第14話
制輝軍本部地下にある取調室――ヘルメスに呼び出されて不承不承ながらも集まったファントムは、椅子に座ってつい先程の一件を思い出して、ニタニタと笑っていた。
「それにしてもアイツらの絶望に染まった顔は最高だったぜ!」
先程――アルトマンが大勢の輝石使いたちと交戦しているという情報を聞いて、現場に向かって見た、大勢の味方がアルトマンの力によって操られ、そんな彼らを見て絶望に染まっていたセラたちの表情を思い出して、ファントムは心からのかわいらしい笑みを浮かべていた。
「他人事ではない。我々にとっても絶望すべき状況だ」
愉快な気分に水を差すヘルメスの一言に、ファントムは「わかってるっての」と頬をムッと膨らまして忌々し気に舌打ちをする。
「まったく、アカデミー上層部もバカなことをしたもんだ。おかげで状況は最悪だ!」
「強大な賢者の石によって不安と焦燥が煽られた結果、事態がアルトマンに都合の良い方向へと向かっている――これも、賢者の石の導きか」
「何もかもが賢者の石のせいか――くだらねぇし、気に食わねぇな」
「その点については同感だ」
アルトマンや賢者の石の掌で踊らされている状況が心底気に食わないファントムの意見に、ヘルメスも心から同意を示した。
「それで、どうなんたよ。正直な話、アイツを倒す計画は上手く行くのか?」
「煌石の力を使えば、一気に賢者の石の力を弱体化させることができるだろう。それを恐れて、アルトマンは煌石周辺に輝石使いを配置した――だから、考え方は間違っていないし、上手く行けば確実に賢者の石の力を弱体化させることができるだろう」
「……納得していないって顔だな」
アルトマンを倒すために煌石を利用する自分の計画が採用されている状況だが、暗い表情を浮かべているヘルメスが抱いている不安を指摘するファントム。
ファントムの指摘に、ヘルメスは躊躇いがちに頷いた。
「アルトマンが煌石の力を恐れていることは理解したが、煌石周辺の警備を厳しくするだけで、済ませるだろうか」
「言われてみれば、奴にしてはあまりにも単純な対策だ。前回胸の装置の弱点を突かれて痛い目にあったっていうのにな」
策謀を張り巡らせるアルトマンだからこそ、前回突かれた弱点に対して根本的な対策を練らないことがヘルメスは不思議だった。
「賢者の石の力に頼ってるってことはありえるか?」
「バカな。そのせいで痛い目にあったアカデミー上層部の愚か者どもとは違う」
「けど、現状奴を倒す確実な手段は煌石の力に頼るしかねぇんだろ? それか、不確定で不安だが、アカデミーのバカどもみたいに幸太郎の力に頼るか」
「期待できんな。七瀬幸太郎自身にも何か勝算があるようだが信用できん。残る方法は――己の存在をかける、かだ」
「へぇー、知らない内に新しい選択肢が増えたんだな」
強い覚悟を感じさせる表情でヘルメスが言ったアルトマンを倒す新たな手段に、ファントムは興味を抱いた。
「煌石の力による対策を練っていたとしても、莫大な煌石の力を受け止めばアルトマンの肉体に負荷がかかり、どこか必ず隙が生まれるはずだ……その隙をつく」
「己の存在をかけて、ってか?」
すべてを理解したファントムの言葉に、ヘルメスは凄みのある笑みを浮かべていっさいの躊躇いなく頷いた。
「お前、自爆するつもりか? 前に失敗して無駄にお陀仏しかけだろうが。成功する保証はあるのか?」
「今度は成功させる――ティアストーンの欠片とアンプリファイアの力を取り込んで奴の目の前で自爆すれば、活路を見出せるだろう」
「それで? 無様に失敗したらどうするんだ?」
「奴に少しでも恐怖を与えられればそれでいい……恐怖で私という存在を刻み付けることができれば、それでいい」
アルトマンを倒すために己の存在すべてを、命をかけて自爆してアルトマンを倒すことにいっさい迷いなく、力強い笑みを浮かべているヘルメスに、ファントムは興奮したように笑い、勝算の拍手を送る。
「いいねぇ、最高にイカれてるぜ! その作戦オレも乗るぜ! 協力してやるよ!」
「お前が乗ると不安しかないが、一応は感謝しておこうか」
「最高の最期の花道をしっかり用意してやるからよ、期待していろよ」
「――認めません」
最悪な手段を想定して話を進めているヘルメスとファントムの間に、二人の考えを絶対に認めないという強い意思が込められた言葉が割って入った。
割って入ってきたのは、この部屋に入ってきたばかりのノエルであり、そんな彼女の隣にはどうでもいいといった様子のクロノが立っていた。
「考え直してください」
「入ってきたばかりだというのに、随分と話の内容を理解しているようだな」
「明日についての話し合いをするために部屋の扉を開けた際に、二人の会話が聞こえてしまったので、そのまま盗み聞きをしてしまいました」
「盗み聞きとは性質が悪いな」
「お叱りは後で受けますので、計画の再考をお願いします」
ヘルメスから嫌味な視線を受けても、ノエルは一歩も退かなかった。
「私がどんな選択を、計画を選ぼうと、お前には関係のないことだ」
「……ノエル、その男の勝手にさせたらどうだ?」
「認めません」
心配するノエルを無下に突き放すヘルメスの態度に苛立つクロノ。
忌々し気に吐き捨てたクロノの進言をノエルは却下し、一歩も退かなかった。
そんなノエルの態度を見て、ファントムは気分良さそうな嘲笑を浮かべる。
「そりゃそうだよな、ノエルにとってヘルメスは父親なんだから、無駄かもしれないのに父親が命をかけようとする姿を黙って見ていられないもんな」
「その通りです」
茶化すように放たれたファントムの言葉を素直に認めるノエルに、ファントムは更に口角を吊り上げて嘲笑を浮かべ、まだ自分を父として見ているノエルの答えを聞いたヘルメスは仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。
「オレたちはイミテーション、輝石から生まれた存在で人間じゃねぇ。家族の絆とか、同じ境遇の仲間とか、反吐が出るんだよ……そういう人間ごっこはお前らのお仲間だけでやってろ」
ファントムはそう吐き捨て、人間ではない輝石から生み出されたイミテーションでありながらも、情という余計なものに目覚めたノエルとクロノを軽蔑するように見つめた。
「改めて言わせてもらうが――私はお前たちを生み出したが、それはお前たちを駒として扱うためであり、道具としてしか見ていない。今も、これからも、ずっと、私はお前たちを自分の子だとは思わないし、父とも思わないだろう。アルトマンが作り出した私やファントムを自身の子と思わないように」
改めて、生み出したノエルやクロノに対しての思いは何一つないと、ヘルメスはどこか自虐気味な笑みを浮かべて二人に突きつける。
「こうしてお前たちに協力しているのは、アルトマンを倒すためだけで他に何もない。そう、私は何もないのだ――アルトマンの影武者として生まれ、長年『アルトマン・リートレイド』として生きていた私には何もないのだ……」
自虐気味な笑みを浮かべながら、道具として生まれながらも自我が芽生えて自己を確立してきているクロノとノエルと羨むようにヘルメスは見つめた。
「だが、何もないままにするつもりはない。だから、奴に刻み付けてやるのだ。私という、ヘルメスという存在を存分に! そのためなら、この身がどうなろうが知ったことではない! それが唯一残された私という存在理由なのだ!」
「そうだな、そうだ! よくわかるぜぇ! その気持ち!」
使い捨ての駒としてしか見ていないアルトマンに自身の存在を嫌というほどぶつけるため、どす黒い感情を沸き立たせるヘルメスを、ファントムは高らかに笑いながら同調する。
「オレにはこいつの気持ちが痛いほど理解できるぜ? なんせ、オレもこいつと同じだからな。イミテーションを実践投入した結果どうなるか、ついでに輝石を集めさせて賢者の石の力が輝石にどう影響を与えるのかを確かめるために、アカデミー都市内でただただ暴れさせるためだけにオレは生み出されたんだ! だから、オレはこれからも暴れ続けるんだ! それが生み出された理由で、存在価値だからな! だから、オレは世界にオレという存在を刻み付けるんだ!」
ファントムは狂笑を浮かべて、自分の存在理由を語る。
ファントムもヘルメスと同じく、自分の存在理由を刻み付けることを目的としていた。
ノエルやクロノと違い、存在理由を見出せない希薄な存在だからこそ、自分の存在を刻もうとしていた。
何もない自分たちにはそれしかないと思っていた身体。
未来の可能性を自ら閉ざす二人をノエルとクロノは憐れむように見つめ――
「憐れだな」
今まで黙って二人の話を聞いていたクロノは正直な感想を漏らし、ノエルも静かに頷いてそれに同意した。
「何を言われようが関係ない。私はアルトマンを倒すために自分の存在をかけると誓った」
「お前らみたいに人間ごっこをやれってか? それとも家族ごっこをしろって? 冗談じゃねぇ。そんなのごめんだ。そんなままごとをやるくらいなら、憐れになった方がマシだ」
ノエルたちに何を言われようが、アルトマンを倒すために自分の命をかけるヘルメスの覚悟は揺らぐことなかった。
ファントムもまた、イミテーションであるというのに人間臭くなってしまったノエルとクロノに嘲笑を浮かべて小馬鹿にしていた。
「……本当にそれでいいのでしょうか」
「迷いはない」
「私にはそうは思えません……あなたたちの存在理由などいくらでもあります」
命をかけたヘルメスの覚悟を、生み出された理由のままに暴れて世界に自分の存在を刻み付けようとするファントムをノエルは真っ向から否定する。
「どう思われようが、あなたが私たちを生み出した――これは変わりようのない事実です」
「それがどうした」
「それだけでも私たちにとってあなたは父であり、特別な存在です」
「気に食わないが、ノエルの言う通り事実は変えられない。オレたちをどんなに否定しても、拒絶しても、絶対に変えられない」
淡々としながらもノエルとクロノの力強い言葉と、瞳が凝り固まった生き方しかできないヘルメスを貫く。
自分が希薄な存在であることを思っていたヘルメスにとって、自分を『特別』だと言い切ったノエルの言葉が、不覚にも胸の中にある何かに響いてしまった。
だが、そんな『何か』を「くだらないな」と否定して、一蹴した。
「くだらねぇよなぁ、ホントに。誰かの、何かの特別でも、オレたちはイミテーションだ。人間じゃないんだよ……そんなお前らがオレたちの存在価値を見出しても、きれいごとばかりの傷の舐め合いなんだよ!」
ノエルとクロノの言葉を聞いたファントムは、胸に中に沸き立つ何かに絆されそうになる自分自身に苛立った様子でそう吐き捨てた。
だが、考えを変えない彼らと同様、ノエルとクロノも考えを変えなかった。
「ファントム、オマエがどんなに否定しようがオマエもオレたちと同様、アルトマンの自分勝手な実験によって生み出された、オレたちと同じイミテーションだ。オマエのようなヤツを認めたくはないが、オマエもヘルメスと同様、オレたちにとっては特別な存在だ」
「うぜぇんだよ! 家族ごっこはごめんだってさっき言ったばかりだろうが!」
自分を特別だと言い放ったクロノの言葉を拒絶するファントム。
馴れ合いを、傷の舐め合い嫌っていたはずなのに、胸の奥が微かに揺らいだ気がした自分自身にファントムは苛立って嫌悪していた。
「だから、どうかお願いします……早まった真似はしないでください」
ノエルはヘルメスとファントムに頭を下げてそう頼んだ。
特別な存在だからこそ、二人が消えるのを見たくなかったからノエルは心からそう願った。
ノエルの懇願に、ヘルメスとファントムは何も答えず、ただただ居心地の悪くなったこの空間から逃げ出すように、部屋から出て行った。
「……私は間違っていたのでしょうか」
「周りがオマエを否定しても、オレだけが支持する」
「ありがとうございます、クロノ」
ヘルメスとファントムの反応に一抹の不安を覚えるノエルだが、自分の味方でい続けてくれるクロノが傍にいるからこそ、幾分不安を解消することができた。
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