第15話

 雨が降りしきる中、セントラルエリアにある病院の近くにある屋根のついたベンチに座って、幸太郎は人を待っていた。


 待っているのは混乱している今のアカデミーをどうにかするために力を貸してくれと頼んだ友達たちだった。


 特に解決策もないのに友達たちに力を貸してくれと頼んだら、全員が快諾してくれたことに、幸太郎は心からの安堵と感謝をしていた。


 後はみんなが集まるのを待つだけだけど……お腹空いた。

 寒いから、ラーメン食べたい。塩――いや、やっぱり醤油で。


 これから御使いたちに立ち向かうという時に、呑気に幸太郎は凍える体を温める一杯の醤油ラーメンを食べることを考え、空腹を告げる腹の音の音を轟かせていた。


 緊張感の欠片のないボーっとした表情で幸太郎はラーメンのことを考えていると、病院の前で忙しなくウロウロしている貴原康の姿が目に入った。


 貴原の連絡先を知らなくて協力を求められなかった幸太郎は、ちょうどいいので貴原にも協力を求めようと、彼の傍に小走りで近づいた。


 ピリピリとしていて落ち着かない様子で病院前をウロウロしている貴原に近づいて、「貴原君」と幸太郎は声をかけると、貴原は素っ頓狂な声を上げて驚いていた。


 驚きながらもペンダントについた自身の輝石を握り締めて自分に声をかけた人物を確認すると――幸太郎であることに気づいた貴原は深々と安堵のため息を深々と漏らした。


 そして、貴原は八つ当たり気味の怒りを宿した目を幸太郎に向けた。


「と、突然話しかけるんじゃない!」


「もしかして、驚かせちゃった?」


「き、君のような落ちこぼれに、僕が驚くわけがないだろう!」


「ビクビクしてるけど、何かあったの?」


「僕がそんな……お、怯えているわけがないだろう!」


「大丈夫。僕が傍にいるよ」


「気色の悪いことを言うな! 男に言われてもまったく嬉しくない!」


「そうなの?」


 明らかに貴原は強がっており、彼は異常なまでに周囲を警戒して怯えていることは一目瞭然だった。


 しかし、そんなことを気にするよりも、幸太郎は貴原に協力を求めることを優先させた。


「これから、今の状況を解決したいから貴原君にも協力してもらいたいんだけど」


「君に協力するつもりなんて――いや、待った。どれだけ人が集まっている。セラさんも協力しているのか?」


 すぐに断るつもりだったが、貴原はあることを思って話は聞くことにした。


「もちろん、セラさんもいるよ。セラさんの他には――……最初に博士がここに来たんだけど、今はアリスちゃんと一緒に病院で白葉さんの様子を見てるよ。美咲さんは制輝軍の人たちに指示するために制輝軍本部に行ったよ。後はティアさんとか、優輝さんとか、水月先輩とか、やっと連絡がついた刈谷さんとか色々な人を呼んだけど、まだ来てない。でも、多分そろそろ来ると思う。それと、後で合流する人もいるから結構たくさん呼んだよ」


 指で呼んだ友人の数を数えながら幸太郎は説明した。


 アカデミー都市内でもトップクラスの輝石使いが続々とこの場に集まっていることに、貴原は驚きと興奮、それ以上に安堵感を覚えた。そして、落ちこぼれなのに多くの実力者たちを集められる幸太郎に嫉妬を抱いた。


「大勢の輝石使いが襲われてるって聞いたけど、貴原君は大丈夫だった?」


「御使いに利用されているとも知らず、輝石の力が制限された状況で襲いかかる情けない輝石使いに、この僕が後れを取るわけがないだろう! 返り討ちにしてやったよ!」


 大袈裟な身振り手振りを加えて、自慢げにそう言い放った貴原に、幸太郎は「おー」と素直に声を上げて感心して、拍手を送った。


 しかし、実際は違った――ここに来るまで貴原は数回襲われていた。


 無窮の煌石の力が影響しているせいで輝石の力が上手く扱えない状況に、襲われる度に貴原は情けなく逃げ回っていた。


 そして、自分に対して恨みを持つ人間に襲われ続けたせいで、貴原は周囲を異常に警戒して、すっかり怯えきっていた。


 嘘を説明した貴原だったが、疑うことをしないで素直に感心している落ちこぼれの幸太郎を見て、貴原は自分が他人とは一線を画す実力者であると再認識すると同時に優越感に浸り、彼に対して抱いていた嫉妬心を消滅させることができた。


 しかし、代わりに情けないと思ってしまった。


「貴原君ってたくさん恨まれてるだろうから、大変だったでしょ」


「余計なお世話だ! セラさんのお気に入りである君の方が、大勢の恨みを買っているぞ」


「そうなの? というか、僕、セラさんのお気に入りなの? ……何だか照れる」


 失礼な物言いの幸太郎に苛立った様子の貴原は反撃するが、セラのお気に入りだと聞かされて幸太郎は照れていた。


 混乱の極みにいる今のアカデミーの状況で恐怖と不安でいっぱいになっている自分とは対照的に呑気でいられる幸太郎を貴原は忌々しく思いながらも、自分が見下している存在であるにもかかわらず不覚にも羨ましさと心強さを感じてしまっていた。


「……それで、優秀な輝石使いを集めた後はどう反撃する」


「それなんだけど……どうしよう」


 何も策を練っていない幸太郎に、貴原はだらしなく口を大きく開けて呆れ果てた。


「君はバカか? 輝石の力をまともに扱えないのに、何も考えずにセラさんたちを巻き込んで、どこにいるのか御使いと一体どうやって戦うのだ!」


「それでも、まずは動かないと」


 無計画でありながらも、妙に納得できてしまった幸太郎の言葉に貴原は何も言えなくなってしまうが、それでも苛立ちが抑えられなかった。


 輝石の力を扱うことができないアカデミー創立以来最悪の落ちこぼれを、貴原は認めることができなかった。


「幸太郎の言う通りだ」


 なけなしのプライドにしがみついている貴原を嘲笑うような冷え切った声が響いた。


 声のする方へ幸太郎と貴原は視線を向けると、視線の先には冷え切った声の主である、銀髪のセミロングヘアーの美女――ティアリナ・フリューゲルがいた。


 そして、ティアの隣には、幸太郎たちの一年先輩である、三つ編みおさげで眼鏡をかけた地味目な少女――水月沙菜がいた。


 ティアと沙菜の登場に、嬉しそうな表情を浮かべて幸太郎は二人に駆け寄った。


 駆け寄る幸太郎に向けて、ティアはフッと優しげに微笑み、沙菜は母性的な笑みを浮かべて幸太郎を出迎えた。


「ティアさん、水月先輩、二人とも来てくれてありがとうございます」


「私の力はお前のものだと言ったはずだ。存分に私の力を振え」


「も、申し訳ありませんが、まだ激しい運動ができない優輝さんは来れませんでした。でも、安心してください。優輝さんの分まで、私が頑張ります。よろしくお願いします」


 幸太郎のために力を振うと宣言するティアと、車椅子生活で思うように動けないので協力できない優輝に代わって張り切っている沙菜――気合が入っている二人の様子を、貴原は羨ましそうに見つめていた。


 そして、何もできない自分に貴原は苛立っているようだった。


「……自業自得だな」


 一人苛立っている貴原の様子を見て、冷めた声でティアはそう呟いた。


「大方、ここに来る途中でお前が落ちこぼれと見下していた連中に何度も襲われ、自分に向けられた強い憎しみに怖気づいたのだろう?」


 核心をつくティアの冷たい言葉に、貴原は悔しさを覚えながらも反論できなかった。


 自分の惨めさを痛感している貴原に向けて、空気も読まずに「貴原君」と幸太郎が軽い調子で話しかけてきた。


「まだ何も考えてないんだけど、貴原君が協力してくれると心強い」


「放っておけ、幸太郎。肝心な場面で怖気づく臆病者に期待しても無駄だ」


 貴原に協力を求める幸太郎だが、ティアはまったく貴原に期待を抱いておらず、不満そうな顔で無言の貴原を冷たい目で睨んでいた。


 認めたくはなかったが、貴原はティアの言う通り怖気ついていたし、落ちこぼれだと言うのに果敢にも御使いに立ち向かおうとする幸太郎に僅かな期待と憧れを抱いていた。


「ティアさん、貴原君も鳳さんと同じでやられっ放しで黙ってないと思います」


 人のことを理解した気でいる幸太郎に、貴原は苛立ちが爆発しそうになったが――


 それ以上に、落ちこぼれが現状をどうにかしようとしているのに、力がある自分が怖気づいて何もできないという状況で、自分自身が無様に感じた貴原は自嘲を浮かべた。


 そして――貴原はほんの少しだけ自分の気持ちに素直になることにした。


「いいだろう、七瀬幸太郎! この僕は君に協力してやろう!」


 無駄に尊大な態度で、貴原はそう宣言する。


 さっきまで怖気づいていたのに急に元気になって、偉そうな貴原の態度をティアと沙菜は冷たい目で見つめていたが、幸太郎は無邪気に「やったー」と諸手を挙げて喜んでいた。


「だが、勘違いするなよ! 僕は君に協力してやるのだ! それを忘れるんじゃないぞ!」


「貴原君って、素直じゃないね」


「余計なことを言うんじゃない! 今すぐ協力を止めるぞ!」


 ストレートな感想を述べる幸太郎に、ヒステリックな怒声を張り上げる貴原。


 さっきまでの怯えきっていた貴原だったが、今の彼は晴々とした表情をしていた。

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