第5話
風紀委員の活動を終えて、幸太郎は自分が暮らす寮の部屋の隣室であるセラの部屋で、夕食であるセラの手作りコロッケを食べていた。
ガツガツと音が出る勢いでコロッケを美味しそうに食べている幸太郎の姿を、テーブルを挟んで向かい合うようにして椅子に座っているセラは嬉しそうに眺めていた。
「どんどん食べてくださいね。多く作り過ぎてしまいましたから」
「うん。それにしても相変わらず普通に美味しい、セラさんの手料理」
「そ、そうですか……普通に美味しいんですね……」
至福の表情を浮かべてコロッケを食べながら、普通と強調して自分の手料理を褒める幸太郎に、今日のコロッケは自信作のつもりだったセラは微かに落胆する。
「相変わらず幸太郎君の感想は手厳しいなぁ。まあ、次があるよ、セラ」
セラの気持ちを察したように、幸太郎の隣で車椅子に座って夕食を食べている、幼さが残るが精悍で端正な顔立ちをしている、セラの幼馴染の一人である青年――
「今日は結構自信作だったつもりだったんだけどなぁ」
「確かにいつもより美味しいとは思ってた。しかし、最近セラの料理の腕が上がっているような気がするなぁ――これも、愛がなせる技かな?」
「い、意味がわからないから!」
ニタニタと冷やかすように笑う優輝の言葉に戸惑い、慌てた様子でセラは声を荒げる。
素直ではない――というか、何もわかっていない様子の妹分に、優輝は深々と嘆息する。
「かわいい妹よ……身体を鍛えるよりも、今は恋する乙女心というものを学ぶべきなのではないかと、お兄ちゃんは思うわけなんだ」
「気持ち悪いし意味がわからないから! というか、恋愛指南をする前に、優輝は
「沙菜さん? どうして彼女が出てくるんだい?」
人の気持ちを何もわかっていない鈍感な優輝と、そんな彼に恋い焦がれているこの場にいない自身の親友のことを憐れに思い、セラは深々と嘆息した。
「そんなことよりも――ティア、まだ帰ってきてないようだね」
「ええ……少し遅くなるって言ってたから、そろそろだとは思うけど……」
まだ帰ってきていない幼馴染であるティアリナ・フリューゲルを思い、セラと優輝は不安そうな表情を浮かべた。
放課後、巴の話を聞いてすぐにセラは脱獄囚のことを詳しく知っているというティアに連絡をした。制輝軍から事件の詳細を聞かされていたティアは自主的にエリザたち脱獄囚のことを探していると説明して、セラの部屋で晩御飯を食べるついでにエリザたちのことを詳しく説明をするが、少し遅れると言って電話を切った。電話越しのティアの声は冷え切っていて、明らかに機嫌が悪かった。
「事件の詳細はさっき簡単に聞いたが、今日の調査で何か事件に進展はあったかい?」
「まだ確証は得ていないけど……何となくだけど、事態は見えてきた」
特区内の監視カメラの映像には、囚人に輝石を渡した存在は映っておらず、脱獄が起きてからすぐにカメラが壊されて脱獄時の詳しい状況もわからず、脱獄してどの方向へ囚人たちが逃げたのかも、特区内周辺のカメラに彼らが逃げる姿が映っていなかったため、有益な情報につながる映像はいっさいなかったが――それでも、セラは気になる点を見つけた。
それを確認するため、明日、巴と一緒に特区に向かわなければならなかった。
「そうか……すまない、こんな状態でなければ協力したいんだが……」
「大丈夫。大丈夫だから、優輝は身体を治すことだけを考えて」
思うように足が動かないのに加えて、短時間しか輝石の力を扱えず、友人の手助けをまともにできない自分自身の状況を悔やみ、恨んでいる幼馴染の気持ちが痛々しいほど伝わってくるセラは、辛そうに優輝のことを見つめていた。
暗くなる雰囲気だったが――それを打ち破るように、インターフォンが鳴り響くと同時に玄関の扉が開き、黒い軍服のような堅苦しい服を着たセミロングヘアーの銀髪の美女――ティアリナ・フリューゲルがリビングに現れた。
普段から冷たい雰囲気を放っているティアだが、自分と因縁があるエリザが脱獄したせいで今日はいつも以上に彼女の表情は険しく、冷え切っており、全身が殺気立っていた。
「ティアさん、こんばんは」
幼馴染であるセラと優輝でさえも息を呑んでしまうほどいつも以上に刺々しく、張り詰めた空気を身に纏って機嫌が悪そうなティアに、平然とした様子で幸太郎は挨拶をした。
幸太郎の挨拶にティアは、「……ああ」と短く返して、身に纏っている雰囲気が柔らかくなったが――変化はほんの僅かなものであり、あまり変わっていなかった。
「おかえりなさい、ティア。今、晩御飯を用意するね」
「いや、結構だ。またすぐにここから離れる」
「それなら、いつでもコロッケを食べれるように、袋に詰めようか?」
「今はそんなことはどうでもいい。エリザたちのことが知りたいのだろう」
「そ、そうだけど……それじゃあ、彼女たちのことを詳しく教えて」
突き放すようなティアの厳しい態度に、セラは大人しく彼女の話を聞くことにする。
「三人とも、私が輝動隊に所属していた頃に捕まえた犯罪者だ」
「巴さんから聞いている。相当厄介な相手なんだよね」
不安そうなセラの言葉に、ティアは大きく頷いた。
「まずは多摩場街、湖泉透――四年前、二人は組んで数十件の連続強盗事件を起こした。はじめは出来心だったようだが、次第に自分の力に酔いはじめ、犯行を重ねるようになった。多摩場は被害者をいたぶるのが趣味で、被害者に恐怖を覚えさせるのを至上の喜びとしている奴だ。もう一人の湖泉透は、多摩場に誘われる形で犯行に加わった。鈍い奴だが、人一倍力に対しての欲求が凄まじく、被害者を襲うことによって力を得られると思っている危険人物だ。二人とも輝石使いとしての実力はかなり高い」
二人の説明をしているティアの声音が徐々に冷え切り、最後になると絶対零度にまで下がるほどの凍てついて、室内の空気を凍てつかせた。
「エリザ・ラヴァレ――おそらく、多摩場と湖泉よりも厄介な相手だ。昔と変わっていなければ、今回脱獄した囚人たちの中では一番の実力を持っている。それに、人を率いる力を持ち、頭もよく、追い詰められていても冷静な判断力も持つ手強く、厄介な相手だ」
自分にも他人にも厳しいティアから手強いと評価されるエリザ・ラヴァレという人物に、セラの緊張感が徐々に高まってくる。
「多摩場と湖泉と同時期に、エリザは連続通り魔事件を起こした。犯行内容は気に入った髪を持つ相手を選んで襲い、被害者の髪を切り落としていた。切り落とした髪はコレクションするというよくわからない趣味を持っていた。なぜかはわからんが、エリザは私の髪を執拗に狙ってきた。当時、エリザと同じく同級生だった巴と銀城の協力を得て、エリザを捕えることに成功した――……何をしている」
「確かにティアさんの髪、きれいですね」
自身の脳天に伝わるこそばゆい感触に、ティアは説明を中断して頭上を見上げると――そこには、何気ない様子で幸太郎が自身の美しい銀髪を撫でるように触れていた。
「それにティアさんの髪、良いにおいがする」
「……何をしていると聞いている」
「話を聞いてたら、改めてティアさんの髪がきれいだと思ったんです」
「勝手に触れるな」
「……もっと触っていいですか?」
許可を得て、再び幸太郎はティアの髪に触れようとするが、そんな彼の手をティアは強めに叩き落として、何も言わずにセラの部屋から出て行こうとする。
そんなティアを「待って、ティア!」とセラは慌てて呼び止める。
「エリザさんたちを探しに行くなら、私も一緒に行く」
「私一人で十分だ」
頑なに突き放してくるティアに、セラは段々苛立ってくる。
「エリザさんたちが手強いなら、一人よりも二人の方がいいに決まってる」
「エリザは近いうち確実に私を狙う。二人よりも一人で行動した方が、奴は狙い安いはずだ……決着は私一人でつける」
「待って! 待ちなさい、ティア!」
セラの制止を振り切って、ティアは部屋を出て行ってしまった。
すぐに追いかけようとするセラだが――「無駄だよ、セラ」と、優輝が引き止めた。
「今のティアを追いかけても、何を言っても拒絶されるだけだ」
「それでも、ティア一人じゃ……」
「制輝軍だって、ティアが狙われるかもしれなということくらい理解している。ティアの周囲には制輝軍が見張っているはずだ。だから、大事には至らない。今は、ティアの気の済むまま、そっとしておこう」
優しく優輝に諭されてだいぶ落ち着いたセラは、頭に血が上った状態では何を言っても無駄だと言うティアの性格を思い出し、俯いて深々と嘆息していると――ふいに、幸太郎が近づいて、セラのことをジッと見つめてきた。
正確には、幸太郎はセラのショートヘアーをジッと見つめていた。
「セラさんの髪もきれい。良いにおいもするし……触ってもいい?」
「え? えっと……や、やめてください!」
一瞬だけ逡巡したセラを、見逃さなかった優輝はニタニタとした笑みを浮かべて眺めていた。
「まったく、素直じゃないなぁ……――それにしても、ティア……」
一人で抱え込もうとするティアの姿を思い出し、優輝は不安そうな表情を浮かべるが――すぐに、周囲の人間を拒絶する刺々しい空気を身に纏っているにもかかわらず、平然と彼女と接していた幸太郎を思い出し、生まれた不安が杞憂であることを察した。
空気の読まない幸太郎の行動は――僅かだが、ティアの雰囲気が柔らかくなったことに気づいていたからだ。
――――――――――
アカデミー都市内のとある場所――月明りだけが照らす暗い建物内に、獰猛な顔つきをした大勢の人間がいて、男女ともに獰猛な顔つきで瞳には凶悪な光を宿していた。
彼らと彼女たちは無言のまま静かに殺気立っているが――
「俺はステーキが食べたいんだ。脂身たっぷりのステーキ、噛めば噛むほどジューシーな肉汁が溢れる、ミディアムレアなステーキが食いたいんだ!」
誰一人として喋らないピリピリした空間内に、自分の願望を熱く語る男の声が響いた。
声の主は癖のある長髪の上にソフト帽を被り、端正な顔つきをしている青年――多摩場街だった。
多摩場は自分の隣にいる、ボロボロにほつれたジャケットを着ている身長二メートル近い大男――湖泉透に話しかけていた。
「俺、寿司が食いたい」
スローペースな声で湖泉はそう答えると、多摩場は脱力したようだった。
「え? お前、その図体で肉よりも魚なの? へぇー、意外」
「カリフォルニアロール、ハンバーグ寿司、エビマヨ寿司、カルパッチョ寿司」
「それは邪道だろ」
「じゃあ、プリン、ショートケーキ」
「寿司関係ねぇし」
多摩場と湖泉――緊張感のない二人の会話を、一際目立つ美しい外見の、豊満な身体を隠すことをしない露出が多いパンクファッションに身を包んだ、アシンメトリーな髪型をした女性――エリザ・ラヴァレが呆れたように眺めていた。
連日気を張り詰め続けて疲れ果てている脱獄囚にとって、緊張感のない会話は耳障りではあるが、リラックスできるものだと考えて、エリザは止めなかったが――
「アンタたち、いい加減にしときな! お客さんが来たようだよ」
来訪者の気配に気づいたエリザの言葉に、会話に集中していたせいで遅れてその気配に気づいた多摩場と湖泉は、会話を中断して気配がする場所に視線を移した。
視線の先には――白い服を着て、フードを目深に被った人物が立っていた。
音もなく、急に現れた不審者にエリザ、多摩場、湖泉以外の脱獄囚は驚き、警戒心溢れた脱獄囚の視線が白い服を着た人物に集まるが、白い服の人物は特に動じなかった。
警戒しつつも、脱獄囚は白い服を着た人物に襲いかからない。
理由は、自分たちに脱獄のチャンスを与えたのが、今目の前にいる白い服を着た――『御使い』と名乗った人物だからだ。
御使いの登場に、エリザはフレンドリーな笑みを浮かべて出迎えた。
「アンタのおかげでここまで来れた。礼を言うよ」
「……勝手な真似をしたな」
感謝の言葉を述べるエリザだが、加工されて性別がわからない機械的な御使いの声がエリザを冷たく突き放した。
加工されているが、静かな怒気が伝わってくる御使いの声に、エリザは挑発するようにククッと笑い、瞳に狂気の光を宿しはじめた。
「はじまりは派手にしなくちゃ面白くないだろ?」
「大事な人材が失った」
「先走ったバカどもの自己責任だし、自業自得だよ」
「警戒が高まった」
「それは最初からそうなるってアンタ自分で言ってたろ? ちょうどいいじゃないか。銀行と夕べの騒動で『鳳』を本気にさせたんだ。結果オーライ、大成功――お互いにね」
「……どうやら、こちらの約束は忘れていないようだな」
御使いは意味深な笑みを浮かべて狂気を宿すエリザの瞳の中に、冷静な判断力を持っていることに気づくと、何も言うことなく黙ってこの場から立ち去った。
足音もなく静かに立ち去る御使いを、不審そうに多摩場は眺めていた。
御使いの気配がこの場から消えると同時に、多摩場は深々とため息を漏らした。
「よくわかんねぇ奴だよ、まったく。――姐御、アイツは信用できないぞ」
「俺も、アネゴ、アイツ信用できない。変な格好してるし」
「のろまな湖泉だってそう思ってんだ。アイツに利用されるだけされて、おしまいだって」
「そんなもん、アンタたちに言われなくともこっちは百も承知だよ!」
凄味のある笑みを浮かべて、エリザは多摩場と湖泉の意見に同意を述べた。
屈強な脱獄囚ですらも恐れおののくエリザの笑みだが、その笑みには余裕と冷静さが含まれているので、脱獄囚はなぜか安堵できた。
「今は取り敢えずアイツに従うだけだよ。ほら、仕事だ、さっさと行くよ、アンタたち!」
意味深な笑みを浮かべてエリザは声を張り上げると、多摩場と湖泉、そして他の脱獄囚たちは大きく返事をして立ち上がった。
そして、御使いたちの命令に従うため、そして、自分たちを脱獄させた恩を返すため――エリザたちは大勢の囚人を引き連れて建物内から去り、仕事に向かった。
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