第18話

 レストランでの騒ぎの後、大勢の輝士たちに連れられて旧本部へと戻った幸太郎たちは、そのまま小会議室へと向かって今後についての話し合いを行っていた。


 小会議室にいるのはイリーナと警備の責任者であったブレイブとデュラル、不機嫌な表情で机を挟んで椅子に座っているエレナと、深々と椅子に腰かけて足を組んでいる億劫そうな表情を浮かべているアリシア、疲れた様子で能天気に大きく欠伸をしている幸太郎がいた。


 これから大会議室で行われる緊急会議の前に話し合うために集まっているが、集まって数分経ってもまだ誰も一言も発していなかった。


 室内の雰囲気はエレナから放たれる不機嫌なオーラで満ち満ちて最悪であり、部屋に響くのはジェリコが人数分の紅茶をカップに注ぐ音のみだった。


 そんな中、最初に口を開いたのは椅子から立ち上がって深々と頭を下げるブレイブだった。


「すみません、エレナ様。こんな不測の事態が起きるとは思いもしませんでした」


「何事も不測の事態はつきものです。元はと言えば、昨日の空港での騒ぎがあったというのに、間を置かずに儀式を強行した我々の――いいえ、私の判断が間違っていたのです」


 ブレイブの謝罪を受け、エレナはちらりとイリーナを嫌味な目で一瞥した後、ブレイブではなく物事の最終決定権のある教皇の自分の責任であると認めるが、ブレイブは納得しない。


「不測の事態であっても事前に手を打って完璧に警護をこなすのが我々の任務。それなのに我々はエレナ様たちの目前までに脅威を近づけてしまった――責任はこちらにあります」


「まあ、こっち責任も確かにあるけど、俺らだって儀式を強行させた人間の一人だ。だから責任は半々ってところだな。そういうことにしようか」


「……黙っていろ、デュラル。お前も少しは反省したらどうだ」


「残念。現場の指揮を執ってたのはお前で、俺はここで留守番して昨日の件について探ってたから関係ない。つまり、俺にはお咎めなしってこと」


「誇らしげに語るな、バカ! お前も一応警備の責任者でもあるんだぞ」


 反省の欠片もなく話を終わらそうとするデュラルに、ブレイブは心底呆れていた。


「そんなことよりも明日の話をするべきだろ。なあ、師匠、用意周到なアンタのことだ。予定通り明日で一気にケリをつけるつもりなんだろう?」


「もちろんじゃ。会議でも発表するが、明日は予定通り幸太郎を次期教皇にする」


 楽しそうでありながらもどこか嫌らしいデュラルの言葉に、イリーナは力強く頷く。


 昨日だけではなく、今日も過激派が襲ってきたというのに、間を置かずに幸太郎を次期教皇候補にさせるつもりのイリーナにエレナは無表情ながらも激しい怒気が含んだ目で睨み、「認めません」と淡々としながらも固い決意を込めた一言でイリーナの考えを否定した。


「今回の儀式は内密に行われました。つまり、儀式を知る教皇庁内部の誰かが儀式の情報を流した可能性があります。誰が味方なのかわからない状況で続きを行うのは危険です。せめて、騒動を裏で操る誰かを特定してから行った方が得策です」


「それは同感じゃが、さっさと次期教皇候補にした方が教皇庁内部にいる裏切者がいたとしても簡単には手を出せないじゃろう」


「儀式の途中で襲われる危険性も大いにありえます」


「じゃが、最後の儀式を行う場所は限られた人間――教皇であるお主と、次期教皇候補になる人間のみしか入れない。侵入するにしてもほぼ一本道だし、お主と二人きりなら不測の事態にも対応できるし、守りに徹しやすじゃろう?」


「どれだけ用心しても不測の事態は必ず発生します。確実でない以上、七瀬さんを危険に巻き込む確率が少しでもあるなら私は容認できません」


「時間を置けば、その分相手につけ入る隙を与える。じゃったら、さっさと幸太郎を次期教皇候補にしたさせた方が良いと思うのじゃが?」


「……信用できればいいのですが、残念ですがそれは無理ですね」


 すぐにでも幸太郎を次期教皇候補にさせるつもりのイリーナと、時間を置くべきだと考えるエレナ――二人の意見が真っ向から対立する。


「エレナ様、確かに師匠は信用できません。何を考えているのかわかりませんし、大体自ら進んで行動する時はロクでもないことを考えています。妙にやる気を出して資金集めをしていると思ったら、怪しい通販で背が伸びるドリンク剤を大量に買い込んでいました。ですが、それでも一応は信用できます。一応」


「俺はこいつみたいに信用してないけどな。でも、まあ、やるんだったらさっさとやった方がいいんじゃないの? その方が色々と考えること少ないし」


「フォローになっておらんぞ! ……ま、まあいい。とにかく、こちらには味方がいるぞ」


 弟子たちのフォローも入って、人の神経を逆撫でするような強気で余裕に満ちた笑みを浮かべるイリーナとは対照的に、普段通りの感情を感じさせない無表情でありながらも全身から不機嫌なオーラを身に纏うエレナ――張り詰めた緊張感が漂う中、二人の話し合いは続く。


「あなたは随分七瀬さんを次期教皇候補として祭り上げたいようですね。それも早く」


 ハッキリとした疑いの眼差しを向けるエレナに、イリーナはクスリと妖しく微笑む。


「幸太郎は賢者の石の力を持っておるのだから当然じゃろう。賢者の石は凄まじい力を持っておるのじゃ、だから煌石の扱いに慣れた教皇庁の手元に置くのが当然じゃ」


「結局七瀬さんを利用したいだけでは?」


「否定はしない。じゃが、あくまで教皇庁のためで、私欲のためではない」


「同じことです――一つ質問をします。賢者の石の情報を誰がどこで知ったのでしょうか」


「回りくどい質問はやめろ。ハッキリと言ったらどうじゃ? ワシとアルトマンが繋がっているのではないかと。安心しろ。ワシはあのバカ弟子の協力はしておらんよ」


 自身への不信をハッキリとぶつけながらも遠回しな質問をしてくるエレナの心を見透かしたイリーナは、アルトマンとの協力関係を否定しながらも不敵な笑みを浮かべていた。


「それなら、あなたは一体何が目的ですか?」


「ワシの目的は今も昔も変わらん。お前もよく知っている通り、教皇庁のためじゃ」


「……質問を変えましょう。あなたは一体のですか?」


「お主は一体何が知りたいのじゃ?」


「あなたの本当の目的、ただそれだけです」


 疑念と不審を宿した目で、自分の質問に何も答えずただ不敵な笑みを浮かべているイリーナを睨むエレナ――二人の間に沈黙が流れるが、「話が脱線してるわよ」と不機嫌そうな舌打ちとともに放たれたアリシアの言葉が沈黙を打ち破った。


「誰が裏切者か何て今はどうでもいい。それよりも明日のことを話し合ってんでしょ? 目的を見失わないでよ。――ということで私はこのクソババアの意見に賛成よ」


 横から入ってきてイリーナを支持するアリシアを、エレナは怒りと失望を込めた目で睨むと、その目を見たアリシアは気分良さそうな笑みを浮かべた。


「バカなの? だから目的を見失うなって言ってんでしょ。アンタ、何のためにここに来てるかわかってんの? それがわからないなら今すぐ教皇なんてやめなさい」


 嬉々とした表情でバカにしながらも、目的を再確認させるアリシアにエレナは何も反論できずに黙ってしまった。


 目が覚めるようなアリシアの言葉を受けて数秒間無言で頭の中を整理したエレナは、小さく嘆息した後――「わかりました」と折れた。


「七瀬さんを守りたい――その点ではどうやらあなたたちと意見は同じようです」


「勘違いしないでよ。私は別に、全然そう思ってないわよ」


「いいでしょう。の計画に乗りましょう」


 心底不承不承といった様子でエレナはイリーナの考えを支持することにする。


 エレナの返答を聞いて、待っていたと言わんばかりに嬉々とした笑みを浮かべるイリーナだが、「しかし――」とエレナの話は続く。


「何よりも優先すべきは七瀬さんの判断です。我々の意見がすべてではありません」


 明日の儀式の主役である幸太郎の考えを優先させるエレナに、笑みを消したイリーナは何も反論できずに頷くことしかできない。


「七瀬さん、今の話を聞いてあなたの意見を聞かせてください。あなたの意見を私は尊重し、全面的に支持します。だから、周りを気遣うことなくよく考えてください」


「迷う必要はないぞ、幸太郎。お主の周りには教皇庁のすべての戦力がついているのだからな」


 縋るようでありながらも幸太郎の答えをすべて受け入れるつもりでいるエレナと、説得するような必死さが感じられる目で幸太郎を見つめるイリーナ。


 答えが出るのをブレイブは慎重に、デュラルは不機嫌な表情を浮かべて待ち、アリシアは興味なさそうにジェリコが注いだ紅茶を優雅に飲みながらも視線だけは幸太郎に向けていた。


 室内の人間の視線が一斉に幸太郎に集まり、緊張感が高まるが――「いいですよ」と、特に何も考えていない様子で放たれた即答が張り詰めた空気を一気に弛緩させる。


「……よく、考えましたか?」


「お主の答えはワシにとっては望んでいたものじゃが、エレナの言う通りよーく考えるのじゃ」


 無表情だが僅かに脱力しているエレナと、待ち望んでいた答えであるにもかかわらずエレナに同意するイリーナの忠告を受け、今度は二秒程考えた後「いいですよ」と幸太郎は答え、再びイリーナは脱力する。


「少しは苦悩し、葛藤し、不安を感じたらどうなのだ! グヌヌ……これでは、ワシとエレナが真剣に、カッコよく激論を交わして。駆け引きをした意味がなくなるではないか!」


「エレナさんやイリーナさんを信じてますから、大丈夫です」


 そう言って特に何も考えていない純粋な笑みを浮かべる幸太郎に、イリーナは深々と嘆息した後、もう何を言っても無駄だと悟った。


「エレナならまだしも、ワシをも信じるとは……後悔するぞ」


「僕が決めたことですから後悔はしません」


 そう言って華奢な胸を得意気に張る幸太郎に、イリーナは呆れながらも裏も表もない微笑みを浮かべていた。


 話がまとまり、数分後に大会議室で会議が行われた。


 新たな、それも特殊な力を備えた幸太郎が次期教皇候補になるといことで沸き立つ枢機卿たちだったが、それでも昨日と今日の騒ぎがあったので不安視する声も多かった。


 しかし、最終的には幸太郎の判断が優先されることになった。

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