第三章 蘇る違和感

第25話

 戦いがはじまって一分――アリーナ内にはアルトマンと麗華が激しくぶつかり合い、甲高い剣戟音が何度も響いていた。


 見栄えだけを気にした麗華の次々と繰り出される攻撃にアルトマンは防戦一方になりながらも、無駄に派手で隙が多いために反撃する隙は十分にあった。


 しかし、アルトマンの反撃を間に割り込んできたリクトが武輝である盾で防ぐ。


 防ぐ同時にアルトマンの攻撃の衝撃を吸収した武輝から、吸収した衝撃を輝石の力で上乗せした強大なエネルギーを、光を纏った衝撃波としてリクトは放つ。


 後方に大きく身を翻しながらアルトマンは衝撃波を回避し、リクトたちとの間合いを取る。


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 逃がしませんわよ!」


 だが、休む間もなくサディスティックな笑い声を上げた麗華が猪のように突っ込んでくる。


「行きますわよ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 アリーナの固い床を踏み砕く勢いで踏み込み、沈着冷静なアルトマンでさえも思わず脱力してしまう技名を叫ぶとともに放たれる必殺の刺突。


 強力な一撃は風を切り裂き、音を置き去りにし、空間さえも若干歪ませ、その一撃がアルトマンに迫る――が、必殺技の名前を叫んでいる時点で、どんな攻撃が来るのかわかっている彼にとって回避行動を取るのは余裕だった。


 しかし、攻撃が来るのがわかっていても、実際に回避するのは至難の業であり、麗華の必殺の一撃は肩を掠め、回避行動が一瞬でも遅れていればアルトマンに直撃していた。


 渾身の一撃を放ったが回避され、隙が生まれた麗華に武輝を持っていないアルトマンの手が赤黒い光に包まれ、その手を麗華に突き出す。


 だが、軽やかなステップで華麗にターンを決めながら麗華は武輝を振るう。


 予想外の一撃だが、アルトマンは半歩身を引いて回避――しかし、顔を覆い隠していたフードが切り裂かれてしまい、表情が露になった。


 雪のように白く染まった髪、整った顔立ちだが邪悪な本性が浮き出ている顔、若々しい外見だが、実際はアンプリファイアとティアストーンの欠片の力によって、老いた身体を無理矢理若くしており、不気味で妖しげな雰囲気を纏っていた。


 ……やっぱり、アルトマン・リートレイド――生きていたんだ……

 でも、なんだろう……半年前とはどこか違う。

 全身から放たれる周囲を委縮させる圧倒的な雰囲気と、実力は相変わらずだ。

 少し、表情が柔らかくなっている……ような気がする。


 顔が露になって改めてアルトマンの生存を痛感させられると同時に、半年前と比べて若干彼の表情が柔らかくなったのを感じ取り、違和感を覚えるリクトだが、そんな違和感は反撃してきた彼によって即座にかき消された。


 刀身に赤黒い光を纏わせた武輝をアルトマンは軽く振るうと、斬撃を纏った赤黒い衝撃波が麗華を襲う。


 即座にリクトは麗華の前に出て武輝で防ぐが、受け止めた瞬間に全身に襲いかかる衝撃でリクトの華奢な身体は軽く宙を舞う。


 間髪入れずにアルトマンは再び衝撃波を麗華に向けて放つ。


 迫る衝撃波に麗華は逃げることはせず、武輝に変化した輝石から力を絞り出し、その力を白い光として刀身に纏わせた麗華は「ふんぬッ!」と気が抜けるような気合とともに、勢いよく武輝を突き出し、アルトマンが放った衝撃を容易くかき消した。


 ――でも、半年前と違うのは麗華さんだって同じだ。

 僕なんかのフォローが必要ないくらい麗華さんは強くなっている。

 実力伯仲、そんな状況で僕もいるんだ――大丈夫だ、ここで決着をつけられる!


 半年前と比べてアルトマンの雰囲気が違っていたが、麗華も同様だった。


 アルトマンが生死不明となってアカデミー都市内で目立った事件が起きない中、麗華はそんな状況に怠けることなく自身を磨き上げていた。


 だからこそ、アルトマンの強力な一撃を容易に打ち消すことができた。


 そして、自身の無駄な動きをカバーできるほど身体能力を向上させ、時折隙をつかれてしまってリクトのフォローはしているが、実際はそれが必要ないくらいだった。


 互角の戦いを繰り広げる麗華に、ここでアルトマンを捕えるためにリクトも全力でフォローしていた。


「……随分強くなっているようだな」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 半年前の私とは違うのですわ! 今の私は半年前と比べて更に洗練され、美しくなり、エレガントになったのですわ!」


「笑い声も更にうるさくなってる」


「シャラップ! 外野は黙っていなさい!」


 アルトマンに自身の実力を認められて気分良く笑う麗華に、アリシアにショックガンを向けられ、拘束されているという状況で思ったことを口にする少年。


 そんな少年の正直な感想に麗華は敏感に反応し、声を張り上げた。


 麗華の気が少年に向いている隙に、彼女に向け赤黒い光を纏う刀身から光弾を発射して不意打ちを仕掛けるアルトマン。


「不意打ちとは卑怯ですわ! ――これはオシオキが必要ですわね」


 不意打ちを仕掛けられたことに文句を並べながらも、麗華は無駄に派手だが流れるような動きで回避しながらアルトマンとの距離を詰める。


 嗜虐心がたっぷり宿って瞳をギラつかせている麗華を迎え撃つアルトマン。


「この私の美技に酔いなさい! 必殺! 『ビューティフル・ハリケーン』!」


 恥ずかしげもなく聞くに堪えない必殺技名を叫びながら、連続突きを放つ麗華。


 一撃一撃が必殺の威力を持つ目にも止まらぬ連続突きに、アルトマンは一度でも防御すれば、防御を崩すまで一気に攻撃を仕掛けられると思い、回避に専念する。


 だが、完全に回避することができず、麗華の連続突きはアルトマンの身体を掠め続け、微量ながらも確実に彼にダメージを与えていた。


「リクト様! 今ですわ!」


 麗華に指示される前にリクトは既に動いていた。


 麗華の攻撃を回避することに集中しているアルトマンに向け、光を纏わせた武輝である盾を思い切り投げ、アルトマンに直撃し、勢いよく吹き飛んだ。


 アルトマンが吹き飛ぶと同時に、ブーメランのように盾はリクトの手元へ戻ってくる。


 吹き飛んで宙を舞うアルトマンに向かって麗華は跳躍し――


「さあ、地べたに這いなさい――必殺、『エレガント・ストライク・パートⅡ』!」


 空中にいるアルトマンを叩きつけるように必殺の刺突を放つ麗華。


 だが、空中にいながらも身を捻って麗華の一撃を回避、同時に武輝を持っていない手で彼女の後頭部を掴み、そのまま勢いよく地上へと投げ飛ばした。


 エレガントとは程遠い素っ頓狂な声を上げながら地上に叩きつけられそうになる麗華だが、固い床に衝突する寸前、リクトが用意していた弾性のある柔らかい光の障壁に包まれて無事に着地した。


 リクトのおかげで床に激突するのは防げた麗華だが、アルトマンの攻撃は続く。


 眼下にいる麗華目掛け、刀身に赤黒い光を纏わせた武輝を掲げたアルトマンは急降下する。


 回避が追いつかない麗華は防御に専念しようとするが、その心配は無用だった。


 リクトは麗華の周囲に輝石の力で作り上げた光の障壁を張り、アルトマンの強烈な一撃を防ぐ。


 ――ダメだ、受けきれない!


「麗華さん、逃げてください!」


「心配無用! ここで決着をつけますわ!」


 自身の障壁が破壊されると早々に判断したリクトは麗華に退避を促すが、麗華は逃げることはせず、力任せに障壁を打ち破ろうとするアルトマンを迎え撃つ気でいた。


 アルトマンと同様に武輝の刀身に白い光を纏わせる麗華――アルトマンが障壁を破壊すると同時に、必殺の一撃をお見舞いするつもりでいた。


 相打ちになる可能性は高いが、それでも相手を一撃で倒せる必殺の一撃を食らわせる絶好の機会である以上、麗華は退くことはもちろん、恐れることもなく、ただただ不敵な笑みを浮かべてアルトマンが障壁を打ち破るのを待っていた。


 アルトマンもまた、麗華が必殺の一撃の準備を終えたことを察しながらも退かなかった。


 お互い退かないことを察しながらも、リクトは最後の最後まで破られそうになる光の障壁の強度を上げていたが――もう限界だった。


「もうダメです! 持ちません!」


 その言葉とともにガラスが砕け散るような音ともにリクトの張った障壁が破壊される。


 同時に、アルトマンの渾身の一撃が、麗華の必殺の一撃が放たれる。


 二人の攻撃はほぼ同時に放たれ、交錯する――ことはなかった。


 突然二人の間を割り込むように飛んできた手裏剣が二人の攻撃を僅かに遅らせ、その隙に恐れることなく二人の間に入ってきた人物――武輝である十文字槍を持った巴が割り込んできた。


 巴はアルトマンの一撃を手にした十文字槍で軽く受け流す。


 迫る麗華の一撃は、巴と同時に刈谷は武輝であるナイフで麗華の一撃の軌道をそらした。


「ぎ、ギリギリセーフ……」


 麗華の必殺の一撃を何とか捌いて安堵のあまり脱力する刈谷。


 刈谷と同時に、最悪な結果にならずに済んで深々と安堵の息を漏らすリクト。


「お互いヒートアップしているところ悪いんだけど、まあ、一旦落ち着こうよ」


 極限まで昂った麗華とアルトマンを落ち着かせる、軽薄な声――最初に二人の攻撃の間に割り込んできた手裏剣を武輝とする、伊波大和が現れた。


 麗華やリクトだけではなく、大和、巴、刈谷――アカデミーでもトップクラスの実力者たちの登場にアルトマンは心底疲れたように深々とため息を漏らした。


「余計なお世話ですわ! 私一人でも十分でしたわ!」


「そうかもしれないけど敵を倒すには安全かつ確実にってね? ――特に彼にはね」


「それに、相打ち覚悟で攻撃を仕掛けるなんて危ないこと、私が許さないわ」


 数年前に起きた死神事件で、死神に命を奪われたと思わせておきながらも生きており、そして、半年前に発生した事件でも生死不明となり、アカデミーにもうこの世にいないだろうと判断されながらも生きていた――そんなアルトマンを倒すには念入りにする必要があると大和はあくどい笑みを浮かべながら説明した


 一対一の白熱した戦いの邪魔をされ、不満そうに口を尖らせながらも大和の言うことに珍しく一理あると思ったのに加え、これ以上巴を心配させないために何も言わなかった。


「――ということだから、卑怯だけどごめんね? ここにいる全員であなたを倒すからさ」


「……一人相手に随分と用意周到なものだな」


「お互い様じゃないの? ――まあ、これ以上好きにさせるのもこっちとしては癪だからね」


 軽薄な笑みを浮かべ、億劫そうに武輝である巨大手裏剣を担ぎながらも、大和はそれなりに戦意を漲らせていた。大和だけではなく、麗華やリクトはもちろん、巴も刈谷も激しい敵意をアルトマンに向けていた。


 そんな彼らを見て、再び深々とため息を漏らした後、拘束されている少年に苛立ちと焦燥に満ちた視線を向ける。


「時間がない――どうなっている」


「うーん……難しいです」


「煌石の扱い方は何度も教えたはずだ」


「何度も説明されても難しいですって。欠片では反応させましたけど、煌石で実践するのはじめてですし」


「無能め――まあいい、とにかく急げ。彼女たちを相手に何分持つかわからん」


 アルトマンの指示に、切羽詰まった状況であるというのに相変わらず呑気な様子で「はーい」と返事をして、「うーん」と難しい顔をして唸り声を上げる少年。


 ……かわいい。


 そんな少年の様子をリクトは愛らしく思い、麗華たちは若干気が抜けてしまう。


「君たちが何を考えているのかわからないけど、それじゃあ、行こうか――」


 気が抜けながらも、大和の言葉を合図に気を引き締め直した麗華たちは一斉にアルトマンに飛びかかった。













3月3日

申し訳ありません。

インフルエンザ中(;´д`) 次回更新ほんのちょっと遅れます。

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