第15話
「――それで? 大和と二人きりで何を話していましたの?」
大和が部屋から出て行ってすぐに部屋に入って仁王立ちをしている麗華は不機嫌そうに、相変わらず呑気そうな顔をしてベッドに座っている幸太郎に尋ねた。
幸太郎は少しの間考えた後――最初に大和と話した内容を伝えることにする。
「汗のにおいがするけど、大和君が良いにおいって話とか」
「この変態! 不純異性交遊はアカデミーの規則で禁止されていますわよ! それも、公共の場である大病院で何と不埒な!」
「麗華さんが想像しているみたいなエッチなことはしてないよ」
「しゃ、シャラップ! 私は別に、そんな、ひ、卑猥な妄想などしていませんわ!」
「じゃあ、どんな妄想してたの?」
「この変態! 最低ですわ!」
「理不尽過ぎるよ」
「問答無用! そのイヤらしい性根を叩き直してやりますわ!」
「わわ、ちょっと、麗華さん、うわぁっと!」
「ぬわぁっと!」
我慢の限界を超え、オシオキをするべく肩を怒らせながら幸太郎に掴みかかる麗華。
しかし、勢いよく掴みかかる麗華の手から逃れようと幸太郎は上体をそらした瞬間――勢いをつけすぎた麗華は勢い余って幸太郎に向かって倒れ込み、素っ頓狂な声を上げる。
一瞬の沈黙の後――幸太郎は顔全体に伝わる感触をじっくりと堪能していた。
そして、麗華は幸太郎の顔に自身の自慢で豊満な胸を押し当てているという現実に、思考がフリーズしてしまっていた。
「……極楽極楽」
「こ、こ、こ、この……」
「ふ、不可抗力、麗華さん、これは不可抗力」
数瞬の沈黙の後、我に返った麗華はすぐに幸太郎から離れた。
羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら着崩れた服を直す麗華に、ぶん殴られると確信した幸太郎は、少しでも殴られる威力を弱めようと申し開きをするが――
麗華は「ウォッホン!」と、わざとらしく咳払いをして無理矢理平静に戻った。
「……怒ってない?」
「あなたの言う通り、不可抗力なのですから仕方がありませんわ」
「麗華さん、カッコいい」
不可抗力であってもラッキースケベ的な展開になれば、普段ならば怒りに狂うはずの麗華が珍しく余裕な態度でいることに意外に思いつつも、ぶん殴られずに済んでよかったと幸太郎は心から安堵し、余裕な態度の麗華を心からカッコいいと思った。
そんな幸太郎の感想に、麗華はうるさいくらいの高笑いを上げる。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! まあ、当然ですわ! 私は大人のレディーなのですわ! まあ、一生に一度しか味わえないであろう事態と感触に感謝することですわね!」
「うん。とっても柔らかかったし、良いにおいがした。ありがとう、麗華さん」
「シャラップ! わ、わざわざ説明しなくとも結構ですわ!」
「ごめんね」
「まったく……こんな状況でも、相変わらず呑気でいられるとは考えられませんわ」
「それほどでも」
「褒めていませんわ! もう少し緊張感を持ちなさい!」
決戦が近いのにもかかわらず、相変わらず呑気でいる幸太郎に呆れる麗華。
だが、こんな状況になっても相変わらずの幸太郎に麗華は僅かに安堵していた。
騒がしい会話が一段落すると、改まった様子で麗華は「……幸太郎」と話しかけた。
「明日の決戦について、詳しい話はもう聞いていますの?」
「うん。さっき薫先生から聞いたよ」
「結構! 明日はバリバリ働いてもらいますわよ!」
「ドンと任せて!」
「やる気を出してくれるのは結構ですが……正直、まともに力を扱えないので期待はできませんし、経験上あなたがやる気を出すとロクな目にあいませんわ」
「ぐうの音が出ない」
やる気を漲らせる幸太郎の姿に麗華は憂鬱そうだが、若干安堵したようにため息を漏らした。
「まったく……実に腹立たしい限りですわね」
決戦に向けての幸太郎の意志を確認した麗華は、追い詰められた現状を思いながら忌々しそうにそう言い放った。
「今回の件は煌石を扱える大和やリクト様やプリム様、そして、あなたに頼らざる負えない状況が実に腹立たしいですわ」
「そうなの?」
「憎きアルトマンに対して私は何もできないのですから、当然ですわ!」
「それなら、僕や大和君やリクト君やプリムちゃんにドンと任せてよ」
「それが腹立たしいと言っているのですわ!」
拗ねたように頬を膨らませる麗華。
アルトマンに対して決定打を与えずに自分が何もできない状況が麗華は嫌だった。
すべてを大和、リクト、プリム――一般人である幸太郎に任せてしまうことが。
「……私はアルトマンを許せませんわ。アカデミーや世界を滅茶苦茶にしただけではなく、私を否定し、記憶を汚したあの男が」
アルトマンへの怒りを自分に、それ以上に幸太郎に言い聞かせるように麗華は口にした。
そして、改めて幸太郎をジッと見つめる。
相変わらず強く、美しい光が宿った気が強そうな瞳の中に、僅かな不安が存在する麗華の瞳を、何も考えていなさそうな能天気な幸太郎の瞳が見つめ返す。
「お父様、大和、巴お姉様、サラサ、セラ――大勢の人が賢者の石の存在を、力を信じているようですが、私は絶対にあんな存在を認めませんし、否定しますわ! 運も事象もすべてを引き寄せるとか、そんなの嘘っぱちですわ! 偶然の一言で片付けられますわ! 人を操る力だって、きっとアルトマンが催眠術的な力を使って操っているだけにすぎませんわ! そうに……そうに決まっていますわ! みんな賢者の石に対しての恐れのせいで、買い被っているだけ、みんな勘違いしているだけですわ!」
賢者の石の力を目の当たりにし、その力を受けたというのに、それでも麗華は大声を上げて捲し立てて、賢者の石の存在を否定した。あんな力は存在しないと自分に思い込ませるように。
認めたら、自分の思いが、思い出が、すべて嘘になってしまうからだ。
だから、麗華は絶対に賢者の石の存在を認めなかった――幸太郎の前では特に。
「……幸太郎」
勢いよく捲し立てた後、落ち着きを取り戻した麗華は幸太郎を静かに呼んだ。
そして、気の強そうな瞳の中に宿っていた不安が膨れ上がり、幼い少女のようにか弱くさせた麗華は縋るような目で幸太郎を見つめた。
「賢者の石の力を使えばあなたの命に関わるかもしれないということは重々承知しています……ですが、アルトマンを倒すために、どうかあなたの力を貸していただけませんか?」
幸太郎に対して今までにないほど真面目に、そして、へりくだった態度でアルトマンを倒すための協力を願い、深々と頭を下げようとすると――
下げようとする頭を止めるように、幸太郎は麗華の両肩を掴んだ。
「麗華さん」
「ひゃ、は、はい……」
強引に幸太郎に両肩を掴まれ、いつもの麗華なら振り払って怒りの声を上げるが――
能天気そうでありながらも、力強い光を宿す幸太郎の瞳と自分の肩を掴んできた強引な姿に、麗華は顔を真っ赤にさせ、さっきまで偉そうに仁王立ちしていたが今では少女のように縮こまり、名前を呼ばれて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「僕にドンと任せて」
相変わらず頼りないくらいの華奢な胸を張って、特に何も考えがある様子なく放たれる、根拠の欠片もない、不安しかない幸太郎の言葉だが――その言葉に全幅の信頼を寄せたい気持ちが今の麗華には生まれてしまっていた。
「はい……すべてあなたにお任せしますわ」
幸太郎を信じるままに麗華はすべてを幸太郎に任せ、そのまま彼の胸の中に自分のすべてを委ねようとする――だが、ここでようやく麗華は我に返った。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおお! ち、違いますわ! 何でもありませんわ! こ、こんなの違いますわ! わ、私ではありませんわ! ありえませんわ!」
素っ頓狂な雄叫びを上げ、幸太郎から離れた麗華は顔を完熟トマトのように真っ赤にさせ、全身で息をしながら数瞬の間の出来事を否定した。
「麗華さん、かわいい」
「グヌヌ……い、一生の不覚ですわ……あ、ありえませわ……」
慌てふためく麗華の様子を見て、正直な感想を漏らす幸太郎。
自分が何をしたのかいまいち理解していない幸太郎に、麗華は唸り声を上げて悔しがる。
そして、自分の中で決定的となってしまった思いを否定するが――
幸太郎にかわいいと言われてしまい、胸が僅かに高鳴ってしまった自分がいることで、完全に否定することができなくなってしまった。
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