第三章 最後の裏切り
第19話
身の丈を超える長巻を武輝にしている御使いと、ティアは激しい剣戟を繰り広げていた。
大振りだが素早い御使いの攻撃を何とかティアは受け止めて、回避をして、僅かな隙をついて攻撃を仕掛けるが、すべての攻撃を御使いに読まれて容易に受け止められていた。
中々手を出せないティアとは対照的に、御使いは圧倒的手数でティアに攻撃を仕掛けた。
苦悶の表情を浮かべながらもティアは御使いの攻撃を武輝で受け止め続けていたが、限界が訪れたのか、大きく一歩を踏み込んで武輝を突き出した御使いの攻撃を受け止めた瞬間ティアの体勢が大きく崩れた。
その隙を見逃さずに、御使いは刀身に光を纏わせた武輝を勢いよく薙ぎ払う。
咄嗟に武輝で防いだティアだが、受け止めきれず大きく吹き飛んだ。
ティアが吹き飛ばされると同時に、「イックよー!」と呑気な声を張り上げながら、武輝である巨大な斧を担いだ美咲が御使いに飛びかかる。
大きく跳躍すると同時に勢いよく斧を振り下ろし、重力を加えた強烈な一撃を御使いに仕掛けるが――美咲の一撃を片手で持っただけの武輝で容易に御使いは受け止めた。
それなりに自身があった一撃を軽く受け止められて、「あらら?」と素っ頓狂な声を上げる美咲の頭を、武輝を持っていない手で掴んでそのまま力任せに投げ捨てた。
そして、武輝に光を纏わせ、大きく身体を捻りながら勢いよく武輝を振り抜いて武輝から光の衝撃波が放ち、投げ飛ばした美咲に直撃させた。
「あーーーーーーれーーーーーーー!」
光の衝撃波が直撃した美咲は情けない悲鳴を上げて吹き飛ばされ、思いきり地面に叩きつけられた。だが、すぐに嬉々とした笑みを浮かべて立ち上がった。
無窮の勾玉の影響を受けていない御使いの圧倒的な力に、二人は追い詰められていた。
ティアは軽く息を乱しながら、自身の武輝である大剣と身体がいつも以上に重く、頭の中で思ったような動きができないことに心の中で忌々しく舌打ちをした。
特区で囚人が脱獄した時の事件で、アンプリファイアの力のせいで一時的に自身の力が弱くなった時の苦い思い出がティアの頭の中に過り、思うように力を出せない状況に苛立っていた。
一方の美咲は追い詰められた状況での戦いに心底楽しんでいて余裕な様子だった。
「いやぁ、ここまで白熱する戦いは久しぶりだね。身体が火照ってきちゃう❤」
「バカなことを言っていないで考えろ。このままでは負けるぞ」
「うーん、それは嫌だね。……今日は負けられないからね」
緊張感のない嬉々とした笑みを浮かべながらも、美咲は静かに燃え上がっていた。
苦しんでいたノエルの姿が頭の中に過る度に、美咲は燃えるような何かが胸の中から込み上げてくるような気がしていた。
好戦的な表情の美咲は武輝である巨大な斧を担ぎながら御使いに飛びかかった。
間合いに入って即座に美咲は御使いに向けて武輝を振り下ろすが、最小限の動きで御使いは回避――同時に御使いは武輝を振り抜き、避ける間もなく美咲の脇腹に直撃する。
一瞬苦悶の表情を浮かべるが、美咲は凄味のある笑みを浮かべて構わずに攻撃を続ける。
体術を織り交ぜた美咲の猛攻を御使いは容易に対応する。
徐々に美咲の攻撃の速度が上がっているが、それでも御使いには掠りもしない。
美咲の勢いに乗じて、ティアも御使いに飛びかかって攻撃を仕掛ける。
二人の攻撃にも御使いは余裕に対処し続けていたが、息つく間もなく攻撃を仕掛けてくる二人に、さすがの御使いも不用意に手を出せなかった。
美咲とティア、二人は同時に攻撃を仕掛ける。
ずっと片手で持っていた武輝を両手に持ち替え、二人の同時攻撃を武輝で受け止めた。
鈍い金属音が響き渡り、二人の攻撃を受け止めた御使いを中心にして衝撃が走るが――
御使いは二人の同時攻撃を見事に受けきると同時に、力任せに二人を押し出し、二人の体勢を崩した。
体勢を崩した二人に向けて、刀身に光を纏わせた武輝を思いきり薙ぎ払う。
咄嗟に体勢を立て直したティアは、バランスを崩したまま無防備になっている美咲に飛びかかり、二人とも地面に突っ伏して御使いの攻撃を回避する。
地面に突っ伏した二人に向けて容赦なく攻撃を仕掛ける御使いだが、即座に飛び起きたティアは力任せに武輝である大剣を振り下ろし、地面に激突させる。
ティアの一撃は固いアスファルトの地面を砕き、砕いた破片は御使いに向かって勢いよく飛んだ。
御使いは大きく後退しながら、手の中で器用に武輝である長巻を回転させて飛んできたアスファルトの破片を砕いた。
効果的なダメージは与えられなかったが、御使いとの距離を開くことに成功したティアは大きく息を乱しており、まったく疲れていない御使いを忌々しく睨んでいた。
地面に大の字になっている美咲も同様であり、時折御使いの一撃を食らった脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていたが――その表情は発情期を迎えた動物のようだった。
「いやぁ、さすがにこのハンデはきついねぇ……どうする、ティア」
「今の状況で正面から戦うのは無理だ――とはいえ、不意打ちをしても意味はないだろう」
「力の差は圧倒的って感じ? 燃えるねぇ❤ ティアもそう思わない?」
一人燃え上がって興奮している美咲に呆れつつも、ティアも静かに燃えていた。
美咲のように純粋に戦いを楽しんでいるというわけではなく、圧倒的な力を振っている御使いに対しての対抗心で燃え上がっていた。
そして、輝石の力が制限されている今の状況で、どうにかして御使いを正面から倒してみたいという欲求がティアの中で生まれていた。
静かに燃え上がっているティアの表情を見て、美咲は期待に満ち溢れていた。
「……一瞬だ――一瞬で決める」
「さっすがティア❤ 何か良いアイデアを思いついたの?」
ティアの呟きを聞いて、美咲はパッと表情を明るくさせる。
「私とお前が持てる限りの力を引き出して、一気に御使いにぶつける」
「アタシでもわかりやすいシンプルな作戦だね☆ それも、失敗したら力をぜーんぶ使い果たして負けちゃうのは確定のリスキーな」
「力を温存していても無駄に消耗するだけだ。それなら、一気に使う」
言うや否や、ティアは武輝に今引き出せるだけの力を込める。
ティアの力が流れ込んだ武輝が弱々しい光に包まれると、同時にティアは全身から力が抜けて倒れそうになるが、それを堪えて武輝に力を込め続ける。
美咲の指摘通り、全身全霊の力を込めた一撃で御使いが倒れなければ、激しく力を消耗して敗北が確定するが――それでも、ティアは力を込め続ける。
リスクが大きい作戦であるが、美咲は満足そうな笑みを浮かべて乗り気だった。
「いいね、ティア! そういう後先考えない作戦はアタシ大好きだよ❤」
嬉々とした声を上げて、美咲はティアと同様に自身の武輝に力を込め、彼女の武輝である斧が弱々しい光に包まれた。
微弱な光に包まれた二人の武輝を見て、二人の考えを悟った御使いは一気に決着をつけるために二人に飛びかかった。
肉迫する御使いに、ティアは正面から迎え撃つ。
御使いは間合いに入った瞬間、身体を一度大きく回転させて光を纏わせた武輝を勢いよく薙ぎ払う。
一気に決着をつけると決めた御使いの攻撃は今まで以上の速度と鋭さを持っていた。
御使いの攻撃が自身に届く瞬間――ティアはため込んでいた力を一気に解放する。
自身の武輝である大剣とティアにも光が纏い、無窮の勾玉の影響でずっと虚脱感が残っていた身体に、一瞬だが力が戻ってきた。
「復讐心に身を焦がす気持ちは理解できるが――お前が敵である以上、容赦はしない」
復讐に燃えていた過去の自分を思い出しながら、迫る御使いの攻撃をティアは片手で待った大剣で受け流し、間髪入れずに力強い一歩を踏み込んで武輝を大きく薙ぎ払った。
自身の攻撃と反応速度を大きく上回るティアの攻撃に、為す術もなく直撃して怯む御使いだが、まだまだティアの攻撃は止まらない。
今まで上手く自分の力を引き出せなかった自身の苛立ちをぶつけるように、限界まで引き出した力を使い果たすまで御使いに連撃を仕掛け続けるティア。
トドメと言わんばかりに、ティアは武輝から光を纏った衝撃波を放って御使いの身体を大きく宙に打ち上げた。
「ナイスホームランと思いきや――残念、美咲ちゃんでした☆」
気が抜けるような声と同時に、打ち上げられた御使いの身体に向けて美咲は光が纏った巨大な斧を振り下ろした。
振り下ろされた美咲の一撃は、御使いの身体を勢いよく地面に向けて叩き落とした。
御使いが衝突してアスファルトの地面が大きく砕ける。
そして、トドメと言わんばかりにティアは光を纏った武輝を地面に叩きつけ、アスファルトの地面を砕きながら倒れた御使いに迫る光を纏った衝撃波を撃ち出した。
再び御使いの身体は大きく吹き飛ばされ、着ている白い服がボロボロになっていた。
すべての力を出し切ったティアは崩れ落ちるように膝をつくと、光とともに武輝が輝石に戻ってしまった。
意識を失いそうになりながらも、それを堪えてティアは御使いの姿を確認する。
自分と美咲の攻撃は確実に決まったと、ティアは思っていたが――強い復讐心を抱える人間がそう簡単に倒れるとは思っていなかった。
案の定――御使いはボロボロになりながらもまだ立っていた。
武輝を手にしている御使いからは戦意が失われていないが――自身の中に渦巻いている激しい復讐心だけで立っている状態で、すぐに倒れるだろうとティアは判断した。
「わあ、まーだ立ってるんだ。すごいねぇ、オジサン」
立っているのがやっとな満身創痍の御使いを見て、美咲は軽快な拍手を送った。
億劫そうに武輝を担いで、多少は息が上がっているがまだ余裕な様子の美咲を、ティアは鋭く、冷え切った目で睨んだ。
「……手心を加えたな」
「ごめんね、ティア。ちょっとオジサンと話したくてさ」
とどめの一撃を手加減したのに気づいて自分を恨みがましく睨んでくるティアに、美咲は苦笑を浮かべて謝罪をして、まだ表情がフードに覆われて性別不明の御使いを慣れ親しんだ様子で『オジサン』と呼んだ。
御使いは美咲の言葉に何も反応することなく、武輝を支えにしながら美咲に近づいた。
「オジサン、小さい頃に会ってるよね? 結構遊んでもらった記憶があって、子供好きだった気がするんだけど。――あ、変な意味じゃなくてだよ?」
勝手に盛り上がっている美咲の言葉に、御使いは何も答えない。
「オジサンに何があったのかわからないけどさぁ、いい加減にやめようよ」
「……この怒りをどこにぶつければいい」
声を加工している機械が壊れかけているのか、御使い本人である男の声と機械の声が混同した声で聞き取り辛かったが、彼の中に渦巻く復讐心は美咲たちに十分に伝わった。
「鳳は私からすべてを奪った――すべてだ! ……この怒りをどこにぶつければいい!」
「そういう恨み言は昔から聞いてきたからもうウンザリなんだよね」
怨嗟に満ちた声を発している御使いだが――美咲は飽きたように大きく欠伸をした。
「それに、オジサンの怒りを他の人にぶつけるのは迷惑――ウチのウサギちゃんが特に迷惑しているみたいなんだよね。他人に迷惑をかけるなって教わらなかった?」
挑発するような言い方の美咲に、御使いは何も反応しない。
だが、反応しないながらも美咲の言葉に御使いの根本にあるものが確かに揺れていた。
しかし、折れそうになる自身に喝を入れるように、御使いは武輝を握る手に力を込める。
満身創痍でありながらも、さらに戦意を上げて退く気がない御使いの様子を見て、美咲の頭にさっきまで苦しんでいたノエルの姿が過った。
その瞬間、美咲の中にこの戦いはノエルのために絶対に負けられないという強い想いが生まれ、身体の中から熱い何かが込み上げてきて、それが美咲の力になっていた。
突然わいて出てきた強い想いと力に美咲は戸惑いながらも、悪い気はしなかった。
「オジサンが止まらないなら、アタシが終わりにしてあげるよ」
場違いなほど明るく、優しげな笑みを浮かべた美咲は、仄かに光を纏っている武輝である斧を担いで御使いに向かって飛びかかった。
美咲は僅かに残った最後の力を込めた一撃を、御使いに向かってぶつけるつもりだった。
御使いも最後のつもりで武輝に力を込めて美咲を迎え撃つが――満身創痍の御使いは美咲の勢いに対応することができなかった。
そんな御使いの脳天に向けて容赦なく美咲は武輝を振り下ろした。
ティアの攻撃を受ける前ならば容易で対応することができた美咲の攻撃だが、対応する間もなく満身創痍の御使いに直撃した。
美咲の一撃を食らった御使いは昏倒し、地面に突っ伏し、光とともに武輝が輝石に戻る。
御使いと同時に、武輝が輝石に戻った美咲は仰向けになって地面に倒れた。
激しく息を乱して消耗しきっている美咲だが、晴々とした表情を浮かべていた。
「お疲れ様です、銀城さん」
しばらく仰向けになって倒れていた美咲は、まったく感情が込められていない労いの言葉に上体を起こして反応すると、アリスの小さな肩を借りて立っているノエルがいた。
無理をしているのか、まだノエルの顔色は悪かった。
そんなノエルの表情を見て不安な美咲だったが、彼女の顔を見て安心する自分もいた。
「んー? あれ? どーしてウサギちゃんがいるの?」
「『ウサギちゃん』と呼ばないでください――アリスさんにお願いしました」
ノエルに肩を貸していてるアリスは、ノエルを不満そうに睨んだ後に、美咲に対して申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「もー! ダメじゃない、お嬢ちゃん。まだ、ウサギちゃんは本調子じゃないのに」
「ごめん、美咲。ノエルが言うこと聞かなかった。病院から出さなかったら、這ってでも病院から出るって言って、本当に這って出ようとしたから放っておけなかった」
「ウサギちゃんのその姿は見たかったかも」
無表情のノエルが病院から張って出ようとするホラーな映像が頭に過り、その姿を是非見てみたいと美咲は呑気に思っていた。
そんな美咲を無視して、ノエルは話を進めるためにゆっくりと息を整えて、フラフラと立ち上がったティアに視線を移した。
「ティアリナさん、御使いが逃げ出さないように見張ってもらってもよろしいでしょうか」
「別に構わないが、お前たちはどうするつもりだ」
「制輝軍たちの元へと向かい、我々の責任を果たします」
「そうか……勝手にしろ」
ノエルから決意にも似た意地を感じ取ったティアは、彼女の言葉に従った。
素直に従ってくれたティアにノエルは「ありがとうございます」と一言言って、肩を貸しているアリスにノエルは視線を移した。
「アリスさん、鳳さんの指示通り、今からあなたはグレイブヤードに向かってください」
「わかってる。でも、ここまで無理をして連れてきておいて、今更私がこんなことを言うのもおかしいけど、本当に大丈夫なの?」
父の助けに向かうことに不満な表情を浮かべているアリスだったが、それ以上にまだ本調子ではないノエルを心配していた。
「銀城さんがいるので問題ありません」
「アタシ、結構疲れてるんだけどなー。まあ、いいけどね☆ それじゃあ、行こうか? おねーさんがウサギちゃんのことをしっかりエスコートしてあげる❤」
「近いです、密着し過ぎです」
「んー、ウサギちゃん良いにおい」
「人のにおいを嗅がないでください」
「あれ? ウサギちゃん、もしかしてスタイル良くなった?」
「気安く触らないでください」
アリスから離れたノエルをギュッと美咲は抱きしめると、ベタベタ密着して、人のにおいを嗅いで、無遠慮に身体に触れる美咲にノエルは心底嫌そうな顔を浮かべていた。
そして、そのままアリスはグレイブヤードへ向かい、ノエルは美咲に付き添われながら鳳グループ本社で輝石使いたちと膠着状態でいる制輝軍の元へと向かった。
この場に残ったティアは、離れるノエルの背中を眺めながら――
性格はまったく異なり、仲が悪いが――意地っ張りなところは、自身の幼馴染に似ているとなんとなく思ってしまった。
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