第28話
無窮の勾玉の内部で暴走している力が外に放たれ、暴力的な力の波動に吹き飛ばされそうになりながらも加耶は踏ん張って耐えていた。
意識を無窮の勾玉に集中させた加耶は、内部で荒れ狂う力を制御しながら無窮の勾玉を破壊しようとしていた。
緑白色の光を放ちながら周囲に荒れ狂う力を放ち続けている無窮の勾玉を、大和は憎悪に満ちた目で睨みながら、今までのことを思い返していた。
あれは――そう、十年以上も前だ。
まだ、僕が天宮加耶だった時だった。
僕のことを匿ってくれていた大悟さんは、ある日僕を連れてとある場所に連れてきた。
どこに向かうのかは教えてくれなかったけど、その時の大悟さんはとても悲しそうな顔をしていた。
なんとなく、その時から嫌な予感はしていたんだ。
案内された場所は――母さんがいる場所だった。
天宮の人たちがバラバラになってからずっと会えなかった母さんと会えて嬉しかったが――やつれていて明らかに体調が悪そうなのに、無理をして無邪気な笑顔を浮かべている母さんの顔を見て、素直に喜べなかった。
子供のような性格をしている母さんは、僕をからかいながらいろんな話をしてくれた。
子供にはわからないような淡い初恋の話、父とどうやって出会ってラブラブしていたのか、生々しい表現は自主規制して僕がどうやって生まれたのか、最近暇であること、暇なので鳳将嗣を公衆の面前で思いきりバカにしてやったこと――様々だった。
その次は僕が話す番だった――僕は麗華や大悟さんのこと、いろんなことを話した。
母さんは楽しそうに僕の話を聞いてくれた。
相槌を打ち、質問して、笑いながら話を聞いていくれた。
話し終えると、母さんは大悟さんに後を頼むと言った。
そして、僕には――
「元気でいなさい」
短い言葉で母さんは僕にそう言った。
それから、母さんは目を閉じて眠ってしまった。
それから、二度と目を覚ますことはなかった。
それから、僕は伊波大和になった。
それから、僕の中に暗い復讐心のようなものが芽生えはじめた。
でも、大悟さんがかなり無理をして、母さんの最期を看取れるようにしてくれたと気づいた時、その感情は消えそうになっていたが――でも、まだ消えなかった。
ずっとその復讐心を抱いて生きてきた。
いつかは爆発するかもしれないとは思っていたけど、爆発させないために頑張ってきた。
麗華や巴さんがいたから、それを我慢することができた。
身勝手な理由で鳳に滅ぼされた天宮家の当主の娘なのに、僕は二人と過ごす日々が楽しくて復讐することも忘れてのうのうと生きていた。
たまに、そのことがすごく苦しくなることがあったけど、麗華や巴さんがいたから我慢できた。
でも――どこで知ったのかはわからないけど、草壁さんは僕の正体、僕が何を抱いているのか、すべてを知っていた。
僕に協力を求めてきた草壁さんは――僕以上の復讐心を抱いていた。
彼の復讐心を垣間見たら、何だか自分がすごくむなしく感じてしまった。
でも、僕は晴れない復讐心を晴らすために、草壁さんに協力することにした。
もちろん、最初から草壁さんを裏切るつもりで。
その後に、草壁さんは鳳に復讐心を抱いている二人を紹介してくれた。
その人たちは草壁さんのように復讐心に支配されている人ではなく、僕のように爆発するかもしれない復讐心を必死で抑えている人だった。
草壁さんの好きにさせないことももちろんあったが、僕はその人たちにために何かしてあげたかった――天宮家当主の娘として。
それで――彼らと色々な悪いことをした。
正直、何度も躊躇いを覚えたが、それを何度も抑えた。
草壁さんを陥れるために、そして、アカデミーのためになると思って、
その結果、無窮の勾玉を扱える御子である母さんを実験動物のように扱って兵器開発を進めようとしていた奴らを一掃できた。
今思えば――最初から大悟さんは、僕に手を貸してくれていたんだと思った。
多分、大悟さんも鳳に復讐したかったんだろう。
でも――僕はまだ満足していなかった。
まだ、すべての元凶である無窮の勾玉が残っているからだ。
あんなものさえなければ、母さんが命を落とすことなんてなかった。
あんなものさえなければ、天宮と鳳が争うことなんてなかった。
あんなものさえなければ、多くの人が不幸になることなんてなかった。
あんなものさえなければ――
僕は、ずっと麗華や巴さんと一緒にいることができたんだ!
「天宮が滅ぶと同時に……無窮の勾玉も滅ぶべきだったんだ!」
怨嗟に満ちた声でそう吐き捨てると同時に、加耶は一気に無窮の勾玉を破壊する準備に取り掛かる。
今までの自分を振り返って、改めて覚悟を決めた加耶にいっさいの迷いはなかった。
加耶の力に抗っているのか、無窮の勾玉から力の暴風が吹き荒れる。
加耶の身体に向かって無窮の勾玉から溢れ出る力が流れ出て、その力に彼女の華奢な身体は押し潰されそうになってしまっていた。
全身の骨と筋肉が軋み、加耶は苦悶の表情を浮かべる。
無窮の勾玉から流れ出る力に膝をつきそうになる加耶だが――「加耶!」と、自身の名を呼ぶ声が耳に届いて、無様に膝をつくのを堪えた。
苦悶の表情を浮かべていた加耶だったが、声の主である麗華と、その傍らで自分を心配そうに見つめている巴に、いつものような軽薄な笑みを浮かべた表情を向けた。
「こうなったらもう無窮の勾玉を止めることは不可能だ……二人とも、早く逃げるんだ」
「私は絶対に逃げるつもりはありませんわ! あなたを止めると約束しましたわ!」
加耶を止めるという昔した約束のために、麗華は荒れ狂う力の中心にいる加耶に向かって飛びかかったが――あえなく、麗華は暴力的な力に吹き飛ばされた。
「――私も、諦めるつもりはないわ!」
麗華が吹き飛ばされると同時に巴も加耶を救うため、彼女に向かって飛びかかる。
麗華のようにすぐには吹き飛ばされなかったが、一瞬の抵抗の後にすぐに無窮の勾玉の力によって吹き飛ばされた。
「麗華! 輝石の力を使うわよ!」
「わかりましたわ! 加耶、今そちらに向かうから首洗って待っていなさい!」
二人は輝石を武輝に変化させて、荒れ狂う力に立ち向かった。
輝石を武輝に変化させることで輝石の力を身に纏った二人は、今度は簡単に吹き飛ばされずに済んだが、それでも、気を抜けばすぐにでも吹き飛ばされそうだった。
確実に一歩一歩を踏み込んで、二人は加耶に近づいていた。
歯を食いしばって吹き飛ばされるのを堪えながら自分に近づく二人を見て、加耶は深々と嘆息する。
「まったく……ホント、二人は諦めが悪いよね……」
加耶がそう呟くと同時に、巴は吹き飛び、続けて麗華も吹き飛んだ。
吹き飛ばされながらも二人はすぐに立ち上がって、再び加耶に向かう。
「無理だよ、もう、無理だ……ほら、早く逃げた方が身のためだよ」
煽るように加耶はそう言っているが、二人は聞く耳持たない、
再び、力の奔流に吹き飛ばされて、情けなく地面に突っ伏すが、また二人は立ち上がって、加耶を助けるために、荒れ狂う力に立ち向かって加耶に近づこうとする。
「わかってよ! 君たちは邪魔なんだ! 君たちがいたら、僕は復讐ができないんだ!」
懲りもせずに立ち上がって自分に向かってくる麗華と巴に苛立ちの声を上げる。
また二人は吹き飛ばされた――だが、また立ち上がって向かってくる。
「いいから早く逃げてよ! このままじゃ二人が危ないんだよ!」
悲鳴にも似た怒声を張り上げる加耶だが、二人は無視する。
二人は吹き飛ばされてもまた立ち上がって向かってくる。
「やめて……やめてよ! 僕の言うことを聞いてよ! このままじゃ、君たちの命が危ないんだよ! 僕なんて放って早く逃げてよ!」
「シャラーップ! いい加減にしなさい!」
悲痛な叫び声を上げる加耶に、麗華は苛立ちの怒声を上げる。
力の奔流に呑まれて吹き飛ばされるのを堪えながら、一歩一歩を踏みしめて麗華と巴は少しずつ、確実に加耶に近づく。
「いい加減にするのはこっちの方だよ!」
「シャラップ! 黙りなさい! 友達を放って逃げることなんてできませんわ!」
加耶の怒声を麗華の怒声が割り込んでかき消して、無理矢理黙らせた。
麗華が自分に向けて言った『友達』という言葉に、加耶は十年以上前に彼女と約束をした時のことを思い出した――
『もちろんですわ! だってあなたは私の友達ですもの!』
――あの時、友達だからと止めると約束してくれた麗華の言葉を。
「あなたがどんなことをしても、どんなに憎たらしくても、余計なことを言って苛立たせても、計算高くて腹黒くても、私はあなたの友達なのですわ! そんなあなたを置いて逃げられませんわ!」
声を張り上げる麗華に、巴も「……同感ね」と同意を示した。
「ずっと君のことがわからなかった――でも、ようやく君のことを少しだけ理解することができた。ようやく理解できたのに、それでさようならなんて、絶対に認めない!」
二人の感情の高ぶりに応じて、二人の持つ武輝が燦然と輝きはじめる。
荒れ狂う力に今にも呑まれそうだった麗華と巴の足取りが若干軽くなり、一気に加耶との距離を詰める。
……どうして、どうしてだよ。
どうして、そんなことを言うんだよ……
どうして、諦めないんだよ……
そんなことを言われると、そんなことをされると……
「僕は……僕は――」
自分の想いを口に出そうとする加耶だが――
その瞬間、今までで一番強烈な力の波動が無窮の勾玉から放たれ、麗華と巴は吹き飛ばされ、無窮の勾玉から伝わってきた力に加耶の意識が焼き切れそうになった。
……僕は……みんなのところへ――
朦朧とする意識の中、吹き飛ばされて床に突っ伏した麗華と巴が視界に映ったところで、大和の視界は真っ暗になり、意識を失ってしまった。
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