第21話

「取り敢えず――そうだ、一回お互い殴り合うって、スッキリさせるのはどうだ?」


「刈谷さん、それは意味ないですよ。だって、僕たちは戦いを止めるためにいるんですよ」


「いや、ほら……よく川原で殴り合ったらお互いに理解するってドラマであるだろ」


「刈谷さん、古き良き青春ドラマ好きですね」


「漢の生き様と純情が描かれてるからな」


「だから、派手な見た目とは対照的に、恋に奥手な純情硬派で女の人にモテないんですね」


「バカにしてんのか!」


「かわいいなって思いました」


「男に言われて嬉しいと思ってんのか!」


 アカデミーの生徒と制輝軍が睨み合っている極限までに緊張感が張り詰めた場所で、幸太郎と刈谷の呑気な会話が響いていた。


 幸太郎と刈谷はちょうど睨み合っている輝石使いと制輝軍の間で挟まれて、彼らの呆れと苛立ちと怒りが込められた視線が一気に集まっているが、二人はそんなことを気にしていなかった――そんな呑気な二人を、一歩引いて貴原は呆れたように眺めていた。


「それなら、幸太郎、お前は何かいい考えはあるのかよ」


「こっちも、古き良き青春ドラマ戦法にします――みなさーん、聞いてくださーい!」


 刈谷の言葉に良い考えが思い浮かんだ幸太郎は、思い立ったらさっそく行動する。


 間延びして緊張感のない幸太郎の声が周囲に響き渡ると、大勢の視線が彼に集まった。


「取り敢えず、お互いやりすぎたってことで、今回は喧嘩両成敗ってことにしませんかー?」


 何気なく放った幸太郎の一言に、両者の雰囲気が一変する。


 不用意には手を出せないと思って抑えていたお互いの怒りが、幸太郎の一言で一気に燃え上がった。


「ふざけんな! 調子に乗った落ちこぼれのせいで、俺たちの仲間がやられたんだ!」

「俺たちは制輝軍の奴らのせいで痛い目に何度もあったんだよ!」

「我々が御使いたちの手から守ってやろうというのに、席に手を出したのはあっちだ」

「ずっと俺たちを見下していたアイツらが悪いのよ!」

「落ちこぼれの貴様に何がわかる!」

「アンタ、どっちの味方なのよ!」


 余計な一言で無駄にお互いの怒りの炎に油を注いでしまった結果、生徒と制輝軍の怒りの矛先が一斉に幸太郎に向けられた。


「……どうしよう」


「逆に煽ってどうすんだよ! 仕方がねぇ、……俺に任せな」


 苦笑を浮かべる幸太郎に、呆れた刈谷は余計な一言を言った幸太郎に代わって前に出る。


 仰々しく咳払いをして、表情を引き締めてシリアスモードになる刈谷。


「ここは俺の顔に免じて、お互いに退いてもらおう!」


 カッコつけてこの場を治めようとした刈谷だったが――


「ふざけんな! 金返せ、刈谷!」

「ダサいけど、服装ものすごくダサいけど、アンタみたいに力のある奴に何がわかるのよ」

「アイツ前に、駅前で女の子にフラれてるの見たことあるぞ」

「俺たちのティアリナさんに纏わりつく金バエが調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 返ってきたのは刈谷への罵詈雑言の嵐だった。


 かつては『狂犬』と呼ばれて恐れられていた刈谷だが、自分たちと同じく輝石の力を制限されているのに加え、大勢の中で声を上げれば誰が言ったか気づかれないと思い、全員刈谷に対して好き勝手に不満を声高々に口にしていた。


「刈谷さん、だいぶ恨まれていたんですね。それに、駅前でフラれちゃったんですね」


「……面倒だから全員ボコボコにするか?」


 素直な感想を漏らす幸太郎と、怒りのあまりに身も蓋もないことを言いだす刈谷。


 先程から周囲を煽ってばかりでまったく役に立っていない二人を見かねた貴原は、呆れたように深々とため息を漏らし――緊張と不安で震える身体を動かして、前に出た。


 本当ならば前に出るつもりはなく、ずっと刈谷と幸太郎の後ろで隠れていたかった貴原だったが、自身の中にある恐怖や不安をかき消すほどの熱く滾る何かがわき出てきて、今の状況を見て許せないと感じていた。


 だから、貴原は無意識に身体を動かしてしまい、前に出て、そして――


「この場にいる全員、無様だな」


 溢れ出しそうになる怯えを必死に抑えた低い声で貴原はそう吐き捨てた。


 低く、くぐもって聞き取り辛い貴原の声だったが、自分たちをバカにする彼の言葉はちゃんと耳に届いており、制輝軍と生徒たちの敵意が一気に集まった。


 一斉に自身に向けられた敵意に、貴原は思わず喉の奥から振り絞った小さな悲鳴を上げてしまい、逃げ出したくなりそうになってしまったが――


 ここまで来て逃げるのは、周囲はもちろん貴原のプライドも許さなかった。


 自分ならできる、自分は優秀だ、他の輝石使いとは違う――暗示をするように何度も心の中で暗唱して、平静を保つ。


 そして、自身に身勝手な怒りを向ける周囲の人間を見下すように見回した貴原は――


「本当に、情けない奴らだ……君たちは自分で恥ずかしいと思わないのか?」


 嘲笑を浮かべながらの貴原の一言に、周囲は激しく反応する。


「少し力があるからって調子に乗りやがって……お前にも恨みがあるんだからな」

「アイツ、俺に訓練って言って、理不尽な暴力を振いやがったんだ」

「アイツも制輝軍と同じで、自分の力を誇示したいだけの最低な奴よ!」

「今すぐにでもお前をぶっ飛ばしてやるからな!」


 落ちこぼれと貴原が蔑んできた生徒たちの怨嗟の声が響き渡る。


 しかし、貴原はまったく気にしている様子はなく、自分に集まる怨嗟の言葉を聞いて、心底呆れたように大袈裟なほど深々とため息を漏らした。


「まったく、君たちはそれだから落ちこぼれなのだ!」


 自分に向かって怨嗟の声を吐き続ける生徒たちを思いきり見下して、嘲笑を浮かべた貴原はキッパリと吐き捨てた。


「実力がないのは自分たちの責任だ。輝石に選ばれた人間は力を得られた優越感に浸って、自己の鍛錬を怠るという話がある! 君たちのほとんどがそんな輝石使いだろう」


 貴原の言葉に身に覚えがあるのか、今まで貴原に対して怨嗟の言葉を吐き続けていた生徒たちは全員揃って押し黙り、表情に悔しさを滲ませて反論できなかった。


「確かにそうかもしれないが……お、俺たちは俺たちなりの努力をしてきたんだ」


 一拍子置いて誰かが反論すると、生徒たちは同意の声を上げるが――貴原は鼻で笑った。


「本当に努力をしている人間は自分が努力したとは高らかに言わない。自分を高めるために黙々と修練を続けるのだ!」


 人一倍強い力を持ちながらも、陰で人一倍厳しい修練を続けているセラやティアたちのことを思い浮かべながら、貴原は高らかにそう言った。


 生徒たちは俯いて、貴原の言葉に何も言い返すことができなくなってしまう。


「僕はかつて君たちのために動いていた学生連合とは違い、落ちこぼれの君たちを甘やかして庇護はしない! 君たちのような落ちこぼれは輝石という力を得て優越感に浸った結果、自己の鍛錬のことを忘れて実力不足になった自業自得の存在だと思っている!」


 挑発的に吐き捨てる貴原の言葉を、生徒たちは顔を俯かせたまま黙って受け入れていた。


「御使いに上手く復讐心を煽られ、自分のことを顧みないで他人に怒りの矛先を向けている君たちは、このままでは一生落ちこぼれのままだ! それが嫌なら輝石使いとして、アカデミーの生徒として、今自分が何をするべきなのかを考えるんだ!」


 上から目線で尊大な態度の貴原だが、今自分たちが何をするべきなのか考えさせる言葉で生徒たちの中に渦巻いていた身勝手な怒りと復讐心が徐々に静まってきていた。


 暴走する生徒たちに言いたいことを言い終えた貴原は、今度は制輝軍に視線を移す。


 自分たちと対峙していた生徒たちを黙らせた貴原の剣幕に息を呑んでいた制輝軍たちは、自分たちを睨むように見つめてくる貴原の威圧感に気圧されていた。


「制輝軍も制輝軍だ。仲間が襲われて怒るのは理解できるが、君たちのような実力者たちが一体何をしているんだ!」


 呆れと失望が混じった貴原の怒声が制輝軍たちを圧倒する。


「君たちは力がある。力があるということは相応の責任を持っているということだ! それなのに、君たちは頭に血が上っているせいで自分たちの責任を果たさずに、無様にも御使いの掌で踊っていて、恥ずかしいと思わないのか!」


 本来ならば生徒たちを守る立場の自分たちが、激情に支配されて責任を忘れて彼らを守らずに彼らと対峙していることを指摘されて、制輝軍たちは徐々に冷静さが戻ってくる。


「御使いに踊らされている制輝軍も、君たちが見下す落ちこぼれの輝石使いと同じだ!」


 制輝軍のプライドを刺激する貴原の言葉が、一気に彼らの頭を覚醒させる。


「もしも――もしも、これ以上御使いの掌で踊ってお互いに争う気でいるのなら、アカデミーの生徒として、それ以上に輝石に選ばれて力のある者として、恥と思え!」


 貴原の言葉が制輝軍や生徒たちに響き渡る。


 限界まで膨れ上がっている緊張感が和らぎ、彼らを支配していた激情と復讐心が治まり、戦意も失い――後は、終わりにするきっかけだった。


「俺は貴原の言う通りだと思うぜ! これ以上惨めになっちまう前にこんなこともうやめだ! 俺たちが今やろうとしていることは、ただむなしくなるだけだ!」

「そうだな! 俺たちは力が第一の実力主義が気に食わなかったのに、俺たちは力で解決しようとしてる――そんなの、俺たちが嫌っていた奴らがやってることと同じだろ!」

「まだ納得できないけど、今俺たちはお互いぶつかり合うことじゃないだろ! 今、この状況を一緒になって乗り越えることが重要なんじゃないのか?」


 御使いと対峙していた生徒たちから、貴原に賛同する声が上がった。


 貴原が聞き覚えのある声の主は――幸太郎の友人たちである三人の男子生徒だった。


 彼らも幸太郎に協力を持ちかけられた『仲間』であり、生徒たちの輪の中に入って何か不穏な事態が起きたら諌める役割を任されていた。


 彼らの姿を確認した貴原は、心強い仲間を得た気がして安堵感と心強さを感じてしまう。


 心底安堵している貴原に向けて、三人の幸太郎の友人は揃って貴原と幸太郎に向けてサムズアップをすると――幸太郎はサムズアップで返し、貴原も同じようにサムズアップで返しそうになってしまったがそれを必死で堪えた。


 貴原に賛同する幸太郎の友人たちの声に、生徒たちは全員自分たちの行いを悔やみ、今自分がすべきことを本気で考えていた。


「制輝軍の方々も、今は彼らと協力すべきです」


 疲労感だけが滲んでいる感情がまったく込められていない声の主――美咲とセラに連れられた白葉ノエルに制輝軍たちの視線が集まった。


「この場は他の輝石使いと協力してください」


 自分たちを率いているノエルの指示だが、仲間たちが襲われたことが頭に過り、頭では彼女の指示が正しいと理解しても、生徒たちと協力することには複雑な気持ちだった。


 制輝軍たちが逡巡していると――生徒たちとともにいた大量のガードロボットが勝手に動き出して、武装である大型のショックガンを制輝軍たちに向けた。


 制輝軍たちと敵対していた生徒たちの戦意が失ったことで、ガードロボットは勝手に動きはじめて、制輝軍たちを攻撃しようとしていたが――


 そんなガードロボットたちを生徒たちが数人がかりで止める。


 今まで自分たちに恨みの目を向けていた彼らが、自分たちを守ってくれていることに、制輝軍たちは呆然と眺めていた。


 邪魔をしてきた生徒たちに、ガードロボットが攻撃を仕掛けようとするが――


 どこからかともなく飛んできた光の衝撃波が、ガードロボットを破壊する。


「みんなが戦っているというのに、君たち制輝軍は何をしているんだ!」


 呆然としている制輝軍を叱咤する怒声とともに現れたのは御使いだった。


 しかし、他の御使いと異なるのは、機械で加工されていない声だった。


 そんな御使いの声に、セラたちは聞き覚えがあった――どうして行方も生死もわからなかった彼が御使いの恰好をして、こんなところにいるのか、様々な疑問があったが、それ以上に彼が生きていてくれた喜びの方が大きかった。


 その声の正体にセラたちが気づくと同時に、現れた御使いは深々と被っていたフードを取ると――フードに覆われていた顔は、爽やかで整った顔立ちをしながらも、険しい表情の短髪の青年だった。


 その青年の正体は――安否不明になっていた村雨宗太だった。


「村雨さん、どうしてあなたが――」


「今は御使いの計画が失敗に終わるとだけ説明しておこう! さあ、目の前の問題を片付けるぞ!」


 突然現れた村雨に驚く貴原だが、今の村雨は詳しく説明するよりも暴走したガードロボットの相手に集中していた。


 突然の事態にほとんどの人は理解できていなかったが、村雨が御使いの計画が失敗に終わると宣言して、生徒も制輝軍も安堵しているようだった。


「聞いての通りです――みなさん、自分の役目を果たしてください」


 淡々とした口調でノエルが再び制輝軍に命令すると――制輝軍としての役割を思い出した制輝軍たちは、生徒たちを守るために、そして、アカデミーを守るために、生徒たちと協力してガードロボットの破壊に向かう。


「突然村雨が現れて何が何だかわからねぇけど、何だか面白いことになってきたな!」


 嬉々とした声を上げて、輝石を武輝であるナイフに変化させて刈谷もガードロボットの破壊に向かった。


 さっきまで衝突寸前の状況になっていた制輝軍と生徒たちだったが――無窮の勾玉の影響がある中、彼らは協力して、ガードロボットを順調に破壊していた。


「お疲れ様です、幸太郎君……あなたが無事でよかった」


「ほとんど貴原君のおかげ」


 労いの言葉をセラにかけられるが、特に役に立っていない幸太郎は自虐気味に笑った。


 セラは小さくため息を漏らして、今までお互いを憎み合っていた制輝軍と生徒たちが協力してガードロボットを破壊している光景を呆然と眺めている貴原に声をかけた。


「貴原君のおかげで最悪の事態を止めることができました。ありがとうございます」


 いつものように事務的で淡々とした口調ではなく、心からの感謝の言葉をセラから延べられた貴原の頭は一気に覚醒すると、キザっぽい笑みを浮かべた。


「と、当然です! 僕はセラさんたちの期待に応えたまでですよ」


「期待はしてませんでしたが……正直、少し見直しました」


 柔らかい表情を浮かべるセラに貴原は思わず見惚れてしまい、彼女の言葉で万の力を得た気になって調子に乗りはじめる。


「この貴原康、セラさんのためにもっとお役に立ちましょう」


 意気揚々と輝石を武輝であるサーベルに変化させて、ガードロボットに立ち向かう貴原だったが――すぐに返り討ちにされて、名前も知らない生徒に助けられていた。


「貴原君、これでセラさんとクリスマスに一緒にいられるね」


「……忘れていました、そのこと」


 幸太郎の言葉に自分が貴原にした約束のことを思い出して、憂鬱そうにセラはため息を漏らした。


「セラさん、ここは貴原君たちに任せて鳳さんのところに行こうよ」


「そうですね、そうしましょう」


 麗華を心配している幸太郎の提案にセラは快諾すると、美咲の肩を借りて立っているノエルに視線を向けた。


「ノエルさん、ここは任せてもよろしいでしょうか」


「構いません。こちらも一段落したら、制輝軍を向かわせます」


「それじゃあ、ここはアタシたちに任せて、行っておいで~☆」


 この場をノエルに任せて、セラと幸太郎は美咲に見送られながら、麗華が向かったグレイブヤードの奥にある深部へと向かった。


「鳳麗華の判断は間違いでもあり、正解であったということですか……」


 この場を自分たちに任せて、グレイブヤードへと向かうセラたちの後姿を眺めながら、ノエルはボソリと呟いた。


 制輝軍とアカデミーの生徒の衝突を止めるきっかけを作ったのは貴原康だった。


 しかし――落ちこぼれを蔑む貴原を変えたのは、輝石を武輝に変えることができないアカデミーはじまって以来の落ちこぼれである七瀬幸太郎ではないかとノエルは思っていた。


 幸太郎と一緒にいる中で、貴原は何か変わるきっかけを掴んだのではないかとノエルは思っていた。


 人を変える力を持つと同時に、幸太郎が持っている力に気づいているノエルは、今まで興味がなかった七瀬幸太郎という人間について、興味を抱きはじめていた。


「――ん? 今ウサギちゃん何か言わなかった?」


「何でもありません――それと、ウサギちゃんはやめてください」


 ノエルの呟きに気づいた美咲だったが、適当にノエルは流した。


 そして、今は七瀬幸太郎のことについて考えるのを一旦中断して、この場の指揮をすることに集中した。


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