第7話

 刈谷祥かりや しょう――今は解体されて存在しない治安維持部隊・輝動隊の中でもトップクラスの実力を持っており、容赦なく敵対者を倒すその姿は敵味方双方に『狂犬』と呼ばれて恐れられていた人物だった。


 物騒な二つ名を持つ刈谷だが、幸太郎にとっては気の良い兄貴分的存在で、友達だった。


 そんな刈谷を探して協力を求めるため、幸太郎は自ら刈谷と会ってくると申し出て、貴原とともに刈谷を探してイーストエリア内を歩いていた。


 貴原は本部内にいたからというだけの理由で、刈谷と会う幸太郎に付き添うようにと命令され、恩がある風紀委員に嫌々、そして、渋々、貴原は従った。


 刈谷と会うことになり、本部を出てから貴原はずっとそわそわして落ち着かない様子で、何かに怯えている表情を浮かべていた。


 そんな貴原に、幸太郎は「どうしたの? 貴原君」と声をかけた。


「そ、外で僕に話しかけるな! 落ちこぼれの君の仲間と思われてしまったら、僕に対する評価が下がってしまうだろう!」


「貴原君って友達いるの?」


 何気ない、悪気もない幸太郎の質問に、「失礼な!」と声を上げる貴原だが、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべて、自慢げに胸を張った。


「教室で常に一人しかいない君と一緒にしないでくれ! 輝石使いとしての実力が高く、アカデミー内での地位もそれなりに高い僕の周囲には自然とたくさんの人が集まるのさ」


「放課後、どこで遊んでるの? 美味しいお店が知ってたら教えて」


「僕は自分を磨くための修練に忙しいんだ。遊んでいる暇なんてない。彼らもそれをわかっているからこそ、放課後は僕一人にしてくれるんだ。気遣いのできた人たちだよ」


「みんな放課後になると、貴原君を置いて楽しく遊んでるんだ」


「……その言い方は何か腹が立つぞ」


 話しかけるなと言いながらも、幸太郎と話している貴原。


 会話が一段落すると同時に、幸太郎は足を止めた。


 足を止めた先にあるのは、イーストエリアの裏通り付近にある、開拓時代の酒場のような外観のステーキハウスだった。


「こんな汚らしい店に何の用だ。まさか、腹が減ったわけではないだろうな」


「このお店、刈谷さんの行きつけの店で、すごく美味しいよ」


「か、刈谷の――……お、趣がある良い店構えだ!」


 心の底からステーキハウスのことを蔑んでいた貴原だが、刈谷が気に入っている店だと幸太郎から聞いた瞬間、貴原は慌てて評価を翻した。


 幸太郎は店に入り、彼の後に続いて恐る恐る貴原も店に入った。


 店内に入ると強面で立派な髭を蓄えた店主の仏頂面が客を出迎えると、笑顔で幸太郎は店主に向け、「お久しぶりです」と軽く会釈をした。


「刈谷さん、いますか?」


 幸太郎は店主に尋ねると、店主は無言のまま奥の席に視線を向けた。


 店主の視線の先には――金に染めた長い髪をオールバックにして、極彩色のシャツを着て、テカテカに輝く合成皮質のジーンズをはいた、オシャレを通り越してもはや派手過ぎて趣味が悪い服装の刈谷祥がいた。


 刈谷の居場所を教えてくれた店主に幸太郎は、「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げて、刈谷の元へと向かった。


 自分に近づく幸太郎に気づいた刈谷は、ステーキを食べていたのを中断して、久しぶりに会う友人に向けて力強い笑みを浮かべた。


「よお……久しぶりじゃねぇか、幸太郎」


「お久しぶりです、刈谷さん。相変わらず派手ですね」


「……お前こそ、変わってねぇな」


 久しぶりだというのに淡々と挨拶をして、正直な感想を包み隠すことなくストレートに言い放つ相変わらずの幸太郎に刈谷は呆れていたが、安堵しているようでもあった。


 幸太郎との挨拶を終えた刈谷は、幸太郎の背後に隠れるようにして立っている貴原に視線を向け、意地の悪い笑みを浮かべた。


「おっと、貴原康――随分と久しぶりじゃねぇか」


「刈谷さん、貴原君と知り合いだったんですか?」


 貴原を知っているような口ぶりの刈谷と、そんな刈谷を怯えきったような目で見つめている貴原を、幸太郎は興味津々といった様子で交互に見ていた。


「貴原が中等部の頃、煌王祭で優秀な――つっても、お嬢に負けて準優勝だったこいつを、輝動隊がスカウトしたんだけど……まあ、生意気だったんで一回俺が締め上げて、入隊を取り消しにしたの。そうだろ、貴原?」


「も、もちろんです……お、お久しぶりです、刈谷さん」


 自分が未熟だった過去の記憶を掘り返してくる刈谷を忌々しく思いながらも、貴原は文句を押し殺し、取り繕った笑みを浮かべて丁寧に頭を下げて挨拶をする。


 そんな貴原の態度に、刈谷はスッキリした笑みを浮かべた。


「まあ、座れよ。ここに来たのは多摩場たちの一件に協力しろって頼みに来たんだろ?」


 座るように促され、幸太郎と貴原はテーブルを挟んで向かい合うようにして座った。


「そうなんですけど……刈谷さん、事件のこと知っているんですね」


「輝動隊をやめても噂だけは届いて来るからな――それにしても、エリザだけじゃなくて多摩場と湖泉が脱獄か……厄介だな」


「多摩場さんたちのことを知っているんですか?」


「アイツらとは同級生だし、アイツらはティアの姐さんと俺が追い詰めて捕まえたからな。まあ、ほとんどが姐さんの活躍だが」


 多摩場の事件に関わっていたという刈谷の話を聞いて、幸太郎は大きく口を開いて「おー」と、感心していた。


「まあ、そっちには姐さんやセラがいるんだ。俺がいなくても事件は解決できるだろ」


「でも、刈谷さんが協力してくれたら心強いです」


「……気が向いたら動くよ」


「協力してくれてありがとうございます」


「気が向いたらって言っただろ? だからそんなに期待すんなよ」


 欠伸交じりで、やる気がなさそうな刈谷を幸太郎は気にすることなく、やる気がなくとも協力してくれることに幸太郎は素直に嬉しく思って頭を下げた。


 そんな幸太郎の態度に刈谷は居心地が悪そうにして、半分以上プレートの上に残っていたステーキをヤケクソ気味に一気に、ワイルドに口に入れた。


「久しぶりに会ったんだ。一年間何してたか教えてくれよ。飲み物くらいは奢ってやるからさ――貴原、お前も昔のことは水に流してやるから付き合えよ」


 お言葉に甘えて幸太郎は刈谷にメロンソーダフロートを奢ってもらい、一年間自分が何をしていたのかを話しはじめた。


 貴原は刈谷に奢ってもらった紅茶を優雅に飲みながら、幸太郎の退学理由を知って驚くと同時に、セラたちのために身を犠牲にして当然だとせせら笑いながら、興味なさそうに山も谷もなく面白味のない、幸太郎がアカデミーを退学になって一年間何をしていたのかの話を聞いていた。


 そんな貴原とは対照的に、刈谷は幸太郎の話を楽しそうに聞いていた。


 話が一段落して刈谷の連絡先を教えてもらうと、幸太郎は刈谷に何気なく質問する。


「刈谷さんは一年間何をしてたんですか? 輝動隊と輝士団が解体されて、実力のある人は制輝軍にスカウトされたって聞いたんですけど、刈谷さんは制輝軍に入らなかったんですか?」


 何気なく痛いところを突いてくる幸太郎の質問に、当時のことを思い出した刈谷は自嘲気味な笑みを浮かべるとともに、少しだけ苛立って怒っているいるようだった。


「……去年、制輝軍が来てすぐに輝動隊は解体されちまったんだ。その理由は、俺たち輝動隊の大将だった大和のバカが周囲に何の相談もなく、勝手に制輝軍と話をつけたせいでな」


 かつての輝動隊隊長であり、麗華の幼馴染でもある、耽美的な雰囲気を纏う中性的な外見の美少年・伊波大和の名を刈谷は忌々しげに吐き捨てる。


「何の説明もないまま、輝動隊はすぐに解散。俺は制輝軍に誘われたけど、突然のことでついて来れなくなっちまった俺はその誘いを断ったよ――まあ、好き勝手に暴れられるし、今となっては制輝軍に入るべきだったかもな」


 冗談とも本気とも取れない言葉を口に出して、投げやり気味に刈谷は軽く笑った。


 そして、一瞬だけ遠い目をして何かを思い出した刈谷は――悔やんでいるような、納得できないことに怒っているような表情を浮かべて苦々しく小さく舌打ちをした。


「まだ会ってないんですけど、大和君、元気ですか?」


「俺もしばらくは大和とは会ってないよ。つーか知らないのか? お嬢と大和は同時期に自主退学したんだぞ」


 大和の状況を聞いて、幸太郎は「へぇー」と、情けなく口を半開きにさせて驚いていた。


 呑気に驚いている幸太郎とは対照的に、大和のことを説明してから刈谷の機嫌はあからさまに悪くなっていた。


「ちょっと長話しちまったな……じゃあな」


 そう言って、刈谷は足早に店から出て行ってしまった。


 ……刈谷さん、どうしたんだろう。


 憂いを帯びている刈谷の背中を眺めながら、久しぶりに会ってから今まで、何となく刈谷の態度がよそよそしかったことに、幸太郎は気になっていた。


 だが、それ以上に気になっていたのは、ステーキハウスのメニューであり、久しぶりに来てせっかくだから何かを頼もうと考えていた。


 嫌々付き合わされる貴原だったが、ステーキの味に満足したのか、ステーキを食べはじめてからは何も文句を言わなくなった。


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