第14話
自身が暮らしている屋敷の自室のソファに、暗く、弱々しい表情の麗華が座っていた。
御使いとの戦いに敗北した麗華の顔や膝には薄らと擦り傷があり、荘厳な金糸の髪は薄汚れてボサボサになって、今の彼女には気品さはまったく感じられなかった。
御使いとの戦闘に敗北してすぐに病院に運ばれた麗華だったが、治療を受けずに麗華は何も言わずに病院から去って、自身が暮らす屋敷に戻って自室にこもっていた。
数時間経過して、その間に誰とも会っていない麗華だが、自室にあるテレビで御使いの放送を見ていた麗華は今の状況がどうなっているのか知っていた。
幼馴染である天宮加耶が無窮の勾玉の力を引き出してアカデミー都市全体に輝石の力を弱めていることも、御使いに煽られた実力不足で今まで悩んでいた輝石使いたちがどんなことをするのか、そして、大勢の憎しみの矛先が鳳グループに向けられていることも、十分に麗華は理解していた。
事件の指揮を担当している立場の人間としてすぐにでも対策を講じるべき責任を持っているが――それを放り出して、麗華は一人になりたかった。
何年も練り続けた鳳への復讐計画に、麗華は挫けそうになっていた。
御使いたちの計画はまったく隙のない完璧なものだと麗華は感じていた。
この計画は運良く御使いたちの計画を潰せても、事件の影響は深く残るので、結果的に御使いは鳳グループを道連れにできるものだと麗華は感じていた。
だから、解決したところで何も意味がないかもしれなかった。
だが、それでも連れ去れた父を助けなければならないと思い、挫けてすべてを投げ出したくなりそうになった自分を、麗華はゆっくりと、確実に奮い立たせていた。
弱々しい光を宿していた麗華の瞳だが、徐々に強い光が戻ってくる。
そして、少女のように弱々しかった麗華の表情も、普段通りの力強いものになる。
気合を入れ直した麗華はすべての決着をつけるため、屋敷から出ようとすると――自室の扉をノックする音ともに、扉が開かれて草壁雅臣が現れた。
「……探したぞ、麗華」
部屋いる麗華を見た草壁は、冷めた表情を一瞬だけ緩めて小さく安堵の息を漏らした。
普段表情をまったく変えない草壁が安堵している様子を見て、麗華は彼に無用な心配をかけさせてしまったことに気づいて申し訳なさを感じた。
「お前を探すために余計な人員を使って、無駄な時間がかかってしまった」
「それでしたら、連絡をしてくれればよかったのに」
「出るかわからないのに、連絡をしても意味がないだろう」
「草壁さんの連絡でしたら、応対はしましたわ」
ありがた迷惑なことに自分を心配しているセラたちなら麗華は出なかったが、常に自他ともに厳しい態度を取っている草壁ならば、聞いているだけで億劫な言葉を口に出さないし、何か重要な情報を伝えるかもしれないので電話には出るつもりはあった。
実際、さっきかかってきた重要な情報を持っていそうな電話には出たからだ。
「こんな状況で一人になりたいと思っている迷惑なお前に気を遣ってやったんだ」
「……フン、一応感謝はしておきますわ」
飾らない草壁の憎まれ口は今の麗華には心地良かった。
草壁雅臣――昔から厳しい人物で麗華は彼に対して苦手意識を持っていたが、こういう容赦のないところは気に入っていた。
「それで、他に何か要件は? 時間と人員を無駄に使って、わざわざ憎まれ口を言いに私に会いに来たわけじゃないのでしょう?」
憎まれ口を憎まれ口で返す麗華に、草壁は微かに口元を緩ませた。
「それもあるが――これからどうするのか現場の指揮を執っているお前に相談するためにここに来た。現場の指揮を執っているにもかかわらず、一人で部屋にこもってめそめそして使い物にならなかったお前とは違って、こっちは色々と対処に追われていたんだ」
「おあいにく様ですわね。私も、ただめそめそしていたわけではありませんわ。ちゃんと、私も情報――それも、事件解決につながるかなり有益な情報を得ましたわ」
得意気に胸を張って自信満々といった様子の麗華に、草壁は胡散臭いと感じながらも、ほんの僅かに期待しているようだった。
「その情報が使い物になるかどうかはわからないが、藁にも縋りたくなるくらい状況は最悪だ。手を取り合うべき状況なのに、教皇庁は突然輝石の力が弱まって混乱していて、上層部を一新した鳳グループも経験の浅い重役たちばかりで混乱している」
淡々と状況を説明している草壁だが、その声には若干の疲労感と焦燥感が滲んでいた。
「先程、生徒と御使いが支配しているガードロボットが鳳グループ本社に続々と集まった。安全のために本社から社員を避難させて別の場所に集めたが――御柴が大悟を誘拐した件に加えて、追い込まれてしまった現状にすっかり社員の士気が低下している」
ため息交じりに、困難に立ち向かわなければならない状況で鳳グループの社員の士気が低下していることを説明した。
「だが、それよりも危険なのは、鳳グループ本社に集まった生徒たちとガードロボットと、睨み合ったまま膠着している制輝軍だ。制輝軍に恨みを抱いている生徒が制輝軍を襲ったという事件が多発したせいで、仲間意識が強い制輝軍はかなり気が立っている。最悪の場合、両者激突する恐れがある」
「平気ですわ――後は御使いたちがいる『深部』へと向かって決着をつけるだけですわ」
聞き慣れない『深部』という言葉を聞いて、草壁は「深部?」と聞き返した。
「深部とは、『グレイブヤード』のさらに地下にある場所とのことですわ」
グレイブヤード――鳳グループ本社の地下にある、機密性保持のためにアカデミー都市内では僅かな人間にしか知られていない、アカデミー都市内にいる全輝石使いの個人情報やその他多くの機密情報が保管されている、アカデミー都市内の最重要施設だった。
鳳グループの幹部である草壁はグレイブヤードの存在を知っていたが、さらにその奥に深部と呼ばれる場所があるというのは初耳だった。
「……そんな場所が本当にあるのか?」
「私もにわかには信じられませんでしたわ……ですが、実際にその場に向かった方からの情報なので、おそらくは間違いないでしょう」
「誰の情報だ。信頼できる筋からなのか?」
草壁の疑問に一瞬逡巡してしまった麗華は、躊躇いがちに情報筋を話す。
「情報源は……大道さんですわ。彼は、お父様の命令で御使いに潜入していたのことです」
一瞬間を置いて情報源を説明した麗華に、草壁は呆れたような目を向けた。
「こんな状況でその情報が信じられると本気で思っているのか?」
「信用は正直できませんわ。さらに信用できないことに、お尋ね者の大道さんは、同じくお尋ね者の萌乃さんの携帯を使って私に連絡してきました。どうやら、現在大道さんと萌乃さんは一緒にいるようですわ」
「容疑者同士、都合よく二人が揃っているとはな……真偽を確かめるには詳しく話を聞く必要がありそうだ。二人はどこにいる」
「居場所は何も教えませんでしたわ。当然でしょう、二人は疑われているのですから」
「一筋の光明が容疑者からだとはな……萌乃が大道と通じている可能性はないのか?」
追われている人間からの情報に草壁は信用できないと思いつつも、数少ない有益な情報なので信用した方がいいのではないかとも思っていて迷っているように麗華は見えた。
麗華も草壁と同じ気持ちだったが――すぐにでも事態の収拾をつかなければならない状況で、迷っていられなかった。
「真偽がどうであれ、私はグレイブヤードに向かいますわ」
「グレイブヤードへ向かうには鳳グループ本社に近づかなければならない。鳳グループ本社周辺には鳳グループに自分勝手な怒りの矛先を向けている生徒と、御使いに操られた大量のガードロボットが囲んでいる。鳳グループトップの娘であるお前に、大勢の怒りの矛先が一気に向けられることになるぞ」
「そんな身勝手な連中、この私が全員返り討ちにして根性叩き直してやりますわ」
「御使いと――天宮加耶と決着をつけるのか」
「それが私とあの子との約束であり、お父様の娘としての責任ですわ」
脅すような草壁の言葉にも屈することなく、麗華は強い覚悟と決意を抱いていた。
そんな麗華に草壁はこれ以上余計なことは言わなかった。
「手段は問わない。必要なものがあるなら至急用意する。面倒事はすべて私に任せて後はお前の好きにしろ。深部に向かって御使いと決着をつけ、大悟と無窮の勾玉の保護をしろ」
「それなら、好きにやらせてもらいますわ。後はお任せしますわよ」
「これから忙しくなるので、これで私は失礼する」
後のことを麗華はすべて草壁に任せることに決めると、自分の役割を果たすために草壁は足早に部屋から出ようとした。
「……気をつけろ」
部屋から出ようとする草壁は、聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう言った。
「フン! あなたに気遣われるとは、今日の天気は雨ですが雪が降ってきそうですわね」
自分を気遣ってくれた草壁に向けて、微笑みながら麗華は憎まれ口を叩いた。
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