第22話

 大きく一歩を踏み込むと同時に巴は勢いよく武輝である十文字槍を突き出す。


 風を切る音よりも早く迫る巴の攻撃を麗華は半身になってギリギリで回避する。


 回避されると即座に巴は武輝で麗華の足を払う。


 咄嗟に麗華は飛び退いて回避しながら、自身の武輝であるレイピアから光弾を発射。


 麗華が発射した光弾を難なく武輝で払い落とすと同時に、巴は彼女との間合いを詰める。


 常人では目で捕えるのが困難なほどの速度で巴は猛攻を仕掛ける。


 流麗でありながらも激しい動作で巴は武輝を自在に振い、突き出し、薙ぎ払う。


 掠りながらも、麗華は彼女の攻撃を紙一重で避け続けていた。


 猛攻を仕掛けている巴だが、その攻撃の一つ一つに僅かな隙があった。


 そんな隙をついて麗華は思いきり武輝を突き出す――が、巴には届かない。


 甲高い金属音を立てて麗華の鋭い刺突を武輝の柄で受け止め、即座に受け流す。


 攻撃を受け流しながら舞うような足運びで麗華の背後に回り込んだ巴は、大きく身を捻らしながら武輝を薙ぎ払う。


 瞬時に巴の動きに反応して、彼女の攻撃を受け止める麗華だが、受け止めきれずに麗華の身体は大きく吹き飛ばされてしまう。


 吹き飛ばされている麗華に向けて、巴は武輝の穂先に光を纏わせ思いきり突き出すと、レーザー状の光を打ち出した。


 咄嗟に空中で体勢を立て直して麗華は巴の放った光を回避、そして着地する。


 麗華が着地をすると同時に、一気に間合いを詰めてきた巴は大きく、力強く一歩を踏み込んだ鋭い突きを放つ。


 避ける間も与えない巴の攻撃だったが――麗華に直撃する寸前、攻撃の勢いが緩んだ。


 その隙をついて、咄嗟に麗華は巴から飛び退いて距離を取った。


 あからさまに攻撃の手を緩めた巴に麗華は安堵するとともに、やはり彼女が自身への攻撃に躊躇い、わざと隙を作って自分に倒されようとしていることに麗華は気づいていた。


 無窮の勾玉の影響を受けていないアカデミーでもトップクラスの巴の実力ならば、輝石の力を制限されている自分を簡単に倒すことができるはずだからだ。


「……何をしている、御柴巴。真面目に戦え。人質がいるんだぞ」


 麗華と同様、巴が手を抜いていることに気がついた御使いは警告する。


 機械で加工されているので感情が読み取れないが、御使いの声は楽しそうでありながらも明らかに苛立っているようだった。


「お姉様ならば簡単に御使いを倒せるという状況で、あの御使いを倒せないということは――この場所とは別の場所に、克也さん以外に人質がいるということですわね」


「……本当にごめんなさい、麗華」


 悔しそうに謝罪をする巴に、麗華は巴の父である克也だけではなく、巴の母も人質になっていることを確信した。


「お姉様……この先に、大和と加耶がいるのですね」


「ええ……二人はこの先にいるわ。無窮の勾玉の力を制御している加耶さんを、大和はずっと彼女の傍にいて守っている――この先を通りたければ私を倒しなさい、麗華」


――そういうことでしたか……」


 遠慮なく自分を倒してくれと目で訴えている巴の説明を聞いて、麗華はすべて得心したように頷いた。


「話し合いはいい加減にしろ」


 話し合っているまま、膠着状態が続いている麗華と巴を御使いは急かした。


 御使いは早く、幼馴染同士である二人の戦いの結末を見たい様子だった。


「お願い、麗華……私と戦って」


 折れかけそうになる自分を奮い立たせながら、躊躇いがちに巴は武輝である十文字槍の穂先を麗華に向けているが、武輝を持つ彼女の手は微かに震えていた。


「……もう大丈夫ですわ、お姉様。もう、


 泣き出しそうな表情を浮かべている巴に麗華は優しく微笑んだ。


「お姉様と克也さんが掴んだ真実は、鳳グループ内にいる裏切者についてですわね」


 自分の質問に悔しそうな表情を浮かべて何も答えない巴に、沈黙が何よりの答えだと麗華は判断した。


「……あなたは一体何者ですの?」


 自身に武輝を向ける巴から御使いに視線を移して麗華は質問するが、御使いは何も答えない。


「あなたは『銀城』、『大道』、『水月』――どっちですの? それとも、『天宮』に人間ですの? それとも――鳳グループ内にいる裏切者ですの?」


 何も反応しなかったが、最後に麗華が言った『鳳グループ内の裏切者』という言葉に、御使いは身に纏っている警戒心を微かに高めて、僅かに反応していた。


 それを感じ取った麗華は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「それを知ってどうする。こっちには人質がいるんだ。状況は何も変わらない」


「そろそろ状況は大きく変わると思いますわよ……あなたは裏切られますわ」


「……どういうことだ」


 不敵な笑みを麗華が浮かべた瞬間――無窮の勾玉の影響で脱力したまま力が戻らなかった身体に力が戻ってきて、重かった身体が一気に軽くなった。


 そして、無窮の勾玉に通じる通路から、巨大な手裏剣が拘束されている大悟と克也に向かって勢いよく飛んできた。


 意思を持つかのように縦横無尽に動き回って二人に向かう手裏剣は、結束バンド状の手錠で拘束されている手足を解放して、大きく弧を描いて持ち主の元へと戻った。


 解放された克也はすぐに起き上って口を塞いでいたテープを剥がすと、治りかけの胸の怪我が痛んで苦悶の表情を浮かべている大悟の前に庇うようにして立って、輝石を武輝である銃に変化させて、自分たちを人質に取っていた御使いに銃口を向ける。


「どうやら、無窮の勾玉の影響がなくなったようだな……何が起きているのかはわからんが、お前はもうおしまいだ」


 無窮の勾玉の影響がなくなったことに気づいた克也は、存分に戻ってきた力を振おうと武輝である銃の引き金を引く指の力を込める。


「入院している大悟に代わって随分積極的に会社を動かしていると思ったら、お前が裏切者だったとはな。俺も巴も薫もまんまとはめられたよ」


 今にも克也に攻撃されそうだが、御使いは気にすることなく目深に被ったフードで隠されている目で、大悟たちを解放して自分を裏切った人物を睨んだ。


 表情がフードに隠されているので感情がわからないが、御使いの全身から発せられる憎悪にも似た怒気に、御使いが怒っているということだけは確実だった。


「どういうつもりだ……貴様、裏切るつもりか?」


 自分を裏切った人物――伊波大和に、機械で声を加工されていても怒気が含まれているとハッキリわかる声で話しかけた。


 状況を理解しながらも質問をする御使いに、大和はクスクスといたずらっぽく笑った。


「裏切りも何も、最初から僕は君の味方じゃなかったんだけどね」


 軽い調子で放たれた大和の言葉に、御使いが纏っている怒りがさらに強くなる。


「どいうことだ、大和。お前は御使いの仲間じゃなかったのか? 説明しろ」


「つまり、克也さんの愛する奥さんは無事ってこと。村雨君がもう助けたよ」


 状況を掴めていない克也の質問を簡単に答えた大和に、克也と巴は安堵するとともに、安否不明だった村雨宗太の名前を聞いて驚いていた。


 しかし、今は驚くよりもやるべきことがあった――


「麗華……あなたを傷つけてしまったことは、謝っても謝りきれないわ」


「仕方がありませんわ。私がお姉様と同じ立場でも同じことをしていますわ。それに、今は謝罪や後悔をするよりも先に、やるべきことがありますわ」


 自身を気遣ってくれる麗華の言葉に巴は力強く頷いて――大切な人質を取って、自分と父を利用していた相手に巴は激情を宿した鋭い眼光とともに武輝を向ける。


「さあ、もう終わりにしようよ。ねぇ――


 この場にいる全員に敵意を向けられ、追い詰められた御使いを大和は――草壁雅臣の名前で呼ぶ。


 御使い――草壁雅臣は観念したのか、喉につけていた変声機を乱雑に外して忌々しげに床に叩きつけて踏み壊し、目深に被っていたフードを取った。


 普段は冷たく、神経質そうでありながらも、理知的な光を宿している草壁の表情だが、フードを取って露わになった彼の表情は憎悪、激情、殺意――そう表現するには生温い、漆黒に染まった感情が渦巻いていた。


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