第4話

 放課後――高等部校舎内にある風紀委員本部。


 授業が終わってすぐにセラと幸太郎は風紀委員本部へ向かい、今起きている事件をこれからどう対応するのかを相談するため、ソファに座って巴とサラサの到着を待っていた。


 しばらくすると、巴とサラサが本部に入ってくる。二人は挨拶を簡単に済まして、セラと幸太郎とテーブルを挟んで向かい合うようにして座った。


 本部に入ってきた巴の表情は険しく、全身に纏う空気が張り詰めていた。


 一目見て巴が怒っていることを幸太郎とセラは察した。


 そんな巴に恐れることなく、セラは彼女に話しかけて話をはじめる。


「その様子だと……どうやら、巴さんは今起きている事件を知っているようですね」


「ええ。今朝知ったわ」


「……私も、朝お父さんから聞いたよ」


 巴だけではなく、サラサも特区から多くの囚人が脱獄したことを知っていた。


「事件が発生して二日もこんな大事件を隠しているなんて、ありえないわ」


 対応が遅い鳳グループと教皇庁に憤慨している巴に、同感だと言うようにセラは頷く。


「混乱を防ぐために事件を公にしない――大層な大義名分を掲げているけど実際は違う。今回の事件は、アカデミー外部の評価と信頼に関わる事件だから、公にできないのよ」


 忌々しげにアカデミー上層部の恨み言を巴は吐き捨てた。


 セラも同意見だったが、それ以上に不安があった――この事件、下手をすれば去年のような、誰かを犠牲にしてしまうことになってしまうかもしれないと想像したからだ。


「……この事件が大きくなって、事件を公表せざる負えない状況になった時、一体どうなってしまうのでしょう」


「間違いなく、トカゲの尻尾切りで鳳グループと教皇庁は責任を誰かに擦り付ける――ティアたちに責任を押しつけようとした時のように……何も、何も変わってない……」


 巴は拳をきつく握り締め、悔しそうで、激怒していて、それ以上に悲痛な表情の巴だが、すぐに彼女は場の空気を悪くしてしまっていることに気がついて、小さく「ごめんなさい」と謝った。


「最悪の事態を考えるよりも、今は事件を早急に解決することだけを考えるわよ」


 改めて気合を入れた巴の言葉に、セラは力強く頷いた。


 そして、セラは鞄から麗華からもらった、脱獄囚の中でも最も危険な三人が写っている写真を取り出して、テーブルの上に広げた。


「鳳さん曰く、脱獄した人の中でも危険人物である、エリザ・ラヴァレ、多摩場街、湖泉透――以上の三名のことですが、巴さんはこの三人について何か知っていますか?」


「……話には聞いていたけど、厄介な三人が脱獄したようね」


 テーブルの上にあるエリザ、多摩場、湖泉の写真を見て、巴は深々と嘆息した。


「巴さんは三人について何か情報があるんでしょうか」


「エリザは私やティアと同級生よ。だけど、三人のことなら私よりもティアに聞いた方がいいわ――三人を捕まえたのはほとんど、当時輝動隊きどうたいに所属していたティアの活躍だから」


 意外な名前が出てきたことに、セラは驚いてしまう。


 巴が言ったティアという人物は、セラの幼馴染で親友であるティアリナ・フリューゲルのことだった。今はない治安維持部隊・輝動隊に所属しており、アカデミートップクラスの実力を持つ銀髪の美女だった。


「それに、エリザは特にティアに執着していていたわ」


「それなら、もしかして……ティアが狙われてしまう恐れもあるんでしょうか……」


「ティアなら心配はないとは思う。でも、念には念を入れた方がいいわ。エリザは危険よ」


 巴の言う通り、ティアの実力ならば大事には至らないとセラは思っていた。


 しかし、嫌な予感が頭の中を駆け巡り、セラの胸には大きな不安が生まれてしまった。


 そんなセラの気持ちを悟った巴は、彼女に向けて優しく、頼りがいがある笑みを向けた。


「今は行動あるのみ――私はこれから、昨日銀行強盗を起こして特区送りになった犯人たちの取調べを行う手続きに向かうわ」


 そう言って、巴はソファから立ち上がり、本部から出て行こうとする。


「ここに来る前に、鳳グループに事件当日の特区内と特区周辺を映した映像と、警備員たちの目撃証言をまとめた資料を見せてもらえるように頼んでおいたの。そろそろ映像と資料が届くと思うから確認しておいて――それじゃあ、私は先に失礼するわ」


 巴はセラたちに指示をして、すぐに本部内から出て行ってしまった。


 事件を早急に解決するために足早に巴が去ると同時に、今まで呑気に幸太郎とお菓子を食べながらセラと巴の話を聞いていたサラサが、ふいにセラに近づいた。


 鈴のように澄んだ声のサラサは、「セラお姉ちゃん」と、セラに話しかける。


「巴さん、すごく怒ってたよ」


「ええ、無理もないでしょう……鳳グループと教皇庁の対応が間違っていると、私も巴さんも判断していますから」


「……大丈夫?」


 強面の表情を不安そうにさせるサラサの頭を、セラはそっと撫でた。


 セラに撫でられて、サラサは気持ちよさそうに目を細め、安堵していた。


「巴さんなら大丈夫……私たちも事件を解決するためにすべきことをしましょう」


 セラの言葉にサラサはこくりと小さく頷いた。


 お菓子を食べ終えると同時に幸太郎は大きく欠伸をして、事件解決するために改めて心の中で気合を入れた。


 数分後、鳳グループの社員が、目撃証言をまとめた多くの資料と監視カメラの映像が録画された十枚以上のDVDと、数台のノートPCを持ってきたので、幸太郎たちは手分けして監視カメラの映像を確認した。




―――――――――――




 制輝軍本部内にある一室に、ノエルはいた。


 かつて、アカデミーの治安を守っていた組織だった輝動隊本部は、現在制輝軍本部になっており、かつて輝動隊隊長室として使われていた部屋は、制輝軍を率いているノエルの仕事部屋になっていた。


 そんな室内にはノエルの他に、二人の人物がいた。


 一人は、プラチナブロンドのショートボブヘアーの、西洋人形のような可憐な外見をしているが、冷め切った目をしている少女――アリス・オズワルド。


 もう一人は、手入れのされていないボサボサのロングヘアーの、皺だらけのロングコートを着た軽薄そうな雰囲気を身に纏う美女・銀城美咲ぎんじょう みさき


 制輝軍内でもトップクラスの実力を持っている二人が揃い、ノエルは話をはじめる。


「先程連絡をしましたが、今日改めて脱獄囚たちを捕えろとの命令が下りました」


「それじゃあ、たくさん暴れられるってことだよね♪ 最近たまってたし、嬉しいなぁ☆」


 公式に暴れることが認められたということに、美咲は小躍りして嬉々とした声を上げる。


「上には風紀委員に協力して事件を解決せよと命じられましたが、断りました。私たちは私たちのやり方で解決します。好きに暴れて結構なので、現場の判断に任せます」


「えー? セラちゃんたちと協力しないの?」


 風紀委員との協力を拒んだノエルに、当然だと言うようにアリスは満足そうに頷くが――美咲だけは不満の声を上げた。


 好き勝手に暴れられるというのに不満を口にする美咲を、ノエルは意外そうに見つめた。


「聞いた話だけど、脱獄した子たちの中にエリザがいるんでしょ? エリザはティアのことが大好きだから、ティアとつながりの深い風紀委員と協力した方が早く解決するのになぁ。おねーさんの言ってること、間違ってる?」


 美咲の言っていることはもっともだった。


 エリザ・ラヴァレ――脱獄囚たちをまとめていると判断されている彼女を捕えれば、脱獄囚たちは一気に統率を失い、事件は一気に収束に向かうだろうとノエルは思っていた。


 風紀委員のセラの幼馴染である、ティアリナ・フリューゲルとエリザとは過去に因縁があり、彼女とつながりがある風紀委員と協力すればエリザに関して多くの情報を得られて、事件解決が早くなるからだ。


 それに、まだエリザたちの目的はわからないが、因縁のあるティアをいずれ襲うかもしれないと考えれば、風紀委員と協力することに大きなメリットある――もちろん、ノエルはそれを理解しており、協力をするつもりだったが――思わず感情的になって断ってしまった。


 どうして感情的になって断ってしまったのかわからないノエルは戸惑いを覚えるとともに、自分の判断に後悔していた。


 明らかな自分の失態に何も反論できないノエルに、アリスは「ノエル」と声をかけた。


 アリスの声に我に返ったノエルは、ボーっとしていた頭を再起動させる。


「……意外ですね。銀城さんがそこまで考えているとは」


「あー、ひどいなぁ、ウサギちゃんは。おねーさん、傷ついちゃうぞ☆」


「ウサギちゃんはやめてください」


 自分のことを『ウサギちゃん』と呼ぶ美咲を、じっとりとした目でノエルは睨む。


 睨まれても美咲はケラケラと笑って、呼び名を変える気はなさそうだった。


「まあ、ウサギちゃんの判断には従うけど、アタシはいつでもセラちゃんたちに協力してもいいからさ。それじゃあ、アタシは特区に行って当時のことを聞いてくるよん❤ ――ついでに、のお見舞いもしたいからさ。じゃあねー☆」


 言いたいことだけを言って、自分のやりたいことを勝手にやるために、美咲は足早にノエルの前から立ち去った。


 立ち去る美咲の背中をアリスは非難するように見つめ、彼女が部屋から出て行くと、「ノエルは間違ってない」と、アリスは確信したように言い放った。


「今回の事件、まだ脱獄囚の目的がわかっていないのはこっちも風紀委員も一緒。確かに、ティアリナさんと恨みがある犯人は、彼女を襲うかもしれないけど、私たちが彼女の行動を監視すればいいだけ。それに、当時の事件の関係者は、人員は私たちの方が上だし、使える機器だってあっちよりも良い――結局、私たちが有利」


 ノエルをフォローするようなアリスの言葉に、ノエルは一瞬考えた後、「……そうですね」と納得することによって、感情的になって誤った判断を下した自分を正当化させた。


「アリスさんは昨日に引き続き、監視カメラの映像を確認してください」


「でも、あの映像は使えない」


「特区周辺の映像は確認しましたか?」


「それは……後回しにしてた」


「では、今日はそこを重点的にお願いします」


 ノエルの指示にアリスはこくりと頷いて、部屋から出て行った。


 室内に一人残っているノエルは、再び物思いに耽った。


 ……今回の件、私は判断を誤ってしまった。


 どうして私はあの時、協力を拒んでしまったのだろう……

 どうしてあの時、感情的になってしまったのだろう……

 どうして――


 自問自答を繰り返しても何も答えが出なかったノエルは答えを出すのを諦めた。


 そして、頭を切り替えて事件を解決しろという命令を果たすため、行動を開始する。



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