第20話

 ――ありえない。

 そんなことは絶対にありえない!


「お、落ち着いてください、優輝さん!」


「待つんだ、優輝君! 一体何だというんだ!」


 背後から届く沙菜と大道の制止を振り切り、優輝はプリムを誘拐した誘拐犯の元へと急ぐ。


 アカデミー都市中の監視カメラの映像を確認して誘拐犯の後を追っているヴィクターから誘拐犯の居場所を聞いている優輝は、真っ直ぐとその場所へ向かっていた。


 ティアから受けた報告の真偽を確かめるために。


 輝石の力を全身に漲らせ風を切る速さで疾走し、跳躍して高い壁を越え、目の前の障害物は滑らかな動きで素早く通り抜け、狭い道は忍者のように壁伝いに移動し、高いビルを登り、ビルとビルの間を跳躍して飛び移り、考え得る限りの最短ルートで誘拐犯を追っている優輝。


 大道と沙菜も優輝と同じく輝石の力を全身に漲らせて全力で彼を追っているが、彼のスピードにはついてこれず、引き離される一方だった。


 ――見つけた!


 あっという間に誘拐犯に追いついた優輝は、自分と同じくビルとビルの大きく開いた間を跳躍して飛び移っている誘拐犯を視界に捕らえた。


 その瞬間、輝石を武輝である刀に変化させる優輝。


 そして、自身の周囲に光の刃を浮かび上がらせて誘拐犯に向けて発射する。


 突然の足元に突き刺さった光の刃に誘拐犯の動きが一瞬止まり、その隙に一気に距離を詰める優輝。


「おお、今度はユーキか! ど、どうにかしてくれ……さ、さすがにこの状態で何度も空を駆けているのを見ると、気持ち悪くなっているのだ……おぇ……」


 肩に担がれたまま謎の人物は高所から飛び降りたり、飛び移ったりして、何度も浮遊感と、高所からの景色を見て気持ち悪くなって、青白い顔で今にも胃の内容物を吐き出しそうな顔を浮かべているプリムは、優輝の登場を見て弱々しい笑みを浮かべる。


 しかし、今の優輝はプリムを抱えている謎の人物しか見えていなかった。


「追いついた――」

「気をつけるのだ!」


 誘拐犯に声をかけるとほぼ同時にプリムの警告が響き、謎の人物の周囲から生み出された無数の光の刃が優輝に向かって発射された。


 思いがけない不意打ちに、優輝は咄嗟に避けようとするが間に合わない――が、優輝の目の前に展開された障壁が光の刃を弾き飛ばす。


 それでも構わずに発射される無数の光の刃を火の玉のように揺らめく光弾が撃ち落とす。


 優輝の窮地を救ったのは、優輝を追ってようやく追いついた、武輝を持った大道と沙菜だった。


「おお、キョージにサナか! 心強いぞ! そろそろ私の気持ち悪さも限界なのだ! で、できれば、穏便に頼むぞ……うぅ……さ、先程から、お好み焼きが私の胃の中でぐるぐる回っていて、口の中が酸っぱくなっているのだ……限界が近づいているぞ」


「先走り過ぎだぞ、優輝君! 何度も制止を振り切って、一体どうしたというのだ」


「大丈夫ですか? 優輝さん――プリムさんも、すぐに助けますから待っていてください」


「すみません……でも、どうしても確認しないといけないんです」


 自業自得なプリムは放って、一人で勝手に突っ走った挙句に油断して不意打ちを食らう優輝に怒りを抱きながらも心配する大道と、優輝が怪我をしていないか心配する沙菜。


 二人に申し訳ないと思いつつも、優輝は目の前にいる謎の人物にしか集中していなかった。


 自分に不意打ちを仕掛けた今の攻撃で、目の前にいる人物が明確になったからだ。


「……どういうつもりですか?」


 優輝の質問に謎の人物は何も答えない。


「顔を隠さなくとも、あなたの正体はわかりました――珍しく連絡をしてきた理由は、俺に今回の一件の内情を尋ねるためだったんですか?」


 ……どうして答えない。

 何が目的なんだ……どうして、こんなことをするんだ……


 目の前にいる顔全体をフードで覆った謎の人物を知っている優輝に大道と沙菜は驚くが、二人から浅からぬ因縁を感じ取り、無暗に二人の間に入ることなく、再び相手が不意打ちを仕掛けるのを警戒していた。


 自分の正体を知られても、謎の人物は何も答えない――そんな態度に苛立つ優輝。


「今まで傍観者に徹していたのに、今更動いてどうするつもりですか?」


 ――どうして答えない!

 クソッ! いつも、いつもそうだ! 肝心な時、何も、何も答えてくれない――


 心底失望したようにため息を漏らしながら、優輝はそう吐き捨てる。


 煽るように吐き捨てられた優輝の言葉に、謎の人物は何も反応しない――優輝の苛立ちと怒りは更に強くなり、持っていた武輝である刀をきつく握り締めた。


「何も答えないのなら、捕らえてから聞くことにします!」


「ゆ、優輝君、やりすぎだ! プリムさんもいるし、ここが破壊されるぞ!」


 優輝は武輝に変化した輝石から大量の力を放出し、それを無数の光の刃に変化させ、一斉に謎の人物へと発射させた。


 誘拐犯に抱えられているプリムに構わずに全力攻撃を放つ優輝に、さすがに見てられなくなった大道は制止するが、優輝は構わずに攻撃を仕掛ける。


 大道の不安をもちろん承知していたが、優輝には確信があった――目の前にいる人物ならば、自分の攻撃に対応できると。


 想像通り相手は無数の刃を生み出し、一斉に発射された優輝が生み出した光の刃をすべて撃ち落とした。


 撃ち落とされると同時に優輝は謎の人物へと一気に駆け出す。


「ゆ、優輝さんと同じ力を……」


「大道さん、沙菜さん! フォローをお願いします!」


「うぅ……わ、私はもう限界だ……こ、これ以上激しく動かれたら、教皇庁――いや、アカデミーはじまって以来の惨事になるからな……うぷっ……」


 相手が優輝と同じ力を扱えていることに驚く沙菜に喝を入れるように、優輝の声が響く。


 その声に我に返った大道は優輝の後に続き、沙菜は後方からの支援に徹し、今にも胃の内容物を吐き出しそうになるのを堪えてプリムは衝撃に備える。


 間合いに入ると同時に優輝と大道は武輝を突き出す。


 プリムを抱えながらも謎の人物は軽快な足運びで二人の同時攻撃を回避しながら、光の刃を発射するが、後方にいる沙菜が放った光弾が撃ち落とす。


「――前に出過ぎだ、優輝君!」


 息の合った連携を見せる三人だが――ここで、再び優輝が一人で突っ走る。


 そんな優輝のフォローをするために大道は彼のフォローに向かうが間に合わない。


 一歩前に出て更なる追撃を仕掛けようとする優輝だが、感情的になっているあまり隙の多い動きに隙をつかれる。


 力強く踏み込んだ足を払われてバランスを崩したところで、光を放つ輝石を握り締めた拳が鳩尾目掛けて突き出された。


 前に出過ぎた優輝をフォローするために沙菜が事前に張っていた障壁を容易に突き破った強烈な一撃は鳩尾を捕え、優輝の身体は軽々と宙に舞う。


「大道さん、今です! 沙菜さん、準備をお願いします!」


 強烈な一撃を食らって意識が飛びそうになりながらも、優輝は大道と沙菜に指示を出す。


 その一言で優輝の魂胆を読んだ大道は謎の人物目掛けて飛びかかり、沙菜も相手に向けて光弾を連射する。


 優輝の一声で苛烈になった二人の攻撃を謎の人物は軽快に回避を続ける。


 だが、二人の攻撃の回避に集中しているその人物は、吹き飛ばされて宙を舞う優輝の行動に気づかなかった――彼が輝石の力をロープ状に変化させていることに。


 ロープに変化させた輝石の力をしならせ、謎の人物が抱えていたプリムの身体に巻きつける。


 すぐにプリムに巻きついたロープを振り解こうとするが、大道と沙菜の攻撃がそれを止める。


 二人が時間を稼いでいる隙に、そのまま優輝はプリムの身体を引き寄せると、プリムの身体が宙に舞う。


 プリムを受け止める準備をしていた沙菜は、その豊満な胸で彼女を受け止めた。


 プリムを奪還すると同時に、宙を舞っていた優輝は華麗に着地する。


 一瞬の隙をついた優輝のプリム救出劇を、大道と沙菜の攻撃で足止めされていた謎の人物はただ見ていることしかできなかった。


「優輝さん、プリムさんを無事に受け止めました」


「さ、サナ……取り敢えず、何か袋のようなものはないだろうか……」


 今にも吐き出しそうなプリムだが、彼女が無事であるという沙菜の報告を受けて優輝は安心し、大道は呆れと安堵のため息を深々と漏らした。


「突然焦ったぞ。刈谷みたいに何も言わずに計画を練らないでくれ」


「すみません、相手の隙をつくにはこれしかなくて……結果オーライということで」


「まったく……それよりも、あの人物は一体何者なんだ?」


「……彼は――待ってください!」


 相談なく急に連携を求められて文句を言いたかったが、それよりも気になっている、プリムを奪われてただ茫然と突っ立っている謎の人物の正体について優輝に尋ねる大道。


 目の前の人物をよく知っている優輝は苦い顔を浮かべながら、正体を明かそうとすると――その人物は高層ビルから身を投げ出した。


 もちろん、プリムを奪還されて絶望して飛び降りたわけではなく、この場から逃げ出すために。


 地上に向けて急降下しながら謎の人物は輝石の力をロープ状に変化させ、それを立ち並んだビルの屋上にあるアンテナや格子に絡みつかせて、振り子のように移動しながら逃げ去った。


「待って! 待ってください――!」


 その謎の人物――父・宗仁を追うために、輝石の力をロープ状に変化させて彼と同じように移動しながら、追跡をはじめる優輝。


 優輝を追いかけようとする沙菜と大道だが、謎の人物を父と呼んだ優輝に衝撃のあまり呆然として反応に遅れてしまい、気づいた時には既に優輝は遠くへ向かってしまっていた。


「も、もう、限界だ――オェエエエエエエエエエエ!」


 突然の事態に混乱して呆然する二人だが、長時間激しい動きに揺られ、優輝に助け出された際に勢いよく宙に投げ出されたのが決め手になり、沙菜に抱えられたプリムから発せられる汚い音で我に返った。

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