第21話


 サラサたちの元から離れたノエルとクロノは何も語り合うことなく、淡々とした足取りでアルトマンが目指しているであろうウェストエリアの煌石展示会場へと急いでいた。


 お互い無駄な会話をする性格ではなく、二人きりでいる間も常に沈黙の空気が流れているのだが――今の二人の空気は沈黙が流れながらも若干気まずそうだった。


 その理由はもちろん、つい先程アルトマンの件で軽い口論をしてしまったからだ。


 アカデミーだけではなく世界中の敵であった父をノエルは敵対しながらも尊敬の念を抱き、対照的にクロノは仲間を含めた大勢の人間を傷つけた父を許せないと思っており、怒りと軽蔑の念を抱いていた――性格も容姿もそっくりな姉弟だが、父への想いだけは対照的だった。


 だからこそ、半年前に生死不明になった父への話題はお互いできるだけ避けてきたのだが、父が生きているかもしれないという状況になって、避けてきた、気にしないでいた感情を静かに爆発させ、二人は軽く衝突してしまった。


 気まずい沈黙が流れる中――先に口を開いたのは「クロノ」と、感情を感じさせない抑揚のない声で、しかし、僅かに緊張で上擦った声で弟の名を呼ぶノエルだった。


「その……先程はすみません、でした」


「いや、謝るのはオレの方だ。少し感情的になった――すまない、ノエル」


「いいえ、私も変に期待をしてしまって、周りが見えなくなっていました。その結果、あなたや、セラさんや貴原さん、そして何より、サラサさんに気を遣わせてしまった……猛省します」


「いや、オレの方こそオマエの気持ちを考えることができなかった」


「いいえ、私の方が」


「いや、オレの方が」


「――中々決着がつけませんね」


「それなら、お互い様ということで結論付けよう」


「そうですね」


 淡々と謝罪を口にして、お互いが責任を感じて、責任の所在を自分のものにしようとして、中々結論が出なかったので、ここはお互い様だという結論に至る。


 あまりにも淡々とし過ぎていて、事務的で機械的な短い会話だったが――会話をしたことによって、二人の間に流れていた気まずかった空気が柔らかくなる。


 関係が修復すると同時に、さっそくノエルは先程の件についての話をはじめる。


「どう思いますか?」


「アルトマンのことなら、生きているのかどうかは半信半疑だ」


「生きていると思いたいのですが、幾分冷静になった今ではあなたと同じ意見です」


 しかし、あの時私を愚かだと言った声――あの声は、あの嘲りは父そのものだった……


 先程の謎の人物=アルトマンではないかという考えに至ったのが早計だったのではないかと思いはじめるノエルだが、もちろんまだ父が生きているかもしれないという期待もあった。


 そんなノエルの気持ちを何となくクロノは理解しつつも、彼女を気遣って突っ込むことはしなかった。


「しかし、あの男ではないとするならば一体奴は何者だ?」


「わかりません――しかし、あの人物に迷いはありませんでした」


「確かに。目的はわからないが、目的のためなら他には目もくれない感じがした」


「優輝さんが独断で動き出したのも含め、何か大きなことが動いていると思います」


「久住優輝の元へ向かったセラが得た情報によって、何かがわかりそうだな……」


「ええ。とにかく、今はウェストエリアに向かいましょう」


 先程の人物が父か否かを判断するには現状では情報が少な過ぎるので、今はとにかく父が敵だと想定した場合に確実に狙うであろう煌石展示会場へと急ぐノエルたち。


 今はとにかく目的地へと向かうことに集中するノエルだが――頭に過る父かもしれない謎の人物と、胸に抱えた違和感が集中を途切れさせる。


 そして、無感情ながらも申し訳なさそうに、恐る恐る「クロノ」と弟に声をかけるノエル。


「仮定の話をしてもいいでしょうか」


「……構わない」


「もしも……もしも、あの人物が父の場合……やはり、目的は煌石なのでしょうか」


「賢者の石が存在しないと判明してあの男の目的は潰えた。それに、もうこの世にいないと判断されたのに、わざわざ表立って動く理由もわからん。それに、半年前のように自暴自棄になって暴走しているわけでもない……何もわからない」


「新たな目的で動いている――ということでしょうか」


「単純な復讐? 煌石の研究を進めるため? ……わからないな。ただ、半年前とは違う目的で動いているかもしれない、というのは確実だろう。生きていたならば」


 半年前の事件を回想するノエルとクロノ――あの事件は協力者を失ったのに加え、賢者の石の生成という目的が潰えたアルトマンが自暴自棄になった暴走した事件だった。


 ……何か、何かがおかしい。

 言葉では言い表せないが、何かが抜け落ちているような気がする……


 半年前の事件を軽く振り返った時、ノエルの胸の奥に違和感が――いや、存在していたのに、すっかり忘れ去られてしまっていた違和感が湧き上がってくる。


「……妙だ」


「ええ……理由はわかりませんが」


 クロノもまた、半年前の事件を回想して、漠然としない違和感を抱いていた。


「認めるのは癪だがあの男は優秀で、それ以上に慎重だ。長年表舞台から身を隠して、アカデミーで発生する事件で暗躍していたんだからな。そんな男が自暴自棄になろうのだろうか? そう簡単に自滅の道を歩むのだろうか?」


「それ以上に何かが抜け落ちている、そんな気はしませんか?」


「あるのだが、それがわからない。しかし、今は先へ急ぐことに集中しよう」


「そうしましょう」


 共通した違和感があるのにその正体が掴めない――そんな違和感に、クロノとノエルは囚われながらも、今は目的地に向かうことに集中すると――


 突然の轟音とともに近くにあった建物の壁が砕き割れるとともに、数人の輝石使いたちが悲鳴を上げながら吹っ飛んできて、地面に叩きつけられた。


 突然の事態にノエルとクロノは輝石を武輝に変化させるが――倒れて気絶している輝石使いたちは全員見慣れぬ輝石使いだった。


「あー、やっちゃったなぁ。後で巴ちゃんとアリスちゃんに怒られそう――まあ、いいか。責任を擦り付ければいいだけだし♪」


 建物を壊したことについて反省の欠片もない様子で、壊れた壁から現れるのは武輝である身の丈を超える斧を担いだ銀城美咲だった。


「美咲さん、これは一体……」


「あ、ウサギちゃんと弟君! こんなところで奇遇だねって――もしかして、今の話聞いてた?」


「一字一句漏らさず」


「そ、それなら、だ、黙っててくれるとおねーさん嬉しいなぁって❤」


 建造物破壊を隠蔽する気満々の独り言をガッツリと二人に聞かれて、あざとく上目遣いでアリスたちには黙ってくれと頼む美咲。


 そんな美咲にクロノは「別に構わない」とこともなげに言い放つと、美咲は歓喜のあまり彼を抱きしめて自身の豊満な胸に押し当てた。


 男としては羨ましい限りの状況だが、心底迷惑そうな顔をしているクロノ。


「さすが弟君、話がわかるなぁ! おねーさんが豪褒美上げちゃう! はい、パフパフ」


「……ウザい」


「もー、クールだなぁ弟君は! でも、いい子だなぁ」


「オレはオマエがどんなことをしたのか見ていないからな」


「そーそー、報告する時も、そう言ってくれると助かるなぁ」


「しかし、オレの代わりに監視カメラがオマエの所業をしっかり収めているはずだ」


 クロノの一言にフリーズする美咲。


 だが、すぐに我に返った美咲はこれ以上この話をしても最悪な結果を想像するだけだと判断し、「それよりも――」と話を強引に替える。


「二人ともどうしたの? ……何だかお顔が暗いなぁ。スマイルスマイル♪」


 相変わらず、変なところで鋭い……


 僅かに沈みがちな二人の表情を心配そうに眺める美咲。


 ふざけた態度を取りながらも頼れる店期の登場に、彼女に縋りたくなってしまった二人は先程の出来事を目的地へと向かいながら話しはじめる――

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