第8話


 制輝軍本部内にある取調室に、セラと巴、そしてノエルがいた。


 セラたち三人の前に座らされているのは、結束バンド状の手錠で腕を拘束されている、二日前に起きた銀行強盗事件の強盗犯の一人であり、セラに恨みを持っている人物だった。


 本来、特区で行われるはずだった取調べだが、脱獄があったばかりの特区では警備上の問題でできないと言われ、都合良く制輝軍も取調べを行う手続きを済ましたので、風紀委員と制輝軍合同の取調べを、警備がしっかりしている制輝軍本部で行うことになった。


 取調べをはじめて十分近く経過しているが、セラたち三人は頑丈そうなテーブルを挟んで、無言のままジッと強盗犯を睨んだまま取調べをはじめようとしなかった。


 取調室に連れてこられた当初は強がって余裕な笑みを浮かべていた強盗犯だが、無言のまま三人に睨まれ、無言の迫力に気圧されてしまっていた。


「お、おい! さっさとはじめろよ! そのために俺を呼んだんだろ!」


 無言の時間が続き、緊張感がピークに達した強盗犯は苛立ったように声を荒げた。


 ノエルは鋭い視線を強盗犯に向けたまま、取調べをはじめる。


「それでは取調べを開始します――あなたたちはどうやって脱獄をしたのでしょう」


「普通に脱獄したんだよ、普通に」


 強盗犯は軽薄な笑みを浮かべ、ノエルの質問に真面目に答えるつもりはなかった。


 取調べに協力する気が毛頭ない様子の強盗犯だが、ノエルは気にせずに続ける。


「脱獄の際にあなた方が持っていた輝石はどこで調達したのでしょう」


「さあな、白い服を着たよくわからねぇ奴からもらったんだよ」


 白い服を着た謎の人物――多くの囚人が脱獄した騒動に、御使いが関わっていると言うことが発覚するが、多少驚きつつもセラと巴は動じることはなく、二人と違ってまったく驚くこともしなかったノエルは淡々と話を続ける。


「なるほど、『御使い』が関わっていたようですね――……脱獄に手を貸したのは御使いということはわかりました。では、その後はどうやって逃げ延びたのでしょう」


「普通に逃げたんだよ、普通に」


「特区周辺の監視カメラの映像を確認しましたが、大勢の囚人が逃げているというのに、囚人たちの姿を捕えているカメラはなかった――カメラに映らないようにあなたたちの逃亡を幇助した人間がいると考えています。一体誰が、あなたたちの逃亡を幇助したのでしょう」


「お前らが言うその『御使い』って奴らだよ。一緒に普通に俺たちと特区を出たんだよ」


 急場凌ぎの嘘であることは明白であり、強盗犯は挑発的な笑みを浮かべていた。だが、ノエルは構わずに話を進める。


「警備員たちの目撃情報には、あなたたちを導いたのはエリザ・ラヴァレであると言っているだけであって、御使いの目撃情報はありませんでした。それに、御使いは今まで目立つ行動を避けてきたので、ただでさえ目立つあなた方脱獄囚と一緒に行動するとは考えにくい。私の推測ですが、御使いの役割はあなた方に輝石を渡して、脱獄のチャンスを与えただけ。外に逃げたあなた方を、監視カメラを避けて上手く誘導する役割を持った人物は御使いの他にいるのではないでしょうか」


「そ、それなら、誰が俺たちに協力したと思ってんだよ」


「アカデミー都市中に設置された監視カメラの位置を把握している人間と、私は考えています」


「……お前、別に俺の話を聞かなくたって、全部わかってんじゃねぇか! それなら、わざわざ俺に話を聞かなくても、別にいいだろ! さっさと帰らせろよ」


 ……やっぱり、ノエルさんも私たちと同じ考えを持っている。


 すべてを見透かした上でノエルが自分に質問していることを察し、バカバカしさを感じている強盗犯は、一刻も早く息が詰まるこの空間から逃げ出したいと思っている様子だった。


 そんなノエルと強盗犯のやり取りを、無駄な横槍を入れずに黙って眺めていたセラは、ノエルが自分たちと同じ答えに辿り着いていることを察した。


「確証を得るためです。教えていただけないでしょうか」


 頭を下げて下手に出るノエルに、強盗犯は気分良さそうに歯をむき出しにして笑って、巴を見つめた。


「逃げ道を与えてくれたのは御使いじゃねぇよ――学生連合の奴が俺たちに協力したんだよ。監視カメラに映らない逃げ道も、隠れ家もたくさん紹介してくれたぞ」


「……信用できないわね。本当に学生連合なの?」


 学生連合が協力者であると声高々に説明する強盗犯だが――今まで黙っていた巴は静かな怒りと殺気が込められた鋭い目で睨むと、鋭い巴の眼光に臆した強盗犯は息を呑む。


「ほ、本当だよ! 白い服を着た奴が外に出たら協力者がいるって言ったんだ。それで、特区から出たら、学生連合だって名乗る奴らが俺たちに協力してくれたんだ! 俺たちだってまさかとは思ったよ!」


「協力者がわざわざ自分が学生連合と名乗ると思う? 信用できないわね」


「だ、だから本当だって言ってんだろ!」


 自身に向けられる巴の殺気に耐え切れなくなった強盗犯は悲鳴のような声を上げて、自分の話が真実であることを叫ぶ。しかし、それでも巴は信用できない様子で、強盗犯の胸倉を掴もうとした瞬間――その手をセラが掴んで制止させた。


 自分に危害を加えようとした巴に強盗犯は小さく悲鳴を上げ、腰を抜かしているようあったが、ノエルは気にせずさらに取調べを続ける。


「協力者が学生連合であるとして、今、脱獄囚たちがいる隠れ家について、何か知っていることがあったら教えてください」


「わ、わかんねぇよ! 隠れ家について知ってんのはエリザだけだし、各地を転々としてるって話だし! も、もう全部知ってることは話したんだ! もういいだろ!」


 知っていることはすべて話し、すっかり巴に怯えている強盗犯からこれ以上追求してもまともに話を聞けないと判断したノエルは、「もう結構です」の言葉を合図に、取調室の外から数人の制輝軍たちが現れ、怯えてパニックになっている強盗犯を部屋から連れ出した。


 強盗犯がいなくなり、ノエルは巴に視線を移した。


 ノエルの視線の先にいる巴の表情は険しいものであり、焦燥しているようだった。


「学生連合はまだ、アカデミーを混乱させるつもりのようですね」


「……まだそうと決まったわけじゃないわ」


 自身を責めるようなノエルの瞳と言葉に、巴はそう言い残して逃げるように取調室から出て行った。


「……風紀委員には人が多くて、大変でしょう」


 皮肉をたっぷり込めて、ノエルはそう言い残すと、セラを置いて部屋を出た。


 一人取り残されたセラの頭の中に、強盗犯の言葉と、焦燥している巴の様子が浮かぶ。


 ……多分、あの人が言っていることは嘘じゃない。

 でも、巴さんの言う通り、わざわざ学生連合と名乗るのも変だ。

 

 ――何か嫌な予感がする。


 言いようのない不安にセラは襲われて、暗い表情を浮かべて取調室から出た。


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