第31話
ゴールデンウィーク最終日――病院のベッドで横になっている幸太郎は、窓の外に映る夕日を見て、心の底から大きくため息を漏らしていた。
結局、ゴールデンウィーク……潰れちゃったなぁ……
リクトの事件で怪我を負った幸太郎は、怪我の治療でゴールデンウィーク中は入院することになってしまい、ゴールデンウィーク終了の明日の朝一に退院することになった。
怪我自体は命に別状なかったらしいが、それでも傷の範囲が大きく、出血もしていたため入院することになってしまった。
幸太郎は横になってニュース番組を見ながら、煌王祭が終わった翌日に来た輝士団団長久住優輝と、怪我をさせてしまって謝罪に来た水月沙菜に事件の顛末を教えてもらったことを思い出していた。
今回の事件――高峰さんたちの目的は二つあって、一つはリクト君の誘拐、二つ目は鳳グループの信用を完全になくすことだった。
最初のリクト君襲撃事件から高峰さんたちの計画ははじまっていたらしい。
煌王祭の会議の警備を輝動隊がすると決まった時から計画は進んでいたようで、警備情報を教皇庁内部の過激派に漏らして輝動隊の警備を失敗させて、鳳グループの信用を失わせるのが最初の目標だった。
その後は警備に失敗して信用がなくなった輝動隊を煌王祭の警備から外して、自分たちの計画のために輝動隊の動きを封じるのが目的で、それが計画の要だったらしい。
それで、煌王祭の警備を全面的に教皇庁がやることになって、輝士団の指揮を高峰さんに協力している聖輝士のクラウスさんが指揮を執って、自分の意のままに動かしてリクト君を追い詰めるために動かしていたらしかった。
そして、鳳グループの信用を完全に失わせるため、高峰さんは風紀委員を利用した。
鳳さんのお父さんが鳳グループのトップだから、追われているリクト君を助けるのに失敗すればさらに鳳グループの信頼が失うと考えてのことだった。
そのために、事前に高峰さんはリクト君に、風紀委員は信用できる組織だって教えて、何かあったら風紀委員に頼るように仕向けたらしい。
それで、何やかんやあって結局は僕たち風紀委員の活躍で高峰さんたちの計画は崩れて、高峰さんたちは捕まってしまった。
クラウスさんは昔、教皇候補だったけど、すぐに煌石の素質がなくなって、それで自分より下に見ているリクト君が教皇候補になったから納得できなくて、高峰さんに同調したということで、セラさんにボロボロに負けてかなりのショックを受けているらしい。
単なる嫉妬だと思うことにした。
高峰さんは事件の取調べにかなり協力的だったようだが、同時に抜け殻のようになってしまっているとのことだった。余程、教皇に軽蔑されたことがショックだったらしい。
単なるストーカーだと思うことにした。
二人とも同情の余地なしとして、特区送りにさせられた。
テレビをボーっと眺めながら事件のことを思い返していると、幸太郎にかわいらしいうさぎ型にカットされたリンゴが乗っている紙皿を差し出された。
「さあ、たんと食べたまえ」
「いただきまーす」
リンゴを差し出したのは、ボサボサの白髪頭で薄汚れた白衣を着て、眼鏡の奥の瞳に狂気を宿した、幸太郎の担任である――ヴィクター・オズワルドだった。
勢いよくリンゴを食べはじめる幸太郎。
あっという間になくなりそうなリンゴに、ヴィクターはメスを片手に再びバスケットの中にある新たなリンゴを手に取り、嘗め回すようにジッと見つめながらメスを使って、皮を途切れさせることなく、きれいに皮をむいていた。
「しかし、私のいない間に君もまた面倒な事件に巻き込まれたようだね」
「そうなんですよ――あ、博士、ショックガンの宣伝どうでした?」
「かなりの好評だ。次世代の非殺傷武器として、各機関の武装に採用されるらしい。近いうちに治安維持部隊にも支給されるだろう」
出張の成果を嬉々とした表情で語る、つい昨日まで出張中だったヴィクター。
幸太郎とヴィクターは和気藹々とした様子で話していると、ニュースには『蒼の奇跡』と呼ばれる話題になった。
その話題を見て、幸太郎は上体を起こして食い入るようにテレビを見つめた。
ニュースのキャスターたちが『蒼の奇跡』の説明をする前に、ある映像を見せる――
その映像を見た瞬間、幸太郎は落胆し、ヴィクターはテレビの画面を指さして、「ハーッハッハッハッハッ!」と、病院内であるにもかかわらず大音量で笑いはじめた。
テレビの映像に写っているのは教皇エレナ・フォルトゥス、そして、彼女の息子であるリクト・フォルトゥス。
二人は目を閉じ、精神を集中している様子であり、首に下げているペンダントについたティアストーンの欠片が青白い光を放っていた。
そして、その青白い光は倒れている一人の少年の身体を包んだ――少年の上半身にモザイクがかけられているが。
そこで映像が終了して、倒れている少年は怪我をしており、少年を包んだ青白い光が少年の怪我を治療したとテロップで流れた。
モザイクがかけられているのは少年のプライバシーのためでもあるが、怪我をして血を流しているからであり、お茶の間のみなさんを配慮してのことだった。
むなしくなってきたので幸太郎はテレビを消し、残念そうに深々とため息をついた。
そして、納得できていない様子の目をヴィクターに向けた。
「せっかくの全国デビューなのに上半身にモザイクだなんて……」
「安心したまえ。下半身ではないだけマシだ」
「そうですけど、できれば無修正がよかったです」
ヴィクターのフォローにあまり納得していない様子の幸太郎だった。
テレビで流れた『蒼の奇跡』は、この前の事件の出来事で、倒れているプライバシーのためにモザイクがかけられている少年は幸太郎だった。
この映像を見て、優輝から聞いた話を幸太郎は思い出した。
大和君はウェストエリアで開かれていた煌王祭に使われるカメラを使って、煌王祭の中継を割り込んで、ずっと高峰さんとの戦いの様子を煌王祭の撮影チームに無理を言って生中継させていた。
アカデミー都市中のテレビや街頭テレビに、高峰さんが僕とリクト君を追い詰めている様子の映像が映し出され、それを見た輝士団が輝動隊に一時的に協力して、鳳グループ内で会議をしていたエレナさんもそれに気づいて、リクト君の元へと向かったらしいとのことだった。
それが、あの時にエレナさんが突然現れて、後を追うようにして一時的にエレナさんの警護を務めることになった大和君や優輝さん、そして、エレナさんを守るボディガードの人たちが現れた理由だって言っていた。
……それがどうしてマスコミの人たちに流れたのはわからないが、煌石の欠片が青白く光って、その青白い光が僕の身体を包み込んで怪我の治療をするシーンを世間では『蒼の奇跡』と呼ばれ、絶賛されていた。
優輝との会話を回想している幸太郎の傍らで、『蒼の奇跡』の映像とそれに対しての世間のコメントを見て、ヴィクターは呆れている様子だった。
「しかし、『蒼の奇跡』――実際は完全な治療はしていないんだろう?」
「でも、ほんの少し傷が塞がっていたみたいです。そのおかげで傷跡が残らなかったって先生が言っていました……傷モノの身体にならなくてよかったです」
「まったく、教皇庁は何でもかんでも奇跡に繋げようとする……だからこそ、今回のように教皇に神秘性と神聖性を求め、神格化させようとする過激派が動き出したというのに、それが理解できていないようだ」
傷跡が残らなくて呑気に喜んでいる幸太郎と、今回の教皇庁の対応に納得ができていない様子のヴィクター。
そんな二人の前に、一人の少年が扉をノックして病室内に入ってきた。
入ってきた少年はリクト・フォルトゥスだった。リクトの登場に幸太郎は笑顔で出迎え、教皇の息子の登場にヴィクターは興味深そうに彼のことを見つめていた。
「来てくれたんだ、リクト君」
「はい。事件と煌王祭の後処理が終わったので、お加減はいかがかと思いましてって――……」
幸太郎に挨拶をしていたリクトだったが、ヴィクターの存在に気づいたリクトは、大きく口を開けて驚いた様子で彼のことをジっと見つめていた。
「も、もしかして、あなたはヴィクター・オズワルドさんでしょうか……」
「……君の言う通り、私はヴィクター・オズワルドで間違いないぞ」
純粋な好奇心の光を宿すリクトに見つめられ、ヴィクターは居心地が悪そうだった。
博士にしては珍しい……。
そんなヴィクターのよそよそしい態度を、幸太郎は物珍しそうに見つめていた。
「あ、あの、はじめまして! 僕はリクト・フォルトゥスです! ヴィクター先生の著書を何冊か読ませていただきました! 輝石や煌石についての新しい解釈がとても素晴らしかったです! あの方との共同著書も読ませていただきました!」
憧れの人が目の前にいるようなテンションで自己紹介をするリクトに、ヴィクターは思わず面を食らってしまうが、すぐに満更ではなさそうな顔になった。
「教皇庁に所属している君が、教皇の息子である君があれを読んでいるとは……まあいい、君は君だ。今度本を持ってくればサインをしてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
ヴィクターの言葉に、何度も何度も嬉しそうな顔で頭を下げるリクト。
まるで、リクトは有名人にサインをもらえる一般人のような反応を示していた。
ヴィクターと出会えて興奮していたリクトだったが、しばらくしてようやく落ち着いてきた様子で、首に下げているペンダントについたティアストーンの欠片を見つめた後、そのペンダントを幸太郎に差し出した。
「ヴィクター先生がいるならちょうどよかった――幸太郎さん、これを持ってください」
「え? うん……いいけど」
突然の申し出に、戸惑いながらもリクトから差し出されたティアストーンの欠片がついたペンダントを手渡した。
すると、幸太郎の手の中でティアストーンの欠片が、幸太郎が輝石に触れた時と同じように、切れかけの電球のように不安定な明滅を繰り返しながらも、青白く発光していた。
その光景を見て、リクトは「やっぱり……」と呟き、ヴィクターは驚きのあまり目を見開いていた。
「まさかモルモット君……君は煌石を扱える資質を持っているのか?」
驚愕しているヴィクターとは対照的に、複雑な表情を浮かべているリクトは、一人納得した様子で落ち着いていた。
「……あの時の反応は見間違いじゃなかったんだ」
「僕ってもしかして、次期教皇候補になれるの?」
二人の話を聞いて、自分が煌石の資質を持っていることに気がついた幸太郎は、思わず自分が次期教皇候補になれるかもしれないという喜びに呑気に浸っていた。
しかし、そんな様子の彼とは対照的に、リクトとヴィクターは真剣な表情で考えていた。
「今まで煌石を扱える者は、例外なく輝石の力を扱えていた――武輝も出せないほど輝石の力を扱えていない君がなぜ……」
「ヴィクター先生もそう思いましたか……僕もそれがわからないのです」
「これは新発見であると同時に、厄介なことになるかもしれん」
ヴィクターとリクトの小難しくて幸太郎には理解できない話が終わると、真剣な顔をしたヴィクターはふいに幸太郎の両肩を掴み、彼を心配そうな目で見つめる。
今までに見たことがないほど真剣な表情のヴィクターに、幸太郎は思わず息を呑んでしまう。
「モルモット君……どうやら君には煌石を扱える資質があるようだ」
「次期教皇候補になれるんですか?」
「候補にはなれるが……」
リクトのように次期教皇候補になれということを知り、素直に喜びさっそく幸太郎は次期教皇候補になろうかと呑気に考えていた。
そんな呑気な態度の幸太郎を一喝するように、ヴィクターは力強い目で睨みつけるようにして彼を見つめる。
ヴィクターの目は幸太郎を心配しているようでありながら、警告しているようだった。
「次期教皇候補――つまり、煌石を扱えるということは、多くの人間に狙われることになってしまうのと同じことなのだ」
ヴィクターの言葉に、リクトは同意を示すように頷いた。
「煌石は多くの歴史資料に名を残していますが、現存している煌石は教皇庁が保有するティアストーンのみ。次期教皇候補者を支配下に置いて、様々な力を使って教皇にさせて、教皇庁を支配すると同時にティアストーンを独占、そして悪用しようとする組織はたくさんいます……残念ですが、教皇庁にもそんなことを考える人間は存在しています。実際に今まで何度も、僕を含めた次期教皇候補たちは狙われてきました」
「その通りだ。君が煌石を扱えると周囲が知ったら、教皇庁、外部の組織、そして、鳳グループは君を利用するために、周囲の人間を巻き込んでなんでもする……君の世界は一変して物騒な世界に早変わりだ。それで良ければ、次期教皇候補になっても私は引き止めん……さあ、どうする」
脅すような口調で言っているヴィクターとリクトだが、二人は幸太郎のことをかなり心配している様子で、幸太郎にもそんな二人の気持ちが伝わった。
そんな自分を心配してくれる二人や、セラと麗華、そして、家族や友達たちが巻き込まれることを想像したら、幸太郎は心の底からの嫌悪感を表情に表わした。
「それは嫌ですね。なら、教皇候補にはなりません」
自分の周囲の人間が巻き込まれることを想像した後に、幸太郎は迷いなくすぐにそう答えた。
自分が煌石を扱える資質を持ち、次期教皇候補なれる存在であることを知って、今まで有頂天になっていた幸太郎だが、一気に冷め切っている様子で、次期教皇候補という肩書に何の未練もない様子だった。
そんな様子で、嫌悪たっぷりに教皇候補になるのを嫌だと迷わずに言った幸太郎に、リクトとヴィクターは安堵しているようだった。
「それが賢明な判断だ。輝石を扱えず、自分の身を守る術がない君はドロドロした大人の汚い世界に首を突っ込むべきではない」
改めて釘を刺すようなヴィクターの一言に、幸太郎は何度も頷いた。
「次期教皇候補がそんなに危険って知らなかった。それをずっとやってるんだから、リクト君ってすごいんだね」
純粋な感想を口にする幸太郎に、リクトは照れながらも、暗い表情を浮かべていた。
「次期教皇候補は多くのボディガードに囲まれますが、僕は次期教皇候補であると同時に教皇の息子です……そんな理由で僕には普通の候補者たちよりも多くのボディガードに囲まれているんです……だから、今まで僕が平穏に過ごせたのは――」
リクトは俯き、それ以上の言葉を発することができなかった。
自分が今まで平穏無事に過ごせたのは、母であり教皇であるエレナのおかげであり、そして何よりも、自分を幼い頃から守ってくれた高峰のおかげでもあった。
十年以上もの間自分を守ってくれて、そして、裏切った高峰のことを思い出し、悲しさと悔しさに涙さえも浮かぶリクトだが、そんな彼を誰も慰めることはしなかった。
事件に関係のないヴィクターは興味なさそうにリクトの様子を眺め、幸太郎は再びリンゴを口に運んで、リクトの言葉を待っていた。
一瞬の沈黙の後、幸太郎は思い出したように「あ」と、声を出し、俯いているリクトの両肩に手を置いた。
「そういえば、忘れてた――色々とありがとう、リクト君」
思い出したかのように突然お礼を言った幸太郎に、俯いていたリクトは顔を上げ、涙が滲み、自分を慰めてくれる言葉を待っているかのような、縋るような目で彼を見つめた。
「高峰さんたちを捕まえられたのはリクト君が戦ってくれたおかげだし、僕の怪我が治ったのはリクト君や、エレナさんのおかげ。ありがとう、リクト君」
単純にお礼を述べているだけの幸太郎だが、彼の言葉の一つ一つが、信頼する人間に裏切られて、傷ついたリクトの心を癒していた。
もう少しリクトは幸太郎の声を聴きたいと思い、うっとりとした様子で彼を見つめて、言葉を待っていたが――飽きている様子のヴィクターがわざとらしく、そして、不機嫌そうに咳払いをして、リクトは現実から一気に戻ってきた。
「青春しているところ悪いが、煌石の件はこの三人だけの秘密だ。絶対に口外しないこと。私もこれ以上モルモット君が煌石を扱える資質を持っていることは言わないし、触れない……少し興味があるが、周囲に不審に思われるかもしれないので身体検査もしない……モルモット君の安全のためだ。リクト君、君もわかったかね」
「もちろんです。幸太郎さんを危険な世界に放り込むことはできませんから」
ヴィクターの約束に、リクトも同意を示し、力強く頷いて約束した。
幸太郎も頷くが、少し迷っている様子だった。
「セラさんや鳳さんに言わなくてもいいんですか?」
「二人は確かに信用できるが、鳳麗華は鳳大悟の娘であり、彼女の周囲に信用できる人間はほとんどいない。セラ・ヴァイスハルトに関しては問題ないとは思うが、今はできるだけ少数で秘密を共有するべきだ」
「……わかりました」
友達に秘密を抱えることにあまり納得していない様子の幸太郎だが、『今は』という部分をヴィクターは強調していたので、いつか言える日が来るだろうと思い、納得した。
幸太郎の病室内に、暗い雰囲気が流れるが、すぐにそれを打ち破るかのように幸太郎から腹の虫の音が響き渡り、リクトとヴィクターは思わず脱力してしまった。
「病院食は腹持ちが悪いから……退院したらファミレス行こう――ね、リクト君」
「え? あ、はい!」
突然話を振られて戸惑ったが、リクトは幸太郎の誘われて嬉しそうに、それでいて楽しみな様子で力強く頷いた。
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