第四章 クリスマス終了のお知らせ

第26話

 幸太郎とセラは深部につながる通路を走っていた。


 グレイブヤードのセキュリティはヴィクターが支配して、グレイブヤード内のすべてのガードロボットの機能を停止させたので、順調に奥に向かっていた。


 グレイブヤードに降りてすぐに合流したドレイク、ヴィクター、アリスとともに深部の通路を突き進んでいた。


 途中、大量のガードロボットを相手にして疲れ果てて座り込んでいたサラサを介抱した。


 先に向かってくれとサラサとドレイクたちに促されたので、二人は先を急いだ。


 長い通路の先には広い空間が広がっており、その奥にはまだ通路が続いていた。


 走りっぱなしだったので一休みしたい気分だったが、奥にいる麗華のためにそれを堪えて幸太郎は足に力を入れようとすると――


 広い空間の端に、麗華の父である大悟と、巴の父である克也、そして、拘束されて気絶しているアカデミーの教頭である草壁がいることに幸太郎は気づいた。遅れて、草壁の服装が御使いの着ている服と同じであることにも気づいた。


「大悟さん、克也さん、二人とも怪我はありませんか?」


 幸太郎と同時に大悟たちの存在に気づいたセラは、彼らに駆け寄った。


「ああ、こっちは大丈夫だが――このバカの治りかけの怪我が痛んでる。そんな中、無理して動こうとしているバカだ」


 息を乱して座り込んでいる大悟を冷たい目で見下ろしながら、克也は呆れたようなため息交じりにそう説明した。


「だ、大丈夫なんですか、大悟さん」


「……問題ない、大丈夫だ」


 痛む胸を押さえて苦悶の表情を浮かべている大悟に、慌ててセラは駆け寄って声をかけたが、克也は「自業自得だ」と吐き捨てた。


「まだ完治していないのに無理をして入院中に仕事をしたツケが回っているだけだ」


「……地上の様子はどうなっている」


 克也の憎まれ口を聞き流して、大悟はセラたちに地上の様子を尋ねた。


「アカデミーの生徒と制輝軍が衝突寸前の状況になっていましたが、無事に解決しました。輝石の力も戻ったので、御使いに支配されたガードロボットもすぐに破壊できるでしょう。途中現れた御使いたちも倒しました」


 セラの報告を聞いて大悟は安堵のため息を小さく漏らすが、表情は険しいままだった。


 御使いの計画が完全に潰えても、まだ戦いが終わらないことを大悟は知っていたからだ。


「それにしても……どうして、草壁さんがここに?」


 御使いの服を着て気絶している草壁を視線に向けて、セラは大悟に地上の様子を報告する前から気になっていたことを尋ねた。


 何も知らないセラのために、克也は感情のままに「このクズ――」と粗野な言葉を口に出しかけて、小さく咳払いをした。


「草壁がすべての黒幕だったんだ」


 感情的になるのを堪え、セラの質問に克也は淡々としながらも吐き捨てるように答えた。


 克也の答えを聞いてセラは静かな怒りを込めた目で倒れている草壁を一瞥した。


 だが、今は草壁に怒りをぶつけるよりも向かうべき場所があったので、それを堪えた。


「麗華や巴さんたちはこの先の――無窮の勾玉がある場所にいるんですか?」


「そうだ。大和――いや、加耶と決着をつけるために向かった」


 それを聞いて、セラよりも早く反応した幸太郎は麗華たちの元へと向かおうとするが――大悟は咄嗟に「待ってくれ」と幸太郎を呼び止めた。


「……君たちに頼みがある。話を聞いてくれないか?」


 縋るような目を幸太郎とセラに、淡々としているが弱々しい声で大悟はそう懇願した。


 すぐに麗華の元に向かいたかった二人だが、それを抑えて大悟の頼みを聞くことにする。


 自分の話を聞いてくれる二人に、大悟は「ありがとう」と、小さく感謝の言葉を述べた。


「数十年前、天宮家の御子が亡くなってすぐに先代鳳グループトップである鳳将嗣は、御子の娘であり、御子である母と同じく御子の力を持っていた天宮加耶を探し出した」


 重い口調で昔話をはじめた大悟の表情は、悔しさと無力感で溢れていた。


「娘も母と同じく鳳将嗣に利用されると思った私は、ありとあらゆる力を使って加耶を守った。偽りの戸籍を与えて、名前も新しくさせ――そして、御子に娘がいると気づかれていたので性別も偽った。絶対に周囲には天宮加耶だと気づかれないように手を尽くして、私の傍に置いた」


「――お前、まさか……!」


 大悟の言葉の意味を理解した克也は驚きの声を上げる。


 幸太郎は大悟の話の意味がわかっていなかったが、セラは薄々気づいていた。


「娘とともに、男として加耶を自分の子も同然に育て上げた。加耶が突然名前を変えて、性別も偽っていることに娘は戸惑っていたが、すぐに慣れてくれた」


 娘たちが仲良く遊んでいる光景を思い出して大悟は穏やかな表情を浮かべていたが、それは一瞬であり、すぐに暗い表情に戻して説明を続ける。


 セラはようやく天宮加耶の正体に気づいて声が出せないほどの衝撃に襲われていたが、いまだに幸太郎はまったく気づいていなかった。


「加耶と麗華、二人はいがみ合いつつも仲良く過ごしてくれたが――加耶の中には僅かだが確かに母の命を縮めるきっかけを作った鳳に対しての復讐心が芽生えていた。最初は本当に小さかった。だが、時が経つにつれてそれが徐々に膨れ上がり――方法は不明だが加耶の正体を知った草壁にその復讐心を利用されたんだろう」


 自身の子供も同然の大切な人間を巻き込んだ草壁を、大悟は激情を宿した目で一瞥して、すぐに脱力するように深々と嘆息する。


「御使いが関わった騒動の裏で手を引いていたのは草壁だが、すべては加耶の思惑通りに進んでいる。最終的に加耶は、母の命を縮めた原因である無窮の勾玉を破壊するつもりだろう……それも、自分の命をかけて」


 無表情だが、最悪の事態を想像した大悟の声は若干震えていて、不安そうだった。


「加耶は鳳に滅ぼされた天宮家当主の娘であり、鳳に恨みを持ちながらも、恨みを抱いている鳳に育てられたことで恨みと同時に恩義を感じていた。加耶はそんな自分の立場に苦しんでいた。その苦しみを理解しているからこそ、麗華は加耶の思いを受け止めるために、加耶を全力で止める――お互い戦うことになっても」


 そう言って、再び大悟は懇願するような目で幸太郎とセラを見つめた。


「私には、二人を止めることは――いや、止める権利はない。いつ爆発するかわからない加耶の中に眠っていた復讐心に気づきながらもいつか晴れると思って何もしなかった私に、麗華にすべてを背負わせてしまった私に止める権利はない」


 何もしなかった自分自身への怒りに満ちていると同時に、何もできなかった自分に無力感を覚えて、大悟は悔しそうに拳をきつく握り締めていた。


「見届けることも、大事な娘を止めることもできない父親失格の無責任な私だが――娘を思う気持ちだけは信じてくれ……だから、頼む、娘たちを――」


「それなら、大悟さんも鳳さんたちを信じてください」


 娘たちがぶつかり合った結果起きるかもしれない最悪の事態を想像している大悟に、状況をいまだに呑み込んでいない幸太郎が思ったことを口に出した。


 その言葉に、父親なら誰もがするべき大切なことを思い出して、力なく大悟は自嘲する。


「すまない……後は麗華を大和――いや、加耶を――頼む……」


 すべてを押しつけてしまうことになる幸太郎たちへの謝罪をして、後は幸太郎たちに頼んで、痛んだ怪我の影響で大悟は気絶してしまった。


 ここで、ようやく幸太郎もなんとなく天宮加耶の正体に気づくことができた。


「自分勝手で卑怯で無責任で、どうしようもないバカな奴だが――俺からも頼む……」


 気絶した大悟を抱きかかえながら、克也も幸太郎とセラに頭を下げた。


 幸太郎とセラは同時にお互いを見つめた――思いは同じだった。


 二人はお互いに力強く頷いて、麗華たちの元へと急いだ。


 離れる二人の背中を眺めながら、大人の自分が子供である幸太郎たちに後を任せなければならないということに、自分も他人のことが言えないと心の中で自嘲していた。


「お前が何よりもずっと守りたかったのは……大和――いや、天宮加耶だったんだな」


 離れる二人を見送りながら、克也は気絶している大悟に向かって呟いた。


 今まで天宮加耶を伊波大和として育てたという話を聞いて、克也は確信していた。


 普段は鳳グループトップとして、感情を捨てて物事を客観的に見て冷たい雰囲気を身に纏って、無表情で淡々と鳳グループのために仕事をこなしている大悟だが――


 大悟にとって、鳳グループなんてどうでもよかったんだと。


 鳳グループがどうなるが、自分の娘たちの方が重要だったんだと。


 だから、以前の事件で真実を話すことを躊躇わなかったし、真実を話した時に備えて、周到な準備をして、いつでも真実を話せる覚悟を決めていた。


 本当は――誰よりも鳳に復讐をしたかったのは、大悟ではないかと克也は感じていた。


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