第27話


「いやぁ、それにしても『天宮加耶』に変装している時のカツラは重かったよ」


「全ッ然ッ! 似合いませんでしたわ!」


「今更僕も女の子の服装が似合うとは思ってないよ」


「フフン、女性としての魅力は私の方が上ですわね」


「否定はしないけど、下位同士の争いだよね」


「ぬぁんですってぇ!」


 呑気に会話をしながら、天宮加耶は幼馴染である鳳麗華と戦っていた。


 余裕そうに鼻歌を囀りながら加耶は武輝である巨大手裏剣を、自分に煽られて憤怒の表情を浮かべて自身に向かってくる麗華に投げるが、容易に回避される。


「行きますわよ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 回避と同時に、麗華は力強く一歩を踏み込んで相変わらずの技名を叫びながら、光を纏った武輝であるレイピアを渾身の力で突き出した。


 常人ならば目で捕えられない速さで繰り出される突きを、鼻歌を囀りながら加耶は半身になって余裕で回避する。


 回避されると同時に、麗華の背中に鋭い痛みが走る。先程回避した手裏剣が意思を持つように動き回って麗華の背中に攻撃を仕掛けて、主である加耶の手元へと戻った。


 輝石の力を全身に膜のように張っているため、痛みがあるだけで傷は負っていなかったが、それでもそれなりに痛みはあり、不意打ち気味の一撃に麗華は苛立っていた。


「いつも言っているだろう? 必殺技の名前を叫んだら、攻撃が読みやすいって」


「これは私のポリシーですわ!」


「そのポリシーがあるから、僕に一度も練習試合で勝ったことがないんだろう?」


「シャーラップ! 私は負けた覚えは一度もありませんわ!」


「確かに、適当な理由をつけて一度も君は負けを認めたことはなかったね」


「今日こそはギッタンギッタンに叩きのめしてやりますわ! 覚悟なさい!」


 気炎を上げる麗華の様子を、加耶は満足そうに笑いながら見つめていた。


 そして、手に持っていた武輝である手裏剣が一瞬発光すると、手裏剣が二つになった。


 実際、加耶の武輝は一本の巨大手裏剣のみだが、彼女は輝石の力を操る高い資質を持っているので、もう一本の武輝は高密度の輝石の力によって生み出された偽物だった。


 しかし、偽物であっても高密度の輝石の力の塊は、武輝と同等の威力を持っていた。


 武輝を二つにした加耶は、麗華に向けて飛びかかる。


 左右の手に持った武輝である手裏剣を振って、相手を翻弄するかのような不規則な動きで加耶は麗華に攻撃を仕掛ける。


 右から来るかと思った左に、左から来るかと思ったら上から、相手の意表を突く捉えどころのない大和の攻撃に、麗華は戸惑いながらも対処していた。


 軽く跳躍した加耶は攻撃に勢いをつけるために一度身体を回転させてから、左右の手に持った手裏剣を同時に振り下ろす。


 無駄に華麗な足運びで麗華は回避して反撃を仕掛けるが、まだ宙にいた加耶は空中で身体を捻らせて麗華の反撃を回避すると同時に回し蹴りを放つ。


 思いがけない一撃に対応できなかった麗華は、加耶の回し蹴りを食らってしまう。


 即座に加耶は後方に向けて大きく身を翻し、怯んだ麗華に向けて光を纏った武輝を勢いよく投げた。


 咄嗟に麗華は横に飛んで迫る手裏剣を回避。だが、意思を持つように動く手裏剣は麗華を逃がさない。


 避けた瞬間に急速旋回して麗華に飛びかかってきた。


 避ける間もなく麗華は光を纏った大和の武輝が直撃してしまい、大きく吹き飛んだ。


 大の字になって倒れている麗華を見つめながら、加耶は彼女に近づいて「それにしても――」と、軽い調子で話しかける。


 加耶の声に反応した麗華は、服についた埃を手で丁寧に払いながら立ち上がった。


 麗華の頭に違和感が生まれていたが、今は戦闘に集中した。


「トイレには苦労したっけ……もう、男子トイレを使わなくて済むんだね」


「あなたはその苦労したというトイレを利用して、特訓から逃げたり、いたずらを仕掛けた巴お姉様の追跡から逃れたりしていましたわ!」


「そうそう、巴さんはああやって凛としているけど、お父さんの裸しか見たことがない、純情な乙女だから、絶対に男子トイレには近づけないんだよね」


「そのせいで、あなたの分まで私がお姉様に怒られたのですわ!」


「そんなこともあったっけ。それなら、麗華も一緒にトイレに逃げ込めばよかったのに」


「この私が殿方専用のトイレに逃げ込むなんてできるわけありませんわ!」


「ああ、そうだったね。君も巴さんと同じで、肝心なところは奥手だったっけ?」


「よ、余計なお世話ですわ! 昔の件も含めて、あなたをボコボコにしてやりますわ!」


 昔の恨みを思い出して、自身に怒りをぶつけるように自分に飛びかかってくる麗華に――加耶は、懐かしそうな顔を浮かべていた。


 そして――加耶の武輝である手裏剣が一瞬発光して光が収まると、手裏剣が六つになり、彼女の手から離れた手裏剣は宙に浮かんだ。


「その意気だよ、麗華――……もっと、もっとだ! 君の力はそんなものじゃないだろう?」


 いつもの――伊波大和の時によく浮かべていた軽薄な笑みを浮かべて、加耶は麗華に向けて手をかざした瞬間――宙に浮かんでいた手裏剣から無数の光弾が発射された。


「必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」


 自信に向かってくる光弾を、ただの高速連続突きで麗華は撃ち落とす。


 そして、光弾の嵐をかいくぐりながら、麗華は加耶との距離を詰める。


 そんな麗華に向けて、光弾を発射するのを中断した手裏剣たちは一斉に彼女に向かう。


 四方八方から飛んで来る手裏剣だが、麗華はそれらすべてを無駄に華麗で派手な動きで回避しながら、加耶に飛びかかった。


 麗華は大きく、そして優雅に身体を回転させながら武輝を振う。


 飛び回っていた二つの手裏剣を自身の手元に戻して、加耶は麗華の攻撃を防いだ。


 防ぐと同時にまだ加耶の手元に戻っていない手裏剣が麗華に殺到する。


 迫る複数の武輝に、麗華は顔色一つ変えることなく自身に迫る手裏剣をギリギリまで引きつけて、後方へ向かって大きく身を翻す。


 ギリギリまで引きつけられた手裏剣はそのまま加耶に向かっていたが――彼女の眼前でピタリと手裏剣の動きが止まって宙に浮いていた。


 得意気に微笑む加耶だったが――回避しながら麗華が武輝から発射した光弾に気づかずに、そのまま得意気にニヤニヤしている顔面に直撃する。


 素っ頓狂な声を上げて、加耶は尻餅をついた。


「痛いなぁ、麗華。乙女の顔に傷をつけるのはひどいんじゃないの?」


「フン! 良い気味ですわね!」


「相変わらず良い性格してるよ、麗華は」


「……あなたも、昔と何ら変わっていませんわ」


 何気なく放った麗華の言葉に表情は変えなかったが加耶は一瞬だけ反応する。


 その反応を麗華は見逃さなかった――軽薄な笑みの裏に隠された加耶の動揺を。


 それを見て、麗華は加耶と戦っていて感じた違和感は気のせいではなかったことを悟り、勝ち誇ったような笑みを麗華は浮かべて得意気に鼻を鳴らした。


「フフン、この勝負、私の完全勝利ですわね!」


 大きく豊満な胸を張って、堂々と勝利宣言をする麗華を、加耶は怪訝そうに見つめていた。


「おおっと、君はもう勝利宣言をしちゃうの? ちょっと、それは油断し過ぎじゃないの?」


「油断をしているのはあなたですわ――出し惜しみしないで本気で来なさい」


「言ってくれるね、麗華――それじゃあ、後悔しないでよ?」


 麗華の挑発に乗った加耶はさらに手裏剣の数を増やした。


 少なくとも、十数以上ある手裏剣は勝ち誇った笑みを浮かべ続けている麗華を囲み、それらからレーザー状の光が麗華に向かって放たれた。


 囲むように配置された手裏剣から撃ち出されたレーザーから逃げる術はいっさいなかったが、それでも麗華は勝ち誇った笑みを浮かべ続けていた。


 ギリギリまでレーザーを自身に引きつけた瞬間――舞うようなステップを踏んで、身体を回転させると同時に麗華は光を纏った武輝を思いきり薙ぎ払うようにして勢いよく振う。


 勢いよく薙ぎ払った麗華の武輝であるレイピアは、目前に迫るすべてのレーザーを打ち消した。


「あらら……ちょっと、予想外?」


 自信があった攻撃を簡単に打ち消されて、大和は少し驚いていたが――すぐに、こちらに向かってくる麗華に再び攻撃を仕掛ける。


 真っ直ぐとこちらに向かってくる麗華に今度は全力の一撃をぶつけるつもりで、彼女を囲んでいた手裏剣を加耶は自分の目の前まで戻す。


 意思を持つかのように一斉に動きはじめる加耶の武輝である手裏剣は、続々と彼女の眼前に戻り、円形に並んだ。


「今度こそ――これで、君を倒すからね」


 軽い調子でそう告げると同時に、円形に並んだ手裏剣が一斉に光を放ちはじめ――巨大な光の塊を麗華に向けて発射した。


「行きますわよ――必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 神々しいまでの光を放つ武輝であるレイピアを、自身に迫る巨大な光の塊に向けて大きく一歩を踏み込むと同時に勢いよく突き出した。


 突き出すと同時に、武輝に纏っていた光が巨大なレーザー状の光となって発射される。


 加耶が打ち出した巨大な光の塊と比べて、麗華が打ち出した光は小さかったが――それでも、麗華が撃ち出した光は巨大な光の塊を押し出していた。


 そして――加耶が放った光の塊を相殺した。


 全身全霊を込めた自分の一撃が打ち消されたことに加耶は驚いていた。


 しかし、麗華が一気に距離を詰めてくるので悠長に驚いている暇はなかった。


 すぐに加耶は迎え撃とうとするが、もう遅かった。


「これでおしまいですわ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 加耶が攻撃を仕掛ける前に、麗華の必殺の突きが自身の目前に迫っていた。


 様々な想いが込められた渾身の一撃に、直撃したらひとたまりもないと加耶は他人事のように思いながら、目前に迫る麗華の武輝の切先を眺めていたが――


 切先が加耶に直撃する瞬間、麗華は武輝を輝石に戻した。


 突然麗華の手に持っていた武輝が消え、何が起きたのかわからない表情を浮かべている加耶を、麗華はきつく抱きしめた。


「――このバカッ! バカ、バカ、バカ、バカ、バカ!」


 バカと麗華が言う度に、加耶を抱きしめる力が強くなった。


 今の状況に呆然としている大和だったが、強く抱きしめられながらも心地良さを感じて、バカと言われて心が刺激されているのは感じ取ることができた。


「……君の負けね」


 ずっと、麗華と加耶の戦いを見届けていた巴が近づいてきた。


 巴に話しかけられて、ようやく加耶は今の自分の状況に気づくことができた。


「……僕の負けか」


「というより、君は最初からやる気がなかったように見えたわ。 ……君が麗華と思い出話をする度に、目に見えて弱くなっていたわよ」


 麗華と同様に戦いをずっと見ていた巴も気づいていた。


 昔の楽しかった思い出を口に出す度に、少しずつ加耶の動きが鈍くなっていることに。


 それに気づいたからこそ、麗華は高らかに勝利宣言をした。


 そして、巴も麗華に勝利すると確信していた。


 そして――どちらが勝つのかはわからないが、思いがけない形で決着がつくという巴の予想は見事に的中していた。


 呆れたようでありながらも、安堵しているように深々とため息を漏らした巴の指摘に、自分でも気づけなかった加耶は苦笑を浮かべることしかできなかった。


「参ったなぁ、僕としては本気で戦ってるつもりだったんだけどな」


「それが――伊波大和として、そして、天宮加耶としての本心なのよ」


 優しく微笑みながら言った巴の指摘に、加耶は自嘲を浮かべてしまった。


 そして、加耶は深々と嘆息すると同時に全身から力を抜いて、持っていた武輝を輝石に戻した。


「……そうだね、僕はバカだよ……」


「やっと気づきましたのね、バカ!」


 ようやく自分が愚かであることに気づいた加耶に、気分良さそうに麗華は上から目線で改めて『バカ』と言い放ち、さらに加耶をきつく抱きしめた。


 きつく抱きしめてくれている麗華に身を委ねていた加耶だったが――


「バカでも……自分が取るべき責任くらい、わかってるよ」


 呟くようにそう言って、加耶は自分を抱きしめてくれた麗華を突き放した。


 そして、加耶の全身に淡い緑白色の――無窮の勾玉と同じ光が身に纏った。


 咄嗟に、突き放された麗華は加耶に飛びかかろうとするが、加耶の纏った緑白色の光に突き飛ばされて、麗華は思いきり尻餅をついた。


「その光は……君は一体、何をするつもりなの?」


「言っただろう? 僕の目的は無窮の勾玉を破壊することだって」


 巴の質問に答えていると、加耶の纏う光が強くなり、それに呼応するかのように無窮の勾玉が放っている光も強くなった。


 決意に満ちた幼馴染の表情を見て、麗華と巴は嫌な予感が全身を駆け巡った。


「前もって無窮の勾玉の内部で力を暴走させていたんだ。後は上手く力を制御して自爆させるだけ。さあ、早く二人は逃げるんだ。深部はシェルターのような設計になってるから地上への心配はなさそうだし、上手く制御するから爆発の被害は少ないと思う。でも、煌石を破壊するなんて前代未聞な真似ははじめてだから、何が起きるかわからないからさっさと逃げてよ」


 何気ない調子で、加耶は淡々と説明した――嫌な予感は的中する。


「ま、待ちなさい! ち、力を制御しているあなたはどうやって逃げますの?」


「被害を少なくさせるために、最後まで残って力の制御をしなくちゃダメなんだ」


「そんなこと絶対にさせませんわ!」


 淡々と無窮の勾玉とともに運命をともにすると言った加耶を止めようと、再び加耶に飛びかかる麗華だが、再び彼女の身に纏っている光に突き飛ばされた。


 今度はかなりの力で突き飛ばされる麗華だが、倒れそうになる彼女を巴が受け止めた。


「僕は天宮家当主の娘だ……こんな騒動を起こしてしまった責任を取るべきだ」


「あなたは草壁さんに利用されたのでしょう? あなたにあった恨みを彼に言葉巧みに引き出されただけなんでしょう? バカなことはやめなさい!」


 必死な形相で自分を止めようとする麗華に、感謝をするような笑みを加耶は浮かべた。


「そうだとしても……御使いの人は草壁さんではなく僕を慕ってくれた。天宮家と深いつながりがあった大道さん以外の御使いの人たちは、僕が当主の娘であることに気づくと、僕のために動いてくれた――あの二人を動かしていたのは厳密に言えば僕だ」


「だから、天宮の当主の娘である君が命を張って責任を取るの? ――本当に責任を取りたいのなら、生きなさい! だから、バカな真似はやめなさい!」


 麗華と同じように整った顔立ちを必死な形相にさせて加耶を止めようとする巴だが、加耶の意思は変わらない。


「僕の中には鳳への復讐心は確かにあった。でも、本当に復讐したかったの鳳じゃない」


 自分のために心配してくれている巴と麗華に心の中で感謝をしながら、そう呟いた加耶は自分の力に呼応して強い光を放つ無窮の勾玉を睨んだ。


「こんなものがあるから母さんが命を落としたんだ……こんなものがあるから、僕と麗華が戦わなければならなくなったんだ……こんなものがあるから、大勢の人が不幸になった! こんなもの――こんなもの、壊れてしまえばいいんだ!」


 巴や麗華が知っている普段の加耶の軽薄な態度からは信じられないほど、凄まじい剣幕で怒声を張り上げた瞬間――


 加耶の怒りに呼応するかのように、爆風にも似た衝撃が加耶を中心として発生する。


 その衝撃に、麗華と巴の身体は大きく吹き飛ばされた。


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