第3話

 銀行強盗事件から翌日――幸太郎とセラのクラスである二年C組では、昨日の話題で盛り上がっていた。


「聞いたよセラ! 昨日は大活躍だったらしいじゃん」

「そうそう、セラさん、華麗に登場してバッタバッタと強盗犯を薙ぎ倒しんだってね」


 異性同性多くの友人たちに囲まれて、昨日の一件の話をしているセラ。


 多くの友人に褒められて、セラは戸惑いながらも照れている様子だった。


「わ、私だけの力ではありません。風紀委員のみんなの協力があったからこそです」


「謙遜するなって、胸を張るべきだぞ。頼むから張ってくれ、な?」

「ちょっと男子! セクハラ発言止めてよね!」

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないっての!」


 多くの友人たちに囲まれて朝から元気良く騒いでいるセラたちを、ジャムパンを食べながら眺めている幸太郎は、昨日の事件を思い返していた。


 風紀委員が強盗事件を解決したという話はすぐに学内電子掲示板で広まった。


 強盗犯によって滅茶苦茶にされた銀行は数日間使用できなくなり、代わりに鳳グループが使用している別の施設が銀行の代わりとして機能することになった。


 そして――事件を解決してすぐに、幸太郎とセラは巴に怒られた。


 理由は幸太郎が人質になっているにもかかわらず、セラは構わず攻撃を仕掛けたからだ。


 幸太郎としては、セラを信じて自分から攻撃をしてくれと頼んだので気にしておらず、セラも自分を信じてくれた幸太郎のために攻撃を仕掛けたと説明したが――危険であると巴は二人に厳重注意をして、一時間弱説教をされた。


 ……御柴さん、すごい怖かった。

 あの人はセラさんと同じで怒らせちゃダメな人だ。


 怒る巴を思い出した幸太郎は、心の中でそう強く言い聞かせた。


「グッモーニング、セラさん! 良い朝じゃないか!」


 ジャムパンを食べ終えると同時に幸太郎は回想を終えると、勢いよく扉が開かれて、キザな雰囲気を纏う整った顔立ちの男子生徒が――貴原康たかはら こうが現れた。


 癖のある髪を撫で上げ、気取った笑みを浮かべて華麗な足取りで貴原はセラに近づく。


「……おはようございます、貴原君」


 近づく貴原にセラは笑みを浮かべて挨拶をしたが――事務的な挨拶であり、張り付いたような愛想笑いを浮かべて、冷ややかな目を貴原に向けていた。


「聞きましたよセラさん、昨日の一件を」

「そうですか」

「私も賛辞を送りたいところですが――」

「結構です」

「ここに来てあなたに向けての賛辞は逆にいい迷惑、なので――ここは、『さすが』であると言っておきましょう」

「ご丁寧にわざわざどうもありがとうございます」


 超上から目線で、お前何様のつもりだと言われても仕方がない貴原の態度だが、セラは気にすることなく、一応自分を褒めている彼に向け、事務的で棒読みなお礼を吐き捨てた。


 貴原とセラの間に何があったのか幸太郎は知らないが、ただ一つ、理解できることは――間違いなく、セラは貴原のことを嫌っているということだった。


「ところで、セラさん! この間メニューを新しくしたレストランに二人で――」

「お断りします」

「遠慮しないでください! お代はこの僕が払います。さあ、今日の放課後にでも――」

「お断りします」


 即断られても貴原はめげずにセラを食事に誘おうとするが――再び、即断られる。


 それでもまだ諦めていないしつこい貴原に、セラの友人たちは呆れていた。


「ちょっと貴原君! セラさんの気持ちを考えなさいよ!」

「お前のめげない気持ちには称賛をしたいけど、そのしつこさはドン引きだわ」

「アンタなんかセラに釣り合わないの、まだわからないの?」


 セラの友人たちの非難を受け、怒りの形相を浮かべる貴原は射抜くような鋭い視線を彼らに向けると、貴原への非難がぱったりと止んだ。


 自分を恐れて何も言えなくなったセラの友人たちを、気分良さそうに見下ろす貴原。


「所詮は金魚のフンのように纏わりつくクズ、お前らはセラさんに――」

「私の友達をバカにするな!」


 他者を見下す貴原の言葉を、セラの怒声が遮る。


 ハッキリとした嫌悪感を宿したセラの目で睨まれ、いよいよ貴原の居心地が悪くなる。


「ま、まあ、食事はまたの機会ということで――そ、それではこれで失礼します」


 睨んでくるセラから逃げるようにして貴原は立ち去る。


 立ち去ると同時に、勇ましく貴原を一喝してくれたセラに、彼女の友人たちは揃って黄色い歓声を上げた。


 ……セラさんのファンクラブがまた増えそう。


 貴原とセラのやり取りの一部始終を自分の席から、メロンパンを食べながら眺めていた幸太郎は呑気にそう思った。


「もう少しで誘えたというのに、邪魔さえなければ……」


「ドンマイ、貴原君」


 自分の傍をブツブツと文句を言いながら横切ろうとする貴原を不憫に思い、彼に向けて幸太郎はエールを送ったつもりだったが――貴原には屈辱以外の何物でもなかった。


 自分よりも下に見ている人間からエールを送られて、貴原は幸太郎を睨みつけるが、睨みつけられた本人は特に気にしている様子はなかった。


「相変わらず癪に障る奴だ! 君たち風紀委員に恩がなければ、今頃君は僕の手によってボロ雑巾になっていると思うんだな!」


「貴原君、セラさんに嫌われてるみたいだけど、何かあったの?」


「何を言っているんだ、君は! そんなわけがないだろう!」


「そんなわけあると思うけど……」


「あ、相変わらず君という男は……」


 本人には悪気がない幸太郎の素直で正直な態度に、苛立ち、殺気を身に纏う貴原だが、先月の事件で風紀委員に大きな恩がある貴原は我慢することしかできなかった。


 しかし、言葉の暴力だけは振えると思った貴原は、「フン!」気分良さそうに鼻を鳴らす。


「そんなことよりも、君はまたセラさんたちの足を引っ張ったようじゃないか。相変わらず、君は風紀委員にとってお荷物、役立たずのようだな」


「ぐうの音も出ない」


「そうだろう、そうだろう! まったく、君のような能無しが風紀委員に存在して、セラさんたちが哀れに思うよ」


 人質にされてしまってセラたちの足を引っ張ったと自分でも十分に理解している幸太郎は苦笑を浮かべて何も反論できず、貴原のさらに気分良さそうに笑う。


 自分の言葉の暴力が通じたと思っている貴原――しかし、口は悪いが、貴原は受けた恩はちゃんと返す義理堅い良い人であると幸太郎は思っているため、特に気にしている様子はなく、「そんなことよりも――」と、幸太郎は話を替えた。


「貴原君、次はどうやってセラさんを誘うの?」


「い、今はそんな話をしてはいない!」


「二人きりなのが悪かったと思うから、ワンクッション置くべきだよ」


「だ、黙れ! こっちが手を出せないからといって、調子に乗るなよ!」


 塞がりかけていた傷を平然とした顔で抉ってくる幸太郎に、一気に貴原の機嫌が悪くなり、恩を忘れて掴みかかりそうになったが――

『セラ・ヴァイスハルト、七瀬幸太郎――今すぐ、教頭室へ来なさい』


 突然スピーカーから、幸太郎がよく知る少女の声が響いて教室内が静まる。


 放送が終わると、貴原はニンマリと底意地が悪そうな満面の笑みを浮かべた。


「あの教頭に呼び出されるとは、ようやく君に退学処分が言い渡されるかもしれないと思って気分がいいが――問題のないセラさんが呼び出されるのは少々気になるな」


「今の、鳳さんの声だ」


 考え込んでいる貴原を無視して、自分を呼び出した声の主が友人であり、風紀委員を設立した張本人である鳳麗華であることを察した幸太郎は、セラに視線を移す。


 多くの友人に囲まれた合間からセラも幸太郎を見つめていて、目が合った二人は頷いた。


 そして、すぐにセラと幸太郎の二人は教室から出て、教頭室へと向かった。




―――――――――――――――




 アカデミー高等部内にある教頭室にセラと幸太郎は到着して、ノックして部屋に入ると――静かな緊張感に包まれている広い室内には三人の人物がいた。


 一人はスーツを着た、一部の髪が癖でロールしている金髪ロングヘアーの少女・鳳麗華。


 もう一人は、セラと同じく白を基調としたアカデミー高等部の制服を着た、アカデミーに駐在する制輝軍のトップである、短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げ、雪のように白い肌を持つ、儚げで冷たい雰囲気を持つ少女・白葉しろばノエル。


 そして、最後の一人は机を挟んでノエルと向かい合っている、本革の椅子に深々と腰掛けた、短めに刈り上げた髪の、ノエル以上に冷たい雰囲気を身に纏う細面の壮年の男性がいた。


 教頭先生だ……

 ……苦手だなぁ、教頭先生。


 壮年の男性はアカデミーの教頭であり、鳳グループトップである多忙な学園長に代わって、アカデミーの初等部から大学部の運営をすべて行っている人物・草壁雅臣くさかべ まさおみだった。


 神経質そうな顔立ちの草壁は、入室してきたセラと幸太郎を冷たい目で一瞥した。


 会話をしたことがない相手だが、幸太郎は草壁に苦手意識を抱いていた。


 去年、退学処分を言い渡されたあの日――なぜかはわからないが、幸太郎は草壁に怒りと嫌悪感、そして、激しい敵意を含んだ目でずっと睨まれていたからだった。


 若干の居心地の悪さを感じながらも幸太郎はセラとともに、机を挟んで草壁と向かい合うようにして立った。


 刺々しい雰囲気を身に纏って威圧してくる草壁、普段の喧しい態度を一変させて真剣な表情を浮かべる麗華のせいで場の緊張感は高まっていたが――幸太郎を挟んで立つ、ノエルとセラから放たれてぶつかり合っている敵対心と対抗心によって、緊張感が極限までに高まっていた。


 そんな状況で、幸太郎は大きく眠そうに欠伸をすると――麗華は「オホン」とわざとらしく大きく咳払いをした。


「みなさん、揃ったようなので話をはじめましょう。草壁さん、お願いしますわ」


 話しをはじめるように促す麗華に、何も言わずに草壁は静かに頷く。


「二日前、特区とっくで暴動が発生し、多くの囚人が脱獄した」


 感情がまったく込められていない声で草壁はそう告げた。


 特区――輝石使いの犯罪者や、輝石に関わった事件を引き起こした一般人の犯罪者を収容する施設での大事件にセラは驚いていたが、ノエルは特に驚いている様子はなかった。


「特区には厳重なセキュリティが施されていると聞いています。それなのに、囚人たちはどうやって脱獄を……」


「何者かが大量の輝石を特区内のばら撒いたのですわ」


「確かに、武輝を使えばセキュリティ関係なく脱獄は可能ですね……でも、一体誰がそんなことを」


「それについてはまだ調査中ですわ」


 調査中と言っている麗華だが、その人物に心当たりがある様子だった。


 麗華の説明を聞いても、セラはまだ納得できないことが多々あった。


「それにしても……そんな事件、噂にもなっていないと思いますが?」


「混乱を防ぐために表沙汰にしていません」


 自分と麗華との会話に割って入ってきたノエルを、セラはチラリと一瞥する。


「その口ぶりだと、制輝軍は知っていたのですか?」


「昨日、銀行強盗の事件を解決したことを鳳グループと教皇庁に報告する時に知りました」


 淡々としたノエルの説明を聞いて驚くセラを放って、草壁は話を続ける。


「脱獄した一部の囚人は昨日銀行を襲い、今日の明け方に鳳グループの施設を襲った」


「昨日の銀行強盗で多くの人が人質になって、強盗犯を止めようとした警備員の方々も怪我をしました。こんな大事件、隠すべきではないと思いますが?」


「我々アカデミー上層部が決めた決定事項、君にとやかく言われる筋合いはない――納得していないのならば、話の妨げになるので出て行ってもらいたいのだが?」


 静かに怒るセラを軽く受け流し、草壁は話を続けるために麗華に視線を送る。


 麗華は手元のファイルから三枚の写真を取り出し、虚ろな目をしたボーっとした顔立ちの、ボサボサ頭の巨漢が写っている写真をセラたちに見せてから机に置いた。


「彼の名前は湖泉透こいずみ とおるですわ」


 湖泉透を紹介した次は、癖のある髪型をした、軽薄な笑みを浮かべた端正な顔立ちをした青年の写真をセラたちに見せて、湖泉の写真と並べるように机の上に置いた。


「彼は多摩場街たまば がい――湖泉さんと組んで、アカデミー都市内で連続強盗事件を起こした凶悪犯罪者ですわ」


 忌々しげに多摩場の紹介を終えた次は、スタイル抜群で左右非対称のショートヘアーの、長い舌を出して不遜な笑みを浮かべている、妖艶で危険な雰囲気が漂う美女の写真をセラたちに見せて、湖泉たちの写真に並べるように置いた。幸太郎は美女の写真に目を奪われていて女性陣に呆れられていた。


「彼女はエリザ・ラヴァレ――過去に連続通り魔事件を起こした、多摩場さんたちと同じく凶悪な犯罪者。彼女は大勢の囚人を率いて脱獄したという看守の目撃証言がありますわ。囚人たちを束ねている者と判断して間違いないでしょう」


「以上の三名が脱獄囚の中でも輝石使いとしての実力も高く、危険度が高い囚人であり、優先して捕えるべき脱獄囚だ。事態の収拾のために、こちらも最大限のサポートをしよう」


 まったく心がこもっていない声音で草壁はサポートを約束してくれた。


「他に何か必要なものがあれば、私と草壁さんが用意しますわ」


「今回の事件は鳳グループ主導で行う。これから制輝軍、風紀委員は麗華指揮の下、協力してこの一件を早急に解決してもらう」


 不承不承ながらもセラは「……わかりました」と、草壁の命令に従い、ノエルたち制輝軍に協力することにするが――


「事件は解決しますが、風紀委員と協力することに関してはお断りします」


 風紀委員と協力し合うことをノエルは拒絶した。


 自分の命令に従わないノエルを草壁は鋭く睨み、彼女の答えを聞いた麗華は「ぬぁんですってぇ!」と声を上げそうになるが、堪えた。


「……今回の件は周囲に露呈する前に、早急に解決するべきです。協力し合わないのはあまり良い判断とは思えませんが?」


「過去に遺恨があり、相容れぬ思想を持つ組織が協力しても、肝心な場面でお互いの足を引っ張ってしまう――そんな簡単なことがあなたにはわかりませんか?」


 自分の言葉に反論するノエルの言葉は、ある程度理解できるが、それでもセラはノエルに協力しようと決めた――が、協力しないと決めているノエルの頑なな態度に、セラは苛立った。


「それでも今は協力すべきでは?」


「お断りします」


「……根に持つタイプなんですね」


「……別に何も気にしていません」


「それなら、協力すべきでは?」


「お断りします」


 お互いの主張がぶつかり、セラとノエル――お互い睨み合い、火花が散っていた。


 一触即発の状況で、二人の間にいる幸太郎は、二人の口論の一部始終を眺めて思っていたことをそのまま口に出す。


「セラさんと白葉さん、仲良いね」


「「違います」」


 幸太郎の感想に、二人揃ってタイミング良く、異口同音でセラとノエルは否定した。


「……とにかく、制輝軍は制輝軍のやり方で今回の事件を解決します」


 ノエルはそう宣言すると、足早に教頭室から立ち去ってしまった。


 麗華と草壁は説明するべきことはもうすべて済ましていたので、ノエルが出て行ってすぐに幸太郎とセラも教頭室から出て行った。


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