第2話

 アカデミー都市内のセントラルエリアにある、アカデミー都市唯一の大きな銀行。


 防犯上の理由で一つしかない銀行に、不便ではあるが、二十四時間営業であり、銀行行きの交通の便が良く、何よりもセキュリティがしっかりしていた。


 アカデミーを運営する組織の一つである鳳グループは、自身の会社の系列である銀行のセキュリティに大金を積んでかなり力を入れていた。


 警備員にはおおとりグループに所属している輝石使いに任せており、銀行内に配置されているガードロボットは、アカデミー都市中を清掃しながら徘徊していて有事の際には戦闘用として機能するガードロボットとは違い、完全に防犯・戦闘用のガードロボットだった。


 金庫もかなり頑丈なもので、輝石が変化した武輝の攻撃にも耐えられる構造をしているので、強固なセキュリティを信頼してアカデミー外の企業も利用していた。


 その他諸々とすごいシステムがあるらしいが――

「オイ! 黙ってさっさと金を出せよ!」


 堅牢無比な銀行といえども、それなりの力を持つ輝石使いが襲えば無意味だった。


「せっかくここまで来たんだ、いただくものはしっかりいただいておくぜ」

「ほら、さっさと用意しろよ!」


 大量の札束を目の前にして、下卑た笑い声を上げて銀行強盗たちは受付を脅して大量の札束を用意させていた。


 銀行を襲った凶悪な表情をしている数人の輝石使いは、戦闘用ガードロボットをすべて破壊し、襲ってきた警備員もあっさり倒し、あっという間に銀行を制圧した。


 銀行が襲われると同時に、銀行の警報システムによって大音量のサイレンが外に響き渡り、すぐにアカデミーの治安を維持する、胸に輝石を模った六角形のバッジをつけた制輝軍せいきぐん、そして、赤と黒のラインが入った腕章をつけた風紀委員が出動して銀行周辺を取り囲むが、銀行強盗犯たちは多くの人質を取っているので下手に手出しができなかった。


 膝立ちにされて両手を挙げさせられた人質のほとんどが輝石使いであるが、彼らは強盗犯たちに自分たちの輝石を奪われてしまった。


 輝石を奪われた人質は力を奪われて恐怖し、反撃できない状況に悔しさを募らせ、そして、異常事態に巻き込まれてパニックに陥っていた。


 そんな中――一人の人質の少年は恐怖することも、悔しがることも、パニックになることなく、ただ呑気に退屈そうに欠伸をしていた。


 ……ついてないなぁ。

 でも、何だか映画みたい。


 自分に置かれた状況を不運に思いながらも、平凡で地味な顔の人質の少年――七瀬幸太郎ななせ こうたろうは、中々経験できない状況を楽しみながら、自分が巻き込まれた経緯を思い返していた。


 放課後、いつものように幸太郎は風紀委員として巡回に向かっている最中、一緒に巡回していた友達に断りを入れて銀行に向かった。


 銀行に向かった理由は、この間自転車を買ってもいいと両親の許可を得たので、自転車を買うため、仕送りがたまっている貯金を下ろすためだった。


 貯金を下ろして、巡回中に自転車を買おうと考えていた幸太郎だったが――銀行に到着した瞬間にいきなり銀行強盗に巻き込まれてしまった。


 幸太郎は自分が巻き込まれた経緯と、鳳グループが誇る堅牢無比な銀行の機能のことを思い返しながら窓の外を眺めた。


 人質を気にしないで今すぐにでも突入してきそうな制輝軍がいるが――さっきまで、制輝軍たちと何やら口論していた、風紀委員の仲間がいないことに幸太郎は気がついた。


「おい、この腕章――……こいつもしかして風紀委員か?」


「間違いねぇ! 俺は風紀委員によく覚えてる!」


 ボーっと外の景色を眺めている幸太郎の耳に、強盗犯の野太い野蛮な声が届いた。


 風紀委員の証である腕章を幸太郎がつけていることに気づいた強盗犯は、膝立ちになっていた幸太郎を強引に立たせ、胸倉を掴んで彼を睨んだ。


「おい、お前……風紀委員だろ」


 強盗犯の問いかけに、幸太郎は特に臆することなく「そうです」と、素直に答えた。


 幸太郎の答えを聞いて、強面の強盗犯の顔が憎悪でさらに険しくなる。


「俺は風紀委員に恨みがあるんだ! ――セラ・ヴァイスハルト、風紀委員のお前なら知ってんだろ! アイツにやられたんだ!」


 セラ・ヴァイスハルト――さっきまで幸太郎と一緒に巡回していた少女の名前を強盗犯は忌々しげに吐き捨てた。


「ちょうどいい! テメェはアイツをおびき出す餌にしてやるよ!」


 恨みがあるセラに会うため、幸太郎を有効利用しようとする強盗犯の一人だが――


 突然、吹き抜けになっている銀行の高い天井にある茜色の空を映し出していた天窓が激しい音ともに砕け散った。


 砕け散った細かいガラスの破片が周囲の光を反射して、幻想的に輝きながら天から舞い落ちると同時に、一人の少女も天から降り立った。


 降り立った少女は、かわいいというよりもかっこいい雰囲気のショートヘアーの少女――セラ・ヴァイスハルトだった。


 セラは片手に持った自身の武輝である剣を握り締め、幸太郎の胸倉を掴んでいた強盗犯の一人の脳天に向けて振り下ろす。


 突然現れて、突然攻撃を仕掛けてきたセラの動きに対応できずに、彼女に恨みを持っていた強盗犯は呆気なく床に突っ伏して気絶した。


 強盗犯の一人を気絶させると、セラはすぐに人質周辺にいる他の強盗犯に飛びかかる。


 強盗犯たちは不意を突かれながらも、落ち着きを取り戻してセラに攻撃を仕掛けようとした瞬間――今度は壁が突き破られた。


 壁から現れたのは、穂先が十文字の槍を持った、スーツを着た大人びて気品溢れる雰囲気の、長い黒髪を後ろ手に結った険しい表情の女性――風紀委員の御柴巴みしば ともえだった。


 巴は舞うようで流れるような動作で、武輝である十文字槍を振って次々と強盗犯たちを気絶させる。


 セラによって人質を監視していた強盗犯は倒され、巴によって周囲の状況を確認していた強盗犯は倒され、強盗犯たちの人数はあっという間に減った。


 二人の風紀委員の登場に、受付を脅していた二人の強盗犯は、すぐに受付たちを人質に取ろうと武輝を向けるが――向けた瞬間に彼らの武輝が弾き飛ばされた。


 そして、二人の喉元には二本の短剣の切先が向けられていた。


 武輝である短剣を向けているのは、アカデミー中等部の制服を着た、赤茶色の髪をしたセミロングヘアーの褐色肌の少女――サラサ・デュールであり、鋭すぎる眼光を強盗犯に飛ばして、強盗犯を怯えさせていた。


 あっという間に場を制圧したセラたち風紀委員の活躍に、人質たちは安堵すると同時に拍手と賛辞を送っていたが――


「……ちょ、ちょっと待てよ! こいつが見えねぇのか!」


 憔悴しきった野太い声が響くと同時に、拍手と歓声が一気に止んだ。


 声の主である銀行強盗犯に一気に注目が集まる。


 強盗犯はここに突入してセラが最初に倒した、セラに恨みを持っている強盗犯だった。


 セラに与えられたダメージの痛みに堪えながら、彼は太い腕で幸太郎の首を絞めていた。


「人質にされちゃった」


 自分の状況を全く理解していない呑気な様子の幸太郎に、セラは深々と嘆息する。


「お、お前らおかしな真似をしてみろ! こいつの首をへし折ってやる! さあ、今すぐに逃走用の車両を用意しろ! こうなりゃとことん逃げ切って――」

「セラさん」


 張り上げている強盗犯の怒声を幸太郎は遮り、セラに向けて笑みを浮かべ――

「優しくしてね」


 その言葉を聞いて、幸太郎の考えを察したセラは力強く頷き、幸太郎を人質に取っている強盗犯に向け、いっさいの迷いなく飛びかかった。


 突然のセラの行動を予想していなかった強盗犯は、彼女の動きに対応できず――


 強盗犯はこの日一番きついセラの強烈な一撃を受けてしまうことになる。




――――――――――――




 アカデミーを運営する組織の一つである、セントラルエリアの中央に塔のようにそびえ立つ鳳グループの本社。


 本社内の最上階付近には鳳グループを率いている人物がいる社長室がある。


 社長室という大層な名前の部屋だが、余計なものや、豪勢なものがいっさいない、必要最低限のものしか置かれていない、飾り気のない寂しげな雰囲気の社長室だった。


 そんな室内にあるソファに、一部の髪が癖でロールしている、金髪ロングヘアーの美少女・鳳麗華おおとり れいかがいた。


 普段は勝気で、誰に対しても傲岸不遜な態度の麗華だが――テーブルを挟んで向かい合うようにして座っている、長めの黒髪をオールバックにした年齢不詳な外見の父・鳳大悟おおとり だいごの前では大人しかった。


 自分の父を目の前にして若干緊張している麗華だが、嬉しくもあった。


 立場上忙しくて中々会えない、心から敬愛している父に会うことができたからだ。


 少しの時間でも、麗華にとっては会えるだけで十分だった。


 呼び出された理由は、つい数時間前に起きて、風紀委員が解決した銀行強盗の一件について、風紀委員を設立した麗華に詳しい事情を聞くため、父は娘を呼び出した。


 そんな父のために麗華は、銀行強盗の解決の立役者である風紀委員の知人に連絡して、銀行強盗の一件を詳しく教えてもらい、父に事細かに報告した。


「なるほど……無事、銀行強盗の件が片付いて何よりだ」


「ですが……銀行内はかなりひどい状態だったので、再開に二、三日かかりますわ」


「構わん。今は取り敢えず、使用できない銀行に代わる施設を検討しよう」


 銀行強盗の件の報告を終えると、父は微かに安堵の息を漏らした。


 そんな父を見て、麗華は思わず珍しいと思ってしまった。


 確かに銀行のセキュリティには鳳グループは多額の資金を費やしており、セキュリティを信頼して、わざわざ金庫だけを借りてくる外部企業がいる。輝石使いの銀行強盗に襲われたとなれば、大きな信用問題になるが、幸いにも金庫は無事だった。


 多くの人間を率いている身分として、あまり感情を見せない父をずっと見ていたからこそ、自分の報告を聞いて安堵している父が麗華には新鮮に見えた。


 普段見れない父の表情を見て、麗華は嬉しそうに頬を綻びそうになってしまうが、すぐに自分に喝を入れて、失いかけていた緊張感を取り戻す。


「お父様……今回の一件、やはりが絡んでいるようですわ」


「そのようだな」


 頷いた父を見て、麗華は昨夜の一件が頭に過る。


 極一部の人間以外しか知らない昨夜の騒動に、麗華の胸には不安が渦巻くと同時に疑念が生まれ、それをストレートに口にしようとしたが、堪えた。


 忙しい父の心労の種にならないように、麗華は自分の意見を胸の内にしまう。


「お父様、今回の一件は良い機会ですわ。昨夜の一件を大々的に発表するべきではないでしょうか」


「昨夜の一件は教皇庁との協議の結果、今のアカデミーには解決すべき問題が多く、生徒や住人たちの不安が煽られている今の状況で真実を話せば、パニックになる恐れがあると判断した――お前が納得していなくとも、これは決定事項だ」


「あ、い、いえ、わ、わたくしは別に納得していないというわけではありませんわ」


 自分の心の内を見透かしてくる父の言葉と厳しい目に、麗華は何も言えなくなると同時に、父の機嫌を損ねたと思って肩を落として俯いてしまう。


 俯いている麗華の表情は叱られた少女のようで、普段の強気な彼女からは信じられないほど弱々しかった。


 俯いている娘に対して優しい言葉をかけることなく大悟は話を続ける。


「……昨夜の件、やはり『御使みつかい』が関わっていると思うか?」


 父の質問に、麗華は頭をフル稼働させて『御使い』についての情報を引き出す。


 先月発生した事件の裏で手を引いていた、機械で加工された音声で会話し、表情を見せないようにフードを目深に被り、白い服を着た御使いと呼ばれる謎の人物。


 現在、制輝軍と風紀委員が御使いの行方を捜しているが、何も情報は掴めていなかった。


 御使いについて何一つわかっていない状況だが、麗華は御使いに関して漠然とした確信があり、そして、父も自分と同じであると麗華は思っていた――だからこそ――


「関わっているに決まっていますわ」


「そうだな……その通りだ」


 確信を持っている娘の答えを聞いて、大悟は目を伏せて深く頷いた。


 いっさいの感情を宿していない無表情の大悟だが、彼の表情は微かに暗くなっていて、真一文字の口元がほんの僅かに自嘲で吊り上がった。娘が自分の表情の変化に気づく寸前、大悟は表情を戻して娘を力強い意思が込められた目で見つめる


「今回の一件、教皇庁に頼んで、鳳グループが事件の主導をすることになった」


「きょ、教皇庁に恩を作りましたの?」


「そんなことを今は気にしている場合ではない」


 教皇庁に頼んだという父の言葉を聞いて、麗華は驚いていたが、父の注意ですぐに我に返る。


「昨夜の一件を早急に解決するため、お前にすべての指揮を任せる」


「……お任せください」


「解決するための手段は問わん。お前の好きにしろ」


「わ、わかりました! それでは、風紀委員を動かしてもよろしいでしょうか」


「構わん」


 昨夜の騒動の件をすべて自分に任せると父に言われ、期待を寄せられていると感じた麗華は素直に嬉しく思うとともに、期待を裏切ってはならないという重圧を感じた。


 父の期待に応えるため、期待を裏切らないため、麗華は力強く頷いて、父のために尽くすと心に誓う。


 迷うことなく娘が頷いたのを見た大悟は、満足そうに頷いた。


 これで話はすべて終わりだったが――ふいに大悟は「麗華」と、娘に話しかけた。


 話はすべて終わったと思って気が抜けていた麗華は、突然父に話しかけられて素っ頓狂な声を上げそうになるが、それを堪えて平静を装った。


「な、何でしょうか、お父様」


大和やまとはどうしている」


 大悟は麗華の幼馴染――伊波大和いなみ やまとの名前を出した途端、麗華はあからさまに不機嫌そうな顔になって答えに窮してしまうが、すぐにその表情を隠して平静を装った。


「……相変わらずですわ」


 常に人をバカにする幼馴染のことを憎たらしく思いながら、麗華はそう答えた。声が若干不機嫌になっていることに、麗華は自分で気づいていなかった。


 その答えを聞いて、大悟は安堵したように、そして、ほんの僅かに落胆した様子で、「……そうか」と、頷いた。


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