第30話
夕暮れ時のセラの部屋。
沙菜によって壊された扉は一日で修復してくれたので、問題なく暮らせるようになった。
いつものように、夕食を食べるためにセラの部屋に訪れるティア。
ようやく事件と煌王祭の後処理を終えたティアのために、セラはスペアリブを醤油ベースのタレと一緒に圧力鍋で煮込んでいた。
大好物の肉料理に、普段は感情を表に出さないクールなティアでもほんの少しだけ喜びの感情を露わにするが――
「……」
セラが料理を作っている最中に来た訪問者に、好物である肉料理の完成が目前であるにもかかわらず、ティアのテンションは一気に下がっていた。
リビングで訪問者――久住優輝とテーブルを挟んで、向かい合うようにしてティアは座り、氷のように冷たい目で彼を睨んでいた。
後は煮込むだけの作業なのでセラはリビングに向かい、ティアの隣に座り、対面にいる優輝をティアと同じく冷たい目で睨んでいた。
二人に睨まれて優輝は居心地が悪そうでだったが、会話をしなければずっとこの状態が続くと思い、小さくため息を漏らして話をはじめる。
「相変わらず料理をしているんだな、セラ……ティア、お前も相変わらず肉が好きなのか」
フレンドリーに話しかける優輝に、ティアは大きく鼻を鳴らした。
「……お前が昔のことを口に出すとはな」
「当然だろう、お前たちは幼い頃から修行してきた幼馴染だからな」
「笑わせるな」
爽やかな顔をして昔のことを口にする優輝に、ティアは心の底からの不快感を露わにしてそう吐き捨てた。明らかに拒絶している様子のティアに優輝は嘆息する。
「ティア、お前はまだ四年前のことを恨んでいるのか?」
「『まだ』? ふざける――」
「落ち着いて、ティア!」
何気なく言った優輝の一言に、静かに激怒したティアはポケットからチェーンに繋がれた輝石を出して立ち上がり、セラの部屋の中であるにもかかわらず、輝石を武輝に変化させようとする。そんなティアをセラは慌てて制止させた。
セラの制止に、一気に冷静に戻ったティアは小さく深呼吸をして椅子に座る。
「優輝、これ以上ティアを刺激するなら――私は許さない」
忠告するような一言のセラ。セラもティアと同様静かに怒っていた。
二人の様子に、優輝は諦めたようにして深々とため息を漏らした。
「俺もやり過ぎてしまったと今ではそう感じている。四年前はすまなかった……あの時は純粋過ぎた。周囲の意見を聞かないほどにな」
椅子から立ち上がり、優輝は深々と頭を下げるが、ティアは許す気はなく、彼の髪を掴み上げ、一発きつく握った拳で顔面を殴り、胸倉を掴んだ。
殴られて優輝の頬は赤く腫れ、口内を切って口の端からは一筋の血が流れていた。
「……満足か?」
自身の胸倉を掴んで激情の炎を宿した目で睨むティアに、優輝はそう尋ねた。
満足ではないと言うようにもう一発殴ろうとするティアだが、振り上げた拳をセラが受け止めた瞬間、今度はセラが優輝の頬を張った。
セラが優輝の頬を張ると、ティアは乱雑に胸倉を掴んでいた手を放した。
ティアから解放されると優輝は尻餅をつき、口元についた血を拭いながら立ち上がった。
「すまなかった……その一言で私たちがあなたを許せると思うの?」
「取り返しのつかないことをしたのは理解している」
「あなたが純粋に力を求めていたのは理解できる。それは私たちも同じだったから……でも、過剰な力を追い求めすぎるあまり、あなたは私たちの前から去り、その去り際にあなたは師匠を――あなたは自分のお父様を傷つけた! それだけじゃない、あなたを制止させようとした私たちも傷つけた!」
叫び声にも似た怒声を張り上げるセラ。
セラの言葉を聞いた優輝は自分のしたことを思い出し、苦々しい顔になって俯いた。
「……あの後、父さんはどうなった」
俯きながら、必死に何かを堪えるような震える声で優輝はそう尋ねると、冷たい目で見下ろすティアは静かに口を開いた。
「幸い、師匠の傷は浅かったが、息子であるお前に傷つけられた心の傷は決して癒えないだろうな――私たちと同様に」
「そうか……」
ティアの言葉を聞いて、顔を上げた優輝は心の底から安堵しているようだった。
しかし、安堵している優輝の顔をティアとセラは冷え切った眼で睨んでいた。
セラはアカデミーに来て、一番優輝に聞きたかったことを尋ねることにした。
「……優輝、あなたはアカデミーに来て何が目的なの?」
セラの質問に、三人の間に沈黙が走る。
ティアは優輝を睨み、彼が発する答えをジッと待っていた。
沈黙が続く中、優輝はゆっくりと、焦らすようにして口を開いた。
「俺の目的は今も昔も変わってない」
迷いがいっさい感じられない優輝の答えに、セラとティアの間に緊張感が走る。
そんな二人を無視して、優輝は部屋から出ようとする。
「俺の目的はただ一つ、『
優輝は短くそう告げて、部屋を去った。
まったく変わらぬ目標を掲げている優輝の背中を、セラとティアの二人は唖然とした様子で見送ることしかできなかった。
そんな優輝の背中を見て、セラは麗華と幸太郎の姿が頭に過った。
二人は絶対に巻き込めない……。
改めて、心の中で二人を巻き込まないという固い決意をして、悲しそうな、それでいて何か強い覚悟を決めた表情のセラはティアと無言で見つめた。
セラに見つめられ、感情を感じさせない氷のように冷たい表情のティアは無言で、力強く頷いた。
セラとティア、二人は同じことを思い、そして、判断していた。
四年前と何ら優輝は変わっていないということを。
そして、久住優輝は――
倒さなければならない敵だということを。
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