な真似をしなければ、証拠は握り潰し、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろうな」


 僅かな期待を込めたティアの質問に、グランは忌々し気に、それでいて動揺を隠し切れない様子で証拠はないと答えた。


「おそらく、明日の次期教皇誕生の儀式で動くだろう。それも、エレナ様と七瀬君が二人気になる時を狙って。その時が相手を捕らえる一番のチャンスだろうな」


「同時に相手も目標を狙える絶好の機会だ。今日以上の騒動にする気だろう――何も考えずに勝手な真似をした愚か者の幸太郎は何て言っているんだ?」


 グランの言葉に同意したティアは容易に明日に起きる騒動が大きくなると想像できたが、それよりも心配なのは、危険だというのに明日の儀式を行うことに了承した幸太郎だった。


「今のところは何も知らないまま当日行動して相手の裏をかこうとしようとしているらしいけど、それじゃあ危険だからってリクト君たちが代替案を考えてる」


「……まったく、あのバカは何を考えているんだ」


「ま、まあ、幸太郎君もそれなりに色々と考えているとは思うよ……多分だけど」


 何も考えていないだけではなく、危険に自ら飛び込もうとする幸太郎に苛立つとともに呆れるティアに、優輝は深々とため息を漏らして心の中で彼女の言葉に同意を示した。


 幸太郎のことで呆れる二人とは対照的にグランの表情は険しく、どこか納得していない様子だった。


「こちらも明日の七瀬君の警備については考えよう――ただ、一つだけ不自然なことがある」


 険しい表情のまま、グランは胸の中にへばりついて離れない疑問を口にする。


「レストランでの騒動の話を聞いたが、どうにも妙だと感じているんだ……ティア、お前は何かを感じなかったか?」


 ――……不自然な点は何一つなかった。

 騒動後の軽い取調べでは昨日と同様全員揃って何も語らず。

 騒動後のレストラン周辺を調べても、昨日のように爆発物は見当たらなかった。

 人海戦術で攻めようとしたが、相手の力量を見誤って失敗――そうとしか思えない。

 ……いや、それが不自然なのか?


 何か違和感を抱いているグランの質問に、レストランの騒動で大勢の過激派たちを倒したティアは当時のことを考えるが何も出ない――が、もう一度深く考えれば、グランが言う違和感の正体を掴めたような気がした。


「お前の言いたいことは、昨日と比べて計画性がなかったということか?」


「ああ、その通りだ。おそらく、昨日空港で設置されていた爆発物は陽動で、爆発音で周囲をパニックにさせてから、警備の僅かな隙と穴をついてエレナ様を狙う算段だったんだろう。しかし、今日の騒動は違う。奇襲を仕掛けるわけではなく、ただ単純に数に頼っただけで計画性はなかった。もちろん、昨日の騒動が原因で相手が自棄を起こした可能性もあるが、その後の軽い取調べで何も語らず相変わらず仲間意識が高く、統制が取れているからその可能性は低い。これはあくまで個人的見解だが、前回と今回の騒動では目的が違うように感じられる」


「……教皇とは別に、相手は何か別の狙いがあるかもしれないな」


「そう考えるのはまだ判断材料は足りないがな」


 そう言っているグランだが、彼の推理にはティアは大いに納得できてしまった。


 まだ、どうして教皇庁内に幸太郎の力が知れ渡ったのかの理由がわからない以上、どこかでアルトマンの意思が存在しているという懸念は大いにあるからだ。


 さっきまで抱いていた嫌な予感とは違う、新たな嫌な予感がティアの胸の中を支配し、それによって室内の雰囲気が暗く、張り詰めたものになった。


「とにかく、今は明日のことに集中して計画を立てよう。相手の目的が何であれ、俺たちのやることは何も変わらないだろう?」


 ……そうだ。私のやることは何一つ変わらない。

 幸太郎を守る――ただそれだけだ。


 重い空気を吹き飛ばし、自分たちの目的を再確認させる優輝の明るく放った一言に、ティアは自身を奮い立たせた。

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