第24話

「んー……」


 アリシアとともにリクトはアリーナに戻ると、二人の想像通り、煌石の前に難しい顔をして唸り声を上げて小首を傾げ、時折欠伸をしている少年が立っていた。


「……あれ、何してるの?」


「さ、さあ……で、でも、かわいいです……」


「はぁ? 何言ってんの、こんな時に」


「ご、ごめんなさい……で、でも、やっぱり、かわいいです……」


「しっかりしなさいよ――ちょっとアンタ! 何してんの?」


「あ、アリシアさん、僕が前に出るので下がっていてくださいよ」


「明らかに弱そうでしょ、あれ――ちょっと聞いてんの? アンタよ、アンタ!」


 小首を傾げている何の特徴のない少年に、母性本能をくすぐられてしまっているリクトを放って、アリシアは強気な態度で少年に声をかけた。


 敵かもしれないというのに恐れずに前に出るアリシアを抑えるリクトだが、構わず前に出て少年に近づくアリシア。アリシアの甲高い声に少年は数瞬の間を置いて反応し、「どーも」とアリシアとリクトに向けて能天気で無邪気な笑みを向けてくる。


 かわいい……


 そんな少年の笑みを見て、リクトは思わずキュンとしながらも「オホン」と、そんな自分に喝を入れるようにわざとらしく咳払いをする。


「そこで何をしているの?」


「ごめんなさいアリシアさん。秘密にしろって言われてるので秘密です」


 妙に馴れ馴れしく自分の名を呼ぶ少年に不快感を露にしつつ、完全に相手が自分よりも下だと判断したアリシアはサディスティックな笑みを浮かべる。


「勘違いしないでくれる? これ、質問じゃなくて尋問だから――何でもありの」


「優しくしてください」


「尋問に優しくもクソもないのよ。取り敢えず、拘束させてもらうわ」


 相手の呑気なペースに呑まれそうになりながらも、アリシアは少年に詰め寄り、持っていた結束バンド上の手錠で後ろ手に両腕を拘束する。抵抗することもなく、あまりにもスムーズに拘束できたので何かを隠していると思い、アリシアは不審そうな目を少年に向けた。


「……随分あっさり捕まるのね」


「抵抗したくないんですし、したらしたで後が怖いですから」


「殊勝な心掛けね。リクト、何か隠していないかチェックしなさい」


「え、えぇ? 僕が、ですか?」


 唐突にボディチェックを指示されて驚きながらも、ちょっと嬉しそうなリクト。


「当然でしょ。危険なものを仕込んで、か弱い私が傷ついたらどうするつもり?」


「「え?」」


「ぶっ飛ばすわよ、アンタたち! ――とにかく、早くやりなさい」


「わかりました……し、失礼します、ね?」


「優しくしてね、リクト君」


「大丈夫、力を抜いてくださいね」


 恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに少年のボディチェックをはじめるリクト。


 少年は相変わらず呑気な表情でボディチェックを受け入れた。


 ――わぁ、身体細いなぁ……筋肉もあんまりついていないみたいだ。

 そ、それに、いいにおいもする……

 な、何だろう、この固いの――これって、もしかして……


 少年のボディチェックをじっくりと行うとともに、彼から発せられる甘いにおいに酔いしれるリクト――しかし、彼の腰に手を当てた時、硬い感触が掌に広がった。


 その硬い感触の正体を確かめるため、それを手に取って確かめると――


「銃――これは決定的ね」


 白銀色に輝く銃のようなものを見て、アリシアは、そして、リクトもこの少年がアルトマンたちと何らかの関わりがあると確信した。


「それ、ショックガンですよ」


「殺傷能力がなくとも武器。他に何か持っていないでしょうね」


「ポケットの中に輝石があります」


「はぁ? 武輝を使える輝石使いのくせしてどうしてショックガンを持ち歩いてんのよ」


「僕、輝石使いじゃないみたいです」


「輝石を扱えなければ石ころも同然なのに、輝石を持っている理由がますますわからないわね。まあいいわ。リクト、連れて行くわよ」


 ヴィクターが開発し、今や全世界に流通している、電流を纏った衝撃波が放つことができる殺傷能力のないものでも、アリシアの言う通り少年の持っているものは武器だった。


 悪い人には見えなかったが、武器を持っている時点でアウトなので、リクトは残念そうに小さくため息を漏らしながら彼の持つ輝石を取り上げようとするが――


「まったく……何をしているんだ、君も、彼も……」


 気配を感じられなかった……一体何者だ?

 ――いや、この気配……感じたことがある……まさか――この人……


 気配なく憔悴しきった声とともに現れるのは、全身黒ずくめで顔を覆うフードを被った人物だった。


 疲れ切った様子の声と同じく、フードを被った謎の人物から放たれる雰囲気は弱々しいが、それでも声を出すと同時に放たれた威圧感は、リクトとアリシアの警戒心を一気に高めるほど圧倒的だった。


 謎の人物が登場すると同時にリクトは輝石を武輝である盾に変化させる。


 フードで顔あ覆われているため現れた謎の人物が誰かわからなかったが、リクトとアリシアはその人物が放たれる、感じたことがある肌を刺すような力の気配に大体予想ができていた。


 その人物がアルトマン・リートレイドであることを。


「ごめんなさい――でも、大丈夫ですか?」


「この様子を見ればわかるだろう……」


「それなのによくここまで来れましたね」


「幸い今は避難の誘導に必死だからな。労せずに来れたのだ。だが、役立たずでも君に近寄ったおかげでだいぶ楽になったようだ」


「ありがとうございます」


「褒めてはいない! まったく、役立たずにも程がある。それよりも、彼は何をしているのだ。ここに来る役目は彼だったというのに、連絡もよこさないで」


「世間話はそれくらいにしておきなさい――随分仲が良いみたいね」


「ありがとうございます?」


「どこがだ!」


 謎の人物と少年の会話を眺めていたアリシアは、悪の女幹部のような笑みを浮かべる。


 アリシアの一言に照れる少年と、苛立ちに満ちた怒声を張り上げる謎の人物。


「アンタ……アルトマンね? 元気そうで何よりだわ」


 アリシアの言葉に謎の人物――アルトマンは何も答えない。


 しかし、答えなくともアリシアとリクトには彼の正体はわかっていた。


「わざわざ危険を承知でこのガキを迎えに来たってことは、アンタにとってこいつはかなりの重要人物ってこと。そのお仲間が私たちの手の中にいる――何が言いたいのかわかるわね?」


「アリシアさん、卑怯ですね」


「アンタは黙ってなさい! というか、アンタさっきから馴れ馴れしいのよ!」


「……どうしましょう」


 ……卑怯だけど、相手がアルトマンさんである以上仕方がない。


 拘束した少年に、彼から取り上げたショックガンを向け、人質に使う気満々のアリシアに若干引いてしまうリクトだが、まともに戦えば周囲に甚大な被害をもたらしてしまうであろう相手と穏便に済ますには、これしか方法がないと思い、何も言わなかった。


 少年を人質に取られてアルトマンは動けなくなる――ことはなく、輝石を使用不能にする結界が張られているというのに、平然と輝石を武輝である禍々しい形状の剣に変化させた。


「どうして、輝石を……」


「教皇と御子が結界を張っているようだが、無駄だ……ある程度はな」


 輝石を武輝に変化させたアルトマンに驚くリクトに、アルトマンの嘲笑を含んだ声が響き、不安そうな面持ちでありながらも、リクトは真っ直ぐと彼を見つめて武輝を構える。


「アリシア・ルーベリア――相変わらず相手の泣き所を見破るのが得意のようだが無駄だ……確かに君の言う通り彼は重要人物であるが、人質としての価値はまったくない」


「……どういうこと?」


「今回の件が失敗すれば我々は終わったも同然。終わるくらいなら、私が彼の介錯を務める」


 ――本気だ……一体どういうつもりなんだ?

 そこまでの覚悟を宿して、一体何が目的なんだ?


 アルトマンの言葉が本気であるとリクトはもちろんアリシアも理解し、人質を取って優位に立ったと思ってあくどい笑みを浮かべていたアリシアの表情が固まる。


「優しくしてくださいね」


「善処する」


「痛くしないでくださいね」


「善処する――君の犠牲は無駄にしないことを約束しよう」


「それなら、ドンと来てください」


 二人とも、本気だ――一体、何なんだ、この二人は……

 どうして、ここまでの覚悟を宿しているんだ?


 相変わらず平然としていられる少年は、頼りないくらいの胸を張ってアルトマンの行動を受け入れており、そんな様子は信じられないといった眺めていたリクトは、アルトマンよりも、何の変哲のない少年の方が強い覚悟を宿していることに気づく。


 アルトマンの一言で一気に形勢が逆転し、リクトたちは下手に動けなくなるが――


「この私の目が黒い内は、そんな悪辣非道な真似は許しませんわ」


 背後から届く尊大な声と、殺気にアルトマンは動けなくなる。


 アルトマンの背後には、武輝であるレイピアの切先を向けた鳳麗華が立っていた。


「ごきげんよう、アルトマンさん――慌てた様子のリクト様の連絡を聞いて、リクト様の元へ駆けつけてみたらこの状況、来て正解でしたわ」


「ありがとうございます、麗華さん。助かりました」


「フン! 来るならさっさと来なさいよ……どうせタイミングを見計らってたんでしょ」


 心強い味方である麗華が応援に駆けつけてくれて心から安堵するリクトと、あまりにもタイミングが良い登場をする麗華を不審に思うアリシア。


 アルトマンの背後を取って得意気な笑みを浮かべていた麗華は、アリシアの一言で図星をつかれながらも、「ウォッホン」と大仰に咳払いをする。


「アルトマン・リートレイド! 神妙にお縄をついてもらいますわ!」


「タイミングよく危機に駆けつける――どうやら、まだ完全に消えたわけではないようだ」


「? 意味がわからない戯言で私を惑わそうとしても無駄ですわよ」


「戯言か否か、そう判断するのは君自身だ。まあいい……まだ、時間が必要なようだからな――後どれくらい時間がかかる」


 アルトマンに話を振られ、少年は小首を傾げて難しい表情を浮かべる。


「わかりません」


「……とにかく、増援が来る前に急げ。後は君にかかっている」


「プレッシャー与えないでください」


「プレッシャーを感じているようには見えないが……――とにかく、頼んだぞ!」


 一旦介錯は保留にし、少年のために時間稼ぎをすることに決めたアルトマン。


 そんなアルトマンに麗華とリクトは警戒心を高めると――


 同時に、アルトマンは背後にいる麗華に攻撃を仕掛ける。


 煌石展示会場であるアリーナに相応しく、激しい戦いがはじまった。


 開始された激しい戦いを見て興奮しているかのように、二つの煌石は煌いていた。

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