第13話

 大悟との会話を終えた大和は、タクシーでセントラルエリアの大病院へ向かい、お菓子が入った袋を持ちながら、ウキウキした足取りで鼻歌を囀りながら幸太郎がいる病室へと向かっていた。


 セラたちを操ろうとしたアルトマンの力を無力化した幸太郎はすぐに病院に運ばれ、昼間と同様に身体検査が行われていた。


 検査の結果は特に何も異常はなく、本人は至って健常だった。


 そんな幸太郎の見舞いに大和は向かっていたが――本心では、今は幸太郎が一人だという話を、彼の検査に立ち会っていた萌乃から聞いたからこそ、大和は大急ぎで彼の元へと向かっていた。


 最近、幸太郎の周りには大勢の人が集まるため、二人きりになれる機会が少なかったので、大和は二人きりになれるチャンスを狙って、彼の元へと向かっていた。


 抜け駆けとか、そんなの別にいいもんねー♪

 みんな、素直にならないのが悪いんだから……


 最近、幸太郎を見る目が変わってきているセラや麗華のことを申し訳ないと思いつつも、躍るような足取りで幸太郎がいる病室の前へと向かう。


 緊張と嬉しさで弾む息を整えてから扉をノックしてから扉を開くと――


「あ、大和君」


 病室に入ってきた大和を、大勢の輝石使いが操られた最悪な状況を目の当たりにしたというのに能天気な笑みを浮かべて出迎える、ベッドに座っている幸太郎。


 そんな幸太郎の笑顔を見た大和は、アルトマンとの決戦が近づき、不安な思いを抱えていた自分がバカバカしくなっていた。


「やあ、幸太郎君。調子はどう?」


「元気百倍」


「そう、それはよかった――隣、いいかな」


「どうぞ」


「じゃ、失礼して。あ、これお見舞いのお菓子」


「ありがとう、大和君」


 幸太郎の許可が取れたので、彼の隣に座る大和――それも、かなり近くに。


「大和君、近いよ」


「ダメかな? あ、もしかしてにおいが気になる? シャワー浴びてないから、変なにおいじゃないといいんだけど」


「ちょっと汗のにおいがするけど、大和君すごく良いにおいがする」


「ちょっと恥ずかしいけどそう言ってもらえると嬉しいな。よかったら、堪能して良いから」


「じゃあ、たくさん嗅いじゃう」


「……幸太郎君のえっち」


 正直な感想を述べる幸太郎に照れながらも、その一言で大和の緊張がだいぶ解れたのだが――ここで、次の言葉が見当たらずに沈黙が続いてしまう。


 ……二人きりになれたのはいいけど……話す内容が見当たらないな……

 こういう時に麗華みたいな無神経さが羨ましいな。


「さっき、薫先生から聞いたけど、大変なことになっちゃったよね」


「え、あ、うん、そうだよね。アカデミーも最悪な事態だって言ってるよ」


 どんな会話をしようか大和は迷って沈黙が続いていたが、不意に放たれた幸太郎の言葉が沈黙を打ち破り、それに慌てて反応する大和。


「正直、アカデミーの戦力が半分以上奪われちゃったみたいだし、教皇庁旧本部にいる輝士の人たちや、世界各地にいる鳳グループに所属する輝石使いを集めても、状況はかなり厳しいって感じかな? それに何より、僕たちが考えている賢者の石を弱める作戦が上手く行くとは限らないしね」


 ……ちょっと言い過ぎちゃったかな?


 最悪な現状を包み隠すことなく幸太郎に伝えて、少し後悔する大和だが――幸太郎は特に気にしている様子はなく、相変わらず締まりのない呑気な表情を浮かべていた。


「でも、大丈夫だよ」


「こういう時の君の能天気さは羨ましいよ。君が言う『大丈夫』の一言だけで、不思議と何だか力をもらった気になれるんだからね」


「何だか照れる」


「どうして、君はこの最悪な状況でそこまで自然体でいられるんだい?」


「大和君たちを信じてるから」


 ……なるほどね……


 当然だと言わんばかりにそう答える幸太郎に、大和は心の中で納得する。


 どんな状況でも誰かや、何かを信じているからこそ幸太郎のようにどんな状況でも強く、前を向いていられることに大和は気づいた。


「……それじゃあ、君の信頼に応えないとね」


「僕も頑張るからドンと任せて」


 まともに力を扱えないながらも、自分にできることは精一杯するつもりで、頼りないくらいに華奢な胸を張る幸太郎に、大和は心強さを感じると同時に疑問が浮かぶ。


 その疑問を無意識に大和は口にしてしまい、縋るような目を彼に向けた。


「……幸太郎君は、自分の力を手に入れて後悔してる?」


「全然」


「相変わらずの即答だね」


 特に何も考えている様子なく即放たれた幸太郎の答えに、大和は苦笑を浮かべる。


「幸太郎君はすごいね……でも、偶然にも得た賢者の石で、たくさん辛い目にあってきたのに、本当に後悔なんてしていないのかい? そんな力さえなければ、君が経験した大半の不幸は回避できたっていうのにさ」


 どこか試すように、再び大和は問うが――再び「全然」と幸太郎は即答で答えた。


「大和君たちと会えた以上の幸運はないから」


「そうなんだ……うん、そうだよね……僕も、そう思うかも……」


 自身の中に眠る力をまともに扱えないがために、不幸も幸運もすべてを引き寄せ、苦楽を味わってきた幸太郎。


 しかし、大和たち大勢の友人たちと出会えたという多くの幸運に恵まれたからこそ、幸太郎は望まぬ力を得て不条理な目にあっても気にしなかった。

 

 そんな幸太郎の言葉を噛み締めながら、大和は同意を示した。


 偶然に得た幸太郎とは少し違うが、無窮の勾玉を自在に操れることができる『御子』である大和もまた、彼と同じで望まぬ力を得ていた。


 その力で自分を含めた大勢の人が不幸になってしまい、何度も自分の中に眠る力を恨んだし、こんな力なんてなければいいと思っていた。


 自分自身の一部である力が故に、自分自身を恨んでいた大和だったが、望まなかったとはいえ、力を得たおかげで自分たちに出会えたことが何よりの幸運だと言ってくれた幸太郎に、大和は軽くなったような気がしていた。


「ありがとう、幸太郎君」


「どういたしまして」


 自分の心への感謝の意味を理解していない幸太郎に、大和は心底楽しそうに、幼い少女のように無邪気に微笑み――その表情に僅かな熱が帯びはじめる。


「改めて、君のことを惚れ直しちゃったかな?」


「そうなの? ……僕に惚れたら、火傷するぜ」


「……なんだい、そのダサいセリフは」


「刈谷さんからおススメされたんだけど」


「……真似しない方がいいよ、絶対に」


 ちょっといい雰囲気になっていたが、刈谷から学んだ幸太郎の一言のせいで台無しになり、深々とため息を漏らし、余計なことを教えた刈谷を恨みがましく思う大和。


 崩れた雰囲気は元に戻らないので、大和は別の話を切り出した。


「そういえば、この後はどうするんだい?」


「この後麗華さんが来て、そのことについて話をするみたい。それで、その後は博士に呼び出されて、研究所に向かうつもり」


「それじゃあ、面倒にならないうちにさっさとお暇した方がいいかな?」


「そろそろ来ると思うよ? 一緒にいようよ」


「僕は存分に堪能させてもらったからね……後は麗華に譲るさ」


「それじゃあね、大和君」


「うん。明日は一緒に頑張ろうね、幸太郎君」


 触らぬ麗華に祟りなし――ここは一旦退いた方がいいかな? 

 ――でも、麗華……

 やっぱり、僕は幸太郎君のことが好きみたいだ。

 ……君は、どうなのかな? まだ、素直になれないのかな?

 素直になれないのなら、遠慮しないから。


 そろそろこの場に麗華が来ると知って、自分が幸太郎と二人きりになると知って不機嫌になる麗華の顔が頭に浮かんだ大和は、面倒事に巻き込まれないため――それ以上に、麗華を気遣ってこの場からさっさと立ち去ることに決めた。


 幸太郎との別れを名残惜しく思いながらも、大和は麗華のため、幸太郎と二人きりの状況をセッティングするために病室から出て行った。

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