第22話

 サラサたちと離れたセラは、何度もティアと優輝、優輝と一緒にいるであろう沙菜と大道に連絡したのだが、全員連絡に出ず、途方に暮れながらも必死に煌石一般公開の警備をしている仲間たちから情報を集めていた。


 彼らから得た情報で優輝が向かっているというノースエリアへ向かおうとしたところ、今ティアと一緒にいるので、そこまで車で送ると言って連絡してきた萌乃のおかげで、セラはティアと合流することができた。


 萌乃が運転する車がセラを迎えに来ると、車内で待っていた神妙な面持ちのティアから話があると言われ、話はティアが数十分前に対峙した輝石使いについて躊躇いがちに話をはじめる。


 その話を聞いて、セラは衝撃を受ける。


「――それ、本当なの?」


「何度も手合わせをしたんだ。間違えるはずはない」


「た、確かにそうだけど……でも、あの師匠が今回の騒動に関わってるなんてありえないよ。そ、それに、顔だってわからなかったんでしょ? だから、きっと師匠じゃないよ……」


「そう願いたいのだがな……」


 師匠が今回の騒動に関わっているなんて信じたくはない……

 でも、今のティアの様子を見る限り……本気で言っている。


 数十分前に対峙した輝石使いが自分たちの師匠――久住宗仁であるということをティアから聞いても信じられなかったが、今の彼女の思い詰めた態度を見て、勘違いをしているわけではないとセラは感じていた。


「私もそう願いたいんだけど……――ついさっき入った情報だと、どうやら、優輝ちゃんは追跡していた人物をお父さんって呼んだってさ」


 それじゃあ、本当に師匠が? ……でも、どうして……

 というか、それよりも――……


 優輝の元へと全速力で車を走らせながら、萌乃はため息交じりに厳しい現状をセラに伝えた。


 息子である優輝が父であると太鼓判を押したことによって、今回の騒動に宗仁が関わっているということに現実味が増してくるが、セラは認めたくはなかった。


 同時に、セラはじっとりとした不機嫌そうな目をティアに向けると、ティアは居心地が悪そうに「……どうした」と尋ねた。


「何度もティアに連絡したのに、どうして出てくれなかったのかなって思って」


「それは……忙しかったからだ」


「電話を出る暇がないほど? ――萌乃先生、実際はどうだったのでしょう」


「まあまあ。ティアちゃんだって、お師匠さんのことを言って無駄に不安をさせたくなかったのよ。だから、勘弁してあげてよ」


 それはわかってるけど……


 ティアの気遣いは理解できるのだが――それでも、幼馴染だからこそ、今回の事件に師匠が関わっているかもしれないと一言言ってほしかったセラは納得できずに機嫌を悪くする。


 子供のようにムクれるセラの態度に、小さくため息を漏らしたティアは折れた。


「すまなかった……お前に重荷を背わせたくはなかった」


「気遣いは感謝するけど、舐めないで。私だってもう子供じゃないんだから」


「だが、長年お前には私たちのことで負担をかけさせてしまったんだ」


「でも、後悔してないって言ったよね」


「……そうだな。すまなかった、セラ」


 後悔していない――心からそう言って力強い笑みを浮かべるセラ。


 師匠が敵対しているかもしれないという話を聞いても、余裕を窺える彼女を見て自分の不安はすべて杞憂だったことを悟り、もう一度ティアは謝った。


 幼馴染同士の会話を見て微笑ましく思うと同時に、会話が一件落着すると同時に「それよりも――」と萌乃は話を本筋に戻す。


「セラちゃんたちが会った輝石使いは本当にアルトマンちゃんだったのかしら?」


「顔が見えなかったので確証はありませんが……アルトマンと似た気配でしたし、ノエルさんやクロノ君も相手がお父さんであると確信を得ているようでした」


「伝説の聖輝士がかつての同門の士と協力関係を結ぶ――おかしくはない話だけどね」


 アルトマンと宗仁――教皇庁の枢機卿の一人であり、多くの優秀な聖輝士を育て上げてきたイリーナ・ルーナ・ギルトレートの元でともに修行をしてきた関係だからこそ二人が協力してもおかしくないと思う萌乃だが、「それは違う」とティアは否定した。


「確かに二人の付き合いは長いが、師匠はアルトマンに対して不信感を抱いていた」


「何か因縁がある、そういうことかしら?」


「詳しいことは聞いていないからわからん。それに、師匠は人嫌いだからな……誰に対しても不信感を抱いていたのかもしれん」


「それって意外――いや、当然なのかもしれないわね。伝説の聖輝士が活躍していたのはまだ先代教皇が辣腕を振るっていた時代だったしね。それに、師匠のイリーナちゃんも教皇庁を守るために色々と強引な真似で手を尽くしていたって聞くし――伝説の聖輝士って呼ばれるのも、本人にとっては不本意だったのかもしれないわね」


「……そうかもしれないな」


 ……確かに、そうかもしれない。

 詳しいことは聞いていない――というか、話そうとしなかったからわからないけど……

 当時の教皇庁のことを聞き知った今なら、師匠が人嫌いになった理由がわかるかもしれない。

 きっと、大勢から利用されて嫌になったんだろうな……


 当時はまったく気にしていなかったが、煌石を扱う力を失っても、エレナの力を利用して教皇の座につき続けた先代教皇の悪事を知っている今なら、師匠が人気のない山奥に籠ってまで他者との関わりを避けている理由を、ティアととともに何となく理解するセラ。


「過去のことが原因で今回の騒動を引き起こした――そう考えられないかしら?」


「確かに、過去に何かあったのか、師匠は教皇庁や鳳グループに対して、その二つの組織が設立したアカデミー大しても良い印象は持っていなかった。そのせいで、昔、アカデミーに入学しようと考えた優輝と大喧嘩したことがあった――だが、そんなことで周りを巻き込んだ騒動は起こさないと思う。確信はないが」


「私もティアと同じ意見です。良くは思っていなかったけど、師匠はそれなりにアカデミーの動向を気にかけていましたし、数年前にファントムが最初に起こした事件の際、不承不承ながらも事件解決に尽力しました――確かに人嫌いで、頑固で、厳しくて、人の親としてどうかなって、そういう性格が原因で奥さんと長年別居中なんじゃないかって思う時はありますが」


「その通りだ。弟子という立場でなければ、闇討ちを仕掛けようと何度も思ったことはあるが、それでも、一応は師匠だ……関係が深い私たちが何を言っても説得力がないと思うが」


「……じゅ、十分にあなたたちが師匠のことをどう思っているのかは伝わったわ」


 師匠のことを尊敬していると同時に、色々と積もりに積もった気持ちがあるセラとティアの想いは十分に伝わった萌乃は、引き攣った笑みを浮かべていた。


「でも、あなたたちの話を聞いていると久住宗仁は人嫌いで性格に難があるし、奥さんと別居中だなんて、意外と人間味溢れる人物ね。伝説の聖輝士っていうことでしか彼を見ていなかったから、何だか新鮮に思えるわ」


「奥さんとは定期的に連絡して、山奥に暮らしている師匠が生きているかどうか確認しに来ているらしいので仲は決して悪くないんですけど、優輝の教育方針で揉めたらしくて……それっきりらしいです」


「何だか、それを聞くと伝説の聖輝士が何だかかわいく思えてくるわ♪」


「修行と言って冬の山に三人の子供を置き去りにして人がかわいいと思いますか?」


「山奥に放り込まれ、目隠しをされ、その状態のまま家に戻って来いと言われたこともあったな」


「小さな石を遠くに放り込んで、見つけるまで戻ってくるなって言われたこともありました」


「水中訓練で真冬の川に長時間放り込まれたこともあったな」


「……うん、思わないわね」


 過酷な修行の数々を思い返しているセラとティアに、宗仁をかわいいと言い放った自分が間違いだと萌乃はすぐに判断した。


「それにしても、もしも、本当に久住宗仁が関わっているとするなら、目的は何なのかしら」


 思い詰めた表情を浮かべて自分の質問に答えることができないセラとティアを見て、萌乃はやれやれと言わんばかりにため息を漏らし、アクセルを踏む力を強くする。


「――まあ、すべては優輝ちゃんたちの元へ向かわないとわからないわよね」


 力強い笑みを浮かべ、萌乃は運転に集中して優輝の元へと急いだ。




―――――――――




「いやぁ、アルトマンが生きていただけではなく、まさか、あの伝説の聖輝士が関わっているなんて――これはエレナさんでも予想できなかったんじゃないの?」


「……ええ。想定外です」


「でも、よくよく考えれば納得できるかもね。天宮家関係者、教皇庁過激派、外部のテロ組織――その三つをまとめるにはある程度実力とカリスマを持った人間じゃなきゃ無理だからね。伝説の聖輝士とアルトマンなら余裕だね」


「生死不明になったアルトマンが久住宗仁の元に隠れていたのなら、アカデミーの情報網に彼が引っかからなかったのも納得できます。誰も伝説の聖輝士とアルトマンが手を組んだと考えません。それに、草案だけ決まっていた煌石一般公開の件も、彼ならば何らかの手段を用いて得られるでしょう」


「灯台下暗し……まったく、アルトマンだけでも厄介なのに、伝説の聖輝士も登場とは実に面倒な事態になってきたよね」


「ええ、同感です」


 煌石展示会場である闘技場内――現在闘技場内はすべての防火シャッターが下りており、出入り口のシャッターも下りている状態で、外部と隔絶された鉄の要塞と化していた。


 それに加え、アルトマンが生きており、伝説の聖輝士・久住宗仁が今回の騒動に関わっていると聞いてから、警戒レベルはマックスになり、会場内と周辺に張ってある結界が更に強くなり、大和が認めた輝石使いでなければ輝石が使用できない状況になっていた。


 先程状況報告をするために連絡してきた克也から得た情報を心底愉快そうな表情で並べる大和に、無表情ながらもエレナは僅かに動揺していた。


 アルトマンが生きていることも、伝説の聖輝士が今回の騒動に関わっていることも、エレナにとって、もちろん大和にとっても想定外だったからだ。


 想定外の事態に陥りながらも二人は軽快に会話をすることによって冷静に努め、集中して煌石を操ることができた。


「でも、攫われたプリムちゃんを奪還で来たって考えると状況は良くなっているのかな? それに、アカデミー都市で暴れている人たちも次々と拘束できているみたいだし、あの爆発騒ぎも結局は花火みたいなもので、実害が出なかったっていうんだから」


「そう思いたいのですが、まだ油断はできません……もうしばらくしたら、警戒レベルを少し下げ、シャッターを開けて闘技場内に取り残された観光客の方々を解放しましょう」


「オーケー。でも、さっさと解放した方がいいかもね。もう三十分以上このままだし、アリーナにいるリクト君は大丈夫だけど、一緒にいるアリシアさんは文句を言う観光客の世話でフラストレーションがたまっているだろうし、ああ、麗華と刈谷さんもいるんだっけ? ……二人の傍には大悟さんと克也さんがいるみたいだけど、不安だなぁ」


「多少のクレームは覚悟しましょう」


「諦め早いって、エレナさん……仕方がないと思うけどさ」


 アリシア、麗華、刈谷――傍にストッパーがいるとはいえ、クレームを並べるお客様たちへの不満が爆発し、キレたら何をしでかすのかわからないメンツが揃っている状況で、早々に諦めているエレナに呆れながらも、ある程度は仕方がないことだと覚悟する大和。


「もし何かが起きたとしても、今回の騒動は最終的に開催決定の判断を下したのは我々アカデミーとはいえ、外部からの圧力があったのは事実なので問題ありません」


「最終的には責任を擦り付けられるってこと?」


「因果応報――いいえ、持ちつ持たれつ、というところでしょうか」


「……エレナさん、悪いなぁ」


 何が起きたとしてもアカデミーのリスクを最小限に回避するエレナの姿に、大和は薄ら寒いものを感じ、大悟と同様下手に彼女に逆らわない方が良いと心から思った。


「今回の騒動、想定外続きだけど……自分の判断、後悔してる?」


 話が一段落したところで、不意に大和はエレナに質問をする。


 今回、アカデミーのためだと周囲を説得して危険を承知で、実際は損得ではなく自分の直感で開いた煌石一般公開に踏み切った自分の判断について、どう思っているのか大和は尋ねた。


 騒動が起きるのはある程度想定していたが、それを超えた出来事が発生したことについて、バカにしているわけではなく、ただ大和は今のエレナがどう思っているのか聞きたかった。


「後悔はしていません。それに、公開に踏み切ってから今日に至るまで、不自然なほど自分の判断に自信が持てているのです――今日を乗り越えればすべてが上手く行くと、何かが変わると……あなたもそう思いませんか?」


「どうだろうね……まだ、わからないや」


 自分がどう思っているのかと質問を返され、大和は普段通りの軽薄な笑みを浮かべるが――内心、煌石一般公開が決まって一週間、エレナと同様の根拠のない、不自然な自信が大和の中に生まれ、時間が経つにつれてそれが強くなっていた。


 同時に、何か抜け落ちている、何か大切なものを忘れている、そんな違和感も生まれていた。


 自分と同じ想いを抱えている大和を見透かしながらも、口では説明できないことを十分に理解しているからこそエレナはこれ以上突っ込んで話を聞かなかった。


「それにしてもエレナさんが想定外の事態に動揺してなくてよかったよ」


「教皇として当然です」


「隙を見せたらアリシアさんに何をされるかわからないからね」


「ええ、理解しています――そのために、刈谷さんと大道さんを利用していることも」


「さすがエレナさん、やっぱり知ってたんだ。アリシアさんの不安は杞憂だったみたいだね」


「隙を見せたら寝首を掻くと本人が言っていましたので――それに、わかりやすいので」


「少しは文句言ってもいいと思うんだけど。アリシアさん、本気でトップの座を狙ってるし」


「こちらも身が引き締まるので、逆にありがたいことです」


「すべてはエレナさんの掌の上? ……怖いなぁ」


「ありがとうございます?」


「褒めてはいないんだけどね……さすがはナチュラルサディスト」


 エレナには秘密で動いていたつもりが、すべて筒抜けだったアリシアがエレナに踊らされていたことを知り、大和は彼女を憐れむとともに、改めてエレナには逆らえないと思い知った。

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