第20話

 フワリと宙に浮かんでいる杖を武輝にした御使いは、セラと沙菜に向けて光弾をばら撒いていた。


 休む間もなく発射される光弾に、セラと沙菜は回避と防御を続けていた、


 宙を素早く滑空しながら光弾を発射する御使いにセラと沙菜は不用意に近づくことも、光弾の対処に集中しているせいで御使いの姿を追うこともできなかった。


 無窮の勾玉の影響で輝石の力が制限され、輝石を武輝に変化させて維持するだけでも体力が削られてるというのに、休む間もなく次々と打ち出される光弾の対処に追われて、セラと沙菜の体力はじわじわと削られていた。


 セラの死角から光弾が襲いかかるが、「セラさん!」と沙菜が声を張り上げて、セラに自身の武輝である杖を向けると、彼女の周囲に障壁を発生させて死角からの攻撃を防いだ。


 心の中で沙菜に感謝をして、セラは自身に向かって発射される光弾の嵐をかいくぐりながら、御使いに接近する。


 一気に間合いを詰めてるセラに、御使いは自身の周囲に小さな光球を発生させると、小さな光球は沙菜に向かって光弾をばら撒いて、沙菜の相手をさせていた。


 そして、御使い自身はこちらに向かってくるセラの対応に集中した。


 大きく一歩を踏み込んで勢いよく武輝である剣を突き出すセラだが、御使いは軽やかな動きで回避、同時に器用に武輝である杖を手の中で回転させながら御使いは反撃をする。


 反撃を軽く跳躍して回避したセラは、滞空したまま身を捻らせて回し蹴りを放つ。


 御使いは最小限の動きで回避し、勢いよく武輝を突き出した。


 反応できるギリギリの速度の攻撃に、咄嗟にセラは上体をそらして紙一重で回避。


 セラが回避しても次々と御使いは攻撃を仕掛けてくる。


 素早く、的確に隙をつく御使いの棒術に、セラは反撃する間を与えなかった。


 徐々に追い詰められるセラのフォローをしようとする沙菜だが、御使いが発生させた光球から撃ち出された光弾が沙菜の行動を阻んでそれができなかった。


 御使いはセラに向けて武輝を薙ぎ払うように振い、セラはそれを武輝で受け止めるが、勢いがあって重い一撃を受け止めきれずにバランスを崩してしまいそうになる。


 セラは踏ん張ってバランスを崩すのを堪えたが、間髪入れずに御使いは一歩を踏み込んで武輝を突き出した。


 踏ん張ることに集中していたセラは反応が遅れて、御使いの攻撃が直撃して吹き飛んだ。


 吹き飛んでいるセラに向け、武輝に光として纏っている輝石の力を矢状にして発射した。


 空中で身を翻して体勢を立て直したセラは、空を蹴って御使いが放った光の矢を回避。


 同時に、御使いが自身の周囲に発生させて沙菜に攻撃を仕掛けていた光球はすべて、沙菜が武輝から放った光弾で消滅させた。


 攻撃が一旦一段落すると、周囲にはセラと沙菜の乱れている呼吸音が響いていた。


 無窮の勾玉の影響を受けていない御使いの力は圧倒的で、セラと沙菜を追い詰めていた。


「あ、あの……私のこと、覚えていますか?」


 戦いの最中にもかかわらず、ふいに沙菜は緊張で震えた声で御使いに話しかけたが、御使いは何も反応しない。


 返答の代わりに御使いは沙菜に向けて光弾を発射した。光弾は沙菜の頬を掠めた。


 余計なことを言うなと、脅すつもりで御使いはわざと光弾を外したと沙菜は思っていた。


 問答無用の御使いの態度だが――沙菜には確信があった。


 目の前の御使いが自分と同じ水月家の人間であり、何度も世話になった人間であると。


「しょ、正直、以前の事件で会った時は服装のせいであなただとわからなかったですが――それでも、あなたが、どんな人なのか私はちゃんと覚えています!」


 悲しげな目を向ける沙菜に御使いは何も反応しなかったが、それでも、御使いの中にある何かが揺らいでいた。


 御使いの説得を試みる沙菜を、何も言わずにセラは見守っていた――いつでも、彼女を助けられるように準備をしながら。


 先月、ティアや優輝とともに沙菜は実家に戻って、御使いのことについて調べていたことをセラは知っていた。


 御使いの一人の正体が自分の世話になった人間であるということを知って、沙菜はその人の説得をしたいと思っていることもセラは知っていた。


 だからこそ、御使いを説得する沙菜を黙って見守っていたが――沙菜には申し訳ないが、セラは正直無駄だろうと感じていた。


 復讐に燃えている人間を止めることは簡単ではないとセラは過去の自分を顧みて十分に理解していた。もちろん、沙菜も理解していた。


 だが、それでも自分が世話になった人を信じているからこそ説得する沙菜の気持ちを理解しているからこそ、セラは黙って見守っていた。


「あなたはこんなことをする人じゃない。一族の中で落ちこぼれだと虐げられていた私を何度も助けてくれた優しいが、そんなことをするはずはないよ」


 自身を説得してくる沙菜に、武輝を握る御使いの手が微かに震えていた。


 揺らいでいた何かが御使いの戦意を削いでいたが――


 消えかかっていた復讐の炎を滾らせ、武輝を握る手を強くして御使いは迷いが生まれた自身に喝を入れるように沙菜に向けて光弾を発射する。今度は一直線に沙菜に向かっていた。


 自身に向かう光弾を呆然と眺めていた沙菜だったが、「沙菜さん!」と、セラは沙菜に飛びかかり、地面に突っ伏して光弾を回避するが、御使いは次々と光弾を発射してくる。


 飛び起きたセラは御使いが乱射した光弾を撃ち落としながら、御使いとの距離を一気に詰める。その様子を沙菜は地面にへたり込んだまま見守ることしかできなかった。


 一気に距離を詰めるセラは、微かだが御使いの攻撃に迷いがあることを感じ取った。


 だからこそ、セラは一気に決着をつけるつもりで距離を詰めて、間合いに入った瞬間、大きく一歩を踏み込んで武輝を振り下ろすが――


 御使いの周囲に張られた障壁に阻まれ、セラの攻撃は無力化された。


 セラの攻撃を無力化した瞬間、御使いは杖から巨大な光弾をセラの目の前で発射させる。


 避ける間を与えずに御使いがセラに向けて放った大技だが、光弾の軌道がずれた。


 巨大な光弾がセラに直撃する寸前に、呆然としていた沙菜は我に返って、自身が飛ばした光弾を衝突させて僅かに軌道をそらしたからだった。


 御使いの攻撃が外れた瞬間、即座にセラは飛び退いて御使いから距離を取った。


「……止まる気はないんですね」


 沙菜の言葉に御使いは反応しないが、答えの代わりに、御使いの武輝が強く発光する。


 今以上の大技を御使いは繰り出すつもりだった。


「沙菜さん、相手が止まる気がないなら私たちが止めましょう」


「付き合わせてしまってすみません、セラさん……そして、ありがとうございます」


「気にしないでください……さあ、彼女を止めてあげましょう」


 呑気に戦闘中に説得を試みた結果、それが無意味に終わってしまったことの謝罪をして、自分を気遣ってくれるセラに沙菜は感謝の言葉を述べた。


 むなしそうな表情を浮かべている沙菜に向けてセラは力強い笑みを浮かべると、若干だが沙菜の表情に明るさが戻ってくる。


 そんな二人のやり取りを見届けた瞬間、御使いは強い光を纏った武輝を天にかざし、武輝に纏っていた光を重厚な雲に包まれた空に向かって撃ち出した。


 撃ち出した光は空に広がると――一瞬間を置いて、セラと沙菜がいる地上に向かって、レーザー状の光が雨のように降り注ぐ。


 地上に降り注ぐ光は街路樹を粉砕し、アスファルトの地面を砕き、周囲の建物を破壊していた。


 セラは沙菜が張った障壁内で降り注ぐ光の雨を防いでいたが、受け止める度に沙菜は苦悶の表情を浮かべて、一撃一撃が重い攻撃を何度も受け止めることは無理そうだった。


 早く手を打たなければ沙菜の張った障壁が破られて全滅は必至だった。


 防御を沙菜に任せて、セラは御使いを止める方法を考える。


 無窮の勾玉の影響を受けている自分たちと、受けていない御使いとの力の差は圧倒的だった。


 降り注いでいる光を避けながら御使いとの距離を詰めようとしても、御使いは光弾を連射して近づけさせないようにするし、相手にはかなりの強度の障壁が張っている。


 今の状況で相手にはまったく隙がない――

 相手も迂闊に私たちが手を出せないこともわかっている。

 それなら――危険だけど、この手を使うしかない!


 止む様子のない光を避けて御使いとの距離を詰め、障壁を破壊し、その上で御使いを倒す方法――セラは一つしか考えられなかった。


「……沙菜さん、私が囮になります。接近して、御使いが張っている障壁を破壊します。その瞬間、沙菜さんが思いきり攻撃を仕掛けてください。後先なんて考えず、今使えるだけの力を振り絞って攻撃をしてください。私も御使いの障壁を崩すために、全力を尽くします」


「せ、セラさん……それはかなり危険です。し、失敗した時のリスクはかなり大きいです」


「承知の上です」


 セラを囮にして、温存していた力を一気に解放して御使いにぶつけるという作戦に、不安と心配をする沙菜だが、そんなことは百も承知だというようにセラは力強く頷く。


 誰が何を言っても意地でも一歩も退かないセラの頑固で意地っ張りな一面を垣間見た沙菜は、「……わかりました」とため息交じりに了承した。


「で、でも、無茶はしないでください。セラさんに何かあれば、優輝さんが悲しみます」


「今の優輝なら、私よりも沙菜さんの方を心配すると思いますよ」


「そ、そんなことはありません! そ、その……からかわないでください……」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべてのセラの一言に、沙菜は顔を真っ赤にしていた。


 顔を真っ赤にさせて慌てている沙菜の姿に、セラは素直にかわいいと思った。


 そして――笑みを消したセラは、沙菜の張った障壁の外に出て御使いに飛びかかる。


 降り注ぐ光の雨を回避しながら接近するセラに向けて御使いは光弾を連射させる。


 自身に迫る光弾を避けることなく、セラは御使いに向かって駆ける。


 光弾の一つがセラに直撃すると同時に、一気に彼女に向かって光弾が殺到する。


 容赦なくセラに向けて武輝から光弾を発射し続けている御使いだが、背後に何か気配がしたので、即座に振り返ると――セラの姿が目に入った。


 いつの間にか自身の背後に回り込んでいたセラに、即座に反応して振り返った御使いは光弾を発射するが――光弾が直撃したのは、セラではなかった。


 御使いの光弾が直撃して、ボロボロの布切れがヒラヒラと宙に舞った。


 背後に回り込んでいたのはセラではなく、彼女が着ていた白を基調とした高等部女子専用のブレザーだった。


 無窮の勾玉の影響を受けず、輝石の力で鋭敏になっていた御使いの感覚が、セラの着ていたブレザーを、セラだと誤認してしまった。


 輝石の力を制限されているセラたちならば迂闊に手は出せないだろうと慢心した結果、御使いは誤認を招いてしまったのだった。


 即座にセラの気配を御使いは確認すると――すでに、上着を脱ぎ捨ててシャツ姿のセラは自身のすぐ背後にいることに御使いは気がついた。


「……一瞬だけ隙ができれば十分です!」


 セラがそう呟くと同時に、御使いは背後を振り返って反撃しようとするが――


 それよりも早く、セラは自身の持てるすべての力を込めて光を纏った武輝を振う。


 障壁の一瞬の抵抗の後に、ガラスのようなものが砕けるような音ともに御使いの周囲に張っていた障壁が砕け散り、同時にセラの武輝から放たれた光を纏った衝撃波が御使いに直撃した。


 勢いよく御使いは吹き飛んで思いきり地面に叩きつけられると、光の雨が止んだ。


 大きなダメージを負ってヨロヨロと立ち上がる御使いだったが、神々しい光に身を包んだ沙菜が、自身に向けて武輝である杖をかざしていることに気づいた。


「ごめんなさい……あなたに何があったのかはわかりませんが――わ、私には大切な人がいて、これからもその人と一緒にいたいんです! だから! 私は過去よりも未来の方が大切なんです!」


 淡い恋心を抱いている久住優輝のことを思い浮かべながら、沙菜は声を張り上げた。


 そして、御使いに向けて、武輝である杖からレーザー状になった輝石のエネルギーを発射した。


 御使いは障壁を張って防ごうとするが――間に合わず、強大なエネルギーの奔流に呑まれてしまった。


 沙菜が放った光が治まると、力の渦に呑まれた御使いは地面に突っ伏して気絶していた。


 そして、最後まできつく握られていた武輝は一瞬の光とともに輝石に戻った。


 御使いが倒れたのを確認すると、力を出し切った沙菜の手に握られていた武輝が輝石に戻り、気が抜けたように尻餅をついて、大きく息を切らしていた。


 知人である御使いを倒したことに沙菜は複雑な表情を浮かべていたが、それ以上に後戻りができなくなる前に復讐を止められて安堵していた。


 激しく息を乱している沙菜に、「だ、大丈夫ですか、沙菜さん」と、フラフラとした足取りの消耗しきっているセラが近づいてきた。


「ちょっと疲れているだけなので私は大丈夫です……セラさんは七瀬君の元へと向かってください。セラさんの大切な人を守ってあげてください」


「……わかりました。では、ここはお任せます」


 自分のことよりも、幸太郎の元へと向かってくれと沙菜はセラに促した。


 普段は内気な性格の沙菜だが、そうセラに促した沙菜の威圧感は年上のものだった。


 消耗しきっている沙菜を一人にさせるのは躊躇われたが、守るべき存在である幸太郎のためにセラは振り返らずに先を急いだ。


 沙菜と同じく自身も力を使い果たして倒れそうになっていたが、それを堪えてセラは幸太郎の元へと急いだ。


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