第12話
「忙しい中突然呼び出してすみません、アリシア、リクト、プリム」
母さん……
何だろう……何か嫌な予感がするな……
「気を遣わないでください。エレナ様に呼ばれたら、いつでもどこでもすぐに参上します!」
「家で暇をしていたアンタならいつでもすぐに参上できるでしょうが」
「むー、母様こそ、先程の騒動の事後処理をしていたと言っていますが、実際は会議をサボるための口実であると、聞きましたぞ!」
「よ、余計なことを言ってんじゃないわよこのバカ娘! 誰に聞いたのよ、誰に!」
「母様が事後処理を真面目にしてくれていないと教えてくれたのはジェリコですぞ」
「それを聞いた私が脚色しました……想像通りとは思いませんでした」
「揃いも揃って余計なことをしてんじゃないわよ!」
会議が行われたセントラルエリアにあるホテルのスイートルームに、会議を終えたばかりのエレナ、ついさっきまで騒動の事後処理を行っていたリクトとアリシア、そして、自宅で夕食を心待ちにしていたプリムが集められていた。
エレナ、アリシア、プリム、三人が和気藹々と会話をしている中、無表情の母から感じられる強い覚悟と決意を感じ取り、何か嫌な予感が頭に過って暗い表情を浮かべていた。
「アリシア、サボりたい気持ちはよくわかりますが、退屈と言えど、会議には一応真面目に毎回出席してください。一応、今後のあなたとっても重要なのですから」
「たまに目を開けたまま寝て、お菓子を食べながら会議に出てるアンタに言われたくないわよ!」
「退屈な会議を有意義に過ごす方法です。よろしければ、コツを教えましょうか?」
「余計な話はいいから、さっさと話をはじめて――大方明日の決戦についての話でしょ?」
人を集めたと思ったら呑気に無駄話をしようとするエレナを遮って、話を進めるアリシアに、無表情ながらもエレナは「……わかりました」と若干名残惜しそうに無駄話を中断して本題に入る。
「ご存知かもしれませんが、アルトマンとの決戦は明日の早朝に決まりました」
「ようやくあのアルトマンに一泡吹かせる時が! 私も微力ながらお手伝いさせてもらいますぞ、エレナ様!」
「まともに戦えもしない雑魚は黙ってなさい――大勢の人間が操られて、ようやく尻に火がついたって感じかしらね。遅いくらいだわ」
「ええ、申し訳ございません」
……やっぱり、母さん、何か変だ……
アルトマンとの決戦を決めたエレナの判断を遅いとアリシアは非難をすると、エレナは何も反論しないでただただ素直に受け止めた――ここで、ようやくリクトと同様に、アリシアもエレナから違和感を抱きはじめた。
しかし、リクトのように母の様子を観察することなく、単刀直入にアリシアはエレナに疑問をぶつける。
「それで? アンタの面倒事を私たちに押しつける気?」
「申し訳ございませんが、そのつもりです」
やっぱり、そういうことか……
母さんは自分の命を懸けて、アルトマンさんを倒すつもりだ。
後のことをアリシアさんや、僕たちに任せて……
自身の考えを見抜いているアリシアに、隠すことなく素直にエレナは頷いて認めた。
覚悟を決めている母の様子を見て、リクトは嫌な予感が的中したことを確信する。
母がアルトマンを倒すために、命を懸ける覚悟であるということを。
「バカ娘はどうか知らないけど、付き合いの長い私と、アンタの息子のリクトは、アンタの魂胆を読んでいるわ。ちゃんと説明をしなさい」
「……わかりました」
心底呆れ果てた様子で放たれたアリシアの正論に、降参と言わんばかりにエレナは淡々と、しかし、躊躇いがちに話をはじめる――自身の覚悟と責任の話を。
「ご存知の通り私はティアストーンの力を自在に操ることができる高い資質を持っていると同時に、責任ある立場である教皇。だからこそ、もしもティアストーンが暴走しても止められますし、アルトマンの力を弱めるために私の力が必要不可欠です。私がティアストーンの元へと向かってアルトマンを止めます。その間、アリシア、あなたは教皇庁のことをお願いします。リクトやプリムはアリシアのサポートを頼みたいのです」
確かに、ティアストーンを全力で扱えるのは母さんだ。
力を持ち、責任ある立場の母さんが行くべきだと誰もが普通は思う……
でも――
「僕は認めません」
今まで黙って聞いていたリクトは、ここではじめて口を開き、そして、真っ向から母の覚悟を否定した。
有無を言わさぬ口調で自分の覚悟を否定する、今まで見たことのない迫力を放つ息子に圧倒されながらも、エレナは退かない。
「それでは、あなたやプリム、他の次期教皇候補に危険な場所に向かわせろと? ――そんなことはさせられませんし、あなた方が向かったところで周囲の迷惑になるだけです」
「確かに、僕たちの力ではまだティアストーンの力をまともに操れません。でも、この状況で母さんが全部をアリシアさんに任せようとするのは無責任です」
「土壇場で他人任せにするのは確かに無責任かもしれませんが、私は未来を思って――」
「苦し紛れの言い訳ね」
自分を無責任だと言い放つリクトに淡々と反論するエレナだが、彼女の言っていることに説得力が感じられなかったアリシアは鼻で嘲笑った。
「まあ、アンタが消えてくれるなら私も動きやすくなってラッキーだけど、こんな土壇場で無責任にも大役を任せられたら、後々面倒になることは確実。そんなのごめんだわ」
「あなたが望む教皇に、支配者になれる絶好の機会だとしても?」
「骨は拾ってやるわ――と言いたいところだけど、今回は嫌よ。第一、今の私は一応鳳グループの幹部。教皇代理になる権利はないわ」
「教皇権限で許可をすればいいだけです」
「……アンタ、たまに大雑把に解決しようとするわよね」
「教皇ですから」
「とにかく、私はごめんよ」
頑として自分の代理を務める気のないアリシア、そして、自分の覚悟を認めない息子の態度に、無表情ながらもエレナは困惑した様子で小さくため息を漏らした。
話が平行線になる中、プリムは仰々しく偉そうにため息を漏らした。
「エレナ様、私たちを舐め過ぎなのではありませんか?」
「そんなつもりはありません。あなたたちを信用しているからこそ、教皇庁を、アカデミーを任せるのです。他の人には簡単には任せられません」
プリムの言葉を即答で否定するエレナ。
自分たちを信用しているというのはエレナの心からの言葉だと理解しているからこそ、プリムは呆れ、話を続ける。
「ならば、私やリクトを向かわせるべきです。我々は次期教皇最有力候補ですが、教皇庁は鳳グループと統合することでいずれ、教皇という立場は消滅することでしょう――しかし、次代を担うなる私たちだからこそ、憎きアルトマンを倒さなければならないのです」
「……認めるのは癪だけど、真っ当な正論ね。まあ、アンタや私は今回のように周りを暴走させないよう、外部からの茶々をどうにかするだけよ。後は若い者に任せろってこと」
教皇庁を、アカデミーを思っているからこそ、プリムの言葉に何も反論できないエレナ。
未来を切り拓き、築くのはリクトやプリムのような次代の人間であり、旧世代である自分ではないからだ。
「しかし……そんな未来を切り拓き、担うあなたたちを危険に巻き込ませるわけには……」
「母さん、僕たちを信じてください」
未来を担う若者たちを危険に巻き込みたくなかったエレナ。
しかし、真っ直ぐと自分を見据える希望の光が溢れる息子の目を見た時、エレナは自分の覚悟は間違っていたのではないかと思いはじめてしまった。
「歳を取ったのを認めたくはないけど……今は信じて見てもいいんじゃないの?」
「……そう、ですね」
諫めるように放たれたアリシアの言葉に、エレナは観念したように認めた。
――――――――――
緊急で開かれた会議を終えた大悟は、セントラルエリア内にある自宅に戻り、会議で決まった内容を伝えるために娘の麗華、大和、巴、サラサを自宅の談話室に呼び出した。
「アルトマンとの決戦は明日の早朝。作戦は以前から決まっている通り、煌石の力でアルトマンの胸に装着された賢者の石安定装置の力を弱めることにする――お前たちには前線に立って戦ってもらいたい」
「もちろんですわ! アルトマンなどボコボコにしてやりますわ!」
「血気盛んだねぇ。まあ、僕も色々と借りがあるからね。協力するよ」
「頑張り、ます」
単刀直入に、いっさいの私情を排して娘と、娘の友人たちに大悟はそう頼んだ。
大悟に協力を求められ、娘の麗華はもちろん、大和もサラサも二つ返事で頷いた。
一方の巴も「もちろん、協力させてもらいます」と頷きつつも、その表情は暗かった。
「私は何を言われても平気ですが、小父様――現状を包み隠さずに教えてください。それから改めて、麗華たちに協力を求めてください」
「巴お姉様! どんな現状だとしても私は怖気づきませんわ!」
「いや、巴の言う通りだ――正直な話、現状はよくない」
現状を教えてくれという巴だが、そんなことなど三度もアルトマンに煮え湯を飲まされて、腸が煮えくり返っている麗華にとってはどうでもよかったの。
しかし、この場にいる誰よりも年下である、不安を必死に隠しながらも協力の意思を見せているサラサを一瞥した大悟は、巴の頼みはもっともだと判断して、現状を正直に話す。
「先程の騒動でアカデミーにいる戦力の大半がアルトマンに操られてしまった。それも、強化された状態で。まともな戦力はお前たちや、一部の制輝軍、清掃用兼警備用のガードロボット、僅かな輝士や聖輝士、そして、協力してくれる勇敢なアカデミーの生徒たちだけだ。一応、教皇庁旧本部と、世界に散らばっている輝石使いにも声をかけて、明日の決戦に協力するように頼んでいる」
「それじゃあ、一気にアルトマンに攻め込まれたらアウトってわけだね」
「だが、こちらから動かない限りはそうしないだろう。奴の目的はあくまで自分と同じ力を持つ七瀬幸太郎との決着だ」
「こんな絶望的な状況で逃げ出したい限りだけど――まあ、大勢の人間を操られて、人質みたいにされている状況じゃあ、簡単には逃げられないよね」
「そういうことだ……悪いが、無窮の勾玉の力を完璧に操ることができると同時に、もしもの時の暴走を抑えることができる御子であるお前の力を借りることになる」
無表情ながらも躊躇いがちに、大悟は大和にそう頼んだ。
御子――ティアストーンを自在に扱える力を持つ教皇のように、大和――いや、本来の無窮の勾玉の所持者であった、鳳に長年仕えながらも滅ぼされた
母の命を奪った原因の一つである無窮の勾玉に大和は良い感情を抱いていないからこそ、御子である彼女の力を当てにするのは、大悟は申し訳ないと思っていたのだが――
「幸太郎君のためならなんだってする準備は整っているよ♪」
「……そうか」
厳しい現実を突きつけられながらも、憎き無窮の勾玉の力を借りることになっても、情熱的な笑みを浮かべている大和は一歩も退かずにアルトマンに立ち向かうつもりでいた。
無窮の勾玉に対してあまり良い感情を抱いていないながらも、いつもの軽い調子で友人のために御子としての自分の力を振るうつもりでいる大和に、大悟は安堵する以上に、過去に縛られずに前を進もうとする彼女の姿に心の中で喜んでいた。
「私も、幸太郎さんのために、頑張ります」
「偉いなぁ、サラサちゃんは――というか、ライバル出現って感じかな?」
「そ、そういうつもりじゃ、ない、です」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。僕、そういうこと、気にしないからさ。逆にライバル登場で燃えるかもしれないなぁ」
「え? そ、そうなるんですか?」
「退屈よりは、刺激的な生活の方がいいだろう? そういうことだよ、サラサちゃん」
「……なんだか、ちょっとエッチな気がします」
二人で盛り上がるサラサと大和の様子を、無表情ながらも驚いた様子で眺める大悟、妄想を繰り広げて顔を紅潮させている巴、そして、イライラした様子で眺めている麗華はそんな二人の間の空気に水を差すように「ウォッホン!」とわざとらしく咳払いをした。
「やる気に満ち溢れるのは結構ですが、前の騒動のような無茶をしたら許しませんわよ!」
「わかってるって。程々に無茶をすればいいんだろう?」
「本当にわかっていますの? これはもう一度じっくり話し合う必要がありますわね」
「勘弁してよ。明日が決戦って時にさ。麗華っていつも、そうだよね? 遠足の時とか、楽しみで眠れなくなって、当日によく寝坊して慌てるし」
「む、昔のことはいいのですわ! それよりも今、未来ですわ!」
前の騒動――ヘルメスたちの目的を探るため、狙われていた麗華の身代わりとなった自分に釘を刺してくる麗華に、大和は何も反論できず、軽く笑いながら適当に流した。
人のことを言いながらも、風紀委員が関わってきた事件で無茶をしてきた我が身を振り返らない麗華を巴はじっとりとした目で見つめ、「それはお互い様よ、麗華」とため息交じりにそう言った。
「お、お姉様! 私はちゃんと節度を守っていますわ!」
「巴さん、大丈夫、です。お嬢様に何かあったら、私が守ります」
「ありがとう、サラサさん。でも、これは私たちだけの問題じゃないわ――あなたたち、いいえ、この場にいる全員に何かあれば、七瀬君が無茶をするということを忘れないようにしなさい」
巴の言葉に麗華は不満気な表情を浮かべ、大和はやれやれと言わんばかりにため息を漏らし、二人とも不承不承といった様子で納得した。
「無茶をするなとは言わない。明日の決戦は後のことはすべて我々に任せて好きに暴れろ。外部から何を言われようが、我々上層部がお前たちの邪魔をするすべてから守る」
「お、小父様、あまり麗華たちを煽ってはいけません」
「何を言ったところで、無駄だろう」
「そ、そうかもしれませんけど……」
「さすがはお父様! 話がわかりますわ! 遠慮なく暴れさせていただきますわ!」
巴の制止むなしく、父の一言で麗華はやる気を漲らせていたが、さっそく調子に乗る娘に大悟は鋭く、厳しい目を向ける。
「無茶をするとは言わない――そう言った意味をよく考えてくれ」
感情なく淡々と放たれた、しかし、どこか縋るような大悟の言葉に、調子に乗っていた麗華は一気に冷静になる。
アカデミーの、世界のためを考えたら、アカデミートップしては自分たちに無茶をしてでもアルトマンを止めてほしかったが、父親としてはそうではないという、トップとして私情を出せない大悟の本当の気持ちを麗華は受け取った。
「わかりましたわ、お父様……アカデミーのため、未来のために、私はアルトマンを今度こそ! 絶対に! 倒してぎゃふんと言わせますわ!」
「頼んだぞ」
改めて、アルトマンを倒すことを誓う娘に、大悟は力強く頷いた。
大勢の味方が奪われ、今までにない強大な敵を娘に相手にさせることに、不安は何もなかった――父は、ただ娘や、その友人たちを信じたからだ。
不安を拭い去るにはそれだけで十分だった
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