第6話

 脱獄囚を捕えろと風紀委員と制輝軍に命令が下った翌日。


 昨夜もまた、エリザたち脱獄囚の手で鳳グループが保有する施設が襲われてしまった。


 脱獄囚のことを何も知らない人には交通事故と説明しているが、鳳グループの施設が襲われているという噂も出回っているので、何となくだがただ事ではないと、アカデミーの生徒たちは感じ取っていた。


 幸太郎とセラのクラス内では鳳グループに関連する施設が連続して破壊されているという噂でクラスメイトは一日盛り上がっており、全員不安そうな表情を浮かべていた。


 放課後――風紀委員本部には、いつもの風紀委員メンバーの他に貴原康がいた。


「特区から多くの囚人が脱獄したという情報は、学生連合にも出回っています。鳳グループが保有する施設を襲う脱獄囚の行動を褒めて、自分も参加したいと思っているメンバーが多いというのが現状です」


 学生連合――徹底的な実力主義を掲げて弱者を蔑ろにする制輝軍のやり方や、実力主義がアカデミーに広まって弱い輝石使いが排斥されているにもかかわらず、何もしないアカデミー上層部に反抗して設立された組織だった。


 今はほとんど潰れた状態になっているが、それでもまだ名前だけは存在しており、自分の力を誇示したい、ただ暴れたい輝石使いが集まる危険な集団と化していた。


 大義を見失って名ばかりになった学生連合に貴原は所属しており、風紀委員に恩がある彼は、学生連合の中でも特に過激な思想を持つメンバーの情報を風紀委員に提供していた。


「なるほど……学生連合内の過激派は、そんなことを思っているのね。エリザたちに協力する可能性は低いと思うけど、注意しておいた方がいいわね」


 貴原の情報を聞いて、巴の表情は暗くなる。


「今の学生連合には暴れたいと思っている有象無象の連中がたくさんいます。想像したくはありませんが、脱獄囚に協力しようとする者も現れるのではないでしょうか! まあ、この僕はそんな野蛮な連中に協力するなんてごめんですよ」


「そうだったんですか」


「ハハッ! セラさん、冗談がきついですよ」


「冗談を言っているつもりはありませんが」


「またまた、御冗談を!」


 笑みを浮かべているが、冗談を言っているつもりはまったくないセラに、貴原は勘違いしたまま気づくことはなかった。


 貴原とセラの会話が終わると同時に――ドンドンと慌ただしく扉が大きく揺れるほどの勢いで風紀委員の扉がノックされた。


 そして、壊れる勢いで扉が開かれると同時に「失礼しますわ!」と、鳳麗華が現れた。


 部屋に入ってくるや否や、麗華はソファにどかりと座って足と腕を組んで、見るからに機嫌が悪そうだった。


 麗華が入ってきて、貴原の話を幸太郎と一緒に最近新発売されたスナック菓子を食べていたサラサは、すぐに本部内にある棚から紅茶の茶葉を取り出して、紅茶を作るためにガスコンロを使ってお湯を沸かしはじめた。


「昨夜も鳳グループの施設が襲われて制輝軍の方々の動きが慌ただしくなっているというのに、風紀委員は呑気に雑談を交わしているとは、元・風紀委員として情けないですわ!」


「べ、別に悠長に話していたわけでは――」

「シャラップ! 言い訳無用ですわ!」


 セラの弁解をする間も与えないほど、機嫌が悪い麗華。


 そんな麗華を幸太郎は面倒そうに見つめて――

「鳳さんって、機嫌が悪くなると本当に面倒だよね」


「ぬぁんですってぇ! あなたが呑気なだけですわ!」


「――二人とも、やめなさい!」


 素直な感想を漏らす呑気な様子の幸太郎と、そんな彼を心底軽蔑している目で睨む麗華――これ以上幸太郎が余計なことを言って、麗華の怒りの炎に油を注ぐ前に、怒声を張り上げて巴が間に入った。


「七瀬君、君は余計なことを言わないで黙っていなさい! 麗華は冷静になりなさい!」


 巴の一喝に、麗華は恨みがましい目で幸太郎を一瞥すると、昂っていた気分を抑えるために小さく深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


 我が強い麗華に従わせるほどの巴の迫力に、幸太郎は大人しく従った。


「お嬢様、これ飲んで……ください」


「相変わらず気が利きますわね、サラサ。ありがたくいただきますわ」


 落ち着きを取り戻しはじめている麗華に、サラサは作りたての紅茶を差し出して、彼女の気分をさらに落ち着かせた。


「それにしても、鳳さん……エリザさんたちは鳳グループの施設を狙っていますが、一体何が目的なんでしょう」


 ふいに、セラは優雅に紅茶を飲んでリラックスしている麗華に尋ねた。


 脱獄囚たちが鳳グループに関連する施設を襲ってから、ずっとセラはその疑問を抱き続けていたが――麗華は迷うことなく答える。


「間違いなく、復讐ですわ――ティアお姉様や鳳グループへの」


「エリザさんはティアに執着していると聞きましたが、鳳グループに復讐の矛先を向けるのはお門違いだと思いますが……」


「ティアお姉様は輝動隊に所属していましたわ。そして、輝動隊は鳳グループが設立した治安維持部隊――彼女たちからしてみれば、お姉様に関わるすべてが憎いのですわ」


 麗華は恨みがましく説明するが、セラは釈然としていなかった。


「それで、麗華。突然どうしたの?」


 だいぶ麗華が落ち着いてきたタイミングを見計らって、巴は本題に入る。


 優雅に紅茶を飲んで落ち着き払っていた麗華は、巴の言葉に「そうでしたわ!」と、本来の目的を思い出し、慌てた様子で声を張り上げた。


「中間報告を聞きに来ましたわ! 巴お姉様、報告をお願いしますわ!」


「随分早いわね……まだ一日しか経っていないのに」


「鳳グループの人間として、この事件を指揮する者として、私はすぐにでも今回の騒動を終息させたいのですわ! 有益な情報ならば、私が精査しますわ! ――それなのに、制輝軍はもったいぶって何も言わず……まったく、風紀委員と協力すれば良いものを……」


 制輝軍への恨み言を並べはじめて話が脱線しそうになる麗華に、巴は深々とため息を漏らして「わかったわ」と、報告をはじめる。


「私とセラさんはこれから制輝軍本部に向かって、先日銀行強盗を起こした脱獄囚に確認したいことがあるから、制輝軍とともに取調べを行う予定よ。七瀬君とサラサさんには昨日に引き続いて監視カメラの映像を確認してもらうわ」


「確認するためにわざわざ面倒な手続きを踏んで、囚人と会うということは――お姉様たちは何か掴んでいる、ということですわね」


 事件について有益な情報を掴んでいるかもしれない風紀委員に、さっきまで機嫌が悪かった麗華は満面の笑みを浮かべて一気に上機嫌になる。


「それで、今はエリザたちの脱走をある程度知っている学生連合が、何も動きを見せないのが個人的に不審に思い、学生連合に所属している貴原君から話を聞いていたの」


「貴原さん――……ああ、そこにいる彼、ですわね」


 風紀委員ではない見慣れぬ人物――貴原康の存在に、巴に言われて麗華は今気づいた。


 今まで自分のことを眼中に入れていなかった麗華に、心外だと言った様子で貴原は彼女の前に出た。


「鳳麗華、この僕を忘れたとは言わせないぞ。数年前の煌王祭で君と僕は決勝で争ったのだ! あの熱き戦い――惜しくも僕は優勝を逃したが、今でも記憶に新しいよ」


「そんな記憶にありませんわね」


「なっ……バカな! そ、そんなはずはない!」


「苦戦した相手なら記憶にとどめておきますが、記憶にないということは私にとっては有象無象、興味ありませんわ」


 煌王祭――輝石使い同士の戦いが公式に認められた大会で優勝を争ったというにもかかわらず、まったく覚えていない、というか、自分に興味すら抱いていない麗華の態度に、貴原は激しいショックを受け、項垂れてしまった。


「貴原君、鳳さんにボロ負けしたんだ……ドンマイ」


 自分より圧倒的下に見ている人間に同情されることでとどめを刺されて、プライドをズタズタに引き裂かれる貴原だが――今は文句を言う気力すらなかった。


「引き続き、風紀委員は事件解決のために動いてもらいますわ」


 麗華の言葉にセラと巴は力強く頷いた。


「これはアドバイスですが、風紀委員は人員が少ないので、協力者を求めることをおススメしますわ。一人、ちょうど良い方がいますわ」


「今は一人でも協力者が欲しいところです。ぜひ、紹介してください、鳳さん」


 人員では圧倒的に制輝軍と劣っている風紀委員にとっては、協力者はとてもありがたいので、セラは期待に満ちた様子で麗華に頭を下げる。


「あなた方のよく知る人物であり、ティアお姉様以外にエリザさんの事件に関わっていた人物――刈谷かりやさんを探して、協力を求めることをおススメしますわ。それでは、私は忙しいのでこれで失礼しますわ」


 アドバイスを残して、麗華は足早に風紀委員本部内から立ち去った。


 協力者として麗華が勧めてきた刈谷という名前――幸太郎以外の風紀委員は気まずそうな表情を浮かべ、貴原はその名前を聞いて怯えていた。


「刈谷さん……そういえば、戻ってきて会ってなかったから会えるのが楽しみ」


 そんな中、幸太郎は友達との再会を楽しみにしていた。


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